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第一章
第14話
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◇
ノアリスの受け渡しの日。
カイゼルはいつも以上に無表情のまま、皇太子の前にいた。
彼はどこか機嫌が良く見える。
「王子と面会の約束を、守らなかったな」
「王子が体調を崩しましたので、仕方なく。ご容赦ください」
堂々と、嘘をつきやがって。
カイゼルは苛立ちを隠すことをしない。
代わりにイリエントが柔らかい笑顔を見せた。
「それで、王子は?」
「はい。間もなく来ます」
そうしてしばらくすると、車椅子に乗せられた状態のノアリスが現れた。
腹の膨らみは無くなり、そして──表情も失っている。
「っ……、王子は、かなり憔悴しているように見えるが」
「ええ。ですから、体調を崩しておりましたので」
目の前まで押し出されたノアリスの前に、カイゼルはそっと膝を折り目線を合わせた。
「ノアリス、私が見えるか?」
「……カイゼル、陛下」
「そなたを、我が国に連れて行く。そなたの安全は保証する。安心してくれ」
「……はい」
力のない返事に心が痛む。
少し前までは、まだ、気力があったように思えたのに。
「──我らフェルカリアとルイゼン国とは固い絆で結ばれる。お互い、手を取り合って、歩んでいきましょう」
「……ああ」
低い返事だった。
心のこもっていないそれ。
目線は相変わらずノアリスだけに向いている。
ノアリスの瞳には何も写っていなかった。
◇
これ以上、フェルカリアに留まっておく必要も無い。
カイゼルはすぐにイリエントへ国に帰ることを伝えた。
イリエントはカイゼルがそう言い出すことも、およそノアリスの体調は万全でないこともわかっていたので、大きな馬車を手配し、中には柔らかいベッドが置いてある仕様に作り替えた。
それもたった三日の出来事である。
カイゼルはフェルカリアの王と皇太子に形だけの礼を述べると、ノアリスの乗る車椅子を押して馬車の近くに移動する。
「ノアリス、運ぶぞ」
「……はい」
そして車椅子からそっと抱き上げ、馬車に乗り込んだ。
ベッドにそっと小さな体を降ろす。
「辛いだろう。横になって、休んでいてくれ」
「……はい」
「二日ほどはここで過ごすことになる。何かあれば遠慮なく言ってくれて構わない」
「ありがとう、ございます」
ノアリスの長いまつ毛が揺れる。下半身に違和感があるのか、横になる時の動きがぎこちない。
カイゼルは感じていた罪悪感が育っていくのを感じ、震える手で寝転んだノアリスの体に掛布を掛けた。
近くにいては、ゆっくり休めないだろうと思い、カイゼルは馬車の中、しかしベッドからなるべく離れた場所でイリエントと声を潜めて会話をする。
「酷い憔悴の仕方ですね。一国の王子であられるのに……」
「……これ以上弱ってほしくない。環境が変わり回復に向かえばいいのだが」
「ええ。従者はどういたしましょう。ご希望あればその通りに揃えるようにします」
チラリとベッドの方に視線を向ける。
寝転んでからというもの、一度も体勢を変えないノアリスの様子に、寝がりを打つのも体に響くのだろうかと心配になる。
「希望を聞いておこう。集まるまではしばらく俺が傍にいることにする」
「……余計怖がられませんか?」
「あ?」
「あ、いえ。陛下のお顔はどちらかと言うと恐ろしいので」
「相変わらずいい度胸をしているな」
「お褒めいただき光栄です」
ニッコリ微笑むイリエントに、ハッと鼻で笑ったカイゼルは、不意に立ち上がりノアリスの傍による。
彼は眠ることなく、ぼんやり目を開けて天井を見ていた。
「ノアリス」
「はい……」
「眠れないか」
「……落ち着かなくて」
「そうだろうな。何か、飲むか?」
「……」
「それとも、小腹がすいているなら、果物でも用意させるが」
「……」
視線は絡むが、何を言うこともない。
それは、求めているのかそうでないのかも分からない、何の気持ちも宿っていないのだ。
イリエントは静かに、二人の様子を眺める。
「少し、手に触れてもいいか?」
「……手?」
「ああ」
おずおずと、頷いた彼。
カイゼルはそれを確認して、白魚のような手にそっと触れた。
寒くは無いはずなのに、ひんやりと冷えきっているその手は、しかし、カイゼルが触れることでじんわりと熱が移っていく。
「俺にこうして触れられることは、怖くないか?」
「……はい。あたたかいと、思います」
カイゼルはふっと口元に笑みを浮かべた。
ノアリスの受け渡しの日。
カイゼルはいつも以上に無表情のまま、皇太子の前にいた。
彼はどこか機嫌が良く見える。
「王子と面会の約束を、守らなかったな」
「王子が体調を崩しましたので、仕方なく。ご容赦ください」
堂々と、嘘をつきやがって。
カイゼルは苛立ちを隠すことをしない。
代わりにイリエントが柔らかい笑顔を見せた。
「それで、王子は?」
「はい。間もなく来ます」
そうしてしばらくすると、車椅子に乗せられた状態のノアリスが現れた。
腹の膨らみは無くなり、そして──表情も失っている。
「っ……、王子は、かなり憔悴しているように見えるが」
「ええ。ですから、体調を崩しておりましたので」
目の前まで押し出されたノアリスの前に、カイゼルはそっと膝を折り目線を合わせた。
「ノアリス、私が見えるか?」
「……カイゼル、陛下」
「そなたを、我が国に連れて行く。そなたの安全は保証する。安心してくれ」
「……はい」
力のない返事に心が痛む。
少し前までは、まだ、気力があったように思えたのに。
「──我らフェルカリアとルイゼン国とは固い絆で結ばれる。お互い、手を取り合って、歩んでいきましょう」
「……ああ」
低い返事だった。
心のこもっていないそれ。
目線は相変わらずノアリスだけに向いている。
ノアリスの瞳には何も写っていなかった。
◇
これ以上、フェルカリアに留まっておく必要も無い。
カイゼルはすぐにイリエントへ国に帰ることを伝えた。
イリエントはカイゼルがそう言い出すことも、およそノアリスの体調は万全でないこともわかっていたので、大きな馬車を手配し、中には柔らかいベッドが置いてある仕様に作り替えた。
それもたった三日の出来事である。
カイゼルはフェルカリアの王と皇太子に形だけの礼を述べると、ノアリスの乗る車椅子を押して馬車の近くに移動する。
「ノアリス、運ぶぞ」
「……はい」
そして車椅子からそっと抱き上げ、馬車に乗り込んだ。
ベッドにそっと小さな体を降ろす。
「辛いだろう。横になって、休んでいてくれ」
「……はい」
「二日ほどはここで過ごすことになる。何かあれば遠慮なく言ってくれて構わない」
「ありがとう、ございます」
ノアリスの長いまつ毛が揺れる。下半身に違和感があるのか、横になる時の動きがぎこちない。
カイゼルは感じていた罪悪感が育っていくのを感じ、震える手で寝転んだノアリスの体に掛布を掛けた。
近くにいては、ゆっくり休めないだろうと思い、カイゼルは馬車の中、しかしベッドからなるべく離れた場所でイリエントと声を潜めて会話をする。
「酷い憔悴の仕方ですね。一国の王子であられるのに……」
「……これ以上弱ってほしくない。環境が変わり回復に向かえばいいのだが」
「ええ。従者はどういたしましょう。ご希望あればその通りに揃えるようにします」
チラリとベッドの方に視線を向ける。
寝転んでからというもの、一度も体勢を変えないノアリスの様子に、寝がりを打つのも体に響くのだろうかと心配になる。
「希望を聞いておこう。集まるまではしばらく俺が傍にいることにする」
「……余計怖がられませんか?」
「あ?」
「あ、いえ。陛下のお顔はどちらかと言うと恐ろしいので」
「相変わらずいい度胸をしているな」
「お褒めいただき光栄です」
ニッコリ微笑むイリエントに、ハッと鼻で笑ったカイゼルは、不意に立ち上がりノアリスの傍による。
彼は眠ることなく、ぼんやり目を開けて天井を見ていた。
「ノアリス」
「はい……」
「眠れないか」
「……落ち着かなくて」
「そうだろうな。何か、飲むか?」
「……」
「それとも、小腹がすいているなら、果物でも用意させるが」
「……」
視線は絡むが、何を言うこともない。
それは、求めているのかそうでないのかも分からない、何の気持ちも宿っていないのだ。
イリエントは静かに、二人の様子を眺める。
「少し、手に触れてもいいか?」
「……手?」
「ああ」
おずおずと、頷いた彼。
カイゼルはそれを確認して、白魚のような手にそっと触れた。
寒くは無いはずなのに、ひんやりと冷えきっているその手は、しかし、カイゼルが触れることでじんわりと熱が移っていく。
「俺にこうして触れられることは、怖くないか?」
「……はい。あたたかいと、思います」
カイゼルはふっと口元に笑みを浮かべた。
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