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奪われた視線
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秋の気配を感じるある日の事だった。
香山倫太朗は恋をした。 敵情視察という名目で、友人と共に魔麟学園を訪れた。そしてトイレに行ってくると仲間と少しばかり別れた時の事だ。校舎内のトイレで用を足し、体育館へ通じる渡り廊下を歩く倫太朗はふと中庭へ視線を向け、思わず足を止めた。
赤や黄に色付く木の間、一人の少女が宙を仰いでいる。赤い簪で結い上げられた黒髪は陽に透けてキラキラと輝いていた。肌は白く、頬は桃のように淡く色づき、今は閉じられたままの唇は朝露を受けた椿のように紅い。丹念に磨きこまれたような、ガラス玉のような目が印象的だった。
(綺麗、だ)
細身だとか胸が大きいだとか、モデルのような体型の女は見慣れているはずだったのに。倫太朗は今まで女に苦労せず、大概は向こうから猛烈なアプローチを受け、自分の許容範囲内の女性であれば受け入れてきたのだが、いわゆる【来る者拒まず去る者追わず】タイプであり、生まれてからこの方、人に対して執着を持った事が無かったため、きっと自分は淡白なタイプなのだろうと思っていた。
ところがどっこいどうした事か。柄にもなくときめいてしまった倫太朗は、食い入るように少女を見つめる。魔麟学園の制服を着ているし……間違いなく此処の生徒なのだろうが、学年までは判らない。迷ったふりして、名前でも聞いてみようか。そう思うが、余所様の学校内で軟派のような真似をするのは気が引ける。けど、こんなに自分の胸を打つような子を前に、名前を聞かないというのもどうかと思うし……。
「おっ……」
アレコレ考えていると少女の視線がこちらへ向き、倫太朗はドキッとした。目が合うとまた瞳の美しさが際立つというか……。無表情ではあるが、だからこそ顔立ちの良さが引き立ち、目を奪われる。
一際強い秋の風が吹いた。木枯らしの中で彼女は一礼して、何故かハッとしたように目を見開く。初めて表情らしい表情を見せたが……何だか可愛い。無表情だと冷たい感じがしたが、表情が表れると幼い感じがして可愛さがあらわれる。
もっと彼女のことを知りたい。名前を聞きたい。言葉を交わしてみたい。そう思った倫太朗は中庭へ向け、一歩を踏み出した。だが、少女は踵を返し、走り去ってしまって……追いかけへんと……! 思い立つと同時に足を踏み出そうとした直後。
「香山、何をしていんだい!?」
がすんと、いつの間にやら背後に来ていたらしい悪友の声と、鋭い蹴りによって阻まれてしまう。
「ちょっ、何をするのだマリア!」
倫太朗は反射的に振り返って、ハッとして視線を戻す。既に彼女の姿はなかった。後に残るのは秋色に染まる中庭だけ……。名も分からないまま彼女は姿を消してしまった。けど、倫太朗の目にはハッキリと彼女の姿が焼き付いている。
――また、彼女に逢いたい。今度こそ名前を聞いて、言葉を交わしてみたい。ささやかだが強い想い。
生まれて初めて香山倫太朗は――(するりと、こころはうばわれた)
香山倫太朗は恋をした。 敵情視察という名目で、友人と共に魔麟学園を訪れた。そしてトイレに行ってくると仲間と少しばかり別れた時の事だ。校舎内のトイレで用を足し、体育館へ通じる渡り廊下を歩く倫太朗はふと中庭へ視線を向け、思わず足を止めた。
赤や黄に色付く木の間、一人の少女が宙を仰いでいる。赤い簪で結い上げられた黒髪は陽に透けてキラキラと輝いていた。肌は白く、頬は桃のように淡く色づき、今は閉じられたままの唇は朝露を受けた椿のように紅い。丹念に磨きこまれたような、ガラス玉のような目が印象的だった。
(綺麗、だ)
細身だとか胸が大きいだとか、モデルのような体型の女は見慣れているはずだったのに。倫太朗は今まで女に苦労せず、大概は向こうから猛烈なアプローチを受け、自分の許容範囲内の女性であれば受け入れてきたのだが、いわゆる【来る者拒まず去る者追わず】タイプであり、生まれてからこの方、人に対して執着を持った事が無かったため、きっと自分は淡白なタイプなのだろうと思っていた。
ところがどっこいどうした事か。柄にもなくときめいてしまった倫太朗は、食い入るように少女を見つめる。魔麟学園の制服を着ているし……間違いなく此処の生徒なのだろうが、学年までは判らない。迷ったふりして、名前でも聞いてみようか。そう思うが、余所様の学校内で軟派のような真似をするのは気が引ける。けど、こんなに自分の胸を打つような子を前に、名前を聞かないというのもどうかと思うし……。
「おっ……」
アレコレ考えていると少女の視線がこちらへ向き、倫太朗はドキッとした。目が合うとまた瞳の美しさが際立つというか……。無表情ではあるが、だからこそ顔立ちの良さが引き立ち、目を奪われる。
一際強い秋の風が吹いた。木枯らしの中で彼女は一礼して、何故かハッとしたように目を見開く。初めて表情らしい表情を見せたが……何だか可愛い。無表情だと冷たい感じがしたが、表情が表れると幼い感じがして可愛さがあらわれる。
もっと彼女のことを知りたい。名前を聞きたい。言葉を交わしてみたい。そう思った倫太朗は中庭へ向け、一歩を踏み出した。だが、少女は踵を返し、走り去ってしまって……追いかけへんと……! 思い立つと同時に足を踏み出そうとした直後。
「香山、何をしていんだい!?」
がすんと、いつの間にやら背後に来ていたらしい悪友の声と、鋭い蹴りによって阻まれてしまう。
「ちょっ、何をするのだマリア!」
倫太朗は反射的に振り返って、ハッとして視線を戻す。既に彼女の姿はなかった。後に残るのは秋色に染まる中庭だけ……。名も分からないまま彼女は姿を消してしまった。けど、倫太朗の目にはハッキリと彼女の姿が焼き付いている。
――また、彼女に逢いたい。今度こそ名前を聞いて、言葉を交わしてみたい。ささやかだが強い想い。
生まれて初めて香山倫太朗は――(するりと、こころはうばわれた)
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