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第十八話① 纏った狂気は、たとえ惰性だとしても(前編)
しおりを挟む美咲が五味を殺したのは、冬休み開始直後のクリスマス・イブだった。
翌日の25日夜に、五味の死体を池に沈めた。さらに翌日の26日には、五味の部屋を、殺人の痕跡が残らないよう徹底的に掃除した。
次の美咲の行動は、洋平が思っていたよりも早かった。
12月28日。その、昼前。
美咲の部屋の窓からは、明るい陽の光が差し込んでいる。真冬なので寒いだろうが、外出する気分になれる陽気。
美咲はチャットで、六田にメッセージを送った。
『五味と連絡が取れないの。何か知らない? 詳しく聞きたいから、待ち合わせしない?』
『いいけど、俺も五味と連絡が取れないし、どうしてるかも知らない』
5分もしないうちに帰ってきたメッセージは、簡潔な内容だった。
美咲は気にせず、メッセージの送信を続けた。五味の行方を知っているから、六田の反応に付き合う気などないのだろう。
五味は死んだ。
次は、六田が殺される番だ。
『五味の家の近くにあるカフェは分かる? ちょっと可愛い感じの』
『まあ、なんとなく分かる。他に誰か呼んでるのか?』
『ううん。六田君だけ。あの中では、六田君が一番、話しやすそうだから』
美咲は、よく考えて六田へのメッセージを打っているようだ。彼が、美咲と会いたくなるような言葉を。
『五味と連絡が取れなくて、心配だし、寂しいの。だから、ちょっと相談にも乗って欲しくて』
美咲は意図的に、六田に隙を見せようとしていた。
成り行きでセックスできそうだ、と思わせる隙。
五味の家で集まったときに、美咲は、他の3人の様子を観察していた。それぞれの人柄や性格を分析し、じっくりと考えたのだろう。
どうやったら簡単に誘い出せるか。どんなふうに殺すか。
五味と六田は、あの4人の中で対等に近い立場にあった。承認欲求が強く周囲に認められたい五味。自己顕示欲が強く、自分が優秀だと主張したい六田。
六田は自慢気に、自分がモテる話をしていた。自分がどれだけ女を抱いたか。女を落とす際に、どんなタイミングでどんな行動をするか。
下劣な自慢話が、美咲の計画のヒントになるとも知らずに。
『分かった。すぐに行く』
六田のメッセージの返信は早かった。この反応で、彼の本心が容易に知れた。
六田は、表面上は五味と親しくしている。だが、友人として大切だとは思っていない。五味が惚れて付き合っている女でも、チャンスがあれば、簡単に裏切って手を出せる。
その行動が死を招くとは、思いもしないで。
六田を誘い出した美咲は、身支度を調えて家を出た。彼女にしては珍しく、少し濃いめの化粧をしていた。男の目を引くような色の唇。涙袋を目立たせるように仕上げたアイメイク。
バッグの中には、五味を殺したサバイバルナイフを忍ばせた。
洋平には、美咲の意図が手に取るように分かった。彼女は、五味の家の鍵を未だに所持している。六田を五味の家に連れ込み、セックスをし、眠り込んだところで殺すつもりなのだ。
まるで自分のことのように、好きな人のことが分かる。それは本来、嬉しいことのはずだ。好きな人に近付けた気がして。心が触れ合えた気がして。
だけど、まったく嬉しくない。もし洋平に体があったなら、間違いなく、血が出るほど唇を噛んでいただろう。
美咲がカフェに着くと、六田はすでに来ていた。カフェの前で、スマートフォンを操作している。
美咲は六田に駆け寄った。
「ごめんね、待った?」
「いや、全然。じゃあ入るか」
「うん」
頷きながら、美咲は、寂しそうに笑って見せた。少しだけ目元を締めると、メイクで際立たせた涙袋が目立った。妖艶な、という言葉が見事に当てはまる表情だった。
美咲は、メイクも、表情も、送ったメッセージも、全て意図的に演じていた。
六田は、美咲の思惑通りの状態に陥っていた。つまり、彼女に対して性的欲求に駆られている。彼は静かに、固唾を飲み込んだ。
2人は店に入った。
店内は過度な装飾などされておらず、落ち着いた雰囲気を出していた。カウンター席が5つ。ソファーのテーブル席が6つ。テーブル席はいずれも、4人掛けだった。
店内にいる客は5人。カウンター席に1人と、テーブル席に4人。
店員に案内され、美咲と六田は、テーブル席で向かい合うように座った。
2人とも、コートを脱いだ。
美咲は、コートの下にセーターを着ていた。体の線がはっきりと浮き出るような、少し小さめのセーターだった。
六田は、美咲の体を舐めるように見ていた。もちろん、露骨にではない。メニューを見る振りをしている。
六田の情欲を誘っている美咲は、彼の視線に気付いているだろう。
六田に見せつけるように、美咲は、ソファーの背もたれに寄り掛かった。胸が強調されるような格好になった。艶を出した唇から、吐息のように言葉を吐き出した。
「私はコーヒーだけでいいや。あんまり食欲ないの」
「そうか」
生返事をしながら、六田は、美咲の体をじっくりと見ていた。彼の視線が、美咲の胸と唇を何度も行き来している。
「俺もコーヒーでいいかな。あんまり食欲ないし」
そもそも六田は、メニューを見ていない。この店にどんな料理があるのかも分からないだろう。
店員を呼び、コーヒーを二つ頼んだ。
コーヒーはすぐに運ばれてきた。
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