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第5話

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 目を覚ますと知らない部屋にいた。
 体を起こし辺りを見渡すと、シックで落ち着いた色合いの家具があって、程よく空調が効いている。クリーム色のカーテンの隙間から赤い光漏れていた。
 時計を見れば短針は六を指していて、午後の六時だとわかる。


 唯一あるドアに近付き、静かに開けると廊下があって、左はもう一つ部屋があって、その先は行き止まりで右側の奥にはドアと、右に少し進んだ先に枝分かれしてある左の廊下の先には玄関があった。

 とりあえず、ここはどこで誰の家なのかを知る為に、右奥のドアを開ける。
 そこは広いリビングで、深い茶色のソファーには一人の男性が座っていた。


「あ、あのー……」


 声を掛けると振り返った彼は、端正な顔をしていた。黒髪に程よく焼けた肌。二重で切れ長の目は少し威圧感もあるように思える。筋の通った高い鼻に、薄い唇。
 俺も中々顔は整っていると思うけど、この人には惨敗だ。


「あ、おはよう。」
「……おはようございます……」
「体調はどう?」
「大丈夫です。……あの、ここは……?それと貴方は……?」


 入口で突っ立っていると、彼はわざわざ立ち上がって俺の腕を取りソファーに座らせてくれた。
 身長が高い。俺より十センチ……いや、十五センチはある。


「俺は賀陽かようなぎ。勝手に持ち物見たんだけど、君は堂山真樹君で合ってる?」
「合ってます。」
「死のうとしてたね」
「……すみません」


 悪い事をしたと思って謝ると、賀陽さんは微笑んで首を振った。


「怒ったわけじゃないから謝らないで。」
「あの……でも何で、あそこにいたんですか……?あと、見つけたって言ってたと思うんですけど……」
「ああ、それはフェロモンのいい匂いがしたから。俺の好きな匂い。だから思わず探した。行き着いた先で堂山君が飛び降りようとしてたから……」


 俯く俺の手を、賀陽さんが優しく握る。


「堂山君はオメガだね?」
「……ついさっき、知りました。」
「さっき?……ああ、後天性か。昨日オメガの女性を助けてたけど、それのせいかな。」
「え、見てたんですか?」
「うん。たまたま車で通り掛かった時に見たんだよ。多分あれは堂山君だったと思う。オメガは中々見かけないしね。」


 握られている手が温かい。
 甘えたくなるような体温だ。


「堂山君はオメガになったから死のうとしたの?」
「……はい。うちの家は……まあ、俺自身もなんですけど、偏見が強くて。それに二十四年間アルファとして生きてきたのに、これからオメガとして生きていくことなんて無理です。だから、早々にリタイアしようと思いまして。」
「潔いいね」
「苦しい事なんて味わいたくないですからね。」


 そう言うと、彼は俺の手を握る力を強くした。
 そのまま飛び降りるのを止められた時のように抱き寄せられる。


「リタイアするくらいなら、俺にちょうだい。」
「ちょうだい?何を……?」
「堂山君の人生をちょうだい。」


 トクトク聞こえてくる彼の鼓動が心地良い。
 ふんわりとする彼の匂いは爽やかで、海を彷彿させるようなニュートラルな香りだ。


「俺はね、アルファなんだ。ずっと番を探してて、そんな時に君を見つけた。」
「……ん」
「死なないで、俺の傍にいて。苦しい思いなんてさせないから。」


 髪を撫でられ、心が穏やかになる。
 アルファに甘やかされるオメガはこんな感覚なんだ。
 まずい、堕ちそう。


「で、でも、俺は男だから……」
「男でも関係無いのは知ってるでしょ?アルファだったなら余計に。」
「でも……」
「真樹」


 名前を呼ばれると腰がズクっとした。
 顔を上げると賀陽さんは優しく微笑んでいる。


「俺と一緒にいよう。」


 笑顔と声、それから雰囲気に流されて、気が付けば首を縦に振っていた。

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