雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
325 / 592
第七章:鬼の棲む山の拒魔の村

第八十八話:全然分からなかった

しおりを挟む
 死の山から溢れ出そうとする魔物達を全て片付けると、次第に森の動物達も落ち着きを取り戻し始めた。
 しかしマナの感知を出来る者が居ない以上、これで本当に死の山の魔物の脅威が去ったのかは分からない。一先ず、この件の報告のためにディエゴは一足先にグレーズ王城へと戻り、クーリアとマルスペア、広域を見渡せるルーク、そしてエレナの四人を死の山へと残し、一同は漣へと戻ってきた。

「狛の村はどうだった?」
「ダメだった。一応魔物は全部、討伐したよ」

 アリエルの質問に、エリーはそう答える。
 リシンが魔物になっていたこと、そして彼を倒したこと等は言わず、彼女にとって必要な情報のみを教える。
 根性という点に関してだけならばアリエルは一流だ。しかし、根性という言葉だけでは利かないその精神的な限界は、英雄候補の中で誰よりも低い。そして彼女は、人の死に弱い。
 英雄候補の中枢である彼女が今無理をすることは、魔王戦を前にして最も避けなければならないこと。

 エリーは普段はやらない精神誘導で、アリエルの意識を逸らしていく。

「そうか。ご苦労だった」
「この件に関しては取り敢えずグレーズ持ちということにしますわ」

 オリヴィアもその様子を見て、そんな提案をする。
 今回に限っては国を超えた措置をとったものの、片がついたのならば国の問題だ。

「それで頼む。ところで、ディエゴはともかく四人程見ない様だが」
「三人は引き続き死の山の監視をしております。何せマナの様子などは分からないもので……」
「なるほど。なら妾もいち早く城に戻って状況を確認する。一先ず、これでこの件は片付いた、ということになるな」
「ええ、そうですわね。」

 あえて表情を変えず、オリヴィアはその様に答えた。
 それを、アリエルも気にした様子もなく。

 宿に集まった魔王討伐隊の面々はイリスが読み解いた一部の報告をした後、一度解散となった。

 ――。

 アルカナウィンド王城に戻ったアリエルは、いつもの私室の椅子にどかっと腰を下ろした。
 もちろんどかっと言うほどの質量はない。しかしその様に粗雑に椅子に座り込むと、膝を抱えて口を膨らませる。

「ライラ、狛の村の人達は、魔物になったのか?」
「……気づいてたんですか」
「全然分からなかった」

 そんなアリエルの言葉にライラはやれやれと首を振った後、その頭を優しく撫で付け始める。

「エリーが意識誘導をしてましたからね」
 バレてしまったのならば、正直に話すしかない。
「その意識誘導を、少しだけ感じたの」
「あれを感じることが出来るんですね」
「ちょっともやっとしたから。エリーを見たら目を逸らしたし」
「あの子もまだ甘い所があるんですねぇ」
「そうだね。そっか、狛の村の人達は魔物になっちゃったのか……」

 女王をする時とは違う口調、プライベートなアリエルはそう言いながらしょんぼりと小さく落ち込んで、瞳に涙を溜める。

「魔物になったのは村長リシンだけ。彼らは勇敢だったみたいよ」

 アリエルの準備中オリヴィアから話を聞いていたライラも口調を崩し、慰める様にそう言うとアリエルはもう一度、「そっか」と小さく呟いた。
 そして、一筋の涙を流す。

「妾の為に、みんな隠しててくれたんだね」
「そうだね。皆アリエルちゃんが頑張ってるのを知ってるから、負担をかけたくなかったのよ」
「うん、分かってる……」

 アリエルは分かっている。だから、隠されたことにショックを受けたわけではない。
 それを裏切りとは思わないし、むしろ全てを教えられれば必要以上に頑張って、また倒れてしまうかもしれない。最後の魔王誕生が目前に迫った今、中枢である自分が壊れてしまっては仕方ないことを分かっている。

「でも」

 アリエルは、最早堪えることも出来ずに大粒の涙を流し、言った。

「仲間だった人を殺さないといけないのは辛いよぉ……」

 それをした三人のうちの誰かのことを思って、アリエルはライラにしがみつき、わんわんと泣いた。

 ――。

「魔女様、あのお姫様はきっと気づいてたと思う」
「エリーの精神誘導があって気づくことなんて有り得ないですよ」

 南の大陸に戻ったサンダルは、何故か付いて来ているナディアに向かってそんなことを言った。
 今もちょうど、ナイフが首の真横を掠めている。
 最近はそれにも慣れ、しかし程よい緊張感を維持したままそれを辛うじて交わす。

「そんなに凄いのか? あのお嬢さんの力は」
「油断してると普通に消えますね。今のあの子に所見で勝てる勇者は居ませんよ。私の殺意を躱すあなたでも普通に無理でしょう」
「レインの一番弟子か。私が言えたことじゃないが、彼女の武器は玩具の様だったな」
「本当に、そんな邪魔くさい武器を持っているあなたが言えたことではないですね」

 遂には腰の剣を振り回し始めたナディアの攻撃を受け止めつつ、サンダルは思う。

「お姫様もお嬢さんも、レインは自分好みの娘ばかりを集めてハーレムでも作ろうとしてたわけではあるまいな……」
「殺しますよ?」

 そのハーレムに加われなかった自覚のあるナディアは、レインはそんなことしないと、剥き出しの殺意でサンダルに襲いかかるのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

留学してたら、愚昧がやらかした件。

庭にハニワ
ファンタジー
バカだアホだ、と思っちゃいたが、本当に愚かしい妹。老害と化した祖父母に甘やかし放題されて、聖女気取りで日々暮らしてるらしい。どうしてくれよう……。 R−15は基本です。

『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!

たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。 新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。 ※※※※※ 1億年の試練。 そして、神をもしのぐ力。 それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。 すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。 だが、もはや生きることに飽きていた。 『違う選択肢もあるぞ?』 創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、 その“策略”にまんまと引っかかる。 ――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。 確かに神は嘘をついていない。 けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!! そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、 神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。 記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。 それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。 だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。 くどいようだが、俺の望みはスローライフ。 ……のはずだったのに。 呪いのような“女難の相”が炸裂し、 気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。 どうしてこうなった!?

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

処理中です...