囚われ王子は焔の王に寵愛される

ノガケ雛

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第二章

第36話

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 朝食を終え、ロルフと共に部屋で休んでいたノアリスのもとへ、突然カイゼルがやってきた。
 彼の口から告げられたのは、戦が起こるかもしれないという話。

 しかも、今回は自らは戦地に赴かぬつもりだと。


 その言葉に、ノアリスは一度は胸を撫で下ろした。
 戦と聞くだけで思い出す。──何度も無理やり卵を産まされ、薬を打たれ、繰り返し搾り取られた日々を。
 再びあの地に連れ戻されれば、あの悪夢がまた始まってしまうのだ。


「戦が始まろうとも、そなたを巻き込ませはしない」


 カイゼルがそう言ってくれるのは、有難かった。彼を信じたいとも思う。


 けれど。


「……本当は……カイゼル様も、戦地に行かれる予定だったのですよね……?」
「ああ。そうだな。しかし……さっきも言った通り、そなたのことが気がかりでな」
「……」


 一度は安堵をくれたその言葉が、今は重石のように胸の奥に沈んでいく。

 逞しい体に刻まれた幾筋もの傷跡──それは、彼が幾度も兵を率い、最前線で戦ってきた証だ。
 形だけの王ではなく、民と共に痛みや苦しみを知る真の王でありたいと語っていた人。

 本来、戦場に立つべき人なのに。
 自分の存在が、その道を塞いでしまっているのではないか。


 戦ってほしいわけではない。
 けれど……彼は本来、兵士と共に戦場を駆けるべき人。
 なのに自分のせいで、その自由を奪ってしまっている。


「わ、私が……邪魔を……」
「? どうした。何を言ってる」
「カイゼル様の……邪魔をしてしまって……」


 わなわなと手が震える。
 守られるばかりで、迷惑をかけてばかり。
 何一つ役に立てない自分など、いない方がいいのではないか。


「ノアリス」
「っ、私は、カイゼル様の歩む道を、奪ってしまっています……! 何の役にも立てないのに、守ってもらって……こんな私は……」


 言葉を吐き出した瞬間、胸が締めつけられる。
 言うべきではなかった。けれど、抑えられなかった。


「私は……ここにいるべきでは、ありません」
「! ……何を言うんだ」
「カイゼル様と、ルイゼン国の為に、ここにいてはいけないと……思いました」
「っ、いい加減にしろ!」


 いきなり声を荒らげたカイゼルに、ノアリスは目を見張った。
 その迫力は、これまで感じたどんなものよりも大きい。


「役に立てない? ここにいるべきではない? 誰がそう言った。誰が!」
「っ!」
「俺が願ったのは、そなたが役に立つことじゃない。……俺が願ったのは──」


 大きな手が、ノアリスの震える手を包む。
 じっと見つめる視線から、逃げられなかった。


「──ただ、そなたと、笑顔で過ごすことだけだ」
「……っ」


 ふわりと抱きしめられる。
 ノアリスは短く息を漏らし、震える手でカイゼルの服を握り返した。



「ここにいてくれ。どこにもいかないでくれ」
「……っ」


 耳元に落ちた低い声に、胸がキュッと締めつけられる。苦しいのに、同時にどうしようもなく温かい。
 声が震れ、涙が滲む。


「なぜ……」


 かすれるように零した問いに、カイゼルは静かにノアリスを見下ろした。
 真剣な眼差し。逃げ場など与えない、けれど優しい瞳。


「好きだ」


 低く、静かに言葉が落とされる。
 その一言に、ノアリスの喉は詰まり、視界が涙で滲んだ。


「俺の隣で、笑ってくれ。それだけが……俺の願いだ」


 胸の奥がぎゅっと掴まれたように痛む。嬉しいはずなのに、同時にどうしようもない不安が押し寄せてくる。


「……どうして、そんな……わたしなんかに……」


 涙声で零れた問いに、カイゼルは優しく答える。


「そなたを幸せにしたいと思ったんだ」


 その言葉に、胸が熱くなった。
 返せる言葉は見つからず、ただカイゼルの腕の中で安心を感じる。
 けれど、朝食の席でのことを思い出した。


「で、ですが、カイゼル様は……想い人が、いると……」
「ああ。だから、それがノアリスだ」
「! ……あ、あの、私には、そういった感情が、分からなくて……」


 俯くと頭を撫でられ、再び抱き寄せられる。
 全く嫌ではない。むしろその温もりが嬉しくて、胸が甘く締め付けられる。

 その大きな手に包まれるたび、不安も、みじめな自分への思いも、不思議と溶けていく。
 本当は資格なんてない。妾妃の話に心が痛んだ理由も、わからない。
 それでも今だけは――この人の胸の中にいたいと、強く願ってしまった。


「少しずつでいい。俺が嫌でないのなら、少しずつ、受け入れてほしい」
「っ、」


 そっと右手を取られ、その手の甲に唇が触れる。
 心臓が大きく跳ね、顔が熱くなった。


「必ず、守る。だから、どこにも行くな」
「……っ、はい」


 返事をすれば、カイゼルは満足そうに笑った。
 伸びてきた手が頬を撫で、その優しさに、ノアリスは思わず頬を押し付ける。
 恥ずかしくなって視線を落とすけれど、胸の奥はあたたかかった。


 「わふっ」とロルフが鳴く。
 カイゼルはハッとして、ノアリスから手を離すと、ぎこちなく笑ってみせた。


「す、すまない。いきなりいろんな話をしてしまって。困らせてしまったな」
「ぁ……いえ。そんな……」


 ノアリスは小さく息をつき、まだ胸の奥がざわついているのを感じながらも、少し安心したように微笑む。
 その隣で、ロルフが尻尾を振りながら顔をのぞかせる。カイゼルも少し肩の力を抜き、二人と一匹の間に、静かで穏やかな空気が流れた。

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