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第三十六話② 足音が、耳元に触れた(後編)
しおりを挟むさくらはすぐに本題に入った。
「全校集会で校長先生からお話があったかと思いますが、この学校の生徒が、また他殺体で発見されました」
「ええ。聞いています。七瀬ですよね?」
「お知り合いですか?」
聞かれて、美咲は、前回と同じ質問をした。
「その質問に答える前に、私から質問をしてもいいですか?」
さくらは再度、少しだけ笑った。
「前回も同じことを言ってましたね」
「私のこと、覚えてるんですか?」
「はい。凄く綺麗な人だと思っていたんで。よく覚えています」
美咲は、さくらの言葉を額面通りには受け止めなかった。彼女が美咲のことを覚えていたのは、容姿のせいではない。五味殺害の容疑者候補として覚えているはずだ。
だからこそ、この場を上手く切り抜けなければならない。八戸を殺すまでの時間を稼がないと。彼を殺すまでは、捕まりたくない。
「前回も言いましたが――」
さくらが話を続けた。
「――私達は聞き込みを行なう立場ですが、質問を受け付けないわけではないです。もちろん、捜査上の事情から回答できない場合もありますが」
「では、お2人が、七瀬のことをある程度知っているという前提で、話したいと思います。もし不明点がある場合は、都度質問していただけますか?」
「承知しました」
さくらが頷いた。
美咲は話し始めた。
「前回も言いましたが、私は、洋平失踪に五味が絡んでると考えてます。だから、洋平のことを探るために五味と付き合いました」
「ええ。覚えてます。ですが、五味秀一が殺されたことで、村田洋平さんの行方を探る手立てがなくなってしまった」
「そうです。だから私は、六田や七瀬といった五味の周囲の人間に、何か知らないか聞いてみようと思いました」
「それで、どうでしたか?」
「六田には連絡がつきませんでした。何回電話しても」
「七瀬三春の方はどうでしたか?」
さくらの質問に対し、美咲は苦笑を見せた。意図的に作った笑み。
「七瀬が殺されたんですから、刑事さん達は、七瀬の携帯も調べてますよね? 私からの着信履歴がありませんでした?」
捜査の進捗を探るような質問。
美咲の質問に対し、さくらの隣にいる前原は、一切口を挟まない。表情を隠すように、口元で両手を組んでいる。彼の両手には、医者が使うような薄いゴム手袋がはめられていた。聞き込みの直前まで、捜査の物証となるような物を扱っていたのだろうか。
前原が何も言わず、表情を見せないようにしているのは、さくらの指示だろうか。ふいに美咲は、そんなことを思った。前回の聞き込みのときも思ったが、彼は、感情が表に出やすい。
少し、洋平に似ているな。きっと、好きな人ができたら、すぐに気持ちを悟られてしまうんだろうな。洋平と同じように。
美咲は、洋平に告白されたときのことを思い出した。ずっと待っていた、彼からの告白。表情や行動で美咲を好きだと語っているのに、なかなか告白してくれなかった。
告白してくれたときは、本当に嬉しかった。美咲も、ずっと――幼い頃から洋平が好きだったから。
嬉しかった思い出。告白された日から始まった、幸せな日々。
美咲は、思い出を頭から振り払った。また、無意識のうちに泣いてしまうかも知れない。
「申し訳ないのですが――」
美咲が思い出を振り払っている最中に、さくらが質問に答えてきた。
「――捜査の進捗や内容については、お話しすることができないんです」
「そうですよね」
さくらの回答を、美咲はあっさり聞き流した。予想していたことだ。
「七瀬にも、それとなく、洋平のことを聞いたんです」
「どんなふうに?」
「『五味から洋平のことを少しだけ聞いたんだけど、どうなったの?』ってカマをかけました」
「七瀬三春は何と答えましたか?」
「知らない、と。本当か嘘かは分かりませんが」
「そうですか」
美咲は冷静に、今の会話を頭の中で再生した。自分の発言に不自然なところはないか。七瀬殺害について、犯人しか知り得ない情報を口にしていないか。
問題ない、と判断した。大丈夫だ。何の不自然さもなく、七瀬の携帯に自分との通話履歴があることを話せた。
「正直なところ――」
美咲は、自分の発言に信憑性を持たせるため、話を続けた。あまり話し過ぎると、かえって怪しまれる可能性もあったが。
「――洋平さえ見つかれば、五味や七瀬が殺された事なんて、正直どうでもいいんです。それなのに、洋平が見つからない。何の手掛かりもない。何か知っていそうな奴等も、いなくなってしまって……」
言いながら、美咲は目を伏せた。落ち込んでいる表情。
「村田洋平さんの調査が進んでいないことについては、お詫びする他ありません。本当に申し訳ないです」
綺麗な声を少し沈ませて、さくらが頭を下げた。
「いえ。ただ、少しでも早く洋平を見つけて欲しいです。私にとっては、ただそれだけです。五味や七瀬なんて、どうでもいい」
「村田洋平さんのことについては、署内で報告しておきます」
「よろしくお願いいたします」
美咲とさくらが、互いに頭を下げた。
先に頭を上げたさくらが、再度聞いてきた。
「七瀬三春について知っていることは、他にはないですか?」
「はい。電話で七瀬と話したことと、七瀬は洋平について何も知らないと言っていたこと。私が知っているのは、それくらいです」
「わかりました。それでは、ご足労ですが、次の方を呼んでいただけますか?」
「はい」
頷いて、美咲は立ち上がった。前原とさくらに一礼し、数学準備室のドアに向かう。
「あれ?」
後ろから、前原の声が聞こえた。今まで一言も喋らなかった彼。
「笹森さん、ちょっと待って」
「はい?」
呼び止められて、美咲は、彼等の方を振り向いた。前原が近くに来ていた。
「あ、ちょっと。そのままドアの方を向いてて」
「?」
意味が分からないまま、美咲は再度ドアの方を向いた。
後ろから、耳に触れられる感触を覚えた。前原の手だろう。彼の手は、すぐに美咲の耳元から離れた。
「ごめんね。これ、付いてたから」
美咲は再度、前原の方を振り向いた。
前原は、右手の親指と人差し指で、割と大きな綿埃を摘まんでいた。薄いゴム手袋は、付けたままだった。
「そんなの、いつの間に付いたんだろう?」
「さあ?」
前原は苦笑していた。どこかぎこちない笑い方だった。
「前原さん! まずいですよ!」
後ろから、さくらが溜め息混じりに言った。
「断りもなく女子高生に触れるなんて。セクハラか痴漢みたいじゃないですか。刑事が女子高生に痴漢とか、洒落にならないですよ」
「あ」
前原の目が、驚いたように見開かれた。すぐに、咎めるように睨むさくらの方を向いた。そこから、ギギギという効果音が聞こえそうなぎこちない動きで、美咲の方に向き直った。大きく見開いていた目を、今度は、申し訳なさそうに細めた。
前原は、美咲に深々と頭を下げてきた。
「ごめん! 言い訳みたいだけど、そういうつもりじゃないから!」
感情が表に出やすくて、素直な前原。こんなところが、少しだけ洋平に似ている。美咲にとっては、なんだか微笑ましかった。同時に、涙が出そうなほど悲しかった。
洋平本人は、もう、どこにもいない。
洋平のことを考えると、じわりと目頭が熱くなった。
――まずい。
また泣いてしまうかも知れない。
涙を堪えるために目を細めて、美咲は、無理に小さな笑みを浮かべた。
「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。むしろ、取っていただいてありがとうございます」
「あ、いや。そう言ってもらえると助かる」
前原は再度苦笑し、照れたように左手で頭を掻いた。
「じゃあ、悪いけど、次の人を呼んでくれるかな?」
「はい」
頷き、美咲は、数学準備室を後にした。
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