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第二章 金井秀人と四谷華
第二十八話 たぶん約束は守った
しおりを挟む十一月になった。
今年も初雪が降り、これからどんどん寒くなるだろう。
家のエアコンは、すでに温風モードで使用している。
エアコンの風が当たる場所には、五匹の猫が集まっていた。カーペットの上で、皆、体を丸くしている。
午後十時。
秀人は、リビングのソファーに座ってテレビを見ていた。夕食はすでに食べ終え、食器も洗った。あとは寝るだけだ。
秀人の隣りには、華がいた。ピッタリと体を寄せてきている。
テレビでは、ニュースが放送されていた。今日発生した事件のニュース。しろがねよし野のホストクラブで、またも銃の乱射事件が発生した。テロップで、三人の犯人の名前と年齢が出ている。
平田淳也、二十四歳。中野弘毅、二十四歳。堤禎司、二十四歳。
平田淳也は、テンマの本名だ。
二ヶ月前に、テンマ達から華を助け出した後。秀人は、檜山組の岡田に彼等を預けた。
テンマ達三人は、いずれも骨折の重傷を負っていた。とはいえ、一ヶ月もすれば回復し、行動可能になる程度の怪我だ。怪我が治ったことを確認すると、秀人は、彼等に命令した。働いていたホストクラブで銃殺事件を起こせ、と。
当然ながら、三人は、最初は拒否した。そんなことはできない、と。泣きながら、許してくださいと懇願していた。
秀人は薄笑いを浮かべて、彼等に言い聞かせた。
『このままじゃ、俺、華に謝らないといけなくなるなぁ』
『お前達を殺さないって約束したのに、その約束、守れそうにないや』
三人は恐怖に震え、ボロボロと涙を流しながら承諾した。
いつもなら、秀人は、事件を起こさせる駒に銃の練習をさせる。丁寧に指導し、一定以上の技術を身に付けさせる。しかし、今回はしなかった。
秀人は、テンマ達に苛立ちを覚えていた。華を騙し、弄び、体を売らせ、悲しませ、傷付けた下衆共。彼等が破滅するなら、事件の内容も犠牲者の数も、どうでもいいと思えた。
だから、今回の襲撃の場を、テンマの店に指定した。華が体を売った金で、儲けを出していた店。
かつて秀人は、猫を虐待した人間を惨殺した。理由もなく、ただ弱者を弄びたいだけの下衆共。そんな奴等が腹立たしかった。自分の家族を虐殺し、批難した奴等と重なって見えた。
テンマ達に苛立ちを覚えるのも、同じ理由からだろう――と、秀人は自己分析していた。
ニュースでは、現時点で判明している情報が伝えられている。犠牲者は二名。SCPT隊員が駆けつけ、事件を終結させた。
犯人は全員死亡。激しく抵抗されたため、店内の人達の安全を確保するために、やむなく殺害された――というのが、警察側の発表だ。
全て、秀人の思惑通りだった。
華との約束があるとはいえ、最初からテンマ達を助けるつもりなどなかった。だが、華との約束も守りたい。彼女に秘密にして殺すこともできるが、なんとなく嫌だった。
だから、テンマ達に事件を起こさせた。
銃での襲撃事件を起こせば、確実にSCPT隊員が出動する。咲花が出勤の日に事件が発生すれば、彼女が現場に出向くことになる。
秀人は、道警本部のSCPT隊員のシフトについても情報を得ていた。警察官は、全員が正義の味方というわけではない。金で釣れる内通者など、いくらでもいる。
現場に出向いた咲花は、いつも通り、犯人達を殺害した。
テンマ達は、結局、死ぬことになった。
――俺自身が殺したわけじゃないから、一応、華との約束は守ってるよね。
胸中で屁理屈を捏ねつつ、秀人は、自分にくっ付いている華を撫でた。
テンマ達から助け出した後、華は、ますます秀人に甘えるようになった。毎日、数え切れないくらい「好き」「大好き」と繰り返す。隙があればくっ付いてくる。本当に、よく懐いた猫みたいだ。
もっとも、よく懐いているといっても、怒るときは怒るし悲しむときは悲しむだろう。この事件で殺されたのがテンマだと知られる前に、テレビを消してしまおう。
秀人はテレビのリモコンを手にした。電源のボタンを押そうとする。
テレビの画面が変った。別のニュースに切り替わった。
秀人は、電源ボタンを押す手を止めた。別のニュースなら、このまま流していても問題はない。
テレビの画面には、頭を下げる複数の警察官が映っていた。画面下部のテロップには、こう記載されている。
『警察機関のトップによる児童買春』
どうやら、警察庁長官の児童買春が明るみになったようだ。
当初、警察は、この事件を揉み消そうとした。しかし、児童買春の被害者――売春をした少女――が、親に連れられて検察に出向いたのだという。結果、事件が発覚した。
さらに、警察庁長官の息子も児童買春に手を染めていたそうだ。
蛙の子は蛙って、こういうことを言うんだ。テレビを見ながら、秀人は、つい笑ってしまった。
警察庁長官はすでに辞職の意思を示しており、業務からは離れているという。
「ねえ、秀人」
ニュースを見ている秀人に、華が声を掛けてきた。
「華ね、そろそろ眠くなるかも。お風呂入って寝よ?」
言いながら、華は、秀人の腕に自分の腕を絡めてきた。上目遣いで見上げてくる。可愛らしい童顔。
「はいはい」
再び華の頭を撫でると、秀人はテレビを消した。
「じゃあ、今日は、お風呂に入浴剤を入れようか。何がいい?」
「うーんと、ね。緑色のやつがいいな」
「わかったよ。じゃあ、まずは、湯船にお湯を入れようか」
「華、入れてくるね」
秀人の腕から離れ、華は立ち上がった。軽い足取りで風呂場へ向ってゆく。
湯船の中でも、華は、全力で秀人に甘えてくるのだろう。目一杯の愛情を秀人に向けてくるのだろう。
彼女の後ろ姿を見ながら。
秀人はなんだか、懐かしい気分になっていた。
家族の愛情に包まれていた、幼い頃のような。
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