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第二章:恐怖を煽る二人
第十九話:よく眠る子
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クラウスは知らない。
何も知らなくとも何も違和感を覚えない様に、幼少から英雄達に鍵をかけられてきたから。
クラウスは知らない。
その心はいつだって英雄エリーに誘導され、英雄エレナに夢を見せられ、英雄イリスに信じさせられてきたある事実を。
クラウスは知らない。
母の愛で、悪夢を見ずに済む様に、幸せに生きられる様にと、ある問題を先延ばしにされていたことを。
クラウスは、知っている。
唯一、幾重にも鍵をかけたはずだったのに漏れてしまった、母が英雄オリヴィアであるという事実を。
そして、やはりクラウスは知らない。
世界は今、未曾有の大問題に直面している事実を。
何故、最後の魔王が最後の魔王なのかを。何故、20年近くも前の魔王レインが未だに怨まれているのかを。
そして何故、英雄であるはずの母が一般人であるのかを、クラウスは知らない。
――。
今からグレーズ王都の方向に向かうという短い手紙をさっと出して、クラウスはサウザンソーサリスを出発した。
マナが歩きたがったので、手を繋いでゆっくりと進んで行く。
「くらうす、あれ食べたい」
マナが突然そんなことを言いながら、左手側を指差した。そこには久しぶりに見たものがあった。
「あれは食べられないよマナ……」
マナの指の先には、緑色の物体が居る。
スライムだ。
体が強酸の性質を持つ最弱の魔物スライムは、ゆっくりゆっくりと勇者に向かって進む、意思のない魔物。
かつてレイン達が相手にしたブラッドスライムの遥か下位に位置する魔物で、例えキャンプ中にのしかかられたとしても素早く真っ二つにして洗うだけで、大した怪我を負うことも無い魔物だ。
一般人が川の無いところで襲われれば流石に危険なものの、不定形な癖をして真っ二つにするだけでただの酸のゼリーになってしまう。何のために存在しているのかもあまり分かっていない、魔法使いがいれば完全に危険度はゼロという、そんな存在。
「えー、おいしそうなのに」
先日の宿では、食後のデザートにゼリーが出た。マナはどうやらそれとスライムを混同してしまったらしい。
「確かに綺麗だけどね、でも魔物は食べたら毒なんだよ」
「そうなのー?」
魔物は魔素が実体を持ったものだ。
それを口にしてしまえば、勇者であれば体内でマナと混ざり消滅してしまうことで力が落ちるし、一般人であれば凶暴化の原因となる。
ただ毒と言われてきた以前に比べたら、聖女サニィのおかげでその理由すら解明されたおかげで説明も簡単だ。
もちろん、まだ五歳にも満たないだろうマナには毒だから食べちゃいけないと言っておくだけでも大丈夫だろう。
「食べたら僕みたいな勇者になれなくなっちゃうよ?」
今はそんな風に教えるのが適切に思われる。
クラウスの思惑は見事にハマった様で、マナは両手でクラウスの左手にしがみつくと言う。
「それはやだ!」
そんな様子を見ていると、やはり無性に父性の様なものが働いてしまうのを感じて、涙目で訴える少女を左手でさっと抱えると、「見てて」と一言。
スライムは、初めて見せる魔物討伐としては、ちょうど良い相手だ。
意思が無く、血を見せることもない、不定形の魔物。これを倒して罪悪感を覚える人間を聞いたことがない。
強酸で、確実な害を与えるただの魔物だ。
紅色の旭丸を抜いて、ゆっくりとスライムに近づいて行く。
そして、マナが見守る中、手早くそれを真っ二つにした。剣の腹で、扇ぐ様に一撃。
剣はスライムに触れることすらなく、風圧だけで二つに裂いてしまう。
「きらないの?」
「こいつは剣で直接触ると、剣が可愛そうなんだ」
「そうなの?」
「うん、スライムの毒は剣にも効いちゃうんだよ」
と、勇者になりたがった少女に説明していく。
少女はそれを見ても、特に感慨など無いようで、「そっかー、おいしそうだなぁ」と、既に別のことを考え始めていた。
「お腹空いたの?」
「んー、ちょっと」
人差し指と親指でちょっとのジェスチャーを作りつつ、マナは甘える様に言う。
手紙を出すついでに昼は食べたばかりだったけれど、自分の足で歩いたことでもう消化してしてまったらしい。
「そっか。それじゃ、取り敢えず干し肉食べな」
「わーい」
旅の食料にと購入しておいた干し肉を差し出すと、マナは嬉しそうに齧り付く。
そのままクラウスに抱かれたまま降りる様子も無く干し肉を食べ終わると、またすぐにうとうとし始めた。
「マナはよく寝る子だな」
そう言って頭を撫でれば、「んんんぅんー」と嫌そうに首を振る。
本人は寝るつもりは無いらしい。
それでも、そんな根性はいつまでも持たず、しばらく船を漕いでから完全に寝てしまった。
「色々と考えることもあったけど、やっぱり子どもみたいだ」
寝てしまったマナの頭を優しく撫でていると、またしてもと言うべきだろうか、魔物が数匹飛び出してきた。
緑色の、今度はゴブリン。
それを手早く始末したころ、マナは「みどりの、おいしそう」と寝言を漏らすのだった。
そんな呑気なマナに苦笑いをしつつ、クラウスは王都の方角へと歩き続ける。
何も知らなくとも何も違和感を覚えない様に、幼少から英雄達に鍵をかけられてきたから。
クラウスは知らない。
その心はいつだって英雄エリーに誘導され、英雄エレナに夢を見せられ、英雄イリスに信じさせられてきたある事実を。
クラウスは知らない。
母の愛で、悪夢を見ずに済む様に、幸せに生きられる様にと、ある問題を先延ばしにされていたことを。
クラウスは、知っている。
唯一、幾重にも鍵をかけたはずだったのに漏れてしまった、母が英雄オリヴィアであるという事実を。
そして、やはりクラウスは知らない。
世界は今、未曾有の大問題に直面している事実を。
何故、最後の魔王が最後の魔王なのかを。何故、20年近くも前の魔王レインが未だに怨まれているのかを。
そして何故、英雄であるはずの母が一般人であるのかを、クラウスは知らない。
――。
今からグレーズ王都の方向に向かうという短い手紙をさっと出して、クラウスはサウザンソーサリスを出発した。
マナが歩きたがったので、手を繋いでゆっくりと進んで行く。
「くらうす、あれ食べたい」
マナが突然そんなことを言いながら、左手側を指差した。そこには久しぶりに見たものがあった。
「あれは食べられないよマナ……」
マナの指の先には、緑色の物体が居る。
スライムだ。
体が強酸の性質を持つ最弱の魔物スライムは、ゆっくりゆっくりと勇者に向かって進む、意思のない魔物。
かつてレイン達が相手にしたブラッドスライムの遥か下位に位置する魔物で、例えキャンプ中にのしかかられたとしても素早く真っ二つにして洗うだけで、大した怪我を負うことも無い魔物だ。
一般人が川の無いところで襲われれば流石に危険なものの、不定形な癖をして真っ二つにするだけでただの酸のゼリーになってしまう。何のために存在しているのかもあまり分かっていない、魔法使いがいれば完全に危険度はゼロという、そんな存在。
「えー、おいしそうなのに」
先日の宿では、食後のデザートにゼリーが出た。マナはどうやらそれとスライムを混同してしまったらしい。
「確かに綺麗だけどね、でも魔物は食べたら毒なんだよ」
「そうなのー?」
魔物は魔素が実体を持ったものだ。
それを口にしてしまえば、勇者であれば体内でマナと混ざり消滅してしまうことで力が落ちるし、一般人であれば凶暴化の原因となる。
ただ毒と言われてきた以前に比べたら、聖女サニィのおかげでその理由すら解明されたおかげで説明も簡単だ。
もちろん、まだ五歳にも満たないだろうマナには毒だから食べちゃいけないと言っておくだけでも大丈夫だろう。
「食べたら僕みたいな勇者になれなくなっちゃうよ?」
今はそんな風に教えるのが適切に思われる。
クラウスの思惑は見事にハマった様で、マナは両手でクラウスの左手にしがみつくと言う。
「それはやだ!」
そんな様子を見ていると、やはり無性に父性の様なものが働いてしまうのを感じて、涙目で訴える少女を左手でさっと抱えると、「見てて」と一言。
スライムは、初めて見せる魔物討伐としては、ちょうど良い相手だ。
意思が無く、血を見せることもない、不定形の魔物。これを倒して罪悪感を覚える人間を聞いたことがない。
強酸で、確実な害を与えるただの魔物だ。
紅色の旭丸を抜いて、ゆっくりとスライムに近づいて行く。
そして、マナが見守る中、手早くそれを真っ二つにした。剣の腹で、扇ぐ様に一撃。
剣はスライムに触れることすらなく、風圧だけで二つに裂いてしまう。
「きらないの?」
「こいつは剣で直接触ると、剣が可愛そうなんだ」
「そうなの?」
「うん、スライムの毒は剣にも効いちゃうんだよ」
と、勇者になりたがった少女に説明していく。
少女はそれを見ても、特に感慨など無いようで、「そっかー、おいしそうだなぁ」と、既に別のことを考え始めていた。
「お腹空いたの?」
「んー、ちょっと」
人差し指と親指でちょっとのジェスチャーを作りつつ、マナは甘える様に言う。
手紙を出すついでに昼は食べたばかりだったけれど、自分の足で歩いたことでもう消化してしてまったらしい。
「そっか。それじゃ、取り敢えず干し肉食べな」
「わーい」
旅の食料にと購入しておいた干し肉を差し出すと、マナは嬉しそうに齧り付く。
そのままクラウスに抱かれたまま降りる様子も無く干し肉を食べ終わると、またすぐにうとうとし始めた。
「マナはよく寝る子だな」
そう言って頭を撫でれば、「んんんぅんー」と嫌そうに首を振る。
本人は寝るつもりは無いらしい。
それでも、そんな根性はいつまでも持たず、しばらく船を漕いでから完全に寝てしまった。
「色々と考えることもあったけど、やっぱり子どもみたいだ」
寝てしまったマナの頭を優しく撫でていると、またしてもと言うべきだろうか、魔物が数匹飛び出してきた。
緑色の、今度はゴブリン。
それを手早く始末したころ、マナは「みどりの、おいしそう」と寝言を漏らすのだった。
そんな呑気なマナに苦笑いをしつつ、クラウスは王都の方角へと歩き続ける。
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