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第二章
第33話
しおりを挟むそのまま二人は昨日と同じで、一緒に朝食をとることになった。
テーブルの席に着き、パンをひとつ手に取ったノアリスは、隣からの視線にドキドキとしながら手でちぎった一口サイズのそれをパクリと食べた。
「美味いか?」
「っん、はい。美味しいです」
「他のも食べれるものは何でも食べてくれ」
「はい」
今日はもう少し、食べてみよう。
そう思って手に持っていたパンを食べると、今度は果物に手を伸ばした。
じっと見つめられている。少し恥ずかしい。
「あ、あの……カイゼル様」
「うん?」
「カイゼル様も、召し上がってください。美味しいですよ」
「ああ」
そうして彼も食事を始める。
ふと目が合うと、彼は柔らかく微笑んだ。
その瞳はとてもあたたかく、胸がキュッとする。
嬉しさや恥ずかしさが胸の中に広がる中で――ノアリスは思い出す。
彼は昔、ここで家族と食事をとっていたのだ、と。
楽しいはずの食卓を、ある時からひとりきりで過ごすようになった彼の姿を想像すると、胸が痛む。
今こうして隣に座っていることが、少しでもその寂しさを埋められているのだろうか。
いいや、そう考えることすら、きっと傲慢だ。
「……カイゼル様」
「どうした?」
「……カイゼル様の、昔のお話を、聞きました」
「昔の? 何のことだ」
「……ご家族のことを」
唐突な家族の話に、カイゼルは動揺して固まった。
別にノアリスに何を知られたからと言って、恥じることはない。
後悔をしている過去はもちろんあるが、しかしそれが自分を作り上げているのだから、後ろめたさもない。
「イリエントから?」
「っ、は、はい。私が……気になって、聞いてしまいました。勝手なことをして、申し訳ございません」
キュッと体を小さくして謝ってきた彼に、カイゼルは「気にしなくていい」と笑う。
「家族についても、俺の昔のことについても、聞かれてまずいことは何一つないさ」
「……」
「しかし、まあ……そなたにそんな顔をさせてしまったことは、申し訳なく思うが」
「! カイゼル様が、そう思われることはありません……!」
慌てふためく様子が面白い。
肘をついて、彼を見つめる。
するとボソボソと小さな声で、ゆっくりと言葉を選びながら話し出した。
「カイゼル様のご家族様は、皆様、仲がよろしかったのでしょう……?」
「ああ、そうだな。父も母も……俺が何をやるにも反対せず、自由にさせてくれた。弟たちも、そんな俺を慕ってくれていた」
懐かしい記憶が蘇ってくる。
ここで、テーブルを囲み食事をとっていた。
今、自分が座る席には先王──父が。そしてノアリスの席には母が。
父の向かいに自身が座り、その隣を弟たちが。
「愛しい家族たちだ。今はもう会うことも叶わないが……」
笑いあった日々を、覚えている。
思い出すと悲しみよりも、懐かしさやあたたかさに胸が包まれる。
そうなるまでに長い時間が必要ではあったけれど、今は彼らが見えなくてもそばに居てくれていると、信じている。
「一人になってすぐは、悲しかった。しかし俺が蹲っていては民が困ってしまうだろう」
ノアリスは、胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じながら、じっと耳を傾けた。
「……そう、ですね」
「だから早く立ち上がるしかなかった。本音を言うと……俺自身も家族のもとに行きたいと何度も思ったがな」
「っ!」
「しかし、国を放ってはおけない。だから、まあ……言うなれば、俺は王であったおかげで、立ち直れたようなものだな。平民だったなら、きっともう打ちのめされて、立てていなかった」
そしてきっと、そのような民たちは山ほど居たに違いない。
だからこそ、同じような痛みを、もう誰にも味わってほしくないのだ。
カイゼルには、そんな強い芯がある。
ノアリスはギュッと手を握った。
こんなにも国を思っている彼。
イリエントにはああは言ったが、胸の奥からどうしても抑えられない疑問がこみ上げてくる。
「カイゼル様、は……」
声がかすれて、言葉が途切れる。唇を噛みしめ、それでも勇気を振り絞って続けた。
「……お世継ぎを、お作りにはならないのですか」
国を思っているからこそ、世継ぎは大切であるはずだ。
この問いは、いつか巡り巡って、彼自身に恩を返すことになるかもしれない――そう感じながらも、ノアリスは息を詰めた。
重い沈黙が落ちる。短い間がこれほど長く感じられるのは初めてだった。ノアリスは思わず背筋を強ばらせる。
「──イリエントの入知恵か」
低く落ちた声が響き、胸の奥がビクリと震えた。
先ほどまでの柔らかい温もりが嘘のように、部屋の空気がひやりと冷え込む。
「っ、ち、違い、ます。ただ……気になったのです。そのようにお国を思われているのなら、どうして、と……」
「……俺に、王としての責務を説くのか」
低く鋭い声に、ノアリスは肩をすくめた。決して怒鳴ったわけではない。だがその眼差しには、王としての威圧が宿っていた。
「ち、ちがい、ます……! 私は、ただ……」
「……」
必死に言葉を探すノアリスを見て、カイゼルは表情をわずかに和らげる。
「すまない。そなたを責めるつもりはなかった。ただ……そうだな。確かに、それは大切なことだ。しかし、俺には想い人がいる」
「おもい、びと……」
小さく息を吐き、ノアリスの目は彼の瞳を見つめた。
「美しい人だ。しかし、深く傷ついてしまっていて、きっと俺の想いを伝えたところで負担になってしまう」
「……負担、ですか?」
「ああ。ただでさえ弱っている心に、そんなことをしてはいけないだろう。嫌われてしまうかもしれないしな」
ノアリスは少し考え、ゆるく首を左右に振る。
カイゼルのような人に想われるなんて、嬉しいことだと思ったからだ。
きっと、その深い傷を覆ってくれるような優しさを、彼は持っている――そう信じたくなる。
「嫌われるはずがありません。カイゼル様は、私が出会った中で誰よりも優しい方です。寄り添って安心を与えてくださる。……そのような方が想ってくださるなんて、きっと嬉しい」
その言葉に、カイゼルは目を柔らかく細める。
本当にそう思ってくれているのなら、どれほど嬉しいか――。
「その想い人というのは……妾妃様ですか?」
「……は?」
思わず低く声が漏れる。肩を揺らしたノアリスは慌てて視線を逸らす。
「ぁ……ち、違いましたか……すみません……」
「あ、いや、ちが……違うんだが、まあ、あの……」
想い人から『妾妃か』と思われてしまったことに、カイゼルの胸も少し痛む。
朝食の席は、色んな感情に振り回され、心が忙しかった。
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