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第八章:ほんの僅かの前進
第百十九話:周囲に魔物の気配無し
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その日エリーが見た夢は、オリヴィアとの会話の影響だろうか、師匠であるレインの夢だった。
「大きくなったなエリー」
そんなことを言う師匠はとても嬉しそうで、エリーも頑張ってきたかいがあったのだと嬉しくなる。
「身長はお母さんの影響かあんまり伸びないみたいだけど、私強くなったかな?」
エリーには、いや、魔王討伐隊の面々には明確な目標がある。魔王を倒す強さがどの程度なのかを、正確に知っている。
その目標にして指標となるのが、目の前の師匠だ。
一人一人では、四年間の全力の鍛錬を行ってきても全く追つけなかった。それでも、今ならば全員合わせれば師匠に少しくらい敵うだろうか。
「ああ、お前達なら大丈夫だろう」
師匠は答えながら、エリーの頭を優しく撫でる。その感覚は正しく過去のぬくもりと同じ。
「えへへ。師匠、オリ姉もずっと最強を貫いてるよ」
つい童心に戻った様に甘えついてしまうが、一緒に頑張ってきた姉のことも忘れはしない。
彼女のおかげで、エリーは辛い時に耐え抜くことが出来たのだ。
そんなオリヴィアがかなり無理をしていることを、エリーも、そして夢の師匠も知っている。
「そうだな。あいつも、俺の自慢の弟子だ」
エリーがよく見た微笑み。それが今はきっと、オリヴィアにも向いている。
「直接言ってあげたらもっと喜ぶのにー」
アーツとのことがあったからだろうか、思わずそんなことを言ってしまう。
「お前も言うようになったな……。応えられない期待をかけさせる様なことは出来んさ」
苦笑いする師匠。これもまた、心の中だけでなら何度も見た姿だ。
「それが師匠なりの優しさってところ?」
今なら少しだけ、その気持ちが分かる。
アーツへの答えを「前向きに考える」に止めてしまったのは、この先の魔王戦で自分が生き延びる保証など何もないから。求めに答えられない可能性に、「はい」と答えることはエリーにも出来なかった。
「まあ、それならそもそも修行を付けるなって話でもあるけどな……」
再びの苦笑い。
「それが師匠の弱いところって感じ?」
鬼のボス、鬼神と呼ばれた師匠もこんな風に女性に振り回されるのを見ていると、まるで人の様で、いや、本当に人だったんだと安心する。
自分だけは分かっている。なんて驕るつもりはなかったものの、師匠のことを【魔王を倒す化物】なんていう心の声を、最近はしばしば市井で聞いていた。
「そうだな…………」
そう答える師匠は、少し暗い表情に変わる。
そして、少しだけ困った顔で言う。
「……そろそろ、魔王が生まれるな」
「師匠?」
夢の中、目の前にいるはずの師匠がいつの間にか少し遠くに感じ始める。
その声は少しだけ靄がかかったようで、そろそろ頭も覚醒し始めるのか、次第に遠のいていく感覚。
しかし、次に出た言葉は明確だった。
「エリー、魔王は世界の敵だ。何があろうと絶対に倒せ」
最早夢か現か分からない境界線、今にも目覚めそうな時に、そんな気になる一言。
「どういうこと?」
「……」
「ねえ、師匠?」
思わず尋ねても、声は返って来なかった。
多分、何かを言っている。
その中で聞き取れたのは、ほんの少しだけだった。
「…………エリー、オリヴィア、お前達ならば必ず倒せる。………………村は、残念だったが、あいつらは……」
――。
はっと目を覚ますと、目の前にオリヴィアの顔があった。
「大丈夫ですの、エリーさん?」
そう言うなり、額に手を当てる。
「え? どうしたの?」
「どうしたのって、凄くうなされてましたわよ。熱はないみたいですわね」
うなされていたとはどういうことかと思い起き上がろうとすると、体中が汗でびしょびしょに濡れている。
確かに、言われてみれば悪夢を見た後の様な、師匠が居なくなった後のあの時の様な、そんな嫌な感覚が体を支配している。
「なんでだろう。良い夢だと思ったのに」
「良い夢?」
「うん、久しぶりに師匠とお話した夢」
つい「お話」なんていう子どもの時に使っていた言葉が出てしまう。
最近は少し大人ぶってみたりしていたけれど、やはり師匠の前ではそうはいかないらしい。
そんな言葉に少し恥ずかしさを覚えていると、オリヴィアは真面目な顔で何かを考えていた。
そして、しばらく思案した後にこう問いかける。
「……エリーさん、レイン様は何か言ってました?」
「え、なんで?」
夢はあくまで夢のはずだ。エリー自身に予知能力は全くない。
魔物が生まれる予兆は、大気のざわめきの様なものを感じられるだけだ。
「エリーさんは心を読む力を持っていますわ。最近は大気のどよめきも分かる程に、洗練されています」
そう思っていると、オリヴィアはそれこそが鍵の様な言い方をする。
「う、うん」
思わず普通に頷ずいてしまったが、次の言葉は予想外だった。
「レイン様は亡くなったといっても、体を分解して大気の中を漂っている」
「え、消滅したんじゃないの?」
魔法書には呪いの解き方は記されていなかったが、討伐隊の面々はエリーを除きその解き方を聞かされていた。レインの体内に混在する、絶妙なバランスを保っている二つのマナ、そのマナが触れ合い消滅する時の力を解呪の力に変換して、とかなんとか。勉強の苦手なエリーは詳しく理解はしていないが、遺体も残らず大気に消えていったということだけは理解していた。
「大部分はそのはずですけれど、レイン様は陰のマナの含有率の方が高いのですわ。それがもしも混ざらずに残っていたのなら、わたくし達に何か伝えてくださった可能性が……」
「ある、のかな」
その魔法を施した聖女サニィは「私と一緒になれるかも」なんて気楽に言っていた問題。
それが運良くなのか、悪くなのか、混ざり消滅していなかったとしたら……。確かにエリーが何かのメッセージを受け取る可能性も有り得なくはない。
相手は普通の勇者でも魔物でもなんでもなく、なんでも有りだと思わせる様なあの師匠レインなのだ。
「あくまで、可能性ですけれどね。本当の夢かもしれません」
オリヴィアはあくまで冷静に、そんな分析をする。
結局のところそれが本当かどうなのか、欠片でも分かるとすれば、そのメッセージを受け取った可能性のあるエリーだけ。
「そっか。でも、言ってたことはふたつ位」
「言ってみてください」
それを理解して、エリーも冷静に告げる。
「まず、オリ姉は師匠自慢の弟子だってこと」
「あら、ふふふ。そういうところがやっぱりレイン様は……ふふ」
今までの努力が全て報われたかの様な幸福に、オリヴィアの心は一瞬で支配される。
直前まで真面目な話をしていたはずなのにのイラッとくるが、そろそろエリーも慣れている。
それに、努力が報われたと、そろそろオリヴィアも喜んでいい頃だ。
とは言え話の途中。
「くねくねするのは後にして。二つ目はね、何があっても魔王を倒せ、ってこと」
「何があっても……」
レインはもしかしたら、仲間の死を予感しているのかもしれない。
最悪の場合は、仲間どころか、どちらかが……。
それでも前に進め、そういうことだろうか。
「でも、言われてみれば当然のことしか言われてないし、やっぱり夢かな。師匠の消え方があの時を思い出しちゃってうなされちゃったのかも」
今でも思い出すだけで寝つきが悪くなる師匠の失踪。
オリヴィアか母と一緒に寝なければ見てしまう可能性の高い悪夢。
起きた後の感覚は、確かにそれが近かった。
「そう、ですわね。何があっても、確かに当然のこと、ですわね」
なんだか少しだけしっくり来ない気もするけれど、時間は待ってはくれない。
その時は、遂にやってきた。
少し強めのノックの直後、一人の女性騎士が部屋に入ってくるなり、こう告げる。
「魔王出現ポイントにて、魔王の予兆の思われる渦を確認。周囲に魔物の気配無し。新たに生まれる魔物が魔王になるものと予測。至急現地へ飛べと女王エリーゼからのご命令です!」
「大きくなったなエリー」
そんなことを言う師匠はとても嬉しそうで、エリーも頑張ってきたかいがあったのだと嬉しくなる。
「身長はお母さんの影響かあんまり伸びないみたいだけど、私強くなったかな?」
エリーには、いや、魔王討伐隊の面々には明確な目標がある。魔王を倒す強さがどの程度なのかを、正確に知っている。
その目標にして指標となるのが、目の前の師匠だ。
一人一人では、四年間の全力の鍛錬を行ってきても全く追つけなかった。それでも、今ならば全員合わせれば師匠に少しくらい敵うだろうか。
「ああ、お前達なら大丈夫だろう」
師匠は答えながら、エリーの頭を優しく撫でる。その感覚は正しく過去のぬくもりと同じ。
「えへへ。師匠、オリ姉もずっと最強を貫いてるよ」
つい童心に戻った様に甘えついてしまうが、一緒に頑張ってきた姉のことも忘れはしない。
彼女のおかげで、エリーは辛い時に耐え抜くことが出来たのだ。
そんなオリヴィアがかなり無理をしていることを、エリーも、そして夢の師匠も知っている。
「そうだな。あいつも、俺の自慢の弟子だ」
エリーがよく見た微笑み。それが今はきっと、オリヴィアにも向いている。
「直接言ってあげたらもっと喜ぶのにー」
アーツとのことがあったからだろうか、思わずそんなことを言ってしまう。
「お前も言うようになったな……。応えられない期待をかけさせる様なことは出来んさ」
苦笑いする師匠。これもまた、心の中だけでなら何度も見た姿だ。
「それが師匠なりの優しさってところ?」
今なら少しだけ、その気持ちが分かる。
アーツへの答えを「前向きに考える」に止めてしまったのは、この先の魔王戦で自分が生き延びる保証など何もないから。求めに答えられない可能性に、「はい」と答えることはエリーにも出来なかった。
「まあ、それならそもそも修行を付けるなって話でもあるけどな……」
再びの苦笑い。
「それが師匠の弱いところって感じ?」
鬼のボス、鬼神と呼ばれた師匠もこんな風に女性に振り回されるのを見ていると、まるで人の様で、いや、本当に人だったんだと安心する。
自分だけは分かっている。なんて驕るつもりはなかったものの、師匠のことを【魔王を倒す化物】なんていう心の声を、最近はしばしば市井で聞いていた。
「そうだな…………」
そう答える師匠は、少し暗い表情に変わる。
そして、少しだけ困った顔で言う。
「……そろそろ、魔王が生まれるな」
「師匠?」
夢の中、目の前にいるはずの師匠がいつの間にか少し遠くに感じ始める。
その声は少しだけ靄がかかったようで、そろそろ頭も覚醒し始めるのか、次第に遠のいていく感覚。
しかし、次に出た言葉は明確だった。
「エリー、魔王は世界の敵だ。何があろうと絶対に倒せ」
最早夢か現か分からない境界線、今にも目覚めそうな時に、そんな気になる一言。
「どういうこと?」
「……」
「ねえ、師匠?」
思わず尋ねても、声は返って来なかった。
多分、何かを言っている。
その中で聞き取れたのは、ほんの少しだけだった。
「…………エリー、オリヴィア、お前達ならば必ず倒せる。………………村は、残念だったが、あいつらは……」
――。
はっと目を覚ますと、目の前にオリヴィアの顔があった。
「大丈夫ですの、エリーさん?」
そう言うなり、額に手を当てる。
「え? どうしたの?」
「どうしたのって、凄くうなされてましたわよ。熱はないみたいですわね」
うなされていたとはどういうことかと思い起き上がろうとすると、体中が汗でびしょびしょに濡れている。
確かに、言われてみれば悪夢を見た後の様な、師匠が居なくなった後のあの時の様な、そんな嫌な感覚が体を支配している。
「なんでだろう。良い夢だと思ったのに」
「良い夢?」
「うん、久しぶりに師匠とお話した夢」
つい「お話」なんていう子どもの時に使っていた言葉が出てしまう。
最近は少し大人ぶってみたりしていたけれど、やはり師匠の前ではそうはいかないらしい。
そんな言葉に少し恥ずかしさを覚えていると、オリヴィアは真面目な顔で何かを考えていた。
そして、しばらく思案した後にこう問いかける。
「……エリーさん、レイン様は何か言ってました?」
「え、なんで?」
夢はあくまで夢のはずだ。エリー自身に予知能力は全くない。
魔物が生まれる予兆は、大気のざわめきの様なものを感じられるだけだ。
「エリーさんは心を読む力を持っていますわ。最近は大気のどよめきも分かる程に、洗練されています」
そう思っていると、オリヴィアはそれこそが鍵の様な言い方をする。
「う、うん」
思わず普通に頷ずいてしまったが、次の言葉は予想外だった。
「レイン様は亡くなったといっても、体を分解して大気の中を漂っている」
「え、消滅したんじゃないの?」
魔法書には呪いの解き方は記されていなかったが、討伐隊の面々はエリーを除きその解き方を聞かされていた。レインの体内に混在する、絶妙なバランスを保っている二つのマナ、そのマナが触れ合い消滅する時の力を解呪の力に変換して、とかなんとか。勉強の苦手なエリーは詳しく理解はしていないが、遺体も残らず大気に消えていったということだけは理解していた。
「大部分はそのはずですけれど、レイン様は陰のマナの含有率の方が高いのですわ。それがもしも混ざらずに残っていたのなら、わたくし達に何か伝えてくださった可能性が……」
「ある、のかな」
その魔法を施した聖女サニィは「私と一緒になれるかも」なんて気楽に言っていた問題。
それが運良くなのか、悪くなのか、混ざり消滅していなかったとしたら……。確かにエリーが何かのメッセージを受け取る可能性も有り得なくはない。
相手は普通の勇者でも魔物でもなんでもなく、なんでも有りだと思わせる様なあの師匠レインなのだ。
「あくまで、可能性ですけれどね。本当の夢かもしれません」
オリヴィアはあくまで冷静に、そんな分析をする。
結局のところそれが本当かどうなのか、欠片でも分かるとすれば、そのメッセージを受け取った可能性のあるエリーだけ。
「そっか。でも、言ってたことはふたつ位」
「言ってみてください」
それを理解して、エリーも冷静に告げる。
「まず、オリ姉は師匠自慢の弟子だってこと」
「あら、ふふふ。そういうところがやっぱりレイン様は……ふふ」
今までの努力が全て報われたかの様な幸福に、オリヴィアの心は一瞬で支配される。
直前まで真面目な話をしていたはずなのにのイラッとくるが、そろそろエリーも慣れている。
それに、努力が報われたと、そろそろオリヴィアも喜んでいい頃だ。
とは言え話の途中。
「くねくねするのは後にして。二つ目はね、何があっても魔王を倒せ、ってこと」
「何があっても……」
レインはもしかしたら、仲間の死を予感しているのかもしれない。
最悪の場合は、仲間どころか、どちらかが……。
それでも前に進め、そういうことだろうか。
「でも、言われてみれば当然のことしか言われてないし、やっぱり夢かな。師匠の消え方があの時を思い出しちゃってうなされちゃったのかも」
今でも思い出すだけで寝つきが悪くなる師匠の失踪。
オリヴィアか母と一緒に寝なければ見てしまう可能性の高い悪夢。
起きた後の感覚は、確かにそれが近かった。
「そう、ですわね。何があっても、確かに当然のこと、ですわね」
なんだか少しだけしっくり来ない気もするけれど、時間は待ってはくれない。
その時は、遂にやってきた。
少し強めのノックの直後、一人の女性騎士が部屋に入ってくるなり、こう告げる。
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