とある後輩の事情(5/27更新)

狂言巡

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プラチナの疑惑

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「あ、来週コーヤが帰ってくるてメールがありました」
「はあ? 俺のとこにはきてへんけど」

 イラッとしながら四本目を開ける。本当は度数控えめのほろよいにしようと思ったが、何だか意地になってスーパードライのプルトップを引っ張った。

「ほんで、行くんか?」

 聞いてから、しまったと思った。耳に届く自分の声が思ったより尖がっていたからだ。何だかどうしようもない束縛系毒男みたいだ。でもソイツの名前を聞いた時、この胸に広がったのは暗澹たる気持ちだった。高野だって、もちろん可愛い後輩の一人だ。可愛すぎてブラジルまでぶっとばしてやりたいくらい。
 淡島は猪垣の問いには応えず、というか返事をするのもバカバカしいというような顔でティラミス味の酒を一息に煽った。よく塩焼きそばと一緒に飲めるもんだ。彼女の反応は別におかしくはない。いくら年上で恋人だからといって、いちいち自分の行動を制限される謂れはないだろう。

「なつかしなー、あいつゲンキにしとるん?」
「棒読みですわぁ」

 棒読みにもなるわと猪垣は声に出さないまま毒づく。淡島と付き合い始めた少し後くらいに、高野の第一希望が地方にある私立大学だと聞いた。それが、自分達に関係あるのかは知らない。めでたく受験に合格し、その大学のある地方都市に旅立つ高野を部活メンバーで見送りに行った時、性懲りをもなく淡島に突進して踵落としを喰らった彼は、ホームの片隅でいつになく真剣な猪垣に対して深深と頭を下げた。

「淡島さんをよろしくお願いします」
「おう任せろ」

 高野が淡島に対し並ならぬ感情を抱いていた事は明白で、猪垣はそんな力強くもない感じで応えて、いつもは天井近くある後頭部を見下ろしていた。
 ――もし、自分と淡島がこういう関係になる前に、彼が何かしらの、淡島の心を揺さぶるようなリアクションを起こしていたら。全然違った未来だったのかもしれないと思う事はある。
 けれど喋る羆は淡島の後輩という立場を選んだのだ。上手くいけば一生ものの繋がり。今の自分達よりよっぽど揺るぎなく、平凡だが持続性のある関係。何かを得ようとしたら、何かを捨てなければならない。彼はそれをしなかった、もしくは出来なかった。それだけの事なのだ。――とまあ、これは猪垣の予想の域を出ないのだが。きっと地方の豊かな自然相手に失恋の痛手を癒しているだろう。
 そんな後輩に憐憫の情さえ感じていたら、正月に帰省してきた時「今犬飼ってます」と写真を見せられた。ブルーのタオルケットにくるまった黒のポメラニアンは――とある人物を強く連想させた。諦めが悪いんだか切り替えが早いんだか。確かブラックタンって希少価値高めのタイプだったような。猪垣はこの、実に喰えない後輩の思惑を計りかねている。
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