雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第八章:ほんの僅かの前進

第九十二話:なんだか釈然としないね

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「ねえルー君、狛の村が滅びたのって、かなりの損失だよね」

 ベラトゥーラ共和国、北方。いつもの様に会話をする二人の姿があった。
 死の山での役割を終え、探知の集中を続けていた脳を休める為に温泉に行こうと言い出したエレナは湯上りの火照った体でそう語りかける。
 その日取れた宿は素泊まり専用だったので、食事は別の場所で取る必要があった。
 たまたま入った食堂。そこで美味しい食事をとりながら、今日も気になったことがあるらしい。

「そうだね。軍事力で言えば、一国が滅びた以上の損失だ」

 艶かしいエレナをついチラチラと目で追いながら、ルークは平静を装って言う。
 もちろんそんな視線はエレナに筒抜けだが、それを気にした様子もなく話を続ける。

「あんまり気にしてなかったけど、世界の軍事力って今はどうなってるの?」
「そうだなぁ。狛の村を失っても尚、オリヴィアさんとエリーちゃん、そしてディエゴさんを有するグレーズ王国がトップ。それに次いでライラさんと優秀な騎士団、アリエルちゃんを有するアルカナウィンド、全員が戦士のウアカリかな。大方勇者ランキングそのままさ。ベラトゥーラも僕達やエイミー先生がいるから上位なんだけどね」

 そう、世界の軍事力は元々、狛の村を有しているという時点でグレーズがトップだった。とは言え、狛の村自体が治外法権であり、グレーズ自体が個を重視し大らかな者が多い国だ。
 そこにトップの勇者三人が加われば、最早世界で並ぶ国はない。

「狛の村が別だったら?」
「アルカナウィンドに次いで狛の村だったね」

 狛の村の力は、ルークの見立てでウアカリ以上。ウアカリのトップであるイリスが、殺意を剥き出しにしたリシンに負けるという状況が起きた時点で、そうなるのは何もおかしくはない。
 とは言え実際に狛の村とウアカリが戦えば、現状ならばナディア一人で、破れるまでには半数ほどは仕留めてしまうだろう。
 それでも、ルークはそう評価した。ウアカリトップの三人の実力は本物だが、それ以外の人々は確実に狛の村の人々に劣る。更には狛の村の戦闘の本質は、実は集団戦。軍隊アリが如き統率の取れた狛の魔物、となれば、余りある脅威となる。

「今回はリシンさんが頑張ってくれたけれど、もしも全員が魔物化してたらどうなってたかな」
「僕達の誰かは確実に欠けてたね。最悪の場合はそのままグレーズは滅んで、そのタイミングで魔王が生まれたら世界の終わり」

 そんなルークの評価に、エレナは納得した顔を見せると同時に、新たな疑問を呈する。

「ふーん。でもまるで、世界を終わらせる気なんか、全然ないみたいな」
「どういうこと?」

 黒い想像力の豊かなエレナが、ただ楽天的なことを言う可能性は低い。その裏の意味を問う。

「ルー君の言う最悪になんかなる気配がないってこと」
「言われてみれば、魔物になってしまったのはリシンさんだけ、そして魔王もまだ生まれない、か」

 的を射ないエレナの言葉も、ルークは最早聞き慣れている。

「世界の意思ってのは人類を滅ぼそうとしてるーってよく言うけれど、本当なのかな」
「僕達にはそれを聞く手段が無いから難しいところだね」

 だから、今はエレナの言葉の続きを待つことにする。

「前は確か、レインさんを殺したいって言ってたよね」

 そして、やはり出てくる。
 ルークにとってはいつも鍵となる、取り留めもないエレナの言葉からの、鍵となる単語。
 それを聞いて、はっとする。
 思えば、違和感はずっとあったのだ。

「…………もしかしたら、世界の意思っていうのは思いがけない二面性を持ってるのかもね」
「どういうこと?」

 今度はルークの発言に、エレナが首を傾げる。

「世界を変える者が生まれるのならば、狛の村の役割は終わりと言って良いだろう。って書いてあったのに、イリスさんの解読では最後の魔王を倒した後に世界を変える者が生まれるってなってる」

 この世界に、予言は多く残っている。
 全てではないが、重要な文献に残った予言は、実はその多くが的中している。
 そんな中、イリスはうわ言の様にその文献の言葉を上書きした。
 ほぼ前例の無いそんな状況には、まず理由がある。

「それってつまり、もうその人が生まれることは決まってるってこと?」
「そういうこと。だから、狛の村はその役割を終えた」

 つまり、その者が生まれる条件は既に整っているということ。

「それと二面性がどう繋がるの?」
「狛の村の人達の体って、どういう構造だっけ」

 ルークはその疑問を解き明かす為に、エレナに問いかける。

「細胞に陰のマナを含んで……あ」
「そう。そもそも狛の村を作ったもの自体が人々に悪意を与えるはずの世界の意思。それに作られた彼らが、魔王を倒すことを予見してる」
「ん? よく分からなくなった」

 世界の意思にとっては魔王すらただの駒ではないのか? そんな疑問をエレナはぶつける。

「つまりは、僕達が魔王を倒すことは想定内、そして世界を変える者が生まれることも想定内なんだとしたら」
「私達は手のひらの上で踊らされてるってこと?」

 薄々、誰しもが気付いていることを、エレナは初めて口にする。しかし、ルークはそれにあっさりと答えた。

「そうとも言えるね。でも、踊りに付き合ってあげないと、僕達は滅びてしまう。それだけは確実」

 そう。だから、そうだと分かっていても、抗うしかないのだ。
 人々は魔物と戦い、人という種を、存続させていかなければならない。

「なんだか釈然としないね。で、で、二面性ってのは?」
「今日は急かすね。世界を変える者って、まず間違いなく勇者なんだよ」
「気になるもん。なんで分かるの?」

 いつのまにか、二人は休養に来たことも忘れて思考に没頭していた。
 ルークはエレナの艶かしい肢体が目の前にあることも忘れ、エレナもまた、会話の後の楽しみを忘れていた。
 自分達が踊らされているという可能性を釈然としないで終わらせられる程度には、エレナはルークの言葉が気になっていた。
 もちろんエレナ自体が軽度の破滅願望を持っていることも影響している
 そして、やはりと言うべきかエレナの期待に応える様に、ルークの口から出てきた言葉は、衝撃的なものだった。

 それが予言が途中で書き変わった理由。
 世界の意思にとって、圧倒的なイレギュラー。
 そして、本当はも前、赤の魔王で最後を迎えるはずだった魔王襲来が、次で最後になる理由だ。

「そうだな、ストレートに言おう。レインさんなんだよ。その親は……」

 とても美味しい食事も、巨大な聖女の絵が飾ってあるその不思議な雰囲気も、女将に両手が無く、蔦の魔法で器用に料理を作っているその光景に対する衝撃も吹き飛ぶ程に、その言葉はエレナにとって衝撃的だった。
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