死を招く愛~ghostly love~

一布

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第六話① 決意を知らず、絶望に堕ちる(前編)

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 俺は、もう死んでるんだ。

 自分の死を自覚したものの、洋平は、簡単には受け入れられなかった。

 五味達に、凄惨な暴行を受けた記憶がある。明らかに死に直結する暴行。意識が薄れてゆくのを覚えている。

 凄まじい痛みと朦朧とする意識の中で、美咲のことだけを考えていた。それなのに、目覚めた瞬間は痛みなど感じず、五感も失っていた。反面、周囲ことははっきりと理解できた。

 人間は――いや、全ての生き物は、死ねば完全な無になると思っていた。生き物は、脳で自身を操縦している。その脳が死ねば、意識はなくなる。無になる。そう信じていた。

 理論的に生きるということを考えることができ、生物の構造も理解しているつもりだった。だからこそ、意識のある自分が死んでいるなんて、到底思えなかった。思いたくもなかった。

 自分の死を受け入れられない洋平は、一週間ほど、様々な場所を彷徨さまよった。

 目も耳も鼻もない。だから、見ることも聞くことも、においを感じることもできない。話すことも、何かに触れることもできない。

 ただの意識となって、この一週間、様々な場所に行った。中学の頃から通っていたボクシングジム。美咲と一緒に行き、ボートに乗った近所の公園。今年は地元開催だった、インターハイの会場。

 どこに行っても、何をしても、洋平の存在に気付く者はいなかった。洋平自身も、何も感じられなかった。そこに何があり、周囲の人達がどんな話をして、どんな状況なのかも理解できる。でも、何もできない。

 もう、受け入れるしかなかった。認めるしかなかった。自分はもう、死んでいるんだ。

 死んでから二週間ほど放浪し、漂い、かつて生活していた場所に戻った。

 十一月も中旬に入り、首都圏の真冬並の寒さになっている地元。すでに死んでいる洋平は、当然ながら何も着ていない。着る体がない。

 気温が低くなっていることは分かる。寒いということも分かる。ただ、感じられない。

 もう、何も感じられない。

 しかし、自分の生活圏に戻ってきた瞬間、洋平は、極寒を味わうことになった。心が完全に凍り付くような光景を目の当たりにした。

 場所は、洋平や美咲の通学路。いつも彼女と歩いていた道。学校からも少し離れ、同級生に見られることがないような道。

 そこで。
 かつて、洋平と美咲が肩を並べて歩いていた場所で。

 美咲が、五味に口説き落とされていた。彼の告白に、美咲は、首を縦に振った。

「マジで!?」

 驚きで裏返った、五味の声。彼は、美咲にフラれ続けていた。洋平と付き合っているから、と。だからこそ、美咲が告白を受け入れたことに驚いたのだろう。

「嘘じゃないよ。本当に、私のことが好きなんでしょ? それなら、あんたと付き合うよ」

 美咲は、五味に笑みを見せていた。今まで、洋平が見たこともない表情だった。

 美咲の表情に、違和感を覚えた。だが、そんなことなど気にも止められないほど、洋平は強い衝撃を受けた。

 五味は、人として完全にクズだ。人がいいと言われていた洋平ですら、五味のことはクズだと断言できる。死ぬ直前は、そのクズの度合いを嫌というほど味わった。当然、美咲が五味と付き合うなど、受け入れられなかった。

 美咲と付き合えるのがよほど嬉しいのか、五味は、口に大きな笑みを浮かべていた。

「ようやく、俺がどれだけ本気か分かってくれたのか? それとも、村田がいなくなって、気兼ねする必要がなくなったのか?」

 興奮しているのか、五味は、少し皮肉めいたことを美咲に聞いた。

 美咲は、軽く息をついた。少し芝居がかった溜め息にも感じた。

「両方かな。正直、あんたと付き合ってもいいとは思ってたんだけど。でも、ね」
「なんだ?」
「本当のことを言うと、洋平とは、ずいぶん前から別れたかったんだ。洋平と別れて、あんたと付き合いたいと思ってた。でも、洋平のお母さんと私のお母さん、すごく仲がいいから。だから、ね。私が洋平と別れたせいで、二人が気まずくなるのも嫌だな、って」
「なんだ、そうだったのかよ」

 やっぱりなとでも言うように、五味は頷いた。

「まあ、よく考えてみれば、俺より村田がいいなんて、有り得ないしな。よかったじゃねぇか、あいつがいなくなって」
「うん。正直言って、ホッとした」

 洋平は、もう死んでいる。痛みなんて感じるはずがない。苦しいなんて思うはずがない。それなのに、凄まじい苦痛を覚えた。凍り付いた心が、ハンマーで砕かれたようだった。苦悶の声すら出ないほど痛い。

 カシャンという音が、ありもしない耳に届いた。ガラスが砕け、散らばるような音。心が砕け、散らばった音。

 ――俺は、美咲の足枷だったのか。俺は、美咲の幸せを邪魔していたのか。

 もう涙すら流せない洋平は、感情のコントロールを失いかけていた。泣いて発散することもできない。手で顔を覆って、残酷な現実から目を塞ぐこともできない。

 眼前に広がる、非情とも言える光景。好きな女の子と、自分を殺した男。

 洋平の心の中で、あの日の記憶が蘇った。

 人生最後の日の記憶。

 五味達に呼び出され、殺された日の記憶が。
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