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第九章:最後の魔王
第百三十一話:帰りなさい
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間に合わなかった。
ディエゴの死はグレーズにとって大損失。
英雄候補達と同時に、斥候達は連絡を済ませていた。
あるいは、たらい回しにさえなっていなければ、間に合っていたのかもしれない。
もしも間に合っていたとして、助けられるかどうかは別の話として。
エリーがすぐさま転移してその場に辿り着いた時、決死の表情で魔王レインに斬りかかったグレーズ国王ピーテルは絶望を見ていた。
2秒先が見えるその力は、完全な死を予見していた。どの様に足掻こうと、例えエリーが飛び出そうと、もしも飛び出したのが最も速いオリヴィアだとしても間に合わない。
そんな予見を。
自分が死ぬことが分かるという状況を、エリーはこの時初めて実感した。
「クソォォォ!!!」
そう叫ぶ王の周りには、九人の騎士達が倒れている。
その全員が首を切り離され、今にも自分もそうなるのだと嫌でも実感した王の攻撃は魔王に掠ることもなく。
直前で生き返ったマルスが再び死ぬのとほぼ時を同じくして、グレーズ国王ピーテル・G・グレージアの首は撥ねられた。
――。
王の走馬灯を、エリーは受け取っていた。
魔王化したレインを裏切り者として罰したかったということが王の本音の全てではない。
王は、ピーテルは、魔王が突如復活してオリヴィアが絶望を感じた時、ディエゴが死を覚悟して戦っていた時、温々と訓練を続けていた。戦場に出ない身分であることを良いことに、まだ魔王の誕生は先だと予想されていたことを良いことに、その日も騎士団の居残り組の面々と共に楽しく剣を振るっていた。
かつてはディエゴと並んで最強と呼ばれていた自分が、騎士として現王妃を守った自分が、親友や娘が必死に戦っている時に、死の危険など何も無い平和な訓練を楽しくしていたということが、許せなかった。
もちろんそれは王の個人的な意見だ。
他の騎士団員達は、王があれだけ本気で訓練をしているのだから現役として負けてはならないと必死な訓練をしていた。いつの間にか全盛期を越え、騎士団のナンバー2の実力になっていた王が遊んでいる等とは、誰一人思っていなかった。
それでも、王はそれに納得など出来なかった。
「アーツ、王とは決断する者のことだ」
出発の直前にも、王は自分に言い聞かせる様にそんなことを説いていた。
その決断という言葉が何を指すのか、エリーには理解が難しかったけれど、それでも、王は行くべきではないと分かっていながらも自分を止められなかった。
連れて行った騎士団員は9名。
いずれも老練の、魔物の被害を受け家族を失った者達。それ以外の者達は、家族の居る者達は勅命と言う形で押しとどめて、たった10人のグレーズ魔王討伐軍は出発した。
現場に着いてからの王は冷静だった。
2秒先が見えるその力は魔王の動きを正確に予測し、老練の騎士達をサポートする。
隣に居る女が何か邪魔をしてくる気配はなく、魔王との戦いに集中していた。
それでも、次第に未来は変えられなくなっていく。
圧倒的な地力の差、騎士達の動きの微妙なズレ、瞬きほどの差も無い動きのズレを、あの鬼神と呼ばれた男が見逃すはずもなく、一人、また一人と騎士達は倒れていく。
彼ら全てが、かつてレイニー・フォクスチャームがされていた様に首を切り離されて……。
レインは6歳の頃より常に戦場に有り続けた。
一歩でも間違えれば死が確実なものとなるその戦場で、レインは確実に止めを刺すことを徹底していた。
複数が相手では特に、死んだふりをする相手が居るかもしれない。もしもそれを見抜けなかった時のことを考えれば、その一つの判断ミスから途端に形勢が逆転する可能性がある。
そんな戦場で覚えた癖が首の切断だ。極々一部の魔物を除き、首を切断して生きていられる魔物は存在しない。レインは敵を殺す際、それを徹底することで生き残ってきた。
その癖が、魔王になった今でも息づいている。
それを見た王の感情は、複雑だった。
確実に止めを刺しながら戦うその戦い方は、強者というよりもむしろ弱者の戦い方だ。
反撃を受けることが怖い。想定外の出来事が恐ろしい。
そんな弱者の、いや、人間的な戦い方。
確実に魔王で世界に仇名す存在であるにも関わらず、人間だった時の戦い方を律儀に守るレインが、自ら魔王になるなど有り得ない。レイニーを殺したのも、本当に偶然で……。
ふと、そんなことを考えた時には、既に最後の一人の仲間が殺されていて、自分の確実な死が見えていた。
……。
「レイン様、私が」
ふと聞こえた声に、エリーの意識が戻る。
見ると、魔王となった師匠の前に黒髪の女が立っている。
手には知っている巨大な杖。白樺とルビーで作られているという、聖女の象徴である巨大な杖を持ち、肩からはこれもまた見覚えのある鞄を提げている。
そんな、絶世の美女。どことなく師匠とお似合いとすら思ってしまう様な、そんな。
「あなたがアリスの娘ね」
美女は、エリーに向かって微笑む。
敵意は無く、後ろの魔王師匠も落ち着いた様子で美女を見守る。いや、師匠からしたら、サニィお姉ちゃんを見守っている。
「うん。あなたがたまちゃんね。来たからには覚悟してる」
「帰りなさい」
「え?」
ごちゃごちゃと身に付けた宝剣の中から【ベルナール】を選択して構えたエリーは、その美女の言葉に目を丸くする。
戦闘が始まるのだと思っていた所にそんな言葉。
すると美女、たまきはそこにあった遺体の数々を蔦の魔法で持ち上げると、森の中へと運び始めた。
最早背後にあった、回収不可能だと思われたディエゴ達の遺体も同じく。
辛うじて生きている様子のナディアだけは、師匠が大切そうに守っている為に不可能な様だけれど。
「そんなおもちゃではレイン様には勝てない。出直しなさい。もう一つ増える前に」
読みづらい心。何を考えているのか、いまいち読めない。
恐らく、必死に何かを抑えているのだろう。
だからこそ、エリーはこう問わずにはいられなかった。
「あなたは何が目的なの?」
魔王を止めたり、止めなかったり、遺体を運んだり、今は敵意が無かったり、何より、聖女サニィの荷物を持っていたり。
「私はレイン様の側に居るだけ。レイン様を殺そうとするなら抵抗するわ。でも、そうじゃないなら少しだけ、抑えてあげる。それだけよ」
それだけを伝えると、たまきは再び帰りなさいとジェスチャーをして、【レイン様が暴れる前に】と心の中で呟いた。
ディエゴの死はグレーズにとって大損失。
英雄候補達と同時に、斥候達は連絡を済ませていた。
あるいは、たらい回しにさえなっていなければ、間に合っていたのかもしれない。
もしも間に合っていたとして、助けられるかどうかは別の話として。
エリーがすぐさま転移してその場に辿り着いた時、決死の表情で魔王レインに斬りかかったグレーズ国王ピーテルは絶望を見ていた。
2秒先が見えるその力は、完全な死を予見していた。どの様に足掻こうと、例えエリーが飛び出そうと、もしも飛び出したのが最も速いオリヴィアだとしても間に合わない。
そんな予見を。
自分が死ぬことが分かるという状況を、エリーはこの時初めて実感した。
「クソォォォ!!!」
そう叫ぶ王の周りには、九人の騎士達が倒れている。
その全員が首を切り離され、今にも自分もそうなるのだと嫌でも実感した王の攻撃は魔王に掠ることもなく。
直前で生き返ったマルスが再び死ぬのとほぼ時を同じくして、グレーズ国王ピーテル・G・グレージアの首は撥ねられた。
――。
王の走馬灯を、エリーは受け取っていた。
魔王化したレインを裏切り者として罰したかったということが王の本音の全てではない。
王は、ピーテルは、魔王が突如復活してオリヴィアが絶望を感じた時、ディエゴが死を覚悟して戦っていた時、温々と訓練を続けていた。戦場に出ない身分であることを良いことに、まだ魔王の誕生は先だと予想されていたことを良いことに、その日も騎士団の居残り組の面々と共に楽しく剣を振るっていた。
かつてはディエゴと並んで最強と呼ばれていた自分が、騎士として現王妃を守った自分が、親友や娘が必死に戦っている時に、死の危険など何も無い平和な訓練を楽しくしていたということが、許せなかった。
もちろんそれは王の個人的な意見だ。
他の騎士団員達は、王があれだけ本気で訓練をしているのだから現役として負けてはならないと必死な訓練をしていた。いつの間にか全盛期を越え、騎士団のナンバー2の実力になっていた王が遊んでいる等とは、誰一人思っていなかった。
それでも、王はそれに納得など出来なかった。
「アーツ、王とは決断する者のことだ」
出発の直前にも、王は自分に言い聞かせる様にそんなことを説いていた。
その決断という言葉が何を指すのか、エリーには理解が難しかったけれど、それでも、王は行くべきではないと分かっていながらも自分を止められなかった。
連れて行った騎士団員は9名。
いずれも老練の、魔物の被害を受け家族を失った者達。それ以外の者達は、家族の居る者達は勅命と言う形で押しとどめて、たった10人のグレーズ魔王討伐軍は出発した。
現場に着いてからの王は冷静だった。
2秒先が見えるその力は魔王の動きを正確に予測し、老練の騎士達をサポートする。
隣に居る女が何か邪魔をしてくる気配はなく、魔王との戦いに集中していた。
それでも、次第に未来は変えられなくなっていく。
圧倒的な地力の差、騎士達の動きの微妙なズレ、瞬きほどの差も無い動きのズレを、あの鬼神と呼ばれた男が見逃すはずもなく、一人、また一人と騎士達は倒れていく。
彼ら全てが、かつてレイニー・フォクスチャームがされていた様に首を切り離されて……。
レインは6歳の頃より常に戦場に有り続けた。
一歩でも間違えれば死が確実なものとなるその戦場で、レインは確実に止めを刺すことを徹底していた。
複数が相手では特に、死んだふりをする相手が居るかもしれない。もしもそれを見抜けなかった時のことを考えれば、その一つの判断ミスから途端に形勢が逆転する可能性がある。
そんな戦場で覚えた癖が首の切断だ。極々一部の魔物を除き、首を切断して生きていられる魔物は存在しない。レインは敵を殺す際、それを徹底することで生き残ってきた。
その癖が、魔王になった今でも息づいている。
それを見た王の感情は、複雑だった。
確実に止めを刺しながら戦うその戦い方は、強者というよりもむしろ弱者の戦い方だ。
反撃を受けることが怖い。想定外の出来事が恐ろしい。
そんな弱者の、いや、人間的な戦い方。
確実に魔王で世界に仇名す存在であるにも関わらず、人間だった時の戦い方を律儀に守るレインが、自ら魔王になるなど有り得ない。レイニーを殺したのも、本当に偶然で……。
ふと、そんなことを考えた時には、既に最後の一人の仲間が殺されていて、自分の確実な死が見えていた。
……。
「レイン様、私が」
ふと聞こえた声に、エリーの意識が戻る。
見ると、魔王となった師匠の前に黒髪の女が立っている。
手には知っている巨大な杖。白樺とルビーで作られているという、聖女の象徴である巨大な杖を持ち、肩からはこれもまた見覚えのある鞄を提げている。
そんな、絶世の美女。どことなく師匠とお似合いとすら思ってしまう様な、そんな。
「あなたがアリスの娘ね」
美女は、エリーに向かって微笑む。
敵意は無く、後ろの魔王師匠も落ち着いた様子で美女を見守る。いや、師匠からしたら、サニィお姉ちゃんを見守っている。
「うん。あなたがたまちゃんね。来たからには覚悟してる」
「帰りなさい」
「え?」
ごちゃごちゃと身に付けた宝剣の中から【ベルナール】を選択して構えたエリーは、その美女の言葉に目を丸くする。
戦闘が始まるのだと思っていた所にそんな言葉。
すると美女、たまきはそこにあった遺体の数々を蔦の魔法で持ち上げると、森の中へと運び始めた。
最早背後にあった、回収不可能だと思われたディエゴ達の遺体も同じく。
辛うじて生きている様子のナディアだけは、師匠が大切そうに守っている為に不可能な様だけれど。
「そんなおもちゃではレイン様には勝てない。出直しなさい。もう一つ増える前に」
読みづらい心。何を考えているのか、いまいち読めない。
恐らく、必死に何かを抑えているのだろう。
だからこそ、エリーはこう問わずにはいられなかった。
「あなたは何が目的なの?」
魔王を止めたり、止めなかったり、遺体を運んだり、今は敵意が無かったり、何より、聖女サニィの荷物を持っていたり。
「私はレイン様の側に居るだけ。レイン様を殺そうとするなら抵抗するわ。でも、そうじゃないなら少しだけ、抑えてあげる。それだけよ」
それだけを伝えると、たまきは再び帰りなさいとジェスチャーをして、【レイン様が暴れる前に】と心の中で呟いた。
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