あなたの番になれたなら

ノガケ雛

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第3章

第1話

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 アスカが王妃となって、はや一月。
 あたたかな風が頬を撫でる。
 王妃として迎える初めての春。
 新たな生活にも徐々に慣れてきたものの、彼はあることで困っていた。

「陛下……あの、そろそろお戻りになりませんと……」
「……いいや、ここで政務をする」
「それは……ほら、陽春が困っておりますよ」
「しかし、王妃と共にいる方が捗る」
「……」

 そう返され、アスカは困ったように眉を八の字にして、そばに控える陽春、清夏、薄氷を見た。だが、三人とも同じような苦笑を浮かべているだけだった。

 王政が落ち着いたこの頃、リオールは後宮に足繁く通っていた。最近ではここで政務を行うことも増え、アスカはまだしも、側仕えたちはバタバタと忙しそうで、申し訳なさを感じる場面も増えていた。
 そして、後宮は基本、王や王子もしくは宦官でなければ男性は入ることができなくなっているのだが、今現在、ここに住まうのはアスカだけということがあり、陽春と薄氷は特別に入室を許可されている。


「陛下、それであれば、私が国王宮へ参りましょう」
「……良いのか?」
「もちろんでございます。いつでも、貴方様がお呼びになられましたら、私が参ります。ですので……陽春をあまり困らせてはいけません」
「──陽春、困っておるのか?」

 唐突な問いかけにアスカはドキッとし、問われた陽春は少し困ったように笑った。

「陛下」
「……」

 アスカはその一言だけでやんわりと釘を刺す。リオールは面白くなさそうに目線を落とした。

「ようやくアスカと番になれたのだぞ。四年だ。四年、待った。……少しくらいの我儘を許してくれても良いと思わぬか」
「……」

 その言葉に、胸がキュンと締め付けられる。
 年下でありながら、これまでそうした甘えた態度を見せたことのなかった彼。だからこそ、その不意の一言にときめいてしまう。

「で、でしたら」
「……?」
「それは、夜に。ふたりだけの時に、しませんか……?」
「!」

「それなら……誰の手も煩わせませんし、私も、陛下とふたりきりの時間をいただけるのは嬉しいです」

 正直な想いに、リオールは目を細めて微笑んだ。
 ひとつ頷き、彼はそっとアスカの手に触れる。

「では、夜に。私がここに来よう」
「え……?」
「そなたに無理をさせるかもしれぬからな。朝、起きた時に国王宮からここまで戻るのは辛いだろう」
「っ!」

 みるみるうちに頬が赤くなる。
 リオールはとても満足そうで、そんなふたりを見ていた陽春たちも、先ほどまでの困惑顔とは打って変わり、どこか微笑ましそうな表情を浮かべていた。


 説得により国王宮へ戻って行ったリオール。
 アスカは小さく息を吐くと、自身の政務に向き直ることにした。


「清夏、昨日話した街へ視察に行く件についてだけど……あれは、どうなってる?」
「はい。準備を進めております。ただ、王妃様がお望みの『お忍び』は難しいかと……」
「え、どうして?」


 日毎届く民からの請願書。それを読んだアスカは、街の様子を知りたいとお忍びで視察に行こうとしていた。
 自身の育った村の事は知っている。しかし、逆をいえば村と、この王宮のことしかわからない。
 民の声に耳を傾けるのも政務のひとつであるのなら、自分の目で見たもの、耳で聞いたことを頼りに請願書の返事をしたい。


「おそらく、陛下がお許しになりません」
「え!?」
「お忍びとなりますと、護衛の人数が限りなく少なくなります」
「でも……私が王妃だなんて、誰も気づかないはずでしょう?」
「それは関係ございません。そもそも、いつどこで、誰が、どのようなことに巻き込まれるかがわからないのですから」
「……」


 アスカの口元がへの字に歪む。
 薄氷が苦笑をこぼすが、しかし清夏に何かを言うこともないので、彼も同意見なのだろう。


「清夏も薄氷も……私の気持ちをわかってくれないの……?」
「もちろん、王妃様のお気持ちは理解しております。しかしながら、危険だと分かっていて頷く従者は居ないかと」
「王妃様、お忍びでなければ……きっと問題にはなりません。陛下もご納得されるかと。もしかすると陛下もご一緒されるやもしれませんし」


 薄氷が宥めるように言う。
 しばらく拗ねていたアスカだったが、ふと思いついたことがあり、目を輝かせる。

 しかし、二人の前で思いついたことを吐露してしまうと、きっと反対されるに違いない。


 夜、ふたりきりの時にそっと伝えよう──そう思うと、自然と微笑みがこぼれた。






 その日の夜。
 昼間に伝えられていた通り、リオールが後宮にやってきた。
 アスカと同じ寝台に座り、身を寄せ合いながら会話を楽しむ。


「──陛下、少し、ご相談が」
「ああ、なんだ。いいことか?」
「私にとっては、とても。陛下にとっては分かりませんが、いいことであれば嬉しいです」


 そう言って、リオールの手に触れたアスカは、期待を込めた瞳で彼を見つめた。


「私と、逢瀬をいたしませんか?」
「逢瀬……!」
「はい。秘密で街に出て、普通の恋人同士と変わらない、逢瀬をしてみませんか?」


 リオールの目が僅かに見開かれ、そして手元に視線が落ちる。
 何も言わなくなった彼に、緊張して心臓がバクバクと音を立てているが、気付かないふりをして涼しい顔を繕った。


「……それは、何故だ」
「え……?」
「私は、知っているぞ。そなたがお忍びで街に視察に行きたいと言っていることを」
「!」


 まさか、彼はもう既に全てを知っていたのか。
 アスカは気まずさから視線を逸らし、そっと手を離した。


「私の恋心を弄んだな」
「そんな! 私は……視察に行きたいのも本当です。しかし、陛下と秘密で逢瀬を重ねるのも、楽しいだろうなと思ったのも、事実です。……弄ぶだなんて……ひどい」
「!」


 むにっと下唇を突き出したアスカに、リオールは胸を高鳴らせ、思わずその身体を抱きしめていた。


「じょ、冗談に決まってるだろう! そうだな。一石二鳥だ。共に行こうでは無いか」
「……本当に……?」
「当たり前だ。私は嘘は言わないぞ」
 

 それはつまり──許可、ということ。

 アスカの瞳がぱっと輝き、口元に笑みが咲いた。


「ありがとうございます……陛下、愛しています!」
「それは……ずるいぞ……」


 囁くように言った彼が、そっとアスカの額に唇を落とす。

  そのまま、押し倒されるように寝台に寝転んだアスカは、衣の裾から差し込まれた手にドキリとした。


「陛下……リオール様、もう、お話は終わりですか……?」
「なんだ。今ならまだ間に合うが、他に話があるか」
「ふふっ、ありません。私も陛下に触れたいです」


 リオールの顔に手を添えて、そっと唇を重ねる。
 彼は柔らかく目を細めると、止めていた手の動きを再開させた。


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