死を招く愛~ghostly love~

一布

文字の大きさ
49 / 57

第三十六話① 足音が、耳元に触れた(前編)

しおりを挟む

 美咲が七瀬を殺してから3日後。1月30日。

 美咲はいつも通りに起床し、いつも通りに学校に行く準備をし、いつも通りに家を出た。いつも通りに学校に着き、いつも通りに教室に向かった。

 五味を殺した翌日から、美咲は、欠かすことなく朝のニュースを見ていた。自分は殺人犯で、警察に追われる身だ。だからこそ、事件のニュースには必ず目を通し、警察への対策を練る必要があった。

 毎日見ている、朝のニュース。そこに、七瀬の死体が発見されたという報道は、一切なかった。

 現実的に考えて、七瀬の死体が発見されていないはずがない。死体を隠すことなく、現場に放置してきたのだから。

 それなのにニュースで報道されないということは、報道規制が掛かっているからだろう。

 報道規制が掛かっている理由は、美咲には分からない。もちろん、ある程度は想像できる。しかし、中途半端な仮説を事実として行動すると、この先の行動を阻害する可能性がある。

 残る標的はあと1人だ。八戸四郎。あいつを殺せば、全てが終わる。できるだけ早く行動したい。警察が、自分の尻尾を掴む前に。

 問題なく八戸殺しに着手するため、美咲は、普段と変わらぬ行動を徹底した。自分は、七瀬が殺されたことなんて知らない。彼のことを気にも留めていない。そんな、無関係な第三者の行動。

 無関心を装いながら、八戸殺しの計画を立てていた。

 だが、美咲は、自分の行動に大きな失敗があることに気付いた。

 七瀬を殺した日。美咲は彼に電話を架けた。彼のスマートフォンには、美咲との通話履歴が残っているはずだ。そのスマートフォンを回収していなかった。

 警察は間違いなく、彼のスマートフォンの中身を確認しているだろう。

 刑事は、美咲が七瀬に連絡したことを突き止めているはずだ。七瀬が、美咲との通話履歴を削除していなければ。

 美咲は七瀬に、チャットの履歴は削除するように指示していた。彼は逮捕されることに相当怯えていたから、間違いなく指示に従っているはずだ。

 でも、通話履歴を削除する指示は出していなかった。

 七瀬は、美咲との通話履歴を削除しただろうか。

 ――たぶん。ううん。間違いなくしてない。

 確信を持って断言できた。美咲は、決して多くない七瀬との対応から、彼のことが概ね分かっていた。意外に記憶力はいいが、頭の回転は鈍い。通話履歴から美咲とのやり取りが警察に知られるなんて、考えなかっただろう。

 教室に着いた。美咲はいつも通り、自分の席についた。

 担任が入ってきて、朝のホームルームが始まった。

 ホームルームで、担任から、今日の授業は全て中止になることが告げられた。これから全校集会を行なうので、体育館に行くように指示された。

 教室内がザワついた。担任の発言に、クラスメイト達が疑問を抱いているのだ。

 この教室内で担任の発言に疑問を抱いていないのは、2人だけ。1人は、全校集会を行なうと伝えた担任。

 もう1人は、当然、美咲自身。

 七瀬の死体が発見されたと、全校集会で告げられる。美咲はそう確信していた。五味のときは集会後に教室で知らされたが、今回は違うだろう。今日の授業が全て中止になるのであれば、すぐに、刑事の聞き込み捜査が行なわれるはずだ。だとしたら、全校集会で周知されると考えるのが妥当だろう。

 五味殺害のときと同じように、美咲は、刑事に話す内容を頭の中で組み立てた。

 担任の指示で、体育館に向かう。

 歩きながら、美咲は、考えを整理し、まとめていった。

 七瀬は、美咲との通話履歴を削除していないはずだ。つまり、刑事は、美咲が七瀬に電話を架けたことを知っている。それならば、七瀬に電話を架けた理由を聞かれるはずだ。

 仮に、刑事に通話履歴のことを聞かれなかったらどうするか。不自然にならないように、自分から、七瀬と話したことを伝えよう。

 電話を架けた理由は、洋平の居場所を聞き出すため。筋が通った理由だと言える。美咲は刑事に「洋平について聞き出すために五味と付き合った」と話した。五味が殺され、六田とも連絡が取れない。だから七瀬に聞いたと言えば、不自然ではないはずだ。

 体育館に全校生徒が集合すると、思った通り、七瀬が死体で発見されたことが告げられた。

 校長が長い話を始める頃には、美咲の頭の中で、刑事に話すシナリオができあがっていた。

 校長は、五味殺害のときと同様に、刑事の捜査に協力してほしいと口にした。授業を中止し、1人1人に聞き込みを行なう、と。その後、死体で発見された2人について語り始めた。

「五味秀一君も七瀬三春君も、明るく、優しく、誰からも親しまれる生徒でした」

 お手本のような綺麗事。

「なぜ、そんな2人が殺されなければならなかったのか。なぜ、2人の明るい未来が、奪われなければならなかったのか。残念でなりません」

 校長は、七瀬の人柄など知らないだろう。五味については知っていたはずだ。彼には、傷害での補導歴がある。事件が示談になっても、学校側には報告される。校長が口にした「誰からも親しまれる生徒」などではないことは、明らかだ。

 それでも綺麗事を口にするのは、単純に体裁のためだ。死んだ生徒を悪しきに語れば、自分や学校の評判が落ちる。それを避けるための綺麗事。

 美咲は、皮肉にも似た呆れの気持ちを抱いた。

 ――五味と七瀬が、誰からも親しまれる生徒? あんな奴等に、明るい未来?

 もし、美咲の表情が豊かだったなら。口の端を上げて、鼻で笑ってしまっただろう。

 あの2人がそんな素晴しい人物なら、洋平はどうなるのか。本当に誰からも親しまれる生徒で、本当に明るい未来があるはずだった、洋平は。神様とでも表現されるのだろうか。

『優しくて、愛情深くて、真面目で、努力家で。まるで神様のような生徒でした』

 校長が口にすべき、洋平を表現する言葉。

 ――神様? ううん。違う。

 美咲は、すぐにそれを否定した。

 洋平は、神様なんかじゃない。ただの人間。ただの、1人の男の人。

 ――ただの、私にとって何より大切な人。ただの、私が世界一大好きな人。

 胸が痛い。苦しい。息が詰まるようだ。意図せず、何度も胸中で繰り返した。洋平。洋平。洋平。洋平。

 いつの間にか校長の綺麗事は終わり、1年から順に教室に戻るよう指示された。

 美咲の胸が、チクチクと痛んだ。教室に戻ってから聞き込み捜査の順番を待っている間も、ずっと痛み続けた。

 聞き込みを行なう形式や順番、場所は、五味の死体発見時と同じだった。

 聞き込みを行なう数学準備室に美咲が呼ばれたのは、午前10時になる少し前だった。五味のときよりも、順番が回ってくる時間が早かった。きっと、七瀬は五味ほど有名ではないからだろう。生徒が、刑事に話す内容が少ない。

 教室から出た美咲は、数学準備室に足を運んだ。部屋の前に立ち、ドアをノックする。

 コン、コン。

「どうぞ」

 数学準備室の中から、ノックに対する声が返ってきた。綺麗な、聞き心地のよい声だった。この声には聞き覚えがある。五味のときに聞き込みを行なっていた、女性刑事の声だ。

「失礼します」

 美咲はドアを開けた。

 数学準備室にいたのは、やはり、五味のときと同じ刑事だった。

 美咲は、数学準備室の中央まで足を運んだ。以前と同様に、椅子と机が用意されている。女性の刑事――原さくらに、椅子を勧められた。

「どうぞ、お座りください」
「はい。失礼します」

 美咲は椅子に座った。

「改めて、よろしくお願いいたします。私達のことは覚えていますか?」

 さくらは、事件とは無関係の質問から口にした。

「はい。確か、前原正義さんと、原さくらさん――で、よろしいでしょうか?」
「仰る通りです。覚えていてくださって、ありがとうございます」
「凄く綺麗な声の方だと思っていたので、よく覚えています」
「ありがとうございます」

 さくらは少しだけ笑った。美咲の言葉を、お世辞と捉えているのか。あるいは、素直に受け止めているのか。彼女の様子からは伺えない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...