雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第九話:謎の少女

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「ひぅっ」

 尋ねたクラウスに対する少女の反応は、怯えだった。

 魔物の作る疑似餌ならば人懐っこいパターンが多い。下手に心を開いてしまえば近くで気配を殺している本体や少女の姿に化けた魔物がその隙をついてぱくり。
 対して人の捨て子の場合は初めは怯えることが多い。親に捨てられたと分かっているのならば尚更人を信用することなどできるわけがないし、最後まで騙されていたとしても知らない人は怖いに決まっている。
 迷い子ならば魔物のパターンに近く、その子の個性次第。と言っても多くは心ぼそくて目に付いた人を頼る傾向になることが多い。
 エリー叔母さんからの知識を思い出す。

 となると角が生えているという理由で捨てられた人間の少女だろうか。
「ママ」という発言からしても、母は子どもを上手く騙していたパターンの様に見える。
 とは言え、角が生えている人間の子どもという知識は、今まで様々な童話や英雄たちの物語、エリー叔母さんの謎に包まれた冒険の話を改めて思い返してみても聞いたことがない。
「鬼神と呼ばれるレインは角が生えていたに違いない」などと適当なことを言う者達はいるけれど、狛の村の誰一人として角など生えていないことは、英雄達が証言している。
 それは例え、レインが魔王になった時だろうと変わらない。
 魔王は心臓に埋め込まれる結晶の様なものが本体で、肉体の変化を起こすことは一切無いというのが『魔法書』の原本、複製の効かない部分にははっきりと書かれているらしい。

 分からない。
 それが結局のところクラウスの結論だった。
 だからこそ、怯えの様子を見せた少女に、隙なく挑むことに決めた。

「僕はクラウス。君の名前は?」
「……おじさんは、わたしをころす?」
「うっ……」

 ズキっと胸を刺されたような痛みがクラウスを襲う。
 まだ18歳のクラウスはとてもじゃないがおじさんではない。
 確かに自分の周囲はおかしいことは自覚している。もう50歳を超えるアリスは未だに10歳の少女の様な見た目をしているし、エリー叔母さんも身長は165cmながらクラウスと同じ程度の童顔だと言える34歳。
 そして母であるオリーブも43歳ながら、確か二人で王都を歩いていたところカップルかと間違えられたことがあること思い出す。

「いや、あれはあの三姉妹が異常なだけだって」
「ひぅぅ」

 頭をぶんぶんと振りながら独り言を漏らすと、少女は再び怯えを見せる。
 と言うよりも、隙を見せないと決めた途端思いっきり隙を見せてショックを受けてしまったことの方が問題だ。エリー叔母さんを前にこんなことを考えようものなら5回は滅多打ちにされている。
 これは素振り10万回追加案件だな、などと考えながら、目の前の少女が今のところ襲ってくる様子はないことに隙無く安堵すると、会話を再開する。

「僕はこんな髪色だけど18歳、お兄さんと呼んでほしい」

 家族が言う青銅色の髪色、錆びた青銅の緑色と言うよりは鈍い金色に近いクラウスの髪色は確かに若々しくはない。
 光の当たり方によっては青く見えるのが不思議な髪の毛ではあるけれど、家族は皆この髪色が好きらしい。
 だからなのか、クラウスはそれで歳をとって見られることがそれほど好きではなかった。

「と、いや、そんな話じゃなかったな」

 隙は作らない様に出来ているはずだけれど、代わりに思考は纏まっていないクラウスは一先ず見た目年齢の話は置いておくことにして、屈んで視線を合わせる。
 少しでも少女が怖がらない様にする為の措置。
 かつてエリー叔母さんから聞いた秘技だと言う。

「君は、迷子かい?」

 先ほどからどちらも質問ばかりになっている気がするけど、殺さないとは言い切れないから答えられない。魔物だと分かれば殺さざるを得ないのが勇者の役目なのだから。
 すると、少女は怯えながらもふるふると首を左右に振った。
 どうやら秘技が聞いたらしく、怯えた表情は隠せないものの警戒心は少しばかり緩んだようで、質問を受け付ける構えに変わったように見える。

「迷子じゃなければなんでこんな所に居るんだ?」
「…………わからない」

 なるほど、ジャングルに迷い込んだわけではないけど人生の迷子なのか。そんな風に、一先ず聞き流すことにする。何故なら、その一言でこの少女が魔物である確率は一気に高まってしまったから。
 現在で言う【魔素】が物質化したものが魔物で、魔物は人から見れば唐突に生まれる。つまり、何故ここにいるのか分からないと言う事は、生まれたばかりの魔物である可能性が高いということ。
 この僅か5歳程度の少女は、ジャガーノートが巣を発った後に生まれた魔物なのかもしれない。

「名前はなんて言うんだ?」

 ふるふる。
 少女は首を振る。
 自分の名前すらも分からないというのは、やはり魔物だろうか。

「ママはどうしたんだ?」

 ふるふると首を振りながら、「いないの」と涙目になる。
 その行動は人間の少女の様だが、やはり何か妙だ。
 彼女が魔物で自分に危害を与える為に生まれたのだとしたら、まるで意味が分からない。
 一刀で確実に倒せる少女に【世界の意思】とやらは一体何を期待しているのかと言う疑問を抱かずにはいられない。
 逆に人間の子どもだとしたら、何故ジャガーノートの巣に居るのか、その理由が一切分からない。

「ここに居た大きな赤い動物は見たかい?」
「……んーん、見てない」

 この子は頷く機能が無いのだろうか、と思わずにはいられない程にクラウスの質問に対して全てに首を振る。
 どうしたものか、と考える。考えれば考える程にどちらなのか分からないし、会話も成立していることに混乱は広がる。
 行動はまるっきり人の子ども。
 出現状況は丸っきり魔物のそれ。
 そして、思いっきり隙を見せてしまった時にも攻撃は来なかったという謎の状況。

 となると、かつてのたった一匹の例外に近い存在なのかもしれないと、クラウスはふと思い至って、試してみることにした。
 殺してしまうのは容易い。
 しかしそれでも、クラウスはレインの話が大好きだった。
 かつて英雄エリーを助けた時のレインの話が好きで、自分もそうなりたいと願っていた。
 だからこそ、クラウスは正体不明のその少女に、一度歩み寄ってみることに決めた。

「僕でよければ、ママを探すのを手伝ってあげようか」

 剣を左に持ち替えて、右手を差し出す。
 少女は、ママと言う言葉に反応したのだろうか、しばしキョロキョロと周囲を見渡すと、クラウスの所へと歩き出した。
 おぼつかない足取りで、たった3m程の距離を、その小さい体で大げさに歩く。
 そのまま少女はクラウスの右手をすり抜けて、クラウスの懐へと入りこむ。

 まるで安心するかの様に頭をクラウスに擦り付ける少女を見て、クラウスは剣をその首元に突き付けた。
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