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ラーメン【子世代】
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しつこい残暑から逃げるように入った店内は冷気で充分に満たされていて、ホッと一息吐けた。
「あっつぃ……」
お絞りで顔を拭く男って本当に要るんだなと白猫は横目で眺めた。中肉中背のくたびれたオッサンは、チェーン展開のラーメン店舗が良く似合う。
「スーツ暑そうですね」
「もぉ一種の罰ゲームよ。私服で働けんの羨ましいわ」
「毎日選ぶのも大変ですよ」
クールビズでネクタイは絞めなくても良いらしいが、Yシャツもスラックスも酷暑と形容される程の季節には厚着と言っていい程に似つかわしくない。早々に飲み干してしまった水を継ぎ足そうと、ピッチャーに伸ばした途端、注文の品がやって来た。食券制の飲食店は回転の速さが売りだ。不愛想な店員が置いた醤油ラーメンに手を付けようと、取り出した割り箸は、今日も均等に割れない。片側だけ妙に短い割り箸も気にせず、剣太郎は豪快に麺を啜り出した。白猫も後に続く。チャーシューは分厚くていっそ固い。
「それ、」
「ん?」
「スマホ。今度は何で割れたんですか」
「車から降りる時にこう……つるっと」
「うわ……」
剣太郎のスマートフォンは、スワイプした瞬間に指に細かい破片が刺さりそうな程に見事な放射線上に罅が入っていた。そもそも画面が綺麗な状態を維持されている方が稀で、大体は傷がついている。スマートフォン自体を紛失した事も、一度や二度ではない。彼の名誉のために言うが、物の扱いが悪い訳ではない、本当に見事なまでにドジなだけだ。
「もうガラケーに戻した方がいいんじゃないですか」
「あれスマホよりちっちゃいからなぁ。余計失くしそうなんだよな」
「じゃあ首から掛けておかないと」
「考えとく」
生産性のない会話が繰り返される。どれだけ店内が涼しくとも、出来立てのラーメンの前では汗がひっきりなしに首を伝う。白猫はハンドタオルで首の汗を拭った。
「その半チャーハン、美味い?」
「普通ですね」
「君の店もライス系も増やしたらいいんじゃない」
「結構あるでしょ、焼きおにぎりとか」
「いやもっとこう、ガッツリいけるヤツ。それこそチャーハンとかピラフとか」
「ン……考えときます」
剣太郎からの唐突な提案に、白猫は麺を啜りながら頭の中で自身の店のメニュー表を開いた。おにぎりとお茶漬け各種は店を継ぐ前からあるものの、確かに変わり種には乏しい。試験的に置いてみていいかもしれないと考えれば急に何となく頼んだチャーハンに興味が湧いてくる。入っているのは刻まれた焼き豚だが、自分が作るなら鶏肉にしてみようか。
「メニューに追加しても、剣太郎さんは食べ――」
「そろそろさぁ」
問い掛けは最後まで紡がれる事はなく、剣太郎によって遮られる。話を切り出したにも関わらず、丼を傾けてスープを飲み干す剣太郎を待つ羽目になった。飲み切ると後で腹が膨れて苦しいといつも文句を言うくせに、学ばない男だ。
「一緒に住もうか」
「は、」
にべもなく言い放つ剣太郎の表情は、照れるでも格好つけるでもなく淡淡としている。
「え、何か俺ってば変な事言っちゃった?」
目を見開いて固まる白猫が聞き返した時にようやく少し慌てた様相を示していた。白猫もまた、何の前触れもなく降って湧いてきた誘いを上手く咀嚼しきれない。だってこんなありふれたラーメン屋で、当たり障りのない会話をしていた途中で、二人とも顔中に汗をかいたマヌケな姿で。手慰みに爪楊枝を持った剣太郎が続ける。
「別に一人暮らしでもすぐおっ死にゃあしないけど。君と一緒にいる方が楽しいと思ってさ。どうかな」
いつも散々ドジを踏むくせに、こういう時に限って鍵束の中から自宅のそれを至極スマートに差し出して微笑んでくるのだからもう、答えは決まってしまった。
「あっつぃ……」
お絞りで顔を拭く男って本当に要るんだなと白猫は横目で眺めた。中肉中背のくたびれたオッサンは、チェーン展開のラーメン店舗が良く似合う。
「スーツ暑そうですね」
「もぉ一種の罰ゲームよ。私服で働けんの羨ましいわ」
「毎日選ぶのも大変ですよ」
クールビズでネクタイは絞めなくても良いらしいが、Yシャツもスラックスも酷暑と形容される程の季節には厚着と言っていい程に似つかわしくない。早々に飲み干してしまった水を継ぎ足そうと、ピッチャーに伸ばした途端、注文の品がやって来た。食券制の飲食店は回転の速さが売りだ。不愛想な店員が置いた醤油ラーメンに手を付けようと、取り出した割り箸は、今日も均等に割れない。片側だけ妙に短い割り箸も気にせず、剣太郎は豪快に麺を啜り出した。白猫も後に続く。チャーシューは分厚くていっそ固い。
「それ、」
「ん?」
「スマホ。今度は何で割れたんですか」
「車から降りる時にこう……つるっと」
「うわ……」
剣太郎のスマートフォンは、スワイプした瞬間に指に細かい破片が刺さりそうな程に見事な放射線上に罅が入っていた。そもそも画面が綺麗な状態を維持されている方が稀で、大体は傷がついている。スマートフォン自体を紛失した事も、一度や二度ではない。彼の名誉のために言うが、物の扱いが悪い訳ではない、本当に見事なまでにドジなだけだ。
「もうガラケーに戻した方がいいんじゃないですか」
「あれスマホよりちっちゃいからなぁ。余計失くしそうなんだよな」
「じゃあ首から掛けておかないと」
「考えとく」
生産性のない会話が繰り返される。どれだけ店内が涼しくとも、出来立てのラーメンの前では汗がひっきりなしに首を伝う。白猫はハンドタオルで首の汗を拭った。
「その半チャーハン、美味い?」
「普通ですね」
「君の店もライス系も増やしたらいいんじゃない」
「結構あるでしょ、焼きおにぎりとか」
「いやもっとこう、ガッツリいけるヤツ。それこそチャーハンとかピラフとか」
「ン……考えときます」
剣太郎からの唐突な提案に、白猫は麺を啜りながら頭の中で自身の店のメニュー表を開いた。おにぎりとお茶漬け各種は店を継ぐ前からあるものの、確かに変わり種には乏しい。試験的に置いてみていいかもしれないと考えれば急に何となく頼んだチャーハンに興味が湧いてくる。入っているのは刻まれた焼き豚だが、自分が作るなら鶏肉にしてみようか。
「メニューに追加しても、剣太郎さんは食べ――」
「そろそろさぁ」
問い掛けは最後まで紡がれる事はなく、剣太郎によって遮られる。話を切り出したにも関わらず、丼を傾けてスープを飲み干す剣太郎を待つ羽目になった。飲み切ると後で腹が膨れて苦しいといつも文句を言うくせに、学ばない男だ。
「一緒に住もうか」
「は、」
にべもなく言い放つ剣太郎の表情は、照れるでも格好つけるでもなく淡淡としている。
「え、何か俺ってば変な事言っちゃった?」
目を見開いて固まる白猫が聞き返した時にようやく少し慌てた様相を示していた。白猫もまた、何の前触れもなく降って湧いてきた誘いを上手く咀嚼しきれない。だってこんなありふれたラーメン屋で、当たり障りのない会話をしていた途中で、二人とも顔中に汗をかいたマヌケな姿で。手慰みに爪楊枝を持った剣太郎が続ける。
「別に一人暮らしでもすぐおっ死にゃあしないけど。君と一緒にいる方が楽しいと思ってさ。どうかな」
いつも散々ドジを踏むくせに、こういう時に限って鍵束の中から自宅のそれを至極スマートに差し出して微笑んでくるのだからもう、答えは決まってしまった。
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