雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
518 / 592
第四章:三人の旅

第百十八話:あの人が居るのだから、

しおりを挟む
 スーサリアに住まう二人の英雄は、とても対称的な人物だ。

 世界一英雄らしい英雄であるサンダルは日夜人々の見える場所で人知を超える程の鍛錬を積み、人々の希望を背負って戦場へと旅立って行く。
 困っている人が居れば笑顔で手を差し伸べ、当然ながら見返りを求めることなどあり得ない。
 いつでも隙なく英雄と言えるその立ち居振る舞いに感動する者は多く、ルークを差し置いて理想的な英雄として人々に愛されている。

 対して、もう一人の英雄であるナディアは人々に魔女として恐れられている。
 正確には畏れられるという方が正しいのかもしれないが、概ね恐怖の感情で間違いは無いだろう。
 ナディアは、基本的に人を助けない。
 困っている人を見ても平然と無視して通るし、助けてくれと頼まれても、内容によっては平気で拒否出来るのが彼女だ。
 そんな彼女が魔女として恐れられる最大の理由が、現在は昔とは少し違う。
 彼女が唯一救いの手を差し伸べる事案として有名なものと言えば、不倫浮気二股、そんな男女間の問題に対する対処である。
 ナディアはまず、入念に調査を進める。
 凡ゆる手段を使ってどちらに被がありどちらが正しいのかを徹底的に調べ上げる。
 その手段もそもそもなんでもありという外道さが恐怖を呼んでいるのだが、真に恐れられているのはその先だ。
 ナディアは被害者の方がが許すと慈悲を請うても、それを一切聞き入れずに徹底的に被疑者を叩きのめす。
 それはもう、男であれば二度と女を抱こうなどと思わないくらい、女であれば男を見るだけで震え上がるくらいに。
 その手の巧妙さはまた卓越していて、完全な私刑であるにも関わらずその情報の真実が外に出ることが無い程。

 結果として、いつもそこにナディアが関わっているという噂だけが一人歩きし、スーサリアという国の不倫者数は年々減少しているというのだから、魔女の恐ろしさを知らぬ者はこの国には居ないと言って良いだろう。

 しかしそんな中でも、男女間トラブルに無縁の人々からすればナディアは奇跡の英雄。
 目が覚めてから結婚後は、その心情を鑑みられることも多く、サンダルと真逆のカップルとして、それなりに人気を有していた。

 それは、魔王戦以降ナディアが戦っている所を目撃した者が居ないことにも由来している。
 魔王から受けたダメージの後遺症から、ナディアの脚は未だにぴくりとも動かない。
 いつも車椅子に座り、サンダルや娘のタラリアに押されて移動しているのが、ナディアの日常の移動風景だった。

『ナディアは魔女として恐れられるのと同時に、もう二度と、戦えない英雄である』

 それが今の世間の、ナディアに対する印象だった。
 車椅子では機動力を確保する為に腕が必要で、移動している間は攻撃することも出来ず、しかも車椅子での移動は足よりも遥かに悪路に弱い。
 そんな当然の情報を前提に、人々はナディアを戦えない英雄だと、心の何処かで同情していた。

 それが違うと知っているのは、英雄達と娘だけ。
 ナディアの脚が動かないのは事実であるけれど、彼女が戦わない理由は戦えないからではなく、もう戦わなくて良いからだと知っているのは、たったそれだけの人々だった。
 唯一の例外としてドラゴンの襲撃があった五年前、ナディアはサンダルと並び戦場へと発ち、骨折という怪我を負って帰ってきた。
 100mのドラゴンと言えば、かつてオリヴィアやサンダルが単独で仕留めたドラゴンとは桁が違う強さを誇る。
 それは全盛期と呼ばれる魔王戦前、80mのドラゴンに当時世界三位と言われたナディアが単独で勝てなかったことからも明らかで、本当に戦えないのであれば、例えサンダルと二人で息を合わせたとしても、帰ってくるのは彼女の遺体だっただろう。
 巨大なドラゴンという魔物は、魔王を除けばそれ程に別格な強さを誇っている。

 しかし、実際にはナディアは骨折だけで、サンダルは裂傷だけで帰って来た。

 当時はまだ何も知らなかった娘のタラリアは大いに泣き二人の怪我を心配していたけれど、この件の本質は、ナディアがたったそれだけの怪我で、無事に帰って来られたという部分にある。

 それについて、ナディアは英雄達にこう報告していた。

「オリヴィア程ではないけれど、私も随分と無茶が出来るみたいですね。これならあの人がやられても、私一人でタラリアを守れそうですよ」

 後半はともかく、前半の情報はルークが提唱した英雄達の説に、より一層の説得力を持たせる結果となった。

 英雄達は、例え勇者の力を失っても、半身不随となってしまっても、ある一定の範囲からはみ出さない相手に対しては、必ず勝つことが出来る。

 そんなルールが今の世界には存在している。

 何故聖女サニィは急速に力を付け、信仰対象にまでされる程の聖女になったのか。
 何故エリーやオリヴィアは、あれほどの少人数で魔王に打ち勝つことが出来たのか。
 そして何故、力を失ったオリヴィアやナディアは、未だに現役と言っても良いレベルで戦えるのか。

 その理由は、ただその英雄が英雄だったからに他ならないことを、英雄達だけが知っている。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました

碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる? そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

クラスの隅っこにいる山田くん。実は世界ランキング一位だった件

まめだいふく
ファンタジー
十年前、世界中に突如現れた異界への門――【ポーター】。 触れた者は未知のダンジョンへ転移し、魔物と遭遇する。 そして、魔物を倒した人間は力を得る。 こうして人々はレベルとランキングで競い合う、新たな時代を迎えた。 探索者育成学校に通う少年山田 奏《やまだ そう》は、教室の隅で静かに本を読む目立たない生徒。 友人もおらず、誰の記憶にも残らないモブのような存在だ。 だが、その平凡さは仮面にすぎない。 授業中に届いた救助要請の通知。 「B級ポーター内部にて救助申請」―― 次の瞬間、彼は姿を消す。 誰も知らない場所で、誰も知らない力を振るう。 山田奏の正体は、世界最強の探索者。 表では無名の高校生として、裏では無数の命を救う存在。 なぜ彼は力を隠し戦うのか―― ランキングの裏に潜むポーターの真実と共に、少年の静かな戦いが始まる。

処理中です...