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第2章
第21話 ※
しおりを挟む項が、まるで噛まれるのを待っているかのように、呼吸に合わせて上下する。
発情期に晒されたその部位は、見る者の本能を揺さぶるにはあまりにも無防備だった。
「愛しい……あまりにも、愛しすぎて……壊してしまいそうだ」
そっとアスカの腰を引き寄せながら、もう一度、熱を深く与える。
ぬるりと押し入ったそれが奥を突くたび、甘い喘ぎが零れ落ちた。
「あ、ぁっ……ん、あっ、リオール、さま……っ!」
ぴたりと張りついた肌と肌。
腰がぶつかるたび、項がリオールの目の前で震える。
触れたい、刻みたい──!
その衝動をリオールはなんとか押さえながら、アスカの腰を抱えたまま低く問う。
「アスカ……今なら、まだ戻れる。番になる覚悟は、あるか……?」
その問いに、アスカはゆっくりと振り返った。
頬を紅潮させ、潤んだ瞳で、ただ一言──
「……はい。リオールさまの、番に、してください……」
その一言が、すべてだった。
リオールは奥歯を強く噛み締めたのち、そっと顔を寄せ、震える項に口づける。
そして、唇を開いた。
「……っ、ぁ、あぁああっ……!」
リオールの歯がアスカの項に深く沈み込んだ瞬間、ふたりの体が一気に熱を爆ぜさせた。
「アスカ……っ」
「ぁ、リオール、さま……っ、熱い……っ!」
項から滴る血に、リオールはそっと舌を這わせ、傷を癒すように口づけを重ねた。
アスカの身体はびくびくと痙攣し、熱い内壁が強く締めつけてくる。
「こんなに……感じて……アスカ……」
「ぅ、あっ、あぁあっ……っ」
アスカの中で、再び射精する。
ぐぷ、と深く押し込んだままの熱にアスカが絡みついて離してくれない。
ふたりの息が絡み合い、汗ばんだ肌が重なり、甘い余韻が部屋に満ちる。
アスカは頬を朱に染めながら、ゆっくりと体を寝台に倒れ込んだ。
リオールはそんなアスカの体に腕を回し、そっと抱きしめる。
挿れたままの繋がりを保ちながら、ぬくもりが胸を満たしていく。
「これで……もう、離さない」
「……はい。しあわせ、です……。リオール、さまの番に……なれて……」
「私もだ」
「リオール様……ずっと、そばに……いてください」
静かに、しっかりと、番となった証を胸に刻み合うふたり。
夜はまだ、長い。
□
何度目かの夜を越えて、ふたりの身体はすでに互いを深く知っていた。
けれど、それでもまだ──欲しい、と思ってしまう。
未だ火照りを抱えているアスカは、シーツの上でそっと寝返りを打った。
後ろから抱きしめるように腕を回していたリオールの呼吸が、ぴくりと揺れた。
「……眠れないのか」
囁くように問いかける。
するとアスカは脚をモジモジとさせ、リオールに顔を向ける。
「また……体が熱くて……」
小さく呟いたアスカに、リオールはそっと頬を寄せた。
ひたり、と肌が重なり合い、ぬくもりが染み渡る。
「無理をさせてはいないか? もう何度も……」
「違います……リオール様が触れてくれるのが、嬉しくて……っ、もっと……欲しいと、思ってしまうのです……」
その言葉を聞いた瞬間、リオールの腕に力がこもった。
ぐっとアスカの細い身体を抱き寄せ、額をこつんと重ねる。
「……愛おしい。こんなにも、愛しいのに……まだ足りないなんて、罪だな」
「リオールさま……」
唇が重なった。
今までよりも穏やかで、深く、甘く溶けていくようなキス。
触れ合った舌が、ゆっくりと愛を確かめるように絡み合う。
気がつけば、アスカの脚は自然と開かれていた。
リオールの指はその間を這い、愛しげに撫でていく。
「まだ……熱が残ってるな。……中が、欲しがってる」
「っ、あ……っ、リオールさま……っ、もう……」
言葉が溶けていっている。
熱に浮かされているようで、何度も名前を呼んでくれる。
「ゆっくり、する。何度でも、優しく……アスカが壊れてしまわないように……」
そっと抱きしめたまま、ふたりは再びひとつになる。
身体と心が重なり合っていくそのたびに、愛おしさが増していった。
──発情期は、まだ終わらない。
しかし、アスカの熱も、痛みも、幸せも、すべてを分かち合えるのなら、この時間は言葉にできないほど愛しくて、大切なものだ。
リオールの腕の中にいる愛おしい存在に、そっと唇を落とした。
発情期を終えた日の朝。
腕の中で穏やかに眠るアスカにリオールはほっとしながら、静かに陽春を呼んだ。
「──朝は、消化の良いものを。発情期の間はほとんど食事をとっていないからな。王妃の体が驚くかもしれん」
「はい。そのように」
「……政務の方は、どうなっている」
アスカの髪を一束掴み、口元にあてながら問いかける。
微かに残るフェロモンと、汗の匂い。
しかし全く嫌ではない。むしろこれが良い。
「は。滞りなく。全て陛下のご指示通りに進んでおります」
「そうか」
「王妃様には、もう暫くお休みいただきますか? 本日はおそらく、お動きにはなれないでしょうから、明日以降……もしくは、明後日でも……」
「ああ。無理はさせるな。少しでも足下が危ないと思ったのなら、寝かせておくように」
「かしこまりました」
愛しい彼の項には、リオールの付けた証がある。
サラリとそこを撫でると、小さく体を跳ねさせたアスカが、薄らと目を開けた。
「ああ、すまない。起こしてしまったか」
「……へいか」
その声は行為のせいで少し枯れてしまっている。
沢山啼かせた覚えがあるので、リオールは苦笑し、アスカの頬を撫でる。
「蜂蜜の入った飲みものを用意させよう」
それが何を意味しているのか、寝起きのアスカはしかし理解をして、ほんのり赤く染った顔をリオールの胸に埋めて隠す。
「……ああ、可愛いな」
「もう……おやめ、ください。恥ずかしい……」
発情期が終わったので、しっかりとした思考に戻ったらしく、あの大胆な姿ではなく、控え目なアスカになった。
この差が、リオールにとってはとても可愛らしく、心臓を掴まれているようにすら思える。
「私はもう少しで政務に戻る。アスカはゆっくり過ごしなさい」
「ぁ……」
名残惜しそうな声。
胸に触れる手が伸びて、リオールの頬を撫でる。
「もう、行ってしまわれますか……? あと少し、せめて、お食事を一緒に……」
「……そうだな。そうしよう」
アスカには甘いリオールは、食事も政務の合間に取るつもりだったが、潤んだ目に見つめられ一も二もなく頷いた。
アスカと朝食を摂ることにしたリオールは、先ずは身なりを整えようと、体を起こした。
そうして、ふと、アスカを見る。
「……すまない。跡を、残しすぎた……」
「え……?」
掛布がはだけ、アスカの白い肌がよく見えるのだが、体の至る所に赤い印をつけてしまっていた。
「……ふふ。陛下の所有印のようで、素敵でしょう?」
「!」
「私は、とても嬉しいです。……ですが、わがままを言うなら、私も陛下につけたい。私の陛下だという証を、つけてはだめですか……?」
「……。いいに決まっているだろう……」
可愛らしい願いに、リオールはつい固まり、そしてヘナヘナと力なく笑う。
嬉しそうなアスカは、早速挑戦しようと体を起こそうとして、全く力が入らなかったのか、寝台にポスンと逆戻りした。
「……陛下、力が、入りません……」
「それは、そうだろうな。あれだけ交合ったのだから」
キョトンと驚いた顔のまま、見上げられておもわず頬が緩む。
少しムッとした表情を見せたアスカの隣にくつくつ笑いながら、再び寝転んでやると、そっと近づいてきて鎖骨の辺りに唇が触れた。
「ん……あれ……? 上手くできない……」
「はは、擽ったいぞ」
「あ、動かないでください。もう少し……」
「ふふ」
それから少し粘ったのだが、アスカの思うようにはつけられなかったらしい。
結局、諦めたアスカの頭を撫でて、今度こそ身なりを整えることにする。
「侍女を呼ぶから、アスカはそこで休んでなさい。朝食は共に。待っているから、ゆっくりおいで」
「はい」
寝台を抜けて、陽春の手を借り衣を着替える。
「お顔色が、とても良うございますね」
「そうだろうな」
「王妃様のお体はご無事でしょうか……」
「……いや、無理をさせてしまった」
これまで受けてきた訓練で、あんなにも心踊ったことは無い。
アスカの白い肌がほんのり赤く染まり、何度も求めるように手を伸ばしてくる姿が、あまりにも綺麗で──。
「番になれたことが、何より嬉しい」
「はい。おめでとうございます。私もとても嬉しく思います」
心からそう思っているのだろう。陽春は柔く微笑んで何度と頷いた。
身支度を終えたリオールはまだアスカが寝台から動けていないと聞き、部屋へ戻る。
すると、彼はすでに起き上がっていて、しかし、よろり、と揺れた体を慌てて寝台の柱につかまって支えるその姿に、思わず眉をひそめた。
「……無理をするなと言っただろう」
低く落ち着いた声に、アスカはびくりと肩を震わせた。
けれど、すぐにふわりと笑って、控えめに言う。
「申し訳ございません。ですが……陛下と一緒に、食事に向かいたかったのです……」
その一言で、怒りが愛しさに変わってしまうのだから、本当に困ったものだ。
リオールはそっと歩み寄り、アスカの足元を見る──やはり、まだ力が入りきっていないのだろう、少し震えている。
「それならば、従者を呼びなさい。一人では危ないだろう」
「……はい」
「歩けると思ったのか?」
「……思ってました……少しは」
素直すぎる返答に、リオールは溜め息をついたあと、ふいにアスカの体をひょいと抱き上げた。
「っ……! 陛下……っ!?」
驚いたアスカが慌てて首にしがみつくと、その顔がすぐ近くにくる。微かな甘い香りがふわりと鼻をかすめた。
「王妃の『少し』は、信じられないな」
「う……申し訳ございません……」
拗ねたように言うアスカの髪にキスを落としながら、リオールは静かに囁く。
「謝るな。そなたの気持ちは嬉しい。しかし、大事な体だ。私の番となったんだぞ。無理をしたら、怒る」
その声音はとてもやさしくて、けれど逆らえないような強さを持っていた。
アスカは恥ずかしそうに頷いて、またリオールの胸に顔を埋めた。
「……じゃあ、次はちゃんと歩けるように……私が強請っても、少し、控えてくださいますか……?」
「それは無理な話だな」
「……では、どういたしましょう」
困ったように笑うアスカに、リオールは楽しげに答えた。
「そうだな。……それでは、体を重ねた翌朝は、私がこうして王妃を連れていこう」
「!?」
「愛しい王妃──いや、アスカ。死ぬまで私のそばを離れるなよ」
「~っ、はい」
そんな言葉を聞いて、アスカは顔を真っ赤に染めたまま、そっと目を閉じた。
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