雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第四章:生の楽園を突き進む

第三十四話:それは世界で定められている

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 朝、二人は溺れかけて目を覚ました。
 潮の満ち引きなど知らない二人はそのままビーチで寝ていたのだが、きめの細かい砂はとても乾きやすく、潮の引き始めと共に素早く波打ち際に残る線を低くしていった。
 ちょうどサニィが火を起こし始めた場所が満潮時に波の来る範囲の中に入っており、朝、そのまま気づかずに寝ていた二人は迫り来る波に拐われかけ、目を覚ますことになる。

 ほぼ完全な空間把握能力を持っているレインも、丸一日海の中で遊んでいた為に、そんなことなど全く気付いていなかったのだ。
 動物や魔物の脅威ならば瞬時に気がつくレインも、潮の満ち引きなどと言う本来であればなんの脅威もない自然現象には全く気が付かず、起きた時には体が流される直前だった。

 サニィは大慌てで起き上がり荷物を浮かせて回収すると、靴下を履かされた犬の様に四つ足でばたばたと波打ち際から離れ、一呼吸ついてから荷物を乾かした。
 レインはそれに気がつけばそのままゆったりと流され、朝食の確保に向かった。

 二人の行動の違いがなんとも実戦経験の差を物語っている様だが、二人とも決定的なことには全く気が付いていなかった。
 サニィはこの時、杖を介さずに魔法を使っていた。通常魔法を使う時には触れる必要は無いが近くに、せめて視界には入れる必要がある。
 しかし混乱していたサニィはとっさに杖を介さず探知の魔法を使い杖を探し出すと、その杖諸共浮遊の魔法を行使したのだ。

 それに、全く気が付いていなかった。混乱していた彼女は自分の目で杖を探したと思い込んでおり、自分の杖を通して浮遊の魔法を行使したと思い込んでいる。
 彼女が道具を介さずに魔法を使えることに気がつくのは、もう少し先になりそうだ。

 ――。

 二人は朝食を済ませると西に向かって歩き出す。このまま真っ直ぐ進めば大陸の外周沿いに、いつかは砂漠が見えて来るはず。
 そしてその前にいつくかの港町があるはずなので、そこらで少しばかり漁の見学や干物などの砂漠で食べられる保存食を集めようと言う魂胆だ。砂漠でも水の魔法は使えるはずなのでその心配はないのだが、食料は作れない。サニィの生やす植物は一時的なものであって、食べられるものではないし、栄養にもならない。と、本人は思っている。
 流石にそれ以外の生物を作ることは魔法では不可能なので、食料だけはいかなる状況であっても必要となる。
 二人も死ぬことがないとはいえ、空腹にもなれば徐々に体力や思考力は低下し、行動に支障が出る。

 それはともかく、一体どんな理由があってか、朝再びフグを獲ってきたレインを、サニィは今度こそ叱りつけた。

「まったく、なんで食べられないものを獲ってくるんですか! レインさんの無駄な殺生は生態系を壊すかもしれないんですよ!」

 この世界には、生物を絶滅させない為の考え方が既に浸透している。
 それは全て魔物の存在が理由で、魔物は決して食料にならない。彼らは全てが非常に不味い上に、毒を持っている。その上で人間も襲えば、動物も襲う。何より彼らは自然に増加する。本当に、1匹でも残っていればいつの間にか増えるのだ。
 それに比べて動物は基準として、種の維持に最低50匹は必要とされている。その基準に近くなった生物は保護し、国の管理の下繁殖が行われ、絶滅を防ぐ政策が全世界で行われている。
 何せ、生態系が壊れれば困るのは他の誰でもなく自分達だ。それに困窮していれば、いつかは崩れた生態系は貧困を呼び、いつの間にか増えている人間の天敵である魔物に攻め込まれ、十分な準備すら出来ずに蹂躙されてしまう可能性がある。
 それどころか、人間同士の戦争となったら目も当てられない。

 よって、人間が意図して保護しなければ絶滅してしまう動物が意外と多く居るが、それを人々は必死に保護している。フグがそれと言うわけではないが、一般的に食料、または襲われて仕方なく、以外の殺生は禁じられている。もちろんレインは食べるために捕まえてきたのだろうが、それを捌く技術が無い以上、無益な殺生となってしまう。

「だからダメなんです! サメはレインさんを襲った以上仕方ないですけど、なんで動物がレインさんから逃げるか知ってますか!?
 種の存続を考えて、ですよ!
 魔物はそれを考える必要が無いからレインさんでも襲うんです! 分かりますか!?」
「あ、あぁ、すまない」
「すまないじゃないです!もう!次からはしないで下さいね! フグを食べられる所にならちゃんと行ってあげますから!」
「了解だ」

 予想外のサニィの気迫に圧され、レインは素直に従ってしまう。
 普段は男の方が強気であっても、いざとなれば女の方が強い。そんなことは多分にある。
 とは言え、サニィの動物好きはジャングルでも見た通り、分かりきっていたことだった。
 それを忘れていたわけではないが、『死の山』は殆どが魔物。たまに隣の山から流れてくる動物は全て食料になる。山を出たのにそんな感覚が抜けていなかった自分が悪い。
 レインはそう反省すると、「無駄な殺生はしないと約束する」と誓った。

「ところで、なんでそんなにフグに執着してるんですか?」
「母親がな、フグは美味いフグは美味いっていつも俺に言ってきたんだ。だからどうしても食いたくてな」
「へぇ。そういえば、レインさんのご両親のことってあまり知らないですね」
「そういえば死んだ時の話しかしてないな。港町まではまだまだ距離があるだろうし、話そうか」
「そんなに長いんですか?」
「いや、全然長くはない」

 そうして呆れた表情をするサニィをよそに、レインは両親について話し始めた。
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