【連載版】婚約破棄ならお早めに

ひよこ1号

文字の大きさ
9 / 16

9.騎士団長の息子、グラッドの放逐

しおりを挟む
騎士団長のゲルハルトは、元辺境伯家の傍流の家柄である。
平民の身分だったが、騎士としての強さを見込まれて、辺境伯の養子に入ってから伯爵家へと婿入りしたのだ。
王都の守備を任されて騎士としての強さを以って騎士団長へと昇進した男で、実力主義の騎士団の中でも信頼が篤い。
だが、息子の一人は、その騎士道精神を勘違いするような男だった。

「お前が守るべきは、その男爵令嬢とやらではない。婚約者のミラディ嬢だ」

何度も父や兄に忠告は受けていたけれど、グラッドは聞き流していた。
オレリア伯爵家はゲルハルトが婿入りしたレーヴェン家とも繋がりが深い家で、領地も近いし王都の邸宅も隣同士なのである。
しかも、一人娘。
次期伯爵を継ぐか、夫に継がせるか。
どちらにせよ親しい家柄が良いと、嫡男でなく歳も近かったグラッドが選ばれた。
ミラディとは幼い頃から一緒に育ってきて、夕焼けの様に赤い髪に、紅玉の瞳の美しい少女だが、グラッドにとっては親友のような姉妹のような、そんな近しい存在だった。
見た目は美しいが活発な少女で、あどけなく笑い、馬にも乗れば剣も振り回すような彼女は、しかしグラッドにとって、女性という枠ではない。
家族として考えるのならば、別に婚姻してもいいと思っていたが、恋愛めいた気持ちは一欠けらも無かった。

そして学園で出会ったアリス・ピロウは華奢でふわふわとした女性だった。
少し頼りない所も、甘えてくるところも、大袈裟にグラッドの剣を褒める所も、何もかもが新鮮で愛おしかったのだ。
アリスのようなか弱い美少女に頼られて、グラッドは舞い上がってしまった。
更に彼女の交友関係は、王太子まで含んでいて、王太子からも卒業したら近衛騎士にも誘われていたので、余計にのめり込んでいた。
自分に幸運を呼び込む女性であり、可愛らしく甘えん坊で、少し足りない所も可愛いと思える女性で。
でも、同じ女性には評判は悪い、とアリスが涙ながらに言えば、嫌がらせから守るべく常に誰か「友人」が側にいるようになった。
でもそれは、「友人」の婚約者の不興を買う事になり、度々叱責されるようになる。
特に酷いのはイライザ・エリンギル伯爵令嬢で、人目も憚らずにマーティンを呼びつけると、節度を守るようにと何度も高圧的に警告していた。
他人事のようにそれを眺めていたが、ミラディ本人から言われる事はなくても、父や兄達に苦言を呈されるようになり、うっとおしく思っていた頃、ミラディが中庭に現れたのだ。
文句を言いに来たのか?と警戒したが、彼女は鮮やかな髪を靡かせて、首を傾げた。

「グラッド様は、アリス・ピロウ様を愛していらっしゃるの?」
「……ああ。でも今は友人だ」

愛とまではいかないが、少なくともミラディに関していえば、家族愛で恋愛ではない。
恋愛かという問いかけだと思って、グラッドは頷いた。
しかし、そこには王太子も居る。
将来は側妃になるかもしれないから、その時は近衛騎士として守る心算だったし、恋人ではないから友人と付け足した。
だが、ミラディはふうん、と素っ気無く返す。

「友人?にしては距離が近いと思いますけど、まあいいですわ。王太子殿下がピロウ男爵令嬢をどうする気か分かりませんけれど、貴方はピロウ男爵令嬢から離れるつもりはない、という事でよろしい?」

確認するように聞かれて、グラッドはああ、と頷いた。

「分かりましたわ。お気持ちを聞けて良かったです。では、末永くお幸せに」

にっこりと微笑んだその姿は、幼い頃より大人びていて、それでいて美しかった。
それから先ミラディは、一切グラッドと言葉を交わす事はなかったのである。
夜会の誘いも、その他の交流も、全て途絶えてしまった。

いつも一緒に食事を摂っている中庭に向かおうと、廊下を移動している時、久しぶりにミラディを見かけた。
令息達に囲まれているミラディは、咲き誇る薔薇の様に美しく、目を奪われる。
だが、同時にモヤモヤと心の中に何とも言えない感情が渦巻いた。

「ミラディ」

思わずグラッドは声をかけていた。
呼ばれたミラディは、大輪の薔薇のように綻ばせていた顔を、スッと淑女の冷たい笑顔へと変貌させる。

「何か御用でもございまして?」

棘というほどではないが、冷たく返されて、思わず何も考えられずにグラッドは口にした。

「その男共は何だ」
「何って?友人ですけれど?」

友人、にしては距離が近いんじゃないか、と言いかけて、前に中庭で会話した事を思い出し、グラッドは歯噛みした。
そして、低い声で言い募る。

「仮にも婚約者がいるのだから、その様な真似は控えるべきだ」
「あら?友人とお話しているだけで、咎められる謂れはないのですけれど。アリス・ピロウ男爵令嬢はいつも、周囲にそう仰っていますでしょう」

一瞬、怯んだ様に口を噤むが、グラッドは更に言った。

「アリス嬢には、婚約者はいない」
「でも周りの殿方には全て、婚約者がおりましてよ。その方達の目にどう映っているか、お考えになったことはありまして?いえ、いいですわ。あったら出来ませんもの」

「ぐ……」
拳を握り締めたグラッドに、笑顔でミラディは続けた。

「それに、わたくしの婚約者は他の方に愛を捧げておりますの。だから、わたくしも他に愛すべき方を探しておりますのよ?ですからご心配には及びませんわ。では失礼致しますわね」

ぽかんと口をあけたグラッドは、ミラディとミラディを笑顔で囲む令息達を見送った。

俺がアリスに愛を捧げているから?
ミラディは他に愛を捧げる?
俺ではなく?

だとしたら、そこに結婚の意味はあるのだろうか、とグラッドは考える。
今まではミラディとの結婚は決まったものだと思っていた。
もしアリスが手に入るなら、解消しようとも思っていたのだが、望みは薄い。
だから、ミラディと結婚して、家庭を持って。
アリスと王太子に剣を捧げるのも良いと思っていたのだった。
愛するアリスと結ばれないならば、美しい薔薇のようなミラディでも良いと。

そして中庭での一件。
虐めの首謀者だとばかりにレンダーが罵っていた婚約者のオリゼーは、アリスと王太子を祝福する言葉を伝えて、まるで最初から王太子とは何の関係もなかったとでもいうように、振り返らずにその場を後にした。
そこで、アリスは正妃になる可能性も出てきたのだ。
グラッドがもっと世間を知っていれば、それは難しいと分かるのだが、グラッドにとってアリスと結ばれる可能性が断たれた瞬間である。

やはり、ミラディと結婚するしかない。
でも結婚するならば、他に愛する人間を探すのはやめさせよう。

都合の良い事を考えながら、グラッドは邸宅へと帰った。
そして、待ち構えていた父親に、盛大に殴り飛ばされたのである。

「お、親父殿、何を……っ」
「お前とミラディ嬢との婚約が解消となった。身に覚えはあるな?」

ある。
散々、兄と父が口を酸っぱくして言って来たのだから。
でも学園の事ならば、学園内では誰も何も言ってこなかったから。
そのまま無視していた。

「いや、でも。今日、アリス嬢はオルブライト嬢に代わって、レンダー王太子のお相手になったのですから、俺は、近衛騎士としてお側仕えをするのです」
「ほう?だとして、それがミラディ嬢に何の関係があるというのだ?」

父に聞かれてグラッドは、額や鼻から流れる血を拭いながら考えた。

ミラディは……え?……何の関係?

「ミラディとは…ですから結婚の約束が……」
「ああ、だから。お前はピロウ男爵令嬢を愛している、と言ったのだろう?お互いに気持ちも無く、家同士繋がる利点がある訳でもない。お前有責で破棄されなかったのは、我が家とオレリア家が殊の外親しかったから温情をかけて貰ったにすぎない。だからこそ、私はお前を除籍とする」

「じょ…除籍?そんな……!」

貴族籍を抜かれてしまったら、王太子の近衛騎士にはなれないし、平民として生きていかなくてはいけない。
まさか、そんな大事になるなんて思っていなかった。
たとえ婚約破棄になったとしても、まさか、貴族でなくなるなんて。

ミラディは言っていた。
私も愛すべき方を探す、と。
ならば、まだミラディの愛は自分にあるのではないか?

「……ま、まだ間に合うのではないですか?ミラディがまだ愛する相手を探しているならば……っ」
「フン。だとしてもお前がその相手になる事はないから、断られたのがまだ分からんか。それに婚約解消の話を持ちかけられたのは数ヶ月前だ」

グラッドは父親に冷たく鋭い眼で見下ろされて、その事実に瞠目した。
だから、一切の交流が無かったのかと。

「なあ、ミラディ嬢がお前から離れた時、お前は自由になったと思ったから彼女に対して何も行動を起こさなかったのだろう?今更お前が男爵令嬢とは結婚出来ないから、結婚してくれなどと、どの面を下げて言う。手にした宝の価値も分からんで投げ捨てるような男に、誰が嫁がせたいものか」

小さい頃から手にあった紅玉は、何よりも美しかったのに、それを捨ててしまったのだと。
今更ながらに気づいて、グラッドは呆然とした。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

【短編完結】婚約破棄ですか?了承致いたしますが確認です婚約者様

鏑木 うりこ
恋愛
 マリア・ライナス!お前との婚約を破棄して、私はこのリーリエ・カント男爵令嬢と婚約する事にする!  わたくしの婚約者であるサルトル様が声高に叫びました。  なるほど分かりましたが、状況を良く確認させていただきましょうか?   あとからやはりなかった、間違いだったなどと言われてはたまったものではございませんからね?  シーン書き2作目です(*'ω'*)楽しい。

婚約破棄されましたが、私はもう必要ありませんので

ふわふわ
恋愛
「婚約破棄? ……そうですか。では、私の役目は終わりですね」 王太子ロイド・ヴァルシュタインの婚約者として、 国と王宮を“滞りなく回す存在”であり続けてきた令嬢 マルグリット・フォン・ルーヴェン。 感情を表に出さず、 功績を誇らず、 ただ淡々と、最善だけを積み重ねてきた彼女に突きつけられたのは―― 偽りの奇跡を振りかざす“聖女”による、突然の婚約破棄だった。 だが、マルグリットは嘆かない。 怒りもしない。 復讐すら、望まない。 彼女が選んだのは、 すべてを「仕組み」と「基準」に引き渡し、静かに前線から降りること。 彼女がいなくなっても、領地は回る。 判断は滞らず、人々は困らない。 それこそが、彼女が築いた“完成形”だった。 一方で、 彼女を切り捨てた王太子と偽聖女は、 「彼女がいない世界」で初めて、自分たちの無力さと向き合うことになる。 ――必要とされない価値。 ――前に出ない強さ。 ――名前を呼ばれない完成。 これは、 騒がず、縋らず、静かに去った令嬢が、 最後にすべてを置き去りにして手に入れる“自由”の物語。 ざまぁは静かに、 恋は後半に、 そして物語は、凛と終わる。 アルファポリス女子読者向け 「大人の婚約破棄ざまぁ恋愛」、ここに完結。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

処理中です...