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第七章:グレーズ王国の魔物事情と
第七十二話:グレーズ王女の決意
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「お姉……さま? え? あれ?」
オリヴィアの視線の先には一つの体が転がっていた。いや、一つもない。半分だ。
それはほんの数秒前までサニィだったもの。
ドラゴンから逃げ出し、助けようとしたレインを拒否したサニィの下半身だった。
「れ、レイ、ン様? な、なんで」
オリヴィアはまだ知らない。
呪いに罹った者は、通常あまりそれを話さない。無闇に話してしまえば自分で間近に迫った死を自覚してしまう。その為、呪いに罹った者は簡単なことでは自分のことを話したりしなかった。
二人共に憧れてしまったオリヴィアに、その事実を今突きつけることは酷だとも思っていた。だから、話していなかった。
「あれが、サニィの覚悟だ」
レインは言葉少なに返答する。
それでは伝わらない。分かってはいるが、増大した死の恐怖を前にして、それを受け入れたサニィに驚いていた。
「レイン様が、レイン様が助けていれば無事だったのではないですか!? あのタイミングでも、レイン様なら間に合っていたのではないのですかっ!?」
「しかし、サニィが決めたことだ。今回、俺はその意志を尊重するしかなかった」
「な、なんでええぇぇぇ……、お姉さまあああぁぁあ!!」
そのまま泣き崩れてしまうオリヴィアと、こちらに向かってくるサニィを見つめるレイン。
絶妙に噛み合わない両者を前に、復活して駆けて来たサニィは笑顔だった。
「あ、あはは、死んじゃいました。ダメ、でしたか?」
「全く、全然ダメだ。修行のし直しだな。ただ、極一部についてだけは、見直した」
「はい。もっと強くして下さい。もうこんな風に、オリヴィアを泣かせないように」
蔦の魔法の応用で上半身を隠したサニィはレインとそんな会話を交わすと、泣いているオリヴィアを抱き締めた。
オリヴィアは自分の泣き声で、近くで交わされていた会話にすら気付いていない。
不意に抱き締められ、何がなんだかも分からずそのまま泣き続けた。
……。
しばらく抱き締めていても、オリヴィアは気付かなかった。何だかとても愛おしい。そんな感覚はしていたのだけれど、姉妹の契りを交わしたサニィがこんな呆気なく居なくなってしまったショックに、冷静さを欠いていた。
「オリヴィア、私は大丈夫だよ。流石に本当に死んじゃうならレインさんも助けてくれるから」
「……へ? ……げん、かく?」
確かに、サニィが真っ二つになるところを目撃した。
それなのにサニィがいるということは、あの真っ二つになった彼女が幻覚か分身で、油断させたドラゴンの頭を吹き飛ばしたのだろうか。もしくは、生きたいて欲しいと言うオリヴィア自身の妄想が、幻を見せているのか……。
「気付いていないみたいだな。サニィは死んだが生き返った。彼女は魔王の呪いに罹っている。俺もだ」
「……魔王の呪い」
それは症例も少ない不死の病。発症すればある時まで決して命尽きることなく、5年後、ちょうど1825日後に絶望の下に死んでいくと言う病。
症例が少ない為に、治療の方法に検討すらつかない病。
「そ。だからね、私達は二人で旅をすることにしたの。言ってなくてごめんね。ちょっと、怖かったから」
「俺とサニィはあと4年半の命だ。オリヴィア、俺が王になれない最大の理由はそれなんだ」
「…………あ、あの、ごめんなさい」
サニィとレインの告白に、頭を整理したオリヴィアは冷静だった。
思い返せば、魔王戦はぎりぎりだったと報告しておきながら、レインには傷一つ付いていなかった。
自分より強い相手と戦うのに、レインがサニィを一人で向かわせるのも不自然だった。これまで1ヶ月を共に過ごして来て、ディエゴからの話を聞いていて、レインは誰かが傷付くくらいなら自分が無理をするタイプだと分かっていた。
それなのに、サニィが首を左右に振った時、レインは踏み出した足を止めた。
思えば二人はずっと、オリヴィアに気を使っていたのだ。レインに憧れを抱く彼女を諦めさせる為、話にならないと言ってみたり、サニィと決闘させて格の違いを分からせてみたり。結局のところ、二人共に懐いてしまったのだけれど。
だから、オリヴィアは謝った。
自分が変な懐き方をしていなければ、わざわざこんなことを告白させずに済んだのだと。
この病の症例が少ない理由の一つに、報告者が極端に少ないと言うことがある。脳内に数字が見えるようになるのだ。罹った者は自分ですぐに分かる。しかし、言えば周囲に気を使わせ、自分自身もそれを強く自覚してしまう為に言えないのだ。死への恐怖が増大する病。
幸せに暮らしていた者が突然発狂し、たった数日でぱったりと死んでしまう現象がここ100年で増えている。
その殆どが、魔王の呪いだと言われている。
オリヴィアは、国民の幸せを考える王女はそれを知っていた。
「構わんさ。もちろんのことながら、気を使う必要はない。俺もサニィも死ぬのは同じ日、不幸中の幸いと言ったこともあるしな」
「あ、あはは。でもだから、レインさんは渡せないの。そして今回は、私が自分自身を納得させる為にドラゴンに挑んだの。私もレインさんを守りたかったから」
そんな二人にぽんぽんと慰められてしまえば、オリヴィアはもう何も言えなかった。
生きられる者が、死に向かう者に慰められる。そんなことがあって良いものか、分からなかった。
だから代わりに、彼女は覚悟を決める。
「レイン様、お姉さま。わたくし、強くなります。レイン様を振り向かせられる位に。それを師と、契りを交わしたお姉さまへのご恩返しにします!」
真剣な顔でそう言った。真剣な覚悟でそう言った。
それを聞いた二人は、笑っていたけれど。
「あ、あはは。オリヴィア、私の可愛い妹が弱いわけないもんね。レインさんは渡さないけど頑張ってね。ま、負けないけどね」
「ああ、お前は強くなるさ。しかしお前、自分のことも考えろよ? 俺を追いかけて行き遅れたら流石に知らんぞ?」
「んもうっ! お二人とも、油断してたらすぐにレイン様のお子が出来てますからねっ!?」
三人は笑った。
王女であるオリヴィアが強さを求めるなど如何なものかと言う思いもあるが、彼女が国のことを第一に考えていることもしっかりと分かっている。
とにかく今は、ドラゴン2頭と言う未曾有の危機に、無事無傷で対処出来たことを祝えば良いだろう。
ドラゴン襲撃の報せを受け、恐怖に慄いていた国民達に、無事被害ゼロで討伐出来たことを知らせる為にも。
オリヴィアの視線の先には一つの体が転がっていた。いや、一つもない。半分だ。
それはほんの数秒前までサニィだったもの。
ドラゴンから逃げ出し、助けようとしたレインを拒否したサニィの下半身だった。
「れ、レイ、ン様? な、なんで」
オリヴィアはまだ知らない。
呪いに罹った者は、通常あまりそれを話さない。無闇に話してしまえば自分で間近に迫った死を自覚してしまう。その為、呪いに罹った者は簡単なことでは自分のことを話したりしなかった。
二人共に憧れてしまったオリヴィアに、その事実を今突きつけることは酷だとも思っていた。だから、話していなかった。
「あれが、サニィの覚悟だ」
レインは言葉少なに返答する。
それでは伝わらない。分かってはいるが、増大した死の恐怖を前にして、それを受け入れたサニィに驚いていた。
「レイン様が、レイン様が助けていれば無事だったのではないですか!? あのタイミングでも、レイン様なら間に合っていたのではないのですかっ!?」
「しかし、サニィが決めたことだ。今回、俺はその意志を尊重するしかなかった」
「な、なんでええぇぇぇ……、お姉さまあああぁぁあ!!」
そのまま泣き崩れてしまうオリヴィアと、こちらに向かってくるサニィを見つめるレイン。
絶妙に噛み合わない両者を前に、復活して駆けて来たサニィは笑顔だった。
「あ、あはは、死んじゃいました。ダメ、でしたか?」
「全く、全然ダメだ。修行のし直しだな。ただ、極一部についてだけは、見直した」
「はい。もっと強くして下さい。もうこんな風に、オリヴィアを泣かせないように」
蔦の魔法の応用で上半身を隠したサニィはレインとそんな会話を交わすと、泣いているオリヴィアを抱き締めた。
オリヴィアは自分の泣き声で、近くで交わされていた会話にすら気付いていない。
不意に抱き締められ、何がなんだかも分からずそのまま泣き続けた。
……。
しばらく抱き締めていても、オリヴィアは気付かなかった。何だかとても愛おしい。そんな感覚はしていたのだけれど、姉妹の契りを交わしたサニィがこんな呆気なく居なくなってしまったショックに、冷静さを欠いていた。
「オリヴィア、私は大丈夫だよ。流石に本当に死んじゃうならレインさんも助けてくれるから」
「……へ? ……げん、かく?」
確かに、サニィが真っ二つになるところを目撃した。
それなのにサニィがいるということは、あの真っ二つになった彼女が幻覚か分身で、油断させたドラゴンの頭を吹き飛ばしたのだろうか。もしくは、生きたいて欲しいと言うオリヴィア自身の妄想が、幻を見せているのか……。
「気付いていないみたいだな。サニィは死んだが生き返った。彼女は魔王の呪いに罹っている。俺もだ」
「……魔王の呪い」
それは症例も少ない不死の病。発症すればある時まで決して命尽きることなく、5年後、ちょうど1825日後に絶望の下に死んでいくと言う病。
症例が少ない為に、治療の方法に検討すらつかない病。
「そ。だからね、私達は二人で旅をすることにしたの。言ってなくてごめんね。ちょっと、怖かったから」
「俺とサニィはあと4年半の命だ。オリヴィア、俺が王になれない最大の理由はそれなんだ」
「…………あ、あの、ごめんなさい」
サニィとレインの告白に、頭を整理したオリヴィアは冷静だった。
思い返せば、魔王戦はぎりぎりだったと報告しておきながら、レインには傷一つ付いていなかった。
自分より強い相手と戦うのに、レインがサニィを一人で向かわせるのも不自然だった。これまで1ヶ月を共に過ごして来て、ディエゴからの話を聞いていて、レインは誰かが傷付くくらいなら自分が無理をするタイプだと分かっていた。
それなのに、サニィが首を左右に振った時、レインは踏み出した足を止めた。
思えば二人はずっと、オリヴィアに気を使っていたのだ。レインに憧れを抱く彼女を諦めさせる為、話にならないと言ってみたり、サニィと決闘させて格の違いを分からせてみたり。結局のところ、二人共に懐いてしまったのだけれど。
だから、オリヴィアは謝った。
自分が変な懐き方をしていなければ、わざわざこんなことを告白させずに済んだのだと。
この病の症例が少ない理由の一つに、報告者が極端に少ないと言うことがある。脳内に数字が見えるようになるのだ。罹った者は自分ですぐに分かる。しかし、言えば周囲に気を使わせ、自分自身もそれを強く自覚してしまう為に言えないのだ。死への恐怖が増大する病。
幸せに暮らしていた者が突然発狂し、たった数日でぱったりと死んでしまう現象がここ100年で増えている。
その殆どが、魔王の呪いだと言われている。
オリヴィアは、国民の幸せを考える王女はそれを知っていた。
「構わんさ。もちろんのことながら、気を使う必要はない。俺もサニィも死ぬのは同じ日、不幸中の幸いと言ったこともあるしな」
「あ、あはは。でもだから、レインさんは渡せないの。そして今回は、私が自分自身を納得させる為にドラゴンに挑んだの。私もレインさんを守りたかったから」
そんな二人にぽんぽんと慰められてしまえば、オリヴィアはもう何も言えなかった。
生きられる者が、死に向かう者に慰められる。そんなことがあって良いものか、分からなかった。
だから代わりに、彼女は覚悟を決める。
「レイン様、お姉さま。わたくし、強くなります。レイン様を振り向かせられる位に。それを師と、契りを交わしたお姉さまへのご恩返しにします!」
真剣な顔でそう言った。真剣な覚悟でそう言った。
それを聞いた二人は、笑っていたけれど。
「あ、あはは。オリヴィア、私の可愛い妹が弱いわけないもんね。レインさんは渡さないけど頑張ってね。ま、負けないけどね」
「ああ、お前は強くなるさ。しかしお前、自分のことも考えろよ? 俺を追いかけて行き遅れたら流石に知らんぞ?」
「んもうっ! お二人とも、油断してたらすぐにレイン様のお子が出来てますからねっ!?」
三人は笑った。
王女であるオリヴィアが強さを求めるなど如何なものかと言う思いもあるが、彼女が国のことを第一に考えていることもしっかりと分かっている。
とにかく今は、ドラゴン2頭と言う未曾有の危機に、無事無傷で対処出来たことを祝えば良いだろう。
ドラゴン襲撃の報せを受け、恐怖に慄いていた国民達に、無事被害ゼロで討伐出来たことを知らせる為にも。
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