雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十二章:仲間を探して

第百五十九話:最後の英雄【巨人の腕フィリオナとヴィクトリア】

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 ヴィクトリアとフィリオナは、異父姉妹である。
 それはこの国で生まれる女性では多くあること。
 異父姉妹、異母姉妹、見知らぬ他人が、実は姉妹だった。そんな血の繋がりが、探せばいくらでも出てくる。
 彼女達はそんな中で、ごくごくありふれた姉妹だった。
 姉のフィリオナは父親に似て真面目。そして妹のヴィクトリアは父親に似て快活。
 どちらも父親似の性格で、顔はフィリオナが母親似、体はヴィクトリアが母親に似ていた。
 そんな、極々ありふれた姉妹。
 ありふれていないことと言えば、当時ウアカリ最強の戦士と言われた彼女達の母親が、フィリオナが6歳、ヴィクトリアが5歳の頃、ウアカリを襲ったドラゴンに殺された。そのドラゴンは彼女の活躍で追い払うことができたものの、二人はそれぞれ親戚にバラバラに、国の中でも遠い所に引き取られた。
 その位のことだろう。

 だからフィリオナは、ドラゴンから人々を守れるように鍛錬した。
 ウアカリ出身者の例に漏れず、持って生まれた能力はただ、男の強さを見ただけで測ること。

 だからヴィクトリアは、ドラゴンを殺せるように鍛錬した。
 ウアカリ出身者の例に漏れず、持って生まれた能力はただ、男の強さを見ただけで測ること。

 二人はそれぞれにそれぞれの思いを抱いて、死ぬ気で鍛錬を続けた。
 そんな何の役も立たない能力しか持たない体を、何度嘆いたことか分からない。
 外の世界には、例えば不死身の人が居ると言う。魔王から無傷で生き延びられる人が居ると言う。
 そんな中で、自分達の力は、男を求める為だけのもの。
 それでも、二人は母親に似て、強くなることを止めることが出来なかった。

 いつしかそれぞれ、ほんの少しだけの自信がついた頃、再びドラゴンが現れた。
 それは母親を殺した、あのドラゴンだった。
 フィリオナはそれに対抗する為、自分の得意武装である大盾と、ダメージを与えるための槍を持った。
 ヴィクトリアはそれに対抗する為、自分の得意武器である大剣と、ドラゴンに殺された親を持つ三人の友人を引き連れた。

 二人は、戦場で出会った。

 無策に飛びかかるヴィクトリアを見て、フィリオナは瞬時に盾を構えて間に入った。
 ひたすら防御に回ることしか出来ないフィリオナを見て、ヴィクトリアは無策に飛びかかった。
 三人の友人達はそれぞれ、二人の邪魔にならない様出来ることをした。
 その五人の中に加われる戦士はウアカリには最早、居なかった。

 フィリオナの正確な防御のおかげで、ヴィクトリアが怪我をすることはなかった。
 ヴィクトリアの猛攻のおかげで、フィリオナは安心して守ることが出来た。
 それぞれがそれぞれの役割を果たしたお陰で、最後には致命の一刀の下に、ドラゴンは真っ二つに切り裂かれ、絶命した。

 それが、二人の再開。

 ドラゴンを殺した戦士である二人を割く者は、これで存在しなくなった。
 強さはそのままウアカリでの立場に直結する。ドラゴンを殺した二人が一緒に居たいと言えば、それぞれに引き取った親戚達も反対などできない。

 それが、ウアカリの【巨人姉妹】の誕生。

 二人はそれからべったりだった。
 今までの時間を埋める様に、ずっと一緒に鍛錬を続けた。
 困っている人を守る為、困らせる魔物を殺す為。
 好きになる男も、一緒だった。

 そうして一緒に暮らしている内に、20年位生まれていなかった魔王が生まれたという話を聞いた。五人と言う少人数でドラゴンを殺せば、その噂は瞬く間に世界中に広がる。
 二人と、その友人である三人は、魔王討伐隊に組み込まれた。
 魔王討伐隊には、途轍もなく強い男が居た。
 二人で相手をして、ギリギリ負ける程の。一人で相手をすれば、瞬殺される程の。
 もちろん、二人はその男を好きになった。
 そんな人が、魔王の偵察に行って、帰ってこなかった。
「今回は正体を見てくるだけ」そんな風に軽く言ったまま、死体すら戻っては来なかった。
 そうして、ヴィクトリアが魔王討伐隊の隊長に任命された。

「僕が手伝うよ。偵察任務にも、一人で十分。隙が出来たところで止めを刺してくれるなら、1年でも戦って見せよう」

 ある日、赤の魔王討伐隊に所属していたマルスと名乗る人物が、そう言って、ヴィクトリアの下を訪れた。確かに不死だという証拠も見せつけられたし、強さもまあ、デーモン程度ではあった。赤の魔王を倒した方法を聞いて、一応は、納得出来た。
 それでも、マルスの参加は断ることにした。
 英雄マルスはもう十分戦った。そう思ったのも確かに事実だ。
 しかし、本当は、もう、無駄に死んで欲しくなかった。例え死なないと分かっては居ても、再生するマルスは決して平気そうではなかった。きっと、死ぬほど苦しんでいるのだろうと、そう、感じてしまった。
 だから、断った。
 ジジイは引っ込んでろと、それだけを告げて。

 魔王は、ヴァンパイアロードだった。
 いや、女性だったので、ヴァンパイアプリンセスだったのかもしれない。
 呼び方はなんでも良い。ともかく、そんなものだった。
 ソレは、一人の眷属を引き連れていた。
 ヴァンパイアにされたその眷属は、あの、【彼】だった。
 共に魔王討伐隊に居た、かつて、とてつもなく強かった、そして、帰ってこなかったあの【彼】だった。

「二人とも、やっと来たんだね」
「あいつら、何?」
【彼】の言葉に、魔王が反応する。
「僕の女ですよ。二人共、本当にチョロくて。ちょっと強い所を見せればすぐ惚れる位のかわい子ちゃん達です。でも、強いですよ」

 それが本心なのかどうなのか、最早二人には分からない。
 本人にも、分かっているのかどうか。

「そう、なら、眷属にしてあげる。とりあえず殺して」
「はっ、仰せのままに、姫」

 そこから先を、二人は殆ど覚えていない。
 気付けば【彼】は仲間達が殺していたらしく無数の穴が空いており、黒の魔王は瀕死だった。 
 そして、仲間達は一人も残っていなかった。

「フ、フフフフ。本当に強いわねあんた達。その強さを讃えて最後に、もっと深い絶望をあげる。いいことを思いついた。感謝なさい?」

 そうして、ヴィクトリアが最後の一刀を振るうと同時、魔王は消滅し、世界は闇に満たされた。
 二人は瞬時に、何が起こったのか理解した。理解、させられた。
 その闇のイメージは、呪いだった。5年で死ぬ呪い。死の恐怖が増し、絶望に死んでいく呪い。その、特濃の一撃。

「世界はどこまで悪意に満ちているの……」

 そんなことを呟いたのが、どちらだったのかは、定かではない。
 二人は、それ以来たったの一瞬も離れることなく、5年後、絶望のままに死んでいくまで、常に一緒に居続けた。トイレの時も、風呂も、寝るときも。
 そしてもちろん、二人はきつく抱き合ったままで、最期を迎えていたという。
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