雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
524 / 592
第四章:三人の旅

第百二十四話:爆弾

しおりを挟む
 余りにも強い。

 サンダルがクラウスの鍛錬を最後まで感想は、それだった。



 形の基本はエリーがレインから学んだというそれを、クラウス自身の体格に合わせて最適化したもの。

 それに加えてグレーズ王宮の流れを受け継ぐオリヴィアの剣を理想とした思想が見える、美しい剣。



 自称才能が無い英雄であるオリヴィアはとにかく基本の鍛錬に終始余念が無く、世界で最も美しい剣と言えばオリヴィアを抜いて他に居ないだろう。



 クラウスの剣は、そんなオリヴィアの剣を才能がある者が継いだらどうなるのか、を純粋に示している様だった。



 流れる様な剣捌きに切っ先の乱れは無く、剣速はオリヴィアを優に上回る。

 ほんの僅かの硬さがオリヴィアよりも下回っている点かも知れないが、その硬さも前後一手の速度を微かに変化させることで見事にカバーしている。

 その僅かなタイミングのズレは見切るに難く、エリーの自由さを思わせる。



 つまり、それは正真正銘オリヴィアとエリーのハイブリッドの剣であると言えるだろう。

 というのが、サンダルの第一印象。



 これなら二人の剣を知っている自分ならばまだ対応出来ると思っていたのも束の間、魔物出現の報告を聞き、クラウスを連れて出かけた所で、その認識はまるで甘いものだったことに気付かされた。



「クラウス君、英雄への一歩だ。私の前であの群れを倒してみてはくれないか」



 そんな、その場で考えたばかりの台詞で魔物の討伐をさせてみると、クラウスの剣の表情は一変した。

 美しいはずの形は、敵を絶命させる為の残虐な手段に成り代わったと言っても過言ではないだろう。



 サンダルがその異常さに気付いたのは、クラウスの形には一つだけ、決定的に欠けているものがあることに気付くのと、ほぼ同時だった。



 クラウスの剣は、簡単な言葉で表すのならば、決して引かない剣だ。

 ただ、それは勇敢に相手を打ち倒す英雄の剣とはまるでかけ離れたもの。



 クラウスの完成された形から繰り広げられる剣線は的確に相手の急所を捉え、前へと踏み込む。

 すると当然敵の最中に入り込むわけで、周囲を敵に囲まれる。



 サンダル自身なら、そんな状況になった時には二つの選択肢がある。それでも止まり全ての攻撃を回避するか、一度距離を取って足の速い者から倒して行くことの二択。

 オリヴィアなら、そもそも囲まれる前に手の届く敵は全て処理を終えているだろう。

 エリーなら、きっと盾を使うだろう。



 しかしクラウスは、そのどれも選ばなかった。

 それまでと同じく剣を近くの敵へと振るうと反転。そのままその魔物を背にしてより深くへと踏み込んでいく。

 自身の体を魔物に隠し、更に囲まれたところで、背にしていた魔物の凶悪な上顎を掴み取り、来た道を塞ぎ始めた魔物へと向かって背負い投げの様に叩きつけた。

 その威力が、異常だった。



 ぶつかった二体の魔物は、それぞれデーモンよりも少し弱い程度。

 英雄レベルであればどれだけ居ようが倒すことは出来るとは言え、なるべく近付かないが鉄則の敵だ。

 肉体の強度は当然ながら殆どの勇者を超え、油断して被弾した場合、当たりどころが悪ければ英雄ですら死ぬこともあるだろう。

 英雄レベルで無ければ、安全の為にも一体を倒すのに、一流の勇者が一人は欲しい。

 そんなレベルの化け物。



 それが二匹、一切の力を使わず素手で掴みぶつけられただけで、宝剣の様な武器すら使わずに、爆ぜてミンチの様に飛び散っていった。



 それは、かつて世界二位、最高の怪力を誇っていた怪物ライラですら、難しいこと。

 彼女の勇者の力の一部である反射は、相手が強ければ強い程にダメージを上げられる力で、今クラウスが相手にしている魔物よりも遥かに強いタイタンを一撃で仕留めたことがある。

 しかしそれは怪力に合わせ、勇者の力を最大限に活かす為の鍛錬をひたすらに重ねて来た結果だ。

 ライラは決して、力を使わずデーモンクラス二匹をぶつけただけでミンチに変えてしまう様な、そこまで馬鹿げた怪力を持ってはいなかった。

 もちろん、ライラがその怪力で二匹をぶつければ絶命させることなら出来るだろう。

 ぶつけた両方の首の骨を折るくらいなら、出来るだろう。

 脳天に背中からぶつければ、貫通させることくらいなら出来るかもしれない。



 ただクラウスの様な投げた魔物の上顎を除いて粉々の、地面にクレーターを作る程の怪力は、流石にそういう力を持っていなければあり得ない。

 現状、純粋な怪力でデーモンを上回る様な勇者はライラや一部のウアカリ戦士を除けば殆ど確認されていないことを考えれば、その異常さは十分に分かるというもの。



 そんな化物が、英雄に比肩しうる様な技術を持っている。



 時にはオリヴィアを理想にした剣技を、時にはエリーから学んだ妙技を、そして時には、膂力に任せた暴力を。



 クラウスとは、そういう戦いをする怪物だった。



「なるほど、あいつの息子と言えば確かにそれらしい……」



 そう呟いて、サンダルはかつての親友を思い出す。

 勝つイメージなど全く湧かず、ひたすらにその後ろを追いかけてみたものの、遂にはその背中を見ることすら叶わず死んでいった親友。

 そんな親友とその息子は、確かに親子と言うに相応しい圧倒的な力で似通っている。



「ただ、絶対的な違いもある」



 レインは、一歩間違えば即死の戦いをしていた。

 常に敵の攻撃を避け続け、相手の隙とも言えない隙を突いて勝ちを奪うスタイル。

 それでいて生涯無敗だというのだから化け物ではあるのだが、勝ちこそ見えようがないのだが、それでも斬れば殺せる人間だった。

 呪いによって不死の体になっていても、紫の魔王に三度の致命傷を負った、人間だった。



 それに比べて、クラウスは殺せるイメージが湧かない。

 魔物の中心にあえて飛び込んで行くのは、クラウスの場合に限っては、もしもどれだけの失敗をしたとしても、油断をしたとしても、相手の攻撃によって敗北することが無いから、という様子に見える。

 デーモンを下回る程度の魔物では全ての攻撃を防いでしまう為その真価こそ分からないが、魔物の攻撃の一部を素手で防いでいることからも説得力は高く感じてしまう。



 それらのことを踏まえて、サンダルはこう結論付けた。



「なるほど。レインは確かに世界最強の人間だったが……、最上級の殺傷兵器が人間になると、こうなるのか」



 ――。



「どうでした?」



 サンダルが帰宅すると、寝室で本を読んでいたナディアはそう尋ねた。

 事前にナディアが見たクラウスの強さと、実際にサンダルが見た強さの違いが気になるのだろう。



「君は本当に、クラウス君と私が互角だと言えるのか?」



 最初に抱いた感想は、それだった。

 ここまで旅をしてきたクラウスは、既に90mクラスのドラゴンと同レベルだと言う。

 それはナディアと二人で挑んでも怪我は免れない強敵で、一人で挑んでも勝つ確率は限りなく低い。

 ナディアはそれに対して、一切の顔色を変えず答える。



「いいえ、クラウスの方が強いでしょう」

「だが、君は私なら相打ちにはなると言ったな」

「そうですね」



 それはつまり、あるルールが適用されているらしい。



「順位ってやつか」

「ええ。私が見たところ、クラウスには順位が付いていません。だから、あなたよりも1.4倍強いクラウスとあなたが戦えば、きっと相打ちですね」



 平然と、魔女は告げる。

 男の強さを正確に見抜くその力は、そろそろ順位の補正を把握し始めていた。

 勝てないはずの相手にも勝てるその力の恩恵を、サンダルもまた受けている。

 ただ、それはオリヴィアの様に絶対不可能を可能にする程のものではなく、火事場の馬鹿力に近いもの。



「はあ、私は君よりも順位が低いというのがなんだか腑に落ちないが、それならばこの大陸でそうなった時には、命をかけて君たちを守ることを誓うよ」



 クラウスの中には、爆弾が眠っている。

 今はまだクラウスに抑えられているそれも、いつしか必ず爆発する時が来る。

 それは今日かも知れないし、明日かも知れない。

 旅に出ることにしたその日を境に、いつ来てもおかしくはないその日に備えて、英雄達は準備を進めて来ていた。

 最初は旭丸に仕込んだ通信魔法で把握していた動向も、現在はサラが付いて直接五感で把握出来ている。



 ただ生きているだけでどんどん強くなる化け物であるクラウスがもしもここで爆発した時に、対抗出来る英雄は自分だ、とサンダルは宣言した。



 それは、自分の妻が魔女であることを、一時的に忘れての覚悟だった。



 だから、魔女は期待には答えない。



「ふふ、大丈夫。あなたが死んでも私がタラリアを守りますから。存分に命を投げ出して下さい」



 そんな気が抜ける返事に、英雄は苦笑いして、応えた。



「君に嫌がらせする為にも、生き延びないとな」



 そんな英雄の言葉に、魔女は投げナイフで答えたのもまた、この二人の特異なスキンシップの一つだということを、家族以外は知る由も無い。



 ――。



 そして。



「でも、クラウスはまだ大丈夫ですね。私が思うに、マナが先ですよ」



 片割れもまた、一つの爆弾を抱えている。

 それは見方によっては、人類にとっては救世主となる爆弾だけれど。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

処理中です...