雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第二部第一章:鬼神を継ぐ二人

第十三話:今は守りたいものが一つだけ増えました

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「エリーさぁーん、遅いですわよぉーー!」

 オリヴィアがフィオーレ共同墓地の入り口で元気に叫ぶ。
 かつては町があったこの場所も、今となってはかつての惨劇を忘れない為、墓地として保存されている。
 かつての惨劇、それは聖女サニィの生まれ故郷であるここ花の町のオーガ襲撃事件だ。
 そこでの生存者は、偶然死の間際に不死の呪いを受けてしまった聖女一人だけだったと言う。

「は、速すぎ、速すぎるってオリ姉……はあ」
 エリーが到着したのはオリヴィアが着いてから20分程経ってからだ。
「たったの200kmでそんなにバテて、お師匠様が悲しみますわ」
「流石に短距離の速度で200は無理だって……」
「あら、わたくしはちゃんと200km走れるペースでしか走ってませんわよ」
「それが、おかしいんだってぇ」

 最初から最後まで本気の全力疾走をしてきたエリーに対して、オリヴィアはそれよりも速い速度で長距離用の走り方をしていた。
 いや、序盤は確かにエリーの方が速かったのだが、完全な配分ミスだ。
 と言うより、そもそも長距離用の走り方をしてオリヴィアに勝てるわけがないのだから、最初から無謀な賭けだったと言える。

「ま、こうなるのが分かってたから引き受けたんですけれど」
「私はなんとかして月光欲しかったなぁ」

 負けるのは分かっていたけれど。
 エリーはそんなことを思いつつ、少しだけ息を整えて墓地へと入って行く。
 中には、随分と立派な墓が見渡す限り並んでいる。

 その中心部に、二人の慰霊碑があった。
 この慰霊碑を建てる際に、ここの墓地は一新された。以前は非常に簡素で、ただ弔うことだけを目的としていたが、それも二人の出現と死によって大きく意味が変わってくる。
 世界はここで生まれた聖女サニィによって、救われている。
 それならば彼女を生み育んだ環境そのものに敬意を払わねばならないと、聖女の信奉者達は強く求めたのだった。
 ここは現在、いわゆる聖地となっている。

 二人の慰霊碑を見てみると、世界を救った二人の英雄レイン、サニィ、魔王の呪いを消し去りここに眠る。
 この様に書かれている。
 実は、この慰霊碑には『聖女を讃える会』の会長であるオリヴィアが切望した、一つの秘密が隠されている。
 それに不満を抱く者が非常に多かった為に、慰霊碑に新たな文章を刻まなければならなかった一つの事柄。

【世界を救ったのは聖女サニィなのに、何故レインの名前の方が先にあるのか】

 聖女の信奉者は、こんな不満を持つことが多かった。きっとこれを二人が聞けば、そんなものどっちでも良いと笑い飛ばして終わりだろう。しかし、聖女を讃える会の会長だからこそ、オリヴィアはその順番にこだわったのだ。
 よって、現在は隣に一枚の石版が建てられ、その補足説明がなされている。

 聖女サニィは英雄レインに三度救われている。オーガの襲撃から命を救われ、王都を襲ったドラゴン戦で誇りを救われ、そして悪しき魔物から再び命を救われた。
『鬼神無くして聖女は為らず』

「オリ姉もあの時は大変だったね」
 既に綺麗な石碑を磨きながら、エリーは苦笑いしながら言う。
「お二人が気にしないだろうことであんなに必死になるのは馬鹿馬鹿しいとも思いましたけれどね」
 こちらもまた苦笑い。あれはそんな暇があれば剣を磨けと怒られそうな、ある意味でくだらない時間だった。
「まあ、これを書いて落ち着きはしたものの、師匠は相変わらず聖女よりは認知度低いんだよねぇ」
「流石にレイン様の為にお姉様が強くなったなんて書くことは出来ませんものね……。レイン様がお姉様の命の恩人で守護者みたいなこの表現が精一杯でしたわ」
 聖女は既に偶像化され、崇拝されている。
 名前の順番だけでかなりの反発を受けたのだ。
 それが男の為に頑張ったと書こうものならどんな反発があるか、予測出来ない王女ではない。
「人の無自覚な悪意程怖いものもないからねぇ」
 エリーもしみじみと、そう答えた。

 一通り石碑を磨き終えると、二人は目を閉じて二人の魂に話しかける。

「レイン様、お姉様、最近は魔物が活発化して参りました。わたくしはやっと小型のドラゴンを擦り傷で倒せる程度。まだまだ精進してまいりますので、どうか見守り下さい」

 オリヴィアはいつも通り、真面目な当たり障りないことを言う。こうした時に真面目だからこそ、オリヴィアは堅実に強くなっている。

「師匠、お姉ちゃん、先月はやっとオリ姉を倒しました。今月はやられちゃったから悔しいけど。でも、やる気はまんまんです。
 今は守りたいものが一つだけ増えました。お母さん、女将さん、漣、ブロンセン、アリエルちゃん。それらは変わらないけど、もう一つだけ。
 ……私は、私は師匠の弟子としての誇りを守りたいと思います。だから、魔王を倒すことに決めました。まだまだオリ姉と互角、いや、一回しか勝ててないけど、魔王が生まれるまでには負けないようになりたいです。
 だから師匠、オリ姉に勝たせて下さい」

 ……。

「途中泣きそうになったのに最後で台無しですわ……」

 オリヴィアは、相変わらず予測不能なエリーにがっくりと肩を落としつつ、それでも少しだけ嬉しそうに笑う。
 この理解出来ないところがエリーの可能性なのだ。

 オリヴィアにとって自分に出来ることは、自分に出来ることだけ。
 それに対して、エリーは奇跡を起こす。最弱の位置に居ながらドラゴンを一撃で倒してしまう。
 実力的には明らかに優っているにも関わらず、先月の旅に出る直前の決闘では隙とも言えない隙を突かれた。
 そもそも、互角に戦える程実力は肉薄などしていないはずなのだ。それでも勝つのが日々難しくなってきている。

 少し悔しいのと同時、妹の様な姉弟子が強くなっていくのに嬉しさを覚える。

「あ、オリ姉、魔物の気配がする。行ってきます師匠お姉ちゃん!」
「それではレイン様お姉様、行ってまいります」

 見計らったかのようにそう言うエリーに導かれ、二人は再び魔物との戦いへと赴いた。
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