悪の種子

ひよこ1号

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返事は、いつか

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「公爵閣下にも申し込んだが、君にも改めて申し込む。君の望みを叶えた暁には、私との婚姻を考えてくれ」

「という体で、婚約や結婚から逃れたいのでしょうか?」

真面目な申し込みを、不躾な質問で返されてアルシェンは眉を盛大に顰めた。

「君に恋する熱烈な信奉者の心を叩き潰すとは、何て酷い悪女だ」

「その言い草なのですもの。冗談としか思えなくてよ」

呆れた様に言うシヴィアの辛辣な言葉に、ふと、笑みを零してからアルシェンは真面目な顔で真っすぐに見つめた。

「では、真面目に考えてくれ。従兄殿が公爵位を継げば、君はただの伯爵令嬢に戻る。私の元に嫁ぐのに問題あるまい。いや、答えるな。返事はもっと先で良いのだ。状況は常に変わっていく。人も同じだ。けれど変わらぬものもある。君の望みを叶える為に力を尽くすと言った事は守る」

「ありがとう存じます。殿下のお気持ちは有難く受け止めました。お返事は、いつか」

「ああ、それで良い」

はにかむように、微笑んで、アルシェンは掠めるように頬に唇を押し付けて離れていく。
その耳は赤く染まっていた。

顔を見せないように振り返らず歩き去って馬車に乗り込む後ろ姿を見ながら、シヴィアの心は悲しさに満ちていた。

今答えても、未来に答えても、答えは同じ。
アルシェンの言った言葉のように、変わらないものもあるのだ。

「わたくしは罪人ですもの」

あの酷く悍ましい血が、自分にも流れている。
それも、色濃く。

それがシヴィアには厭わしかった。
どれだけ、身体を切り裂いたとしても、血の一滴まで悪に染まっているのなら。
元を断つしか方法は無いのだ。
けれどもし、あの愚かな人々に囲まれた妹が、同じ血を受け継ぐ妹が正しく生きてゆけるのなら。
その時はアルシェンの言う通り、違う未来を考えてみるのも良いかもしれない。
変化を絶対に受け入れない程頑なになっていては、今後起こる事に正しく対処できないかもしれないからだ。
たとえ家族を敵に回して断罪する事を受け入れていても、自分と同じく親の影響下にある妹が慈悲を受けられればいいと思う。
可愛い妹が、善良さをもって、親の邪悪さから逃れられるよう、シヴィアは静かに祈った。

ふと、後ろから手を伸ばして抱きしめられて、ひゃ、と変な声が漏れてしまった。
振り返れば、優しくカッツェが微笑んでいる。

「もう、驚かせないで頂戴」

そう言って不機嫌そうに腕を解いてからシヴィアが走り出す。

「先に着いた方が勝ちよ!」

時々二人が、というよりシヴィアが始める遊びで、庭に一本だけ生えているリンゴの木まで競争するのだ。
大抵は、突然始めるシヴィアが有利なので勝つが、段々とカッツェが勝つ回数は増えていた。
もちろん、いつも勝ちっぱなしだと拗ねるかもしれないので花を持たせることも忘れない。

今日はどちらにしようか、とカッツェが迷っている間に、シヴィアが先に辿り着いた。
林檎の木にするするとシヴィアがよじ登り始めて、カッツェは驚いて足を止める。

「林檎を食べましょう。このあたりの実が食べ頃ね」

言いながら、ふらふらと頼りなげに林檎に手を伸ばすシヴィアを見て、危ない、と咄嗟にカッツェは走り出した。
その小さな身体がぐらりと傾いで、こちらに背を向けたまま身体が落ちる。

「シヴィ!!」

悲痛な叫びをあげて、カッツェが手を伸ばして助けようとしたのだが。

足はしっかり枝にかけられたままで。
重力に従って逆向きに垂れ下がったスカートの間から、シヴィアは顔を覗かせた。

「今、わたくしの名を呼んだわね」

「っあ……」

「さっき驚かせたでしょう?だから、もしかしてと思って試してみたの」

「そんな!そんな事するな!君を危険な目に合わせたら、意味が無い!」

カッツェが傷ついたように泣き叫ぶのが見えて、シヴィアは少しだけ後悔した。
声が出るようにはなったけど、確かに手法は強引過ぎたのである。

「ねぇカッツェ、お願いするわ。下ろして下さる?」

情けない事この上ないが、腹筋で起き上がれるほどの筋肉は無いし、さりとて足が着地する前に身体を回転させるしなやかさもない。
ぷらーんとぶら下がったシヴィアを見て、笑いたいような泣きたいような気持ちで、とりあえずカッツェは奇妙な塊となったシヴィアを抱き下ろしたのだった。
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