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第二章 金井秀人と四谷華
第二十七話③ 無垢な優しさは下衆にも向けられるのか(後編①)
しおりを挟む四、五分ほど経って、ようやく華が泣き止んできた。多少しゃくり上げているが、喋れる程度には落ち着いてきたようだ。
「秀人って、強いんだね」
華には、素手での戦い方を教えていない。だから彼女は、秀人が強いとは思っていなかったのだろう。
「凄いね、秀人は。綺麗だし、格好いいし、頭いいし、強いし。凄いなぁ」
華の声には、気持ちが込もっていた。秀人に対する愛情。確信した。彼女を、思うようにコントロールできると。
ここでさらに、テンマへの憎しみを煽ろう。愛情によってコントロールし、憎しみによって背中を押す。そうすることで、華に、テンマを殺させる。
「華。実はね、俺、華に話せなかったことがあるんだ」
「?」
秀人は華から体を離した。顔を向かい合わせて、彼女をじっと見た。
華も秀人を見つめている。彼女の大きな瞳は、まだ涙で濡れていた。
「俺ね、気付いてたんだよ。テンマは、華のことなんて好きでも何でもない、って。華は可愛いから、体を売らせて金を稼がせてる、って」
華は頷き、そのまま顔を伏せた。彼女の表情が見えなくなった。
構わずに、秀人は続けた。
「でもね、俺、言えなかったんだ。そんなことを知ったら、華が悲しむと思って。だから何も言わずに、このまま華を、テンマから引き離そうと思ってた。そうすれば華は、テンマに騙されてたことを知らずにいられる、って。ショックを受けずに済む、って」
嘘である。秀人はただ、タイミングを計っていた。どのタイミングでテンマの本心を伝えれば、華が強い怒りを抱くか。テンマへの殺意を、溢れさせることができるか。
テンマが華を拉致したのは、まったくの偶然だった。偶然だが、絶好の状況になってくれた。
「俺はね、華が大切だよ。大切だから、華を弄んで、騙して、体を売らせて、病気にした奴等を許せない。華にひどいことをした奴等は、相応の報いを受けるべきだ」
「報い、って?」
再び華が顔を上げた。報いの意味が分かっていない、という顔だ。
秀人は言い直した。
「人にひどいことをした奴には、罰があるべきなんだ。悪いことをしたら怒られる。でも、怒られるだけで済まないくらい悪いことをしたなら、罰を与えないといけない」
「罰って、何するの?」
「テンマのせいで、華は、死んでいたかも知れない。命に関わる病気になったかも知れない。だったら、その罰は、命であるべきだ」
「?」
華は、訳が分からないという顔をしている。
構わず秀人は、ベルトに固定したサバイバルナイフを取り出した。
「華、ナイフを扱う練習をしたよね?」
「うん。秀人が教えてくれた」
「これで、そいつらを殺そう。そいつらは、華の命を奪うかも知れなかった。人殺しの罰は、命であるべきだ」
秀人は華の右手を取り、ナイフを握らせた。
「テンマは、華の気持ちを弄んだ。好きだっていう気持ちを利用して、華にひどいことをさせたんだ」
華が、ナイフをギュッと握った。
「憎いだろ? だったら、殺していい。テンマの味方をした奴等もだ。ここにいる奴等全員、殺していいんだ」
男達が「ひっ」と声を上げて逃げ出そうとした。三人とも大怪我をしているので、動きが遅い。
秀人は素早く、リビングの入口に回り込んだ。三人が逃げられないように。
顎が砕け、肋も折れた金髪の男。手首の骨が砕けた茶髪の男。右肩が外れたテンマ。全員が、涙目になっている。顔は真っ青で、膝が震えていた。
「助けて……殺さないで……」
二人が、口々に、異口同音で命乞いをした。金髪の男は、顎が砕けて喋れない。
三人の後ろで、華は、ナイフを握ったまま俯いている。テンマを殺そうとする様子はない。まだ、テンマへの殺意が足りないようだ。
もう少し、華の怒りを煽ろうか。考えを巡らせ、秀人は、助けを求める三人に聞いた。
「助かりたい?」
「助かりたいです!」
「死にたくない?」
「死にたくないです!」
「じゃあ、テンマ」
「はい!」
「俺の質問に答えて。『はい』とか『いいえ』だけじゃなく、聞いたことに関する心情とか具体的な考えとかを、細かく答えて」
「あ……はい」
「じゃあ、一つ目の質問。華と出会ったときのことについて。街中で倒れてる華を拾ったって聞いたけど、どんなことを考えて拾ったの?」
「あの……汚ねぇけど、顔立ちはいいと思って……だから、とりあえずヤリたいと思って連れ帰りました」
「ふぅん。最初はただの下心だったんだ。んで、上手いことヤれたの?」
「いきなりヤッて、後でレイプだの何だのと騒がれたら面倒なんで、優しくして、手懐けてからヤリました」
「じゃあ、いつから、金を搾り取ろうとか考え出したの?」
「しばらく家に置いてて、その……こいつ、馬鹿なんで……何回もヤッて飽きてきてて……それで、いいように使おうと思って……」
「それで、ソープで働かせて、自分の店に来させたんだ?」
「はい。その……ソープだけじゃなく、立たせて、稼がせて……」
「華には、経口避妊薬を使わせてたんだよね? でも、経口避妊薬で性病は防げない。実際に華は、いくつか性病に罹ってた。華の体がどうなろうと、貢がせられたらよかったんだ?」
「……」
テンマは押し黙った。この質問の回答を、先ほどは、笑いながら口にしていたのに。
秀人は、テンマの右足を蹴った。グシャッという、骨が折れる感触。
華の怒りを煽るために、テンマに質問していた。それなのに、なぜが、秀人自身が苛ついてきた。
足が折れたテンマは、その場に倒れた。「痛てぇ、痛てぇ」と、涙声で繰り返している。
他の二人は怯え、ガタガタと震えていた。
華は再び、涙を流していた。下着姿のままナイフを握っている。頬を伝った涙が、顎から床に落ちている。
秀人は、倒れたテンマを踏みつけた。
「黙ってないで、質問に答えてよ。どうなの? 華の体がどうなっても、貢がせられたらよかったの? 華が苦しもうが、悲しもうが、どうでもよかったの? お前のことが好きだった気持ちを、弄んだの?」
泣きながら、テンマは大声で答えた。
「すみません! どうでもよかったです! 華がどうなっても、どうでもよかったです! 俺のことを好きなら都合がいいと思ってました!」
嘘偽りない、テンマの本音。助かりたくて必死で、正直に口にした回答。彼の、華に対する気持ち。
十分だ。何より秀人自身が、もうテンマとは話したくなかった。
秀人は、他の二人の足も蹴った。骨をへし折った。二人とも倒れ、足を押さえ、呻いている。
ゆっくりと、秀人は華に近付いた。泣いている彼女。その背中に、そっと触れた。
「華、聞いたよね? テンマの本心」
コクンと、華が頷いた。頷いた動きで、涙が床に落ちた。
「こいつは、華がどうなっても、どうでもよかった。それなら、華がこいつらをどんなふうにしても――殺してもいいんだよ」
「ちょっと待てよ!」
テンマが大声を上げた。
「殺さないって……質問に答えたら、殺さないって!」
「言ってないよ」
さらりと、秀人は切り返した。
「俺は、質問に答えて、って言っただけ。殺さないなんて一言も言ってない」
三人が、絶望的な顔になった。喉の奥で「嫌だ」だの「助けて」だのと繰り返している。
「ほら、華」
秀人が促すと、華は首を横に振った。テンマに対する恨みや憎しみは、絶対にあるはずだ。それなのに拒否するのは、殺しに対する抵抗があるからだろう。
仕方ない。秀人は、華の手からナイフを抜き取った。
「華、俺が手本を見せてあげる」
死なない程度に切り刻み、苦しめ、弄んだ末に殺す手本。
「こんな奴等を殺すのなんて簡単だから、見てて」
テンマは華に殺させる。だから、まずは他の二人を殺す。
三人とも、足を骨折している。必死に逃げようと動いているが、立ち上がろうとしては転び、秀人から遠ざかることができない。
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