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第七章:鬼の棲む山の拒魔の村
第八十八話:全然分からなかった
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死の山から溢れ出そうとする魔物達を全て片付けると、次第に森の動物達も落ち着きを取り戻し始めた。
しかしマナの感知を出来る者が居ない以上、これで本当に死の山の魔物の脅威が去ったのかは分からない。一先ず、この件の報告のためにディエゴは一足先にグレーズ王城へと戻り、クーリアとマルスペア、広域を見渡せるルーク、そしてエレナの四人を死の山へと残し、一同は漣へと戻ってきた。
「狛の村はどうだった?」
「ダメだった。一応魔物は全部、討伐したよ」
アリエルの質問に、エリーはそう答える。
リシンが魔物になっていたこと、そして彼を倒したこと等は言わず、彼女にとって必要な情報のみを教える。
根性という点に関してだけならばアリエルは一流だ。しかし、根性という言葉だけでは利かないその精神的な限界は、英雄候補の中で誰よりも低い。そして彼女は、人の死に弱い。
英雄候補の中枢である彼女が今無理をすることは、魔王戦を前にして最も避けなければならないこと。
エリーは普段はやらない精神誘導で、アリエルの意識を逸らしていく。
「そうか。ご苦労だった」
「この件に関しては取り敢えずグレーズ持ちということにしますわ」
オリヴィアもその様子を見て、そんな提案をする。
今回に限っては国を超えた措置をとったものの、片がついたのならば国の問題だ。
「それで頼む。ところで、ディエゴはともかく四人程見ない様だが」
「三人は引き続き死の山の監視をしております。何せマナの様子などは分からないもので……」
「なるほど。なら妾もいち早く城に戻って状況を確認する。一先ず、これでこの件は片付いた、ということになるな」
「ええ、そうですわね。」
あえて表情を変えず、オリヴィアはその様に答えた。
それを、アリエルも気にした様子もなく。
宿に集まった魔王討伐隊の面々はイリスが読み解いた一部の報告をした後、一度解散となった。
――。
アルカナウィンド王城に戻ったアリエルは、いつもの私室の椅子にどかっと腰を下ろした。
もちろんどかっと言うほどの質量はない。しかしその様に粗雑に椅子に座り込むと、膝を抱えて口を膨らませる。
「ライラ、狛の村の人達は、魔物になったのか?」
「……気づいてたんですか」
「全然分からなかった」
そんなアリエルの言葉にライラはやれやれと首を振った後、その頭を優しく撫で付け始める。
「エリーが意識誘導をしてましたからね」
バレてしまったのならば、正直に話すしかない。
「その意識誘導を、少しだけ感じたの」
「あれを感じることが出来るんですね」
「ちょっともやっとしたから。エリーを見たら目を逸らしたし」
「あの子もまだ甘い所があるんですねぇ」
「そうだね。そっか、狛の村の人達は魔物になっちゃったのか……」
女王をする時とは違う口調、プライベートなアリエルはそう言いながらしょんぼりと小さく落ち込んで、瞳に涙を溜める。
「魔物になったのは村長リシンだけ。彼らは勇敢だったみたいよ」
アリエルの準備中オリヴィアから話を聞いていたライラも口調を崩し、慰める様にそう言うとアリエルはもう一度、「そっか」と小さく呟いた。
そして、一筋の涙を流す。
「妾の為に、みんな隠しててくれたんだね」
「そうだね。皆アリエルちゃんが頑張ってるのを知ってるから、負担をかけたくなかったのよ」
「うん、分かってる……」
アリエルは分かっている。だから、隠されたことにショックを受けたわけではない。
それを裏切りとは思わないし、むしろ全てを教えられれば必要以上に頑張って、また倒れてしまうかもしれない。最後の魔王誕生が目前に迫った今、中枢である自分が壊れてしまっては仕方ないことを分かっている。
「でも」
アリエルは、最早堪えることも出来ずに大粒の涙を流し、言った。
「仲間だった人を殺さないといけないのは辛いよぉ……」
それをした三人のうちの誰かのことを思って、アリエルはライラにしがみつき、わんわんと泣いた。
――。
「魔女様、あのお姫様はきっと気づいてたと思う」
「エリーの精神誘導があって気づくことなんて有り得ないですよ」
南の大陸に戻ったサンダルは、何故か付いて来ているナディアに向かってそんなことを言った。
今もちょうど、ナイフが首の真横を掠めている。
最近はそれにも慣れ、しかし程よい緊張感を維持したままそれを辛うじて交わす。
「そんなに凄いのか? あのお嬢さんの力は」
「油断してると普通に消えますね。今のあの子に所見で勝てる勇者は居ませんよ。私の殺意を躱すあなたでも普通に無理でしょう」
「レインの一番弟子か。私が言えたことじゃないが、彼女の武器は玩具の様だったな」
「本当に、そんな邪魔くさい武器を持っているあなたが言えたことではないですね」
遂には腰の剣を振り回し始めたナディアの攻撃を受け止めつつ、サンダルは思う。
「お姫様もお嬢さんも、レインは自分好みの娘ばかりを集めてハーレムでも作ろうとしてたわけではあるまいな……」
「殺しますよ?」
そのハーレムに加われなかった自覚のあるナディアは、レインはそんなことしないと、剥き出しの殺意でサンダルに襲いかかるのだった。
しかしマナの感知を出来る者が居ない以上、これで本当に死の山の魔物の脅威が去ったのかは分からない。一先ず、この件の報告のためにディエゴは一足先にグレーズ王城へと戻り、クーリアとマルスペア、広域を見渡せるルーク、そしてエレナの四人を死の山へと残し、一同は漣へと戻ってきた。
「狛の村はどうだった?」
「ダメだった。一応魔物は全部、討伐したよ」
アリエルの質問に、エリーはそう答える。
リシンが魔物になっていたこと、そして彼を倒したこと等は言わず、彼女にとって必要な情報のみを教える。
根性という点に関してだけならばアリエルは一流だ。しかし、根性という言葉だけでは利かないその精神的な限界は、英雄候補の中で誰よりも低い。そして彼女は、人の死に弱い。
英雄候補の中枢である彼女が今無理をすることは、魔王戦を前にして最も避けなければならないこと。
エリーは普段はやらない精神誘導で、アリエルの意識を逸らしていく。
「そうか。ご苦労だった」
「この件に関しては取り敢えずグレーズ持ちということにしますわ」
オリヴィアもその様子を見て、そんな提案をする。
今回に限っては国を超えた措置をとったものの、片がついたのならば国の問題だ。
「それで頼む。ところで、ディエゴはともかく四人程見ない様だが」
「三人は引き続き死の山の監視をしております。何せマナの様子などは分からないもので……」
「なるほど。なら妾もいち早く城に戻って状況を確認する。一先ず、これでこの件は片付いた、ということになるな」
「ええ、そうですわね。」
あえて表情を変えず、オリヴィアはその様に答えた。
それを、アリエルも気にした様子もなく。
宿に集まった魔王討伐隊の面々はイリスが読み解いた一部の報告をした後、一度解散となった。
――。
アルカナウィンド王城に戻ったアリエルは、いつもの私室の椅子にどかっと腰を下ろした。
もちろんどかっと言うほどの質量はない。しかしその様に粗雑に椅子に座り込むと、膝を抱えて口を膨らませる。
「ライラ、狛の村の人達は、魔物になったのか?」
「……気づいてたんですか」
「全然分からなかった」
そんなアリエルの言葉にライラはやれやれと首を振った後、その頭を優しく撫で付け始める。
「エリーが意識誘導をしてましたからね」
バレてしまったのならば、正直に話すしかない。
「その意識誘導を、少しだけ感じたの」
「あれを感じることが出来るんですね」
「ちょっともやっとしたから。エリーを見たら目を逸らしたし」
「あの子もまだ甘い所があるんですねぇ」
「そうだね。そっか、狛の村の人達は魔物になっちゃったのか……」
女王をする時とは違う口調、プライベートなアリエルはそう言いながらしょんぼりと小さく落ち込んで、瞳に涙を溜める。
「魔物になったのは村長リシンだけ。彼らは勇敢だったみたいよ」
アリエルの準備中オリヴィアから話を聞いていたライラも口調を崩し、慰める様にそう言うとアリエルはもう一度、「そっか」と小さく呟いた。
そして、一筋の涙を流す。
「妾の為に、みんな隠しててくれたんだね」
「そうだね。皆アリエルちゃんが頑張ってるのを知ってるから、負担をかけたくなかったのよ」
「うん、分かってる……」
アリエルは分かっている。だから、隠されたことにショックを受けたわけではない。
それを裏切りとは思わないし、むしろ全てを教えられれば必要以上に頑張って、また倒れてしまうかもしれない。最後の魔王誕生が目前に迫った今、中枢である自分が壊れてしまっては仕方ないことを分かっている。
「でも」
アリエルは、最早堪えることも出来ずに大粒の涙を流し、言った。
「仲間だった人を殺さないといけないのは辛いよぉ……」
それをした三人のうちの誰かのことを思って、アリエルはライラにしがみつき、わんわんと泣いた。
――。
「魔女様、あのお姫様はきっと気づいてたと思う」
「エリーの精神誘導があって気づくことなんて有り得ないですよ」
南の大陸に戻ったサンダルは、何故か付いて来ているナディアに向かってそんなことを言った。
今もちょうど、ナイフが首の真横を掠めている。
最近はそれにも慣れ、しかし程よい緊張感を維持したままそれを辛うじて交わす。
「そんなに凄いのか? あのお嬢さんの力は」
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「本当に、そんな邪魔くさい武器を持っているあなたが言えたことではないですね」
遂には腰の剣を振り回し始めたナディアの攻撃を受け止めつつ、サンダルは思う。
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