死を招く愛~ghostly love~

一布

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第十九話 過ぎた時間はもう戻せない

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 全て、美咲の思惑通りに運んだ。

 美咲とのセックスに満足した六田は、事後にあっさりと眠りについた。自らの欲望と引換えに、彼女に刺し殺された。

 セックスから六田が殺害されるまで、洋平は、すぐ近くで確認していた。五味殺害のときと同じように。

 夕焼けがカーテンの隙間から差し込む、午後4時。

 血まみれになった、まだ新しい羽毛布団とシーツ。
 サバイバルナイフの先端から滴り落ちる、六田の血。
 何度もナイフを振り下ろしたことで乱れている、美咲の呼吸。
 目を見開き、すでに死んでいる六田。

 血まみれのナイフを羽毛布団で拭い、美咲は、寝室の冷房を点けて窓を開けた。五味殺害の時と同じように。

 寒さに身震いしながら、寝室を出た。浴室に足を運んで、シャワーで血を洗い流した。

 六田を殺すとき、美咲は、何も言わずに滅多刺しにした。五味のときのように、辛辣な言葉を吐き捨てることもなく。その差が、五味と六田に対する憎しみの違いなのだろう。

 標的である4人の中で、五味と六田の立場はほぼ対等だ。しかし、美咲の憎しみの強さは、2人の間に大きな差があったのだ。

 それならば、殺すのは五味だけでいいのではないかと思える。あとの3人は、警察にでも突き出せばいい。司法の観点で言えば、殺した人数が少ない方が、美咲の罪は軽くなる。罪の重さを殺した人数で計ることに、抵抗はあるが。

 それでも六田を殺した。躊躇ためらいなく。残酷に。凄惨に。

 そして、この後も、美咲は止まらないだろう。殺し続けるだろう。五味を殺したときほど、歓喜や達成感を得た様子もないのに。決して引き返さないだろう。

 美咲の姿や行動から彼女の心情が理解できて、洋平は、心を焼かれるような後悔に包まれた。張り付けにされて、火炙りにでもされているようだった。苦痛が全身にまとわりつき、身も心も焦がしてゆく。

 今では、洋平も理解していた。美咲が、どれだけ自分のことを好きでいてくれたか。どれだけ深く、愛していてくれたのか。

 深過ぎる愛情は、その対象を失うことにより、重過ぎる悲しみとなった。
 
 重過ぎる悲しみは、要因となった者に対して、大き過ぎる憎しみを抱かえさせた。

 大き過ぎる憎しみは、その対象を無残に殺すだけでは消せなかった。憎しみを叩き付ける対象が1人だけでは、払い切れなかった。

 だから、美咲は止まらない。五味を殺しても払い切れない憎しみを払うために、彼の協力者にも手を掛ける。たとえ、五味に対する殺意ほど強い気持ちがなくても。

 仮に、美咲が上手くことを運び、他の2人も殺せたとしよう。それでも、彼女の憎しみは消えないはずだ。心を焼き続ける炎は、憎むべき人間を殺したからといって、簡単に鎮火できるものではない。

 人の心は、それほど単純ではない。

 シャワーで体を洗い流した美咲は、髪の毛を乾かし、一旦帰宅した。六田の死体を置き去りにして。

 年末に近いこの時期でも、咲子は仕事をしているようだ。美咲が帰宅したときも、不在だった。

 美咲は自室に入り、ベッドの下に隠していたノコギリとブルーシート、金槌を取り出した。五味の死体解体に使った道具。それらを新聞紙で包んで鞄に入れ、五味の家に戻った。

 時刻は、午後6時になっていた。

 五味の時と同じように、美咲は、ベッドの脇にブルーシートを敷いた。六田の死体を降ろし、解体作業に入る。
 
 六田の死体の硬直は、始まったばかりだった。死後半日ほど経ってから解体を始めた五味と比べて、まだ柔らかい。解体するには適度な固さと言えた。

 五味の死体を解体したことで、美咲は、死体解体の要領を覚えたようだった。五味のときよりも遙かに手際よく、スムーズに解体してゆく。頭、両腕、両足を、胴体から切り離した。

 死体を解体するときも、美咲は、眉ひとつ動かすことはなかった。淡々と、流れ作業でもしているかのような表情だった。

 命を失い、憎しみを叩き付けることさえできなくなった六田は、美咲にとっては人ですらないのだろう。スーパーに売っている食肉と変わらない。むしろ、食べることができないぶんだけ、食肉よりも価値のないなのだ。

 六田の四肢を切り離し、両足の膝から下を切り離し、ビニール袋に詰めた。これも五味のときと同じく、ビニール袋の中にたっぷりと消臭剤を吹きかけた。

 解体に要した時間は、わずか3時間半だった。たった一度の経験で、美咲の死体解体作業は、驚くほど手際がよくなっていた。

 それは決して、磨いてはいけない技術だった。美咲には、身につけて欲しくない技術だった。

 洋平の心は、後悔の炎に焼かれ続けていた。あまりの苦痛に、吐き気すら覚えた。嘔吐する体も吐き出す物もないのに。

 美咲は時計を見た。午後9時半。自分のスマートフォンを手にし、電話を架けた。相手は、咲子だった。友達の家にいたらすっかり遅くなった。あと1、2時間で帰る。そんな会話をして、電話を切った。

 最近の咲子は、美咲をやや放任しているように見える。

 咲子の意図は、洋平には分からない。洋平がいなくなって気落ちしている美咲に、好きに気晴らしをさせようとしているのだろうか。

 美咲は、六田の死体を、五味に買わせたキャリーバッグに詰めた。4つあったキャリーバッグのひとつ。六田の死体を始末してから、今日は家に帰るのだろう。明日は、殺人の痕跡を消すために大掃除をするはずだ。五味を殺したときと同様に。

 五味の家を出た後、美咲が向かったのは、彼を沈めた池ではなかった。

 企業のオフィスビルの建設現場。五味の親の会社が請け負っている現場だ。

 五味は、生前、美咲に、自慢気に親の仕事を語っていた。どれだけ金があるか。どれだけ裕福に暮らしているか。どれだけの仕事があるか。現在、どんな現場の仕事を請け負っているか。

 その現場が、友人の墓場になるとも知らずに。

 建設現場には、周囲に幕が張られている。洋平が殺された場所と同じように。つまり、幕の入口を通って建設現場に入ってしまえば、誰にも目撃されずに死体を埋められる。

 美咲は、キャリーバッグを引いて幕の中に入った。もう遅い時間なので、現場作業員は1人もいなかった。

 幕の内側に設置された、簡易トイレ。ビルの入口になるであろう場所に置かれた、赤い金属製の灰皿。ビルの土台部分となる場所が、掘り起こされている。深さは、洋平が殺された現場と同じく、1.5メートルほどか。土台となる穴の中には、すでに砂利が敷き詰められている。

 美咲は、土台の中に、キャリーバッグを蹴り落とした。周囲にあったスコップを拾って、自分も土台の中に降りた。

 敷き詰められた砂利を掘り起こし、大きめの穴を作った。六田が入ったキャリーバッグを穴の中に放り込み、埋めた。キャリーバッグを埋めたことで盛り上がってしまった部分は、積まれた砂利を周囲に散らして目立たなくした。

 六田を埋め終わると、土台から出た。スコップを適当に放り投げ、美咲は、建設現場を後にした。

 五味を池に沈めたときのような捨て台詞も、今回はなかった。五味に対して抱いていた感情が、六田に対しては、ない。

 家に向かう美咲を追いながら、洋平は、ひたすら後悔していた。自分の選択と行動を悔やんでいた。

 ――俺が殺されなければ……。

 自分が殺されていなければ、こんなことにはならなかったのに。

 五味達に呼び出されたとき、洋平は、一切抵抗しなかった。彼等が殴りかかってくるのを避け、疲れるのを待っていた。彼等が疲れ果てたら、もう美咲に近付くなと告げて終わるつもりだった。

 その結果がこれだ。

 どんなに鍛え上げられた人間でも、後ろから接近され、スタンガンを押し当てられたら、ひとたまりもない。決して油断していたわけではないが、洋平は、五味達の凶暴性を見誤っていた。誤算の末に命を落とした。

 自分が殺されたことで、美咲を狂わせてしまった。後戻りのできない道に進ませてしまった。

 取り返しの付かない結果。後悔しても後悔し切れない結末。

 もしも、と考えてしまう。

 もし、あのとき、五味達を容赦なく叩きのめしていたら。

 洋平は、傷害で逮捕されていただろう。ボクサーが一般人に手を出したら、司法は守ってくれない。自分の身を守るためとはいっても。情状酌量の余地はあっても、正当防衛は認められなかっただろう。

 犯罪者となり、その場合も後悔したはずだ。

 それでも、今よりは遙かにマシだ。自分が命を失い、そのせいで美咲が狂ってしまうよりは。

 あのときに戻りたい。五味達に殺される直前の、あのときに。
 もう一度やり直したい。もう一度やり直して、せめて、美咲だけは不幸にならないようにしたい。

 けれど、そんなことは不可能だ。

 今の自分は、幽霊とでも言うのだろうか。非現実的と言っていい存在になっている。非現実的な存在なのに、過ぎた時間を戻せないという現実は、変えることができない。

 現実感のない存在の洋平に、変えようのない現実が重くのしかかっていた。

 重く。泣きたくなるほど重く。

 もう何もできない自分が、ただひたすら恨めしかった。
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