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第三章 罪の重さを計るものは
第六話② 残酷な出来事に、関係者は何を思うのか(後編)
しおりを挟む「佐川君、俺達も少し休もうか」
午後一時半になって、川井が提案してきた。
覆面パトカーの中。亜紀斗は後部座席に、川井は運転席に座っている。
本部にいる刑事と何度か連絡を取り合い、集めた証言のすり合わせをした。さらに証言を集めるべく、他の四人の刑事は、昼食を摂ると捜査に出向いた。
川井と亜紀斗は、まだ昼食を食べていなかった。
「そうですね」
亜紀斗は、後部座席の下から、用意した昼食を取り出した。コンビニエンスストアの弁当が五つ。一・五リットルのスポーツドリンク。
「咲花もそうだったけど、相変わらず大食いなんだな。まあ、それだけエネルギーを使うんだろうね。クロマチンを使用する感覚とか、どれだけ空腹になるのかなんて、俺には分からないけど」
亜紀斗と二人だけになると、川井は、よく咲花の話題を口にした。前回一緒に仕事をしたときもそうだった。
「そうですね」
唐揚げを口にしながら、亜紀斗は、自分が感じていることだけを答えた。
「俺もクロマチンを使うようになってから感じたことですが、人間の体って、食べてエネルギーを作って、できたエネルギーを全身に巡らせて動いてるんですよね。それが、凄くよく分かるようになったって言うか。大量にエネルギーを使おうとすると、体が温かくなる感じがするんですよ。激しい運動をしたら体が火照りますけど、あれに近いです」
亜紀斗は内部型の能力者だ。おそらく、外部型の能力者とは、クロマチンを使用した際の感覚が違う。亜紀斗は内部を強化するから、体が火照るような感覚を得る。
その理屈で考えると、外部型は――咲花は、体の外に熱が放出されるような感覚を得ているのかもしれない。
咲花の感覚を想像しつつも、亜紀斗は、言葉にはしなかった。川井の前で彼女のことを語るのが、なんだか悪いような気がした。
川井は、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。弁当を食べながら、話題を変える。今回の事件のこと。
「それにしても、正直、今回の事件のことを聞いたときは驚いたよ。磯部の死体が発見された前日は、俺、非番だったからね。休み明けで出勤したら、殺人が起こったって報告があって。しかも、ただの殺人じゃない。あの事件の犯人が殺されたっていうんだから」
あの事件――美人女性監禁虐殺事件。咲花の姉が殺された事件。
「佐川君も知ってるだろ? 昔、磯部が逮捕された事件のこと」
運転席のバックミラー越しに、川井と目が合った。
亜紀斗は無言で頷いた。
咲花の姉が殺された事件は有名だ。警察関係者でなくとも、あの事件のことを知らない者はほとんどいないだろう。少なくとも、事件発生時に物心がついていた者は。それほど、全国を震撼させた事件だった。事件の残忍さ。凄惨さ。犯人全員が未成年であったこと。犯人達に下された判決が、犯行に対してあまりに甘いと言われたこと。どの点についても、話題性が大きかった。史上最悪の少年事件、と呼ばれるほどに。
「ところで、佐川君」
亜紀斗と川井の視線は、バックミラー越しに絡んだままだ。
「何ですか?」
「咲花は今回、捜査のヘルプには入ってないんだね」
「そうですね。笹島は、特別課の通常業務に就いてます」
「前回は捜査一課のヘルプに入ってたのに、今回は入ってないのか。どうしてか、藤山隊長あたりから聞いてるかい?」
「……」
亜紀斗は言葉に詰まった。誤魔化すように、弁当を口に運んだ。
咲花が捜査一課のヘルプに入らない理由を、亜紀斗は知らない。誰にも聞かされていない。しかし、推測はできる。ほぼ確信を持っている推測。
咲花が、あの事件の被害者遺族だから。つまり、容疑者候補の一人だから。
亜紀斗は、捜査一課のヘルプに過ぎない。ただの、捜査一課の刑事の護衛。立場上、捜査内容や容疑者候補については、詳細を聞かされていない。
だが、川井は違う。今回の事件を捜査する刑事であり、ある程度の立場にある者でもある。だから、間違いなく知っているはずだ。咲花が捜査に加わらない理由も、彼女が容疑者候補の一人であることも。
それなのに、どうしてこんなことを聞いてくるのか。
川井と視線が合っている。彼の目は、何かを探っているようにも見えた。
亜紀斗は、口の中に食べ物を詰めた。頬が膨らむほどに。ゆっくりと租借しながら、川井の質問の意味を考えた。
考えたが、川井の意図は分からない。分からないから、考えるのをやめて彼の視線を受け止めた。どこか攻撃的にも見える、彼の視線。
――あ。
口の中の物を咀嚼しながら、胸中で声を漏らした。論理的思考ではなく直感で、亜紀斗は、川井の考えに気付いた。彼の攻撃的な目が、亜紀斗に気付かせた。
『君は、咲花があの事件の被害者遺族だと知っているのか?』
『もし知っているなら、咲花が犯人だと疑っているのか』
川井の目が語る、彼の思考。
川井は、咲花に対してまだ気持ちが残っている。だから、咲花が犯人だと思いたくないのだ。彼女を信じたいのだ。
信じているから、咲花を犯人だと疑う人間に対し、攻撃的になる。そうすることで、彼女を守るように。
口の中の物を飲み込むと、亜紀斗はスポーツドリンクを口にした。ペッドボトルから口を離すと、川井の質問に答えた。
「俺は何も知らないですし、聞いてもいないですね」
今回の事件については何も知らないし、何も聞いていない。咲花のことは知っているが。
「まあ、今回のヘルプのメンバーは隊長が決めたんでしょうけど。あの人、適当なんで。適当に決めたら笹島が外れたんじゃないですかね?」
「……そうか」
溜め息のように呟いて、川井はお茶を飲んだ。バックミラーに映る彼から、視線が外れた。目を伏せ、どこか苦々しそうにしている。
自分の大切な人が、殺人事件の容疑者候補に挙がっている。今の川井は、やり切れない思いを抱えているのだろう。愛している人が疑われている。彼自身も、職務上、疑わなければならない。本当は、咲花の側にいたいのに。彼女に、「どんなことがあっても信じている」と伝えたいのに。
同時に、川井は、咲花の姉を殺した奴等に対して、強い憎しみも抱えているはずだ。彼等のせいで咲花は幸せを放棄した。彼等のせいで、咲花との結婚が消え去った。
刑事という職務から、川井は、磯部殺害について捜査している。本心では、こんな捜査などしたくないだろうに。
昼食を食べ終えるまで、川井はずっと無言だった。
亜紀斗も、彼にかける言葉が見つからなかった。
食事を終えて他の刑事を呼び戻すと、再び捜査を開始した。
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