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俺はバイクを走らせた。
三枝は俺に抱きついたり肩を掴んだりはせず、タンデムグリップに掴まっていた。
「お前らのバンド名なんだっけ? マシュマロンロンだよな? で、お前はマシュマロメオだよな? すでにめちゃくちゃ軽いんだから誰も気にしねーよそんな事。お前ら以上に軽い女なんていないんだからな」
「ハハハ確かにそうですねッ!」
三枝は思い切り俺の背中にヘッドバットをした。
痛いなこの野郎と言おうとしたが、何かいつもと違う雰囲気を通っている道から感じ取った俺は思わずバイクを江古田公園の近くのコインパーキングに停めた。
「ちょ、先輩! なんなんスか! 痛かったんですか? なんかごめんなさい」
三枝は慌てて謝った。
「ちょっとそこで待ってろ」
三枝のヘッドバットについて何も触れずに、歩いて通って来た道を引き返した。
思い違いだったのか、なんの変哲もない普段通りの道だった。
紙パックのジュースが売っている自販機を見つけたので、ヨーグルトのドリンクを飲んでから戻ろうと思った。財布からお金を取り出すと、手から小銭がすり抜けて自販機の横の隙間に転がって行ってしまった。確認しても無駄だろうと思ったが念のため隙間を確認した。
すると、隙間の奥に押しボタン式信号機のボタンボックスが落ちてあった。小銭は見当たらなかった。
小銭の事などどうでもよくなった俺は手を伸ばしてボタンボックスに触れようとしたが、触れる事が出来なかった。
何か不思議な力が働いていて俺の手を拒んでいるような感じがした。
「チッなんだよこれ」
舌打ちをしながら今度はボタンを押せるかどうか試してみたが、やはりボタンにも触れる事が出来なかった。
自販機にお金を入れてヨーグルトのドリンクを買い、すぐに飲み干した。深呼吸をしてもう一度小銭を徹底的に探し、見当たらない事を確認してから、なんで小銭が消えたのかを考えた。
考えられる事はいくつかある。
1つ目は、ボタンボックスの裏に転がって行ってしまった。転がって行った方向的に恐らくこれが最も可能性が高い。
2つ目は、溝や隙間や穴に潜り込んでしまった。これも考えられなくはないが、潜り込めるようなスペースがない事から可能性はそこまで高くはないだろう。
3つ目は、あのボタンボックスに触れたせいで消えてしまった。これは普通なら論外だ。考える余地は一切ないのだけれども、あの奇妙なボタンボックスがある以上そういう事が起こっても不思議ではないと思う。
考えれば考えるほど気持ち悪かった。
いずれにせよ、あの触れる事が出来ないボタンボックスをどかさないとどうしようもない事だけは確かだった。
じれったくなった俺は意を決し財布から100円を取って、それを人差し指と中指の間に挟んで指先の方へ移動させ、ボタンボックスに100円を当てた。
当たった! と思ったのも束の間だった。
気がつくと狭いビルの1階のような雰囲気の薄暗い空間で、オフィスレディの見た目をした二十歳前後の綺麗で可愛らしい女性が楽しそうに100円を転がして遊ぶ姿が目に飛び込んで来た。
俺はその女性と目が合った。
「何? ギャー! 人間! 人間来ちゃった! どうしよう。どうすれば良いの? えーんえーん」
俺を見た瞬間彼女は気が動転したのかバタバタと暴れ回り泣き出した。
「ちょ、大丈夫ですか? 落ち着いて下さい。取って食ったりしませんから」
生まれてから一度も二十歳前後の女性が本気で暴れ回る姿を見た事がなかったので少しだけ動揺したが、彼女に近づいて声をかけた。
「何言ってんの? 取って食われると思って慌ててるわけじゃないんですけど」
彼女はいきなり冷静になって言った。
「なんだこいつ」
思わず心の声が出てしまった俺は彼女を無視して先に進む事にした。
「なッ、こら! 戻りなさい!」
彼女はそう言うと俺を物凄い力で引っ張って元いた場所に連れ戻した。
「なんか君じゃ話しにならなそうなんだよな。誰か君以外で話しの分かる人はいないのかい?」
笑顔で応じつつも少しだけイライラを表に出して言った。
「キーッ! 私じゃ話しにならないですって? ここには私しかいないのよ! だから私が一番ここの事を知ってるの。その私が話しにならないってアンタ、ナ・メ・す・ぎ・そもそもアンタは招かれざる客なのよ? あんまり大きい顔しないでくれるかしら。不愉快だから」
かなり効いたのか彼女はめちゃくちゃ早口で怒って言った。
それを聞いて俺は言い返してから彼女に色々気になる事を質問しようと思った。
だが、なんとなくここで言い返すと面倒臭そうだと察知して言い返したい気持ちを抑えた。
「大変失礼しました。おみそれしました」
「え、何急に! ま、まぁ分かれば良いのよ。私の方こそごめんなさいね。人間がここに来たの初めてだったから取り乱しちゃって」
俺が跪いて言うと彼女は俺の前に来て当然のように頭をポンポンと触った。
もしかしてこいつ、下手に出れば出るほどつけあがるシステマの社長タイプで、クレイジー側の生き物なんじゃないか。もしそうだとしたらふざけた事を抜かさない限り、ひれ伏した方が酷い事にはならなそうだ。
そう考えた俺は彼女を社長だと思って話す事に決めた。
「ところで聞きたい事が山ほどあるんですけど。まず、ここはどこなんですか? なんか信号機のボタンに触れて気がついたらここにいたんですけど」
跪いたまま質問した。
「信号機のボタンってなんだろう? 私は外の事そんなに詳しくないのよね。どういう理屈で外から人が来るのかとか、細かい事は全然分からない。そんな事よりアンタは今精霊の世界にいるのよ」
彼女は俺が跪いているのを良い事に、俺の背中に座って得意げな口調で言った。
「精霊の世界? ブハッ、すみません。ちょっとくしゃみが。という事は、あなたも精霊なんですね?」
それを聞いて思わず吹き出してしまった。その入社したてのオフィスレディのような格好で精霊とは面白い冗談ですね。オフィスレディの精霊か何かですか? ギャハハハハ。
そう言ってやりたかった。
「ん? なんか今笑わなかった? まぁ良いわ。私は日本の精霊よ」
「日本の精霊? それぞれの国に精霊がいるんですか?」
「そう、その国の精霊はその国の言葉しか喋れない。地球にはあらゆる物や事象や現象があるでしょ? 例えば、海とか森とか。精霊はそういう物一つ一つを司ってるの。それぞれ別の精霊としてね。海の精霊とか森の精霊とか日本の精霊というような感じで」
「精霊に役割とかあるんですか?」
「司ってるって言っても精霊は地震を発生させたり、台風を起こしたり、というような事は出来ないの。自分の意思で制御をしてるわけじゃないから。だから存在自体が役割なのかな」
「支配はしてるけどしてないみたいな?」
「うん、地震の精霊がいなくなったら地震はなくなる。地震の精霊がいるから地震は起きる。そういう意味では支配よね。地震を発生させてる自覚なんてないし意識すら出来てないから矛盾してるように思うけど。あ、でも国の精霊のように役割がある精霊もいるわね。私達国の精霊の役割はここに来た人を外に追い出す事なの。あなたがどういう方法でここに来たかは知らないけど、来た以上いつかは帰ってもらうわよ」
「だからさっき凄いパワーで俺を引っ張ったんですね」
「そういう事。アンタを今すぐ追い出さないのは私の気まぐれ。この先に行こうとしない限り、こうやって話してる分には全然問題にならないのよ」
「この先には何があるんですか?」
「精霊達の住む世界に通じる門がある特別な場所に通じてるわ。別の種類の精霊同士が干渉しないように世界が別れてるのよ。ただ、その特別な場所では干渉しても問題ないから違う種類の精霊同士が時々話し合ったりする事もあるわね。私もここに入る前に少し話したし。この場所も私以外の精霊が入る事は禁じられてるけど、干渉しても問題ない空間よ」
「精霊は外の、俺達がいる世界のように精霊の世界で暮らしてるって事ですか?」
「大体そんな感じでしょ。勿論人間と精霊で違う点もあるけど、そんなに違わないわ」
「あなたはその精霊の世界の門番ですね? 俺のような部外者から世界を守ってるんだ」
「そう、精霊とか言ってどんなに偉そうな事言っても私がやれる事って入って来た物を外に出す事だけなの。笑っちゃうでしょ? ここに来て相当経つのに人間が入って来たのは一回だけ。沢山入って来られても困っちゃうけどさ、ここまで退屈だと考え物よね」
「あなたとは状況が違うし、あなた達より人間の方が恐らく寿命が短いだろうから、凄く生意気に聞こえるかもしれませんけど、俺はずっと死にたいと思って生きています。そういう人って多いんですよ。役目や役割がないですから。あったらあったで辛いと思いますが、ないのもそれなのに辛いんです。だから与えられた役目や役割を果たしてるっていうか、こなしてる人は本当に尊敬します。だから冗談でも笑わないです」
「そんな事言われた事ないから、なんか、なんて言って良いのかな。うーん、ありがとう。笑ってくれてもよかったのにね。精霊は自ら命を絶たない限り永久に生き続けるの。だから色々分かるでしょ? 私はまだアンタほどじゃないけど、そのうち私もアンタみたいになるんだろうね。前にここにいた精霊もそうなっていなくなって、代わりに私が入ったんだから私が消えるのも時間の問題だな。せめて他の精霊みたいにいっぱい仲間がいれば良かったのに」
彼女はそう言うと立ち上がって俺の頭を軽く叩いた。
その瞬間俺は三枝とのやりとりを思い出した。
『お前は自分が思った事をなんでもかんでも喋りすぎだよ。何も知らないくせに。お前の認識というか、世界と俺の世界は違うんだ。俺はずっと落ち続けてる。生まれてからずっと』
『ごめんなさい』
三枝にあんな事を言っておいて彼女に知ったような口を聞いてしまった。
俺は愚か者だ。そう思って彼女になんて声をかけるべきか考えたが、答えは見つからなかった。
謝る事よりも、とにかくなんとかしないといけないと思った。
俺はあのとき三枝に抱きしめてもらいたかった。
何も言わずにただ慰めてほしかった。だから俺は彼女にそうしてあげるべきなのかもしれない。
俺は一か八か彼女を抱きしめた。
彼女は号泣した。
落ち着かせようと彼女の頭を軽く触ったが、泣き止まなかった。
「アンタ名前は?」
涙を出し切って泣きつかれた様子で彼女は俺の目を見て少しだけ恥ずかしそうに言った。
「え? ハオ・オリガです。精霊にも名前ってあるんですか?」
名前という概念があるんだなと思い少しだけ驚いて言った。
「ハオ君ね。あるわよ。私はニーフォ」
「ニーフォさんか。素敵な名前ですね」
彼女の笑顔を見て俺も笑顔になった。
「もう質問は終わり?」
ニーフォは俺から離れて照れ臭そうに言った。
「まだあるような気がしますけど、とりあえず大丈夫です。俺はいずれ出ちゃうんで」
時計をチラッと見て言った。
すると、時計の針が止まっているように見えたのでもう一度よく見返した。
やはり時計の針は止まっていた。
「時間なら大丈夫。ハオ君は外に出るとき選択するんだよ。外に出たときに、ここに入った時間と同じ時間に出るか、外に出たときに、ここで過ごした時間がそのまま経過した時間に出るかをね」
ニーフォは近づいて来て俺の時計を珍しげに見ながら言った。
「そうなんですか、じゃあ時間を気にせずゆっくりしてて良いわけですね」
地面に座りながら言った。
「うーん、そうなんだけどやっぱり帰ってもらおうかな。これ以上長くいられちゃうと別れるとき辛そうだからね。ごめん」
ニーフォは苦笑いして俺の腕を引っ張り外に出るよう促した。
「ちょ、待って下さい! そんなに焦らなくても」
「私が出ろって言ってんだから出なさい! 出ろ!」
引っ張りに応じない俺をニーフォは物凄い力で引っ張って引きずった。
「いきなりなんなんスか! 嫌ですって!」
なんかまた身に覚えがあるやりとりだなと思った。
俺は必死に抵抗した。
だが、ニーフォの強烈な引っ張りのおかげで出口が目の前に迫って来た。
「ハオ君のおかげで少し楽になったっていうかスッキリしたよ。ありがとね。バイバイ」
俺を出口の寸前まで追いやったニーフォは別れの挨拶をして、最後は俺の足で出て行くように委ねた。
ニーフォと別れる寸前で、ここに入って来たときの事を思い出した。
彼女が100円で遊んでいる姿は、とても楽しそうに見えた。
彼女はそれだけ退屈していたという事だ。
だったら俺のすべき事は決まっている。
「そこのジュエリー!」
「え? 私? ジュエリーって何?」
ニーフォは戸惑っていた。
「そう君ダヨ君! ジュエリーには最後に俺の歌を届けたい。ツイテコレッカー!」
「なんなのよもう! ついていけないんですけど!」
スマホを取り出して叫ぶとニーフォは何がなんだかわけが分からないという様子で叫び返した。
「ツイテコレンノカー?」
全力で客を煽るパフォーマンスをニーフォのためだけにした。
「はい! ついて行きます! ついて行けば良いんでしょついて行けば!」
ニーフォは恥ずかしそうな表情で言った。
その表情を見てスマホからボーカルを抜いたギミギルのアンリアルという楽曲を流し、それに合わせて歌った。
「色んな人の違ったリアル
知らない人の育ったリアル
僕らは闇に取り込まれた
止まらない矛盾を認識してよRight?
尖った鉄が刺さったAtmosphere(雰囲気)
怒った人の違ったValues(価値観)
空気感や雰囲気のValues
埋まらない価値観を認めてよねえRight?
感応式信号が表示されてたら良いな
人と人との車間距離を見誤らないでいて……(英語詞、日本詞が混在した曲)」
アンリアルを歌い切った俺は続け様にJewelrys' damnedを歌った。アンリアルにもJewelrys' damned にも振り付けなどなかったが全力で踊った。
歌って踊っているときニーフォは楽しそうに声援を送ったり笑ったりしていて、思いのほか楽しんでいる様子だった。
「んヒヒヒ、あー、こんなに笑ったの初めてだよ! ありがとう」
ニーフォは腹を抱えて笑いながら言った。
「楽しんでもらえてよかったです。ニーフォさん。俺なんかが歌っただけで、いや、この100円に触れただけで凄く楽しいでしょ? 外の世界はもっと楽しい事で溢れてます。外の世界へ出ましょう! ニーフォさんが死んでしまう事、ニーフォさんが外の世界へ出る事、その2つに大きな差はないですって。後の事は代わりの精霊に任せちゃいましょう」
地面に落ちていた100円を拾い上げ、ニーフォに見せつけて外の世界へ出るよう説得した。
そして俺はニーフォの腕を力強く引っ張った。
「待って! 無理だよ。私が出る事でどう日本に影響するか分からない。最悪滅んじゃうかもしれない。それでも私を外に出したい?」
ニーフォは俺の腕を振り払って言った。
「構わない。ニーフォさんは日本なんかのために死ぬ必要ない。例え日本の精霊であってもね。でも、ニーフォさんが決めて下さい。生きるか死ぬかを」
恐らくニーフォの答えはノーだろう。
それを分かっていながら、これから精霊であるニーフォを出し抜かなくてはならない。
俺は自分を鼓舞するためにわがままを正当化させた。
「私は行かない。私のせいでこれまでの精霊達の死を無駄に出来ない。精霊達が守って来た物を私も守りたい」
ニーフォの目には覚悟のような物が宿っていて、迷いは一切ないという雰囲気を纏っていた。
「そう言うと思いました。楽しかったです。さよなら」
「ごめんね。私も楽しかったよ。ありがとう。さよなら」
あっさりと冷たく言ってニーフォに手を振るとニーフォは寂しそうな表情で俺に手を振り返した。
俺はニーフォに向けて100円を放った。
すると、ニーフォは慌てて100円をキャッチした。その瞬間ニーフォを抱きかかえて外の世界へ出た。
俺はここに入った時間と同じ時間を選択した。
周りを見渡すと人が歩いていて、いきなり俺達が現れたように見えたのではないかと思って不安になったが、どうやら元々ここにいたように見えているらしい。
驚いた様子はなく怪しまれる事もなかった。
俺達が出た場所は例のボタンボックスがあった場所から少し離れたコインパーキングの駐車場だった。
「なんて事してくれたのよ!」
ニーフォは俺の肩をガクガク揺らして涙で訴えた。
「落ち着けって。ほら、なんともないだろ?」
「それはたまたまそうだっただけで、あ! そう言えばアンタなんかのボタンに触れて入って来たって言ってたわよね? 今すぐ私を戻しなさい!」
ニーフォの肩を掴んでドヤ顔で言うとニーフォは俺の首を絞めて来た。
「ちょ、ゲホゲホ、それはこの辺にあったんですけど、もうなくなってます。だからもう諦めて下さい」
首を締められながらも冷静にしらばっくれて言った。
「諦めて下さいってアンタねぇ! もう私死んでいった精霊達に顔向け出来ないわ。どうしてくれんのよ! それに今はなんともないかもしれないけど、これから何かあるかもしれないじゃない。そうなったらどう責任取るつもりよ!」
ニーフォは俺を地面に押し倒し馬乗りになって俺の胸を両手でドンドン叩きながら言った。
「責任なんて取る必要ないです。俺もニーフォさんも。誰かのために自分がタダで犠牲にならないといけないなんて胸くそ悪いっスよ。ニーフォさんが何をしたって言うんですか」
「そういう決まりなの! 私は命をかけないといけないの! 人間のアンタに何が分かるのよ! もう嫌。何も言わないでッ」
俺がそう言うとニーフォは号泣して言い返した。そして俺から離れて車止めに座って俯いた。
ニーフォのその姿を見た俺は紙パックのジュースが売っている自販機に行ってヨーグルトのドリンクを2本買った。
「精霊も飲み物とか飲めるのかな」
ドリンクを飲みながらニーフォにドリンクを渡そうとした。
「……」
ニーフォは黙ったまま俯いていた。
「とにかく、もう来ちゃったもんは仕方ないんだからさ、楽しむしかないんだよ。ほら飲みな。美味しいから」
ドリンクにストローを刺してニーフォにドリンクを無理やり渡した。
ニーフォはドリンクをじーっと見つめた後涙を拭いてドリンクを少しだけ口にした。
「何これ」
そう言ってニーフォは突然気を失った。
「おい! しっかりして下さい! ニーフォさん!」
何かいけない事をしてしまった気になりとても不安になったので、ニーフォを何度も揺すった。
「あれ? 私どうしちゃったんだろう」
数十秒気を失ったニーフォは目をパチクリさせて周りを見渡した。
「ニーフォさん。あなた今これが美味しすぎて気絶したんですよ? 冗談ではなくて本当に」
「そんなわけないでしょ? 私がそんなくだらない理由で気絶するわけないじゃない!」
安心した俺が笑いを堪えながらそう言うとニーフォは勢いよくドリンクを飲み出した。
「あ、ちょ! そんなに飲んだら……」
「ンギギギギッ」
笑いを堪えつつも少しだけ心配になった。何に耐えているのかは不明だが恐らくニーフォは気絶しないようにしようとしているのだろう。
白目をむいて、うめき声のような悲鳴を発していた。
「ギャハハ、めっちゃ気絶してるじゃないですか」
思い切り笑いながら言った。
「ハーッ、ハーッ、してないから! してないから!」
ニーフォはギュッと目を瞑って肩で息をしながら言った。
「もう、何が起こってるんスか? そろそろ行きますよ!」
ニーフォの腕を引っ張って立ち上がらせた。
ニーフォはハーハー言いながら黙って俺に三枝のいるコインパーキングまで連行された。
「え? いやいやいやいや! 意味分からない、意味分からない。誰その子。遅いから何やってんだろうって思ってたんスよ。本当、なんなの。マジで! 誰?」
三枝は俺と目が合った瞬間マジギレした。
「色々あってさ、なんて説明して良いか。うーん、精霊の世界に行ってて、そんで、なんやかんやあって、とりあえずこの人は日本の精霊なのよ! で、なんつーか、この子、その精霊の世界にいると後々ダルい事になるからこっちに連れて来たってわけ」
俺はザックリ三枝に説明した。
「は? 馬鹿じゃないの? もう一回今の言葉復唱してみろよ! おかしいだろ。マジ見損ないました。先輩がそこまでヤバい人だとは思ってませんでした。私帰ります!」
「ちょっと手を貸して」
怒鳴って帰ろうとした三枝の手を握ってニーフォは言った。
『ちょっと、なんなのよいきなり!』三枝はそう言おうとしたが言えなかった。
「……」
ニーフォから送られてくるパワーに圧倒された三枝は思わず跪いてしまった。
「な、何をしたんだ?」
「私の存在を分からせただけよ」
ニーフォは不敵な笑みを浮かべて言った。
「信じるわ。先輩、怒ってごめんなさい。それにあなたにも無礼があったなら謝ります。本当、すみませんでした!」
「……なんだか馬鹿に物分かりが良いな」
三枝は跪いたまま俺とニーフォに謝罪した。
「とにかく、この人が人間じゃない事は分かりました。果てしないっていうか、とにかく人間じゃないんですよ。それだけ分かれば良いです。とりあえず」
三枝は俺を見て言った。
「私はニーフォ。あなたは?」
ニーフォは三枝の腕を引っ張って立つように促した。
「楓です。よろしくお願いします」
三枝は立ち上がって言った。
「さてと。三枝、ちょっとニーフォさんと待っててくれる? 車取って来るから」
「寄り道しないで下さいね」
三枝は冷たく言った。
コインパーキングの精算を済ませてバイクに乗り家に戻った。時計は16時50分を回っていた。
車に乗り三枝達のいるコインパーキングに戻った。
車を停めて三枝達の方に向かうと三枝達の話し声が聞こえて来た。
内容は定かではないが、どうやら俺の事で盛り上がっているようだった。
「オラァ! 飯食いに行くぞ!」
思い切り叫んで車の方に歩きながら車に乗るように促した。
三枝とニーフォが車の後部座席に乗ると俺は車を走らせた。
「わー、凄い! 綺麗!」
ニーフォは中野の街の明かりを見て言った。
「ここよりももっと綺麗な所あるんで後で行きましょう。先輩、良いですよね?」
「良いけど、ダークサイケは?」
ライブには行けないと理解しつつも、三枝にそう言われた俺は情けない声で三枝に聞いた。
「そんなのいつだって行けるでしょ! 今日はニーフォさんをもてなしますよ徹底的に!」
三枝はニーフォの肩に手を回して張り切って言った。
「まぁそうだけどさ、てか、君達凄い打ち解けてるじゃん。なんなの。俺も仲間に入れてよ」
ミラーで三枝とニーフォの顔を見て言った。
「あっちでの話しニーフォさんから聞きましたよ。先輩にそういう一面あったんですね」
「三枝だってそうしたはずだよ。うーん、その話しはもう良いよ。とにかく、飯だ」
三枝は嬉しそうに言ったが、俺はなんとなくバツが悪い気になり話しを流した。
俺達は皇居の近くのビュッフェレストランへ向かった。
ビュッフェレストランへ向かうまでの道中ニーフォは外の景色に驚いたり、感動したり忙しそうにしていた。
俺や三枝がそれに対して反応して、盛り上がり車内は終始楽しい雰囲気に包まれた。
三枝は俺に抱きついたり肩を掴んだりはせず、タンデムグリップに掴まっていた。
「お前らのバンド名なんだっけ? マシュマロンロンだよな? で、お前はマシュマロメオだよな? すでにめちゃくちゃ軽いんだから誰も気にしねーよそんな事。お前ら以上に軽い女なんていないんだからな」
「ハハハ確かにそうですねッ!」
三枝は思い切り俺の背中にヘッドバットをした。
痛いなこの野郎と言おうとしたが、何かいつもと違う雰囲気を通っている道から感じ取った俺は思わずバイクを江古田公園の近くのコインパーキングに停めた。
「ちょ、先輩! なんなんスか! 痛かったんですか? なんかごめんなさい」
三枝は慌てて謝った。
「ちょっとそこで待ってろ」
三枝のヘッドバットについて何も触れずに、歩いて通って来た道を引き返した。
思い違いだったのか、なんの変哲もない普段通りの道だった。
紙パックのジュースが売っている自販機を見つけたので、ヨーグルトのドリンクを飲んでから戻ろうと思った。財布からお金を取り出すと、手から小銭がすり抜けて自販機の横の隙間に転がって行ってしまった。確認しても無駄だろうと思ったが念のため隙間を確認した。
すると、隙間の奥に押しボタン式信号機のボタンボックスが落ちてあった。小銭は見当たらなかった。
小銭の事などどうでもよくなった俺は手を伸ばしてボタンボックスに触れようとしたが、触れる事が出来なかった。
何か不思議な力が働いていて俺の手を拒んでいるような感じがした。
「チッなんだよこれ」
舌打ちをしながら今度はボタンを押せるかどうか試してみたが、やはりボタンにも触れる事が出来なかった。
自販機にお金を入れてヨーグルトのドリンクを買い、すぐに飲み干した。深呼吸をしてもう一度小銭を徹底的に探し、見当たらない事を確認してから、なんで小銭が消えたのかを考えた。
考えられる事はいくつかある。
1つ目は、ボタンボックスの裏に転がって行ってしまった。転がって行った方向的に恐らくこれが最も可能性が高い。
2つ目は、溝や隙間や穴に潜り込んでしまった。これも考えられなくはないが、潜り込めるようなスペースがない事から可能性はそこまで高くはないだろう。
3つ目は、あのボタンボックスに触れたせいで消えてしまった。これは普通なら論外だ。考える余地は一切ないのだけれども、あの奇妙なボタンボックスがある以上そういう事が起こっても不思議ではないと思う。
考えれば考えるほど気持ち悪かった。
いずれにせよ、あの触れる事が出来ないボタンボックスをどかさないとどうしようもない事だけは確かだった。
じれったくなった俺は意を決し財布から100円を取って、それを人差し指と中指の間に挟んで指先の方へ移動させ、ボタンボックスに100円を当てた。
当たった! と思ったのも束の間だった。
気がつくと狭いビルの1階のような雰囲気の薄暗い空間で、オフィスレディの見た目をした二十歳前後の綺麗で可愛らしい女性が楽しそうに100円を転がして遊ぶ姿が目に飛び込んで来た。
俺はその女性と目が合った。
「何? ギャー! 人間! 人間来ちゃった! どうしよう。どうすれば良いの? えーんえーん」
俺を見た瞬間彼女は気が動転したのかバタバタと暴れ回り泣き出した。
「ちょ、大丈夫ですか? 落ち着いて下さい。取って食ったりしませんから」
生まれてから一度も二十歳前後の女性が本気で暴れ回る姿を見た事がなかったので少しだけ動揺したが、彼女に近づいて声をかけた。
「何言ってんの? 取って食われると思って慌ててるわけじゃないんですけど」
彼女はいきなり冷静になって言った。
「なんだこいつ」
思わず心の声が出てしまった俺は彼女を無視して先に進む事にした。
「なッ、こら! 戻りなさい!」
彼女はそう言うと俺を物凄い力で引っ張って元いた場所に連れ戻した。
「なんか君じゃ話しにならなそうなんだよな。誰か君以外で話しの分かる人はいないのかい?」
笑顔で応じつつも少しだけイライラを表に出して言った。
「キーッ! 私じゃ話しにならないですって? ここには私しかいないのよ! だから私が一番ここの事を知ってるの。その私が話しにならないってアンタ、ナ・メ・す・ぎ・そもそもアンタは招かれざる客なのよ? あんまり大きい顔しないでくれるかしら。不愉快だから」
かなり効いたのか彼女はめちゃくちゃ早口で怒って言った。
それを聞いて俺は言い返してから彼女に色々気になる事を質問しようと思った。
だが、なんとなくここで言い返すと面倒臭そうだと察知して言い返したい気持ちを抑えた。
「大変失礼しました。おみそれしました」
「え、何急に! ま、まぁ分かれば良いのよ。私の方こそごめんなさいね。人間がここに来たの初めてだったから取り乱しちゃって」
俺が跪いて言うと彼女は俺の前に来て当然のように頭をポンポンと触った。
もしかしてこいつ、下手に出れば出るほどつけあがるシステマの社長タイプで、クレイジー側の生き物なんじゃないか。もしそうだとしたらふざけた事を抜かさない限り、ひれ伏した方が酷い事にはならなそうだ。
そう考えた俺は彼女を社長だと思って話す事に決めた。
「ところで聞きたい事が山ほどあるんですけど。まず、ここはどこなんですか? なんか信号機のボタンに触れて気がついたらここにいたんですけど」
跪いたまま質問した。
「信号機のボタンってなんだろう? 私は外の事そんなに詳しくないのよね。どういう理屈で外から人が来るのかとか、細かい事は全然分からない。そんな事よりアンタは今精霊の世界にいるのよ」
彼女は俺が跪いているのを良い事に、俺の背中に座って得意げな口調で言った。
「精霊の世界? ブハッ、すみません。ちょっとくしゃみが。という事は、あなたも精霊なんですね?」
それを聞いて思わず吹き出してしまった。その入社したてのオフィスレディのような格好で精霊とは面白い冗談ですね。オフィスレディの精霊か何かですか? ギャハハハハ。
そう言ってやりたかった。
「ん? なんか今笑わなかった? まぁ良いわ。私は日本の精霊よ」
「日本の精霊? それぞれの国に精霊がいるんですか?」
「そう、その国の精霊はその国の言葉しか喋れない。地球にはあらゆる物や事象や現象があるでしょ? 例えば、海とか森とか。精霊はそういう物一つ一つを司ってるの。それぞれ別の精霊としてね。海の精霊とか森の精霊とか日本の精霊というような感じで」
「精霊に役割とかあるんですか?」
「司ってるって言っても精霊は地震を発生させたり、台風を起こしたり、というような事は出来ないの。自分の意思で制御をしてるわけじゃないから。だから存在自体が役割なのかな」
「支配はしてるけどしてないみたいな?」
「うん、地震の精霊がいなくなったら地震はなくなる。地震の精霊がいるから地震は起きる。そういう意味では支配よね。地震を発生させてる自覚なんてないし意識すら出来てないから矛盾してるように思うけど。あ、でも国の精霊のように役割がある精霊もいるわね。私達国の精霊の役割はここに来た人を外に追い出す事なの。あなたがどういう方法でここに来たかは知らないけど、来た以上いつかは帰ってもらうわよ」
「だからさっき凄いパワーで俺を引っ張ったんですね」
「そういう事。アンタを今すぐ追い出さないのは私の気まぐれ。この先に行こうとしない限り、こうやって話してる分には全然問題にならないのよ」
「この先には何があるんですか?」
「精霊達の住む世界に通じる門がある特別な場所に通じてるわ。別の種類の精霊同士が干渉しないように世界が別れてるのよ。ただ、その特別な場所では干渉しても問題ないから違う種類の精霊同士が時々話し合ったりする事もあるわね。私もここに入る前に少し話したし。この場所も私以外の精霊が入る事は禁じられてるけど、干渉しても問題ない空間よ」
「精霊は外の、俺達がいる世界のように精霊の世界で暮らしてるって事ですか?」
「大体そんな感じでしょ。勿論人間と精霊で違う点もあるけど、そんなに違わないわ」
「あなたはその精霊の世界の門番ですね? 俺のような部外者から世界を守ってるんだ」
「そう、精霊とか言ってどんなに偉そうな事言っても私がやれる事って入って来た物を外に出す事だけなの。笑っちゃうでしょ? ここに来て相当経つのに人間が入って来たのは一回だけ。沢山入って来られても困っちゃうけどさ、ここまで退屈だと考え物よね」
「あなたとは状況が違うし、あなた達より人間の方が恐らく寿命が短いだろうから、凄く生意気に聞こえるかもしれませんけど、俺はずっと死にたいと思って生きています。そういう人って多いんですよ。役目や役割がないですから。あったらあったで辛いと思いますが、ないのもそれなのに辛いんです。だから与えられた役目や役割を果たしてるっていうか、こなしてる人は本当に尊敬します。だから冗談でも笑わないです」
「そんな事言われた事ないから、なんか、なんて言って良いのかな。うーん、ありがとう。笑ってくれてもよかったのにね。精霊は自ら命を絶たない限り永久に生き続けるの。だから色々分かるでしょ? 私はまだアンタほどじゃないけど、そのうち私もアンタみたいになるんだろうね。前にここにいた精霊もそうなっていなくなって、代わりに私が入ったんだから私が消えるのも時間の問題だな。せめて他の精霊みたいにいっぱい仲間がいれば良かったのに」
彼女はそう言うと立ち上がって俺の頭を軽く叩いた。
その瞬間俺は三枝とのやりとりを思い出した。
『お前は自分が思った事をなんでもかんでも喋りすぎだよ。何も知らないくせに。お前の認識というか、世界と俺の世界は違うんだ。俺はずっと落ち続けてる。生まれてからずっと』
『ごめんなさい』
三枝にあんな事を言っておいて彼女に知ったような口を聞いてしまった。
俺は愚か者だ。そう思って彼女になんて声をかけるべきか考えたが、答えは見つからなかった。
謝る事よりも、とにかくなんとかしないといけないと思った。
俺はあのとき三枝に抱きしめてもらいたかった。
何も言わずにただ慰めてほしかった。だから俺は彼女にそうしてあげるべきなのかもしれない。
俺は一か八か彼女を抱きしめた。
彼女は号泣した。
落ち着かせようと彼女の頭を軽く触ったが、泣き止まなかった。
「アンタ名前は?」
涙を出し切って泣きつかれた様子で彼女は俺の目を見て少しだけ恥ずかしそうに言った。
「え? ハオ・オリガです。精霊にも名前ってあるんですか?」
名前という概念があるんだなと思い少しだけ驚いて言った。
「ハオ君ね。あるわよ。私はニーフォ」
「ニーフォさんか。素敵な名前ですね」
彼女の笑顔を見て俺も笑顔になった。
「もう質問は終わり?」
ニーフォは俺から離れて照れ臭そうに言った。
「まだあるような気がしますけど、とりあえず大丈夫です。俺はいずれ出ちゃうんで」
時計をチラッと見て言った。
すると、時計の針が止まっているように見えたのでもう一度よく見返した。
やはり時計の針は止まっていた。
「時間なら大丈夫。ハオ君は外に出るとき選択するんだよ。外に出たときに、ここに入った時間と同じ時間に出るか、外に出たときに、ここで過ごした時間がそのまま経過した時間に出るかをね」
ニーフォは近づいて来て俺の時計を珍しげに見ながら言った。
「そうなんですか、じゃあ時間を気にせずゆっくりしてて良いわけですね」
地面に座りながら言った。
「うーん、そうなんだけどやっぱり帰ってもらおうかな。これ以上長くいられちゃうと別れるとき辛そうだからね。ごめん」
ニーフォは苦笑いして俺の腕を引っ張り外に出るよう促した。
「ちょ、待って下さい! そんなに焦らなくても」
「私が出ろって言ってんだから出なさい! 出ろ!」
引っ張りに応じない俺をニーフォは物凄い力で引っ張って引きずった。
「いきなりなんなんスか! 嫌ですって!」
なんかまた身に覚えがあるやりとりだなと思った。
俺は必死に抵抗した。
だが、ニーフォの強烈な引っ張りのおかげで出口が目の前に迫って来た。
「ハオ君のおかげで少し楽になったっていうかスッキリしたよ。ありがとね。バイバイ」
俺を出口の寸前まで追いやったニーフォは別れの挨拶をして、最後は俺の足で出て行くように委ねた。
ニーフォと別れる寸前で、ここに入って来たときの事を思い出した。
彼女が100円で遊んでいる姿は、とても楽しそうに見えた。
彼女はそれだけ退屈していたという事だ。
だったら俺のすべき事は決まっている。
「そこのジュエリー!」
「え? 私? ジュエリーって何?」
ニーフォは戸惑っていた。
「そう君ダヨ君! ジュエリーには最後に俺の歌を届けたい。ツイテコレッカー!」
「なんなのよもう! ついていけないんですけど!」
スマホを取り出して叫ぶとニーフォは何がなんだかわけが分からないという様子で叫び返した。
「ツイテコレンノカー?」
全力で客を煽るパフォーマンスをニーフォのためだけにした。
「はい! ついて行きます! ついて行けば良いんでしょついて行けば!」
ニーフォは恥ずかしそうな表情で言った。
その表情を見てスマホからボーカルを抜いたギミギルのアンリアルという楽曲を流し、それに合わせて歌った。
「色んな人の違ったリアル
知らない人の育ったリアル
僕らは闇に取り込まれた
止まらない矛盾を認識してよRight?
尖った鉄が刺さったAtmosphere(雰囲気)
怒った人の違ったValues(価値観)
空気感や雰囲気のValues
埋まらない価値観を認めてよねえRight?
感応式信号が表示されてたら良いな
人と人との車間距離を見誤らないでいて……(英語詞、日本詞が混在した曲)」
アンリアルを歌い切った俺は続け様にJewelrys' damnedを歌った。アンリアルにもJewelrys' damned にも振り付けなどなかったが全力で踊った。
歌って踊っているときニーフォは楽しそうに声援を送ったり笑ったりしていて、思いのほか楽しんでいる様子だった。
「んヒヒヒ、あー、こんなに笑ったの初めてだよ! ありがとう」
ニーフォは腹を抱えて笑いながら言った。
「楽しんでもらえてよかったです。ニーフォさん。俺なんかが歌っただけで、いや、この100円に触れただけで凄く楽しいでしょ? 外の世界はもっと楽しい事で溢れてます。外の世界へ出ましょう! ニーフォさんが死んでしまう事、ニーフォさんが外の世界へ出る事、その2つに大きな差はないですって。後の事は代わりの精霊に任せちゃいましょう」
地面に落ちていた100円を拾い上げ、ニーフォに見せつけて外の世界へ出るよう説得した。
そして俺はニーフォの腕を力強く引っ張った。
「待って! 無理だよ。私が出る事でどう日本に影響するか分からない。最悪滅んじゃうかもしれない。それでも私を外に出したい?」
ニーフォは俺の腕を振り払って言った。
「構わない。ニーフォさんは日本なんかのために死ぬ必要ない。例え日本の精霊であってもね。でも、ニーフォさんが決めて下さい。生きるか死ぬかを」
恐らくニーフォの答えはノーだろう。
それを分かっていながら、これから精霊であるニーフォを出し抜かなくてはならない。
俺は自分を鼓舞するためにわがままを正当化させた。
「私は行かない。私のせいでこれまでの精霊達の死を無駄に出来ない。精霊達が守って来た物を私も守りたい」
ニーフォの目には覚悟のような物が宿っていて、迷いは一切ないという雰囲気を纏っていた。
「そう言うと思いました。楽しかったです。さよなら」
「ごめんね。私も楽しかったよ。ありがとう。さよなら」
あっさりと冷たく言ってニーフォに手を振るとニーフォは寂しそうな表情で俺に手を振り返した。
俺はニーフォに向けて100円を放った。
すると、ニーフォは慌てて100円をキャッチした。その瞬間ニーフォを抱きかかえて外の世界へ出た。
俺はここに入った時間と同じ時間を選択した。
周りを見渡すと人が歩いていて、いきなり俺達が現れたように見えたのではないかと思って不安になったが、どうやら元々ここにいたように見えているらしい。
驚いた様子はなく怪しまれる事もなかった。
俺達が出た場所は例のボタンボックスがあった場所から少し離れたコインパーキングの駐車場だった。
「なんて事してくれたのよ!」
ニーフォは俺の肩をガクガク揺らして涙で訴えた。
「落ち着けって。ほら、なんともないだろ?」
「それはたまたまそうだっただけで、あ! そう言えばアンタなんかのボタンに触れて入って来たって言ってたわよね? 今すぐ私を戻しなさい!」
ニーフォの肩を掴んでドヤ顔で言うとニーフォは俺の首を絞めて来た。
「ちょ、ゲホゲホ、それはこの辺にあったんですけど、もうなくなってます。だからもう諦めて下さい」
首を締められながらも冷静にしらばっくれて言った。
「諦めて下さいってアンタねぇ! もう私死んでいった精霊達に顔向け出来ないわ。どうしてくれんのよ! それに今はなんともないかもしれないけど、これから何かあるかもしれないじゃない。そうなったらどう責任取るつもりよ!」
ニーフォは俺を地面に押し倒し馬乗りになって俺の胸を両手でドンドン叩きながら言った。
「責任なんて取る必要ないです。俺もニーフォさんも。誰かのために自分がタダで犠牲にならないといけないなんて胸くそ悪いっスよ。ニーフォさんが何をしたって言うんですか」
「そういう決まりなの! 私は命をかけないといけないの! 人間のアンタに何が分かるのよ! もう嫌。何も言わないでッ」
俺がそう言うとニーフォは号泣して言い返した。そして俺から離れて車止めに座って俯いた。
ニーフォのその姿を見た俺は紙パックのジュースが売っている自販機に行ってヨーグルトのドリンクを2本買った。
「精霊も飲み物とか飲めるのかな」
ドリンクを飲みながらニーフォにドリンクを渡そうとした。
「……」
ニーフォは黙ったまま俯いていた。
「とにかく、もう来ちゃったもんは仕方ないんだからさ、楽しむしかないんだよ。ほら飲みな。美味しいから」
ドリンクにストローを刺してニーフォにドリンクを無理やり渡した。
ニーフォはドリンクをじーっと見つめた後涙を拭いてドリンクを少しだけ口にした。
「何これ」
そう言ってニーフォは突然気を失った。
「おい! しっかりして下さい! ニーフォさん!」
何かいけない事をしてしまった気になりとても不安になったので、ニーフォを何度も揺すった。
「あれ? 私どうしちゃったんだろう」
数十秒気を失ったニーフォは目をパチクリさせて周りを見渡した。
「ニーフォさん。あなた今これが美味しすぎて気絶したんですよ? 冗談ではなくて本当に」
「そんなわけないでしょ? 私がそんなくだらない理由で気絶するわけないじゃない!」
安心した俺が笑いを堪えながらそう言うとニーフォは勢いよくドリンクを飲み出した。
「あ、ちょ! そんなに飲んだら……」
「ンギギギギッ」
笑いを堪えつつも少しだけ心配になった。何に耐えているのかは不明だが恐らくニーフォは気絶しないようにしようとしているのだろう。
白目をむいて、うめき声のような悲鳴を発していた。
「ギャハハ、めっちゃ気絶してるじゃないですか」
思い切り笑いながら言った。
「ハーッ、ハーッ、してないから! してないから!」
ニーフォはギュッと目を瞑って肩で息をしながら言った。
「もう、何が起こってるんスか? そろそろ行きますよ!」
ニーフォの腕を引っ張って立ち上がらせた。
ニーフォはハーハー言いながら黙って俺に三枝のいるコインパーキングまで連行された。
「え? いやいやいやいや! 意味分からない、意味分からない。誰その子。遅いから何やってんだろうって思ってたんスよ。本当、なんなの。マジで! 誰?」
三枝は俺と目が合った瞬間マジギレした。
「色々あってさ、なんて説明して良いか。うーん、精霊の世界に行ってて、そんで、なんやかんやあって、とりあえずこの人は日本の精霊なのよ! で、なんつーか、この子、その精霊の世界にいると後々ダルい事になるからこっちに連れて来たってわけ」
俺はザックリ三枝に説明した。
「は? 馬鹿じゃないの? もう一回今の言葉復唱してみろよ! おかしいだろ。マジ見損ないました。先輩がそこまでヤバい人だとは思ってませんでした。私帰ります!」
「ちょっと手を貸して」
怒鳴って帰ろうとした三枝の手を握ってニーフォは言った。
『ちょっと、なんなのよいきなり!』三枝はそう言おうとしたが言えなかった。
「……」
ニーフォから送られてくるパワーに圧倒された三枝は思わず跪いてしまった。
「な、何をしたんだ?」
「私の存在を分からせただけよ」
ニーフォは不敵な笑みを浮かべて言った。
「信じるわ。先輩、怒ってごめんなさい。それにあなたにも無礼があったなら謝ります。本当、すみませんでした!」
「……なんだか馬鹿に物分かりが良いな」
三枝は跪いたまま俺とニーフォに謝罪した。
「とにかく、この人が人間じゃない事は分かりました。果てしないっていうか、とにかく人間じゃないんですよ。それだけ分かれば良いです。とりあえず」
三枝は俺を見て言った。
「私はニーフォ。あなたは?」
ニーフォは三枝の腕を引っ張って立つように促した。
「楓です。よろしくお願いします」
三枝は立ち上がって言った。
「さてと。三枝、ちょっとニーフォさんと待っててくれる? 車取って来るから」
「寄り道しないで下さいね」
三枝は冷たく言った。
コインパーキングの精算を済ませてバイクに乗り家に戻った。時計は16時50分を回っていた。
車に乗り三枝達のいるコインパーキングに戻った。
車を停めて三枝達の方に向かうと三枝達の話し声が聞こえて来た。
内容は定かではないが、どうやら俺の事で盛り上がっているようだった。
「オラァ! 飯食いに行くぞ!」
思い切り叫んで車の方に歩きながら車に乗るように促した。
三枝とニーフォが車の後部座席に乗ると俺は車を走らせた。
「わー、凄い! 綺麗!」
ニーフォは中野の街の明かりを見て言った。
「ここよりももっと綺麗な所あるんで後で行きましょう。先輩、良いですよね?」
「良いけど、ダークサイケは?」
ライブには行けないと理解しつつも、三枝にそう言われた俺は情けない声で三枝に聞いた。
「そんなのいつだって行けるでしょ! 今日はニーフォさんをもてなしますよ徹底的に!」
三枝はニーフォの肩に手を回して張り切って言った。
「まぁそうだけどさ、てか、君達凄い打ち解けてるじゃん。なんなの。俺も仲間に入れてよ」
ミラーで三枝とニーフォの顔を見て言った。
「あっちでの話しニーフォさんから聞きましたよ。先輩にそういう一面あったんですね」
「三枝だってそうしたはずだよ。うーん、その話しはもう良いよ。とにかく、飯だ」
三枝は嬉しそうに言ったが、俺はなんとなくバツが悪い気になり話しを流した。
俺達は皇居の近くのビュッフェレストランへ向かった。
ビュッフェレストランへ向かうまでの道中ニーフォは外の景色に驚いたり、感動したり忙しそうにしていた。
俺や三枝がそれに対して反応して、盛り上がり車内は終始楽しい雰囲気に包まれた。
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