雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
180 / 592
第十三章:帰還した世界で

第百八十話:次代の英雄候補達

しおりを挟む
 エレナの魔法は凶悪だ。幻覚を主としたその魔法は相手に実感を与え、幻覚中で殺せば実際に相手を死に貶めることすら出来る。
 例えそれが、死に躊躇しないアンデッドであっても。
 捕らえられたオリヴィアをエリーが助けると同時、そんな幻惑魔法をエレナはレインに向かって放つ。きっと、サニィならそれを上回る反魔法を使うことによって相殺した挙句、かけた側に勝ったと言う幻想を植え付ける位はするのだろう。
 だからこそ、いくら強いとは言え一人の男性であるレインに、魔法をかけることにした。

 果たしてそれは、ただの悪手だった。

 絶望を感じる幻覚を見せられたレインは、敢えてそれにかかる。
 そしてあろうことか、目の前にいるエリーとオリヴィアを無視したまま元凶であるエレナに狙いを定めると、空間を裂くその刃を振り下ろしたのだった。

「ひ……」

 殆ど息を吐くだけの悲鳴。
 エレナが真っ二つに裂かれる姿を幻視する。

「一戦目はこれで終わりだな」

 そんな声と共に、エレナは大きく息を詰まらせながら、その場にへたりこむ。
 切り裂いた場所、深さ3mを超える谷が出来ている。
 エレナはその横に、サニィによって転移されていた。

「さて、今回の敗因その一、オリヴィア、サニィレベルの強大な魔法使いを相手に直線的な攻撃は悪手だ。お前は確かに速いが、魔王程じゃない。それをまだ鍛錬が足りないと取るか、隙を作るやり方をするかはお前次第と言いたい所だが、俺からのアドバイスとしては、初手からエリーとの連携を取るのも手ではないかと考える」
「はい。少し先行し過ぎた感じはしますわ」

 初手、エリーは構えは取っていたものの、オリヴィアを除く全ての者が出遅れていた。
 そんな状態で突っ込めば、多人数で戦う意味もなく、最悪何も削ることがなく一瞬で一人居なくなる。
 それを避けるべきなのは当然だ。

「敗因その二、エレナちゃんのその魔法はね、確かに強力。でも、かける相手によって内容はきっちりと変えていかないとそうなるかな。
 レインさんは殺すのが本質だから、絶望すれば殺す。それは魔王だって同じかもしれない。アンデッドが生きていた頃の苦しみを思い出す、良いと思う。普通の人が生きることに絶望を感じる。その歳で使うのは正直反対だけれど、まあ戦う魔法使いとしては、良いと思う。じゃあレインさんも同じだろうと考えてしまったのが、悪手だった」

 そして敗因その三は、誰が言うまでもなく、ルークが動けなかった所。
 ルークはレインが苦手だし、サニィを尊敬している。その二人に勝てるイメージが湧かないのは、仕方のないことかもしれない。しかしそれでも、一切の動きが出来なかったのは、やはり初戦にしても未熟。
 それをレインとサニィが指摘することはなかったが、流石に、それはルーク本人が一番分かっていた。

「も、もう一回、お願いします」

 そう言ったのは、エレナだった。
 対人では、エレナはその出力を補って、余りある強さを発揮する。
 現時点ではマナスルで圧倒的に高い出力とマナタンク、コントロールを持つルークと互角。
 そんな最高クラスの魔法を、効かないどころか利用された上で負かされた。
 それをエレナのささやかなプライドは許せなかった。
 もちろん、相手はかつて戦い方を教えてくれた魔人様と、自分達の尊敬する先生だ。
 簡単に勝てないことは分かっているにしても、負けた直接の原因は、自分の悪手だった。

「ルー君。次はアレ、やろう」

 アレが何かは、分からない。
 多分、作戦があるわけではない。
 これはつまり、次は動いてくれと、そういう意味だろう。

「うん、分かった」

 ルークは頷き、改めて覚悟を決める。

 ――。

 レインは優しい。
 そんな弟子二人の言葉を、ルークは痛いほどに実感した。
 言われれば立ち直れなくなるような事は決して言わなかったし、常に四人の向上心を煽るようなことを言ってくる。
 隙が見える力。それは個人戦でとても有用な能力であることに間違いないものの、次代の育成をするにも有用だったらしい。
 そして、休憩時間になるとその体の成長の為だとか言いつつしっかりと休ませてくれるし、その間に一人一人にほんの僅かながら気づいていない部分のアドバイスをしてくれる。
 例えば、ルーク本人はレイン相手に腰が引けていると思っていたが、問題はそちらよりもむしろエレナに意識が向きすぎている部分。

「エレナがもしも傷ついたのなら本気になるだろう。しかし、それでは遅いんじゃないか?」と言う。

 言われれば、その通りだ。エレナに何かがあってから本気を出したところで、最早意味はない。それでは既に負けている。
 そんな、僅かな意識の誘導は、ルークの強さを少しずつ引き出していく。
 サニィ先生があれほどまでに強くなった理由はこの人にあるのだろうと、実際にその指導を受けて理解することになった。

 尤も、その戦闘はめちゃくちゃだった。
 最初の一回以外はサニィは殆ど何もせずに棒立ちしながら、四人の安全を見守っているだけ。
 それでも、誰一人として擦り傷すら付けられない。
 ほんの少しでも油断すればその隙を突いて謎の斬撃が飛んでくるし、どんな高度な弟子の連携でも、エレナの幻術でも、ルークの重力魔法でも、その全てがいとも簡単に防がれる。
 あの、エリーの地面を割る大剣を受けて傷一つつかない宝剣も意味不明だ。

 結局、そんな二人の小指を離すことが出来たのは2ヶ月後、偶然の重なった時だった。

 その日、太陽が傾きかけている頃、レインへのオリヴィアの刺突と同時、エリーが短剣を投げると、レインはそちらに振り向いた。エリーは大剣を振りかざし、太陽を背にそれを振り下ろす。
 それが眩しかったのだろう。そこまでは、計画通り。
 レインはほんの一瞬目を瞑ると、その隙を突いてエレナの幻覚で一瞬の幻想世界にレインを連れ込む。
 それも、レインには直ぐに破られるものの、次の手、ルークの重力魔法によって、レインは一瞬平衡感覚を失ったことで、サニィが動き始める。
 いつも通り、完全に状況を把握しているサニィは涼しい顔を向けたままに、蔦の魔法で前衛二人を絡めとる。
 ようやく、サニィを動かすことが出来た。
 ここまで来るのに2ヶ月を要したのだ。
 まだまだ長い戦いになるだろう。
 そう覚悟していたものの、誰もが油断をしなかった。

 それをルークが素早く解除しようとした瞬間、サニィは前衛二人を後衛二人の方向に投げつける。オリヴィアは空中で体制を整えるが、エリーは錐揉みしたまま。
 連日の戦いで流石に疲労が溜まっていたのだろう。目を回している様子。

 飛んできたエリーを、エレナが優しく受け止め、終わりかなとサニィが思った瞬間、いつもは出来ない隙が出来ていた。
 偶然にも、エリーが普段から何本も帯剣しているうちの一本、【片手剣ベルナール】が二人の頭上から、その手の間に降ってきていた。
 レインは全員をしっかりと見据えながらも幻覚と重力魔法で平衡感覚を掻き回され少しだけ酔っている様子だったし、サニィは、逆光でそれに気付いていなかった。

 それにレインが気付いたのは、ベルナールが二人の手に触れる直前。
 瞬時にそれを弾くのと、オリヴィアが踏み込むのと、ルークが二人それぞれを中心に、圧し潰す為の重力魔法を展開するのが同時だった。

 サニィはエリーを気にしていてその渾身の重力魔法を解くのにほんの一瞬時間がかかったし、レインはほんの一瞬だけベルナールに気を取られていた。
 オリヴィアが、その隙を突いて、二人の繋がれた小指に手刀を入れ、その手は離された。

 もちろん、レインは傷は付けない様に力をセーブしていたし、偶然に寄る所が凄まじく大きい。
 それでも、サニィを初めて動かしたその回の戦闘で、二人の隙を引き出したのは変わらない。如何な偶然であっても、如何な油断であっても、如何にタイミングが悪くとも、実際の生死をかけたやり取りでそんな言い訳は通用しない。
 そうして四人の次代の英雄候補達は、二人の手を引き離した。

 その裏で、実はそれが偶然を利用した必然だと気付いたのは、彼女の先生であるサニィだけだった。
 エレナはほんの少しだけエリーが過剰に目を回している様な幻術をかけ、ほんの少しだけ【ベルナール】の気配を薄くする幻術をかけていた。
 そして、エリーの剣が飛び、その位置がサニィにとって逆光だったと言う偶然を除けば全てがルークの作戦。偶然を利用出来たのも、ルークがエレナに対するテレパスで、その剣の存在を教えた為だった。強い魔法を使えば瞬時にサニィに気取られてしまう。その為、本当に最小限の幻術をかけてくれと、そう伝えたのだった。

 それは正しく全員の力が、偶然にも重なった瞬間に手にした勝利だった。

 残り[712日→627日] 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

処理中です...