罪と罰の天秤

一布

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第三章 罪の重さを計るものは

第二話② してあげたい(後編)

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 秀人にとって、華は恋人にはなりえない。華に限らず、誰とも恋人同士になるつもりはない。この国を沈めたら海外に移住して、猫達とのんびり余生を過ごすつもりだ。そのために必要な財力も、十分にある。

 秀人が家族と呼べるのは、飼っている猫達だけだった。血の繋がった家族は、とうの昔に殺されてしまった。

 華は、秀人にとって、飼っている猫と同じようなものだ。国家転覆の道具には使えない。それでも、面倒を見てもいいと思える人間。

 唯一の、家族と呼べる人間。

 華の顔は、いつの間にか、いつも通りに戻っていた。年齢とは大きくかけ離れた、幼い様子。醜さも薄汚さもない、子供の顔。反面、子供のような残酷さもない、天使の顔。

 ――華は、喜ぶかな。

 胸中で呟いた。華の望みを叶えたら、彼女は喜ぶかな。

 秀人は、華の頭に手を置いた。優しく撫でる。

「どうしたの? 秀人」

 質問には答えず、秀人は、華の唇にキスをした。

 いつもは、華の方からキスをしてくる。何度もキスをしてきて、ベタベタと甘えてくる。

 初めて、秀人からキスをした。

「ねえ、華」

 華の頬は、少しだけ紅潮していた。

「何? 秀人」
「セックス、する?」

 華が驚いた顔をした。

「いいの? 華、まだ、秀人との約束、守れてないよ」

 エッチしたい、と言った華に、秀人は一つの条件を出していた。レシピ本一冊分の料理を、本を見ずに作れるようになったらする、と。

 レシピ本に記載されている料理は、全部で四十七品目。華はまだ、五品目しか作れていない。そもそもが、華には不可能だと判断して出した条件だった。

 華を飼う。猫達と同じように大切にする。でも、恋人関係になるつもりなどなかった。セックスをするつもりもなかった。

 けれど秀人は、華が心から喜ぶ顔を見たくなった。幼い頃、母親にりんご飴を買って貰ったときのような。

「いいよ。華が喜んでくれるなら、したい」

 そっと、華の頬に触れた。

 もう一度、キスをする。華がいつもしてくるような、触れ合うだけのキスではない。深く交わるキス。途中で、華が「んっ」と声を漏らした。幼い心に似合わない、艶っぽい声。

 ゆっくりと、唇を離した。唾液が糸を引いていた。

 華は、どこか夢見心地な様子になっていた。頬は、さらに紅潮している。

「する?」

 無言のまま、華はコクリと頷いた。

「じゃあ、ベッドに行こうか」

 ソファーから立ち上がり、リビングを出た。手を繋いで、二階の寝室に足を運ぶ。常夜灯だけ点けて、ベッドの前で立ち止まった。もう一度キスをした。ゆっくりと、ベッドに倒れ込んだ。

 優しく、華のパジャマを脱がした。

 上半身が裸になると、華は、自分の胸を両手で隠した。

「秀人」
「何?」
「何かね、華、変なの」
「どんなふうに変なの?」
「何か……裸見られるの、恥ずかしい」
「どうして? 毎日、一緒に風呂に入ってるのに?」
「わかんないー」

 足をパタパタと動かし、華は両手で顔を覆った。

 戸惑う華を全裸にした。秀人も全裸になった。裸で抱き合って、何度も何度もキスをした。

 触れ合った肌から、華の温もりと緊張が伝わってくる。

 華は今まで、数え切れないくらいの男とセックスをしてきた。騙され、自分の体を売り、貢がされていた。セックスが好きではないと言っていた。

 華にとっては、今夜が初めてなのだ。自ら望んでセックスをするのは。

 撫でるように華の体に触れながら、秀人は、彼女の体に唇を這わせた。唇、頬、首筋。秀人の唇が触れるたびに、華の体がピクンッと動いた。それは決して、嫌悪や拒絶の反応ではなかった。

「ねえ、秀人」

 緊張と期待で息を切らしながら、華は、秀人の首に腕を回してきた。抱きついてくる。

「華ね、病気治してから、誰ともエッチしてないよ。だから、ゴムなくても大丈夫だよ」
「うん」
「あとね、華ね、もう、赤ちゃんできないお薬、飲んでないの」

 秀人は動きを止めて、華をじっと見つめた。薄暗い部屋でも、華の顔がはっきりと見えた。

 紅潮して、緊張して、期待して、興奮して、嬉しそうな華の顔。でも、彼女の目には、少しだけ涙が浮かんでいた。

「華ね、秀人の赤ちゃんほしい。秀人の赤ちゃんの、お母さんになりたいの」

 秀人の胸が、締め付けられるような感覚に襲われた。

「秀人の赤ちゃんなら、絶対に、綺麗で、格好良くて、頭のいい子になるよ」

 避妊具なしでセックスをする。妊娠の可能性がある。

 その辺の男なら、今の華の要求で、性的興奮に包まれるだろう。だからこそ、避妊具なしの売春は、避妊具を使う売春よりも高値になる。

 秀人にも性欲はある。駒として使った女と寝たこともある。だが、欲望に任せて妊娠のリスクを負うほど、馬鹿ではない。

 秀人の胸を締め付ける感覚。これは、性的興奮ではない。目の前の女を滅茶苦茶にしたいという、オスの衝動でもない。

 どんな感情で胸が締め付けられているのか、秀人自身にも分からない。ただ一つ分かるのは、決して嫌な感覚ではないということ。むしろ、抱え続けたくなるような感覚。ずっと求めていた何かに、手が届きそうな気持ち。

 キスをして、秀人は華を抱いた。

 避妊具は着けなかった。
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