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112 年末年始
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暗闇の中、音楽が流れる。
これは……椿ちゃんのテーマBGM。――もう時間か、そろそろ起きないと。
ゆっくり身体を起こし、枕元のスマホを手に取ってアラームを止める。そして、いつものようにメガネをかけた。
ふぁ~~……また月曜日か。
何か長い夢を見た気がする。内容はまったく覚えていないが、妙に面白かった気がする。
顔を洗い、テレビをつけ、ニュースを確認してからスーツへ着替える。
『もうすぐクリスマス、今年のおすすめデートスポットは…』
昨晩準備しておいた朝食をレンジで温め、適当に食べる。食べると同時に、スマホゲームのAPを消化して一息つく。朝のルーティンは、いつもこんな感じだ。
ニュースの時間を見て、いつものタイミングで家を出る。
睡眠とゲームの時間を確保したいから、職場は自宅の近くを選んだ。歩いて通える距離なので、地獄の通勤電車とは無縁。それだけでも、十分なメリットだ。
会社に到着すると、当然のようにワンオペ。私一人だけの空間だ。
銀髪を束ね、仕事モードへ切り替える。
ネットのアニメラジオを流しながら、書類仕事をこなす。今日は今年最後の出勤日。明日からは年末休みだ。よし、頑張ろう。
「インボイスを作って、お客さんに連絡し……ヨシ。」
振り返ると、今年はずいぶん忙しかった気がする。手が止まった記憶がない。こんなに働いていれば、本社も文句はないだろう。
今日は友人たちと食事会があるので、できる限り早く仕事を片付けたい。……とはいえ、残った商品をすべて配達しなければ。まあ、あと2~3軒だけだから、すぐに終わる。
商品をチェックし、ダンボールに詰める。
そして車へ積み込む。
こういう時、タイトスカートは本当に面倒だ。力仕事には向いていない。……ん?スカート?
配達先の店に到着し、荷物を下ろす。
「ありがとうございます、ここに置いておきますね。」
「いやいやいや、神薙さん!俺が運びますよ。女性にこんな重いものを持たせるわけにはいきません。」
「え?あ、はい、ありがとうございます。……?」
「そうそう、神薙さん、今日の夜は暇?良かったら、一緒にご飯でも……。」
「あ~ごめん、今日は友人たちと食事会があるんだ。では、お先に失礼します。」
「あ、うん、ありがとう。」
……あいつ、こんなに優しいだっけ。
まあ、いいか。
よし、最後の配達も終わったし――今日は早めに上がろう!
おい~~!!
------------------------------------------------------
仕事を終え、夕方の繁華街、駅前の集合場所に到着する。
まだ誰も来ていない。音楽を聴きながら、スマホで小説を読んで時間をつぶす。
「――あの、ちょっと宜しいですか?」
「……あ、はい。」
ふと顔を上げると、知らない男が自撮り棒付きのスマホを持って話しかけてきた。
慌てて周囲を確認する。
しかし、周りには誰もいない。むしろ、野次馬がこちらを囲み、遠巻きに円を作っていた。
……なんだ、これ?
もともと三次元を諦めた身として、他人の視線など気にしたことはない。だが――私は有名人でもないし、何もしていない……よな?
もしかして、この自撮り棒男が有名人なのか?
はっ――!!
まさか、頭に何か変なものがついている!?
思わず、手を頭と顔へやって異変がないか確かめる。
「え?もしかして、ここで待ち合わせるのはダメなんですか?」
おかしい、毎年ここで待ち合わせているのに、こんなことは初めてだ。
「いいえ、私はユーユーバーの●●●●です。今、街の美少女を探してクリスマスに関するインタビューをしているのですが――あなたの髪、とても綺麗ですね!どこで染めたのですか?」
ちっ…ナンパか?いや、それともただの取材か?しかし、周囲の視線がやけに多い。なるべく穏便に、さりげなく抜けるしかないな。
「いいえ、天然です。」
「えっ!?天然ですか?もしかして、外国の方だったりします?」
「いいえ、違います。私は、あなたが探している美少女でもありませんし、人を待っているので……。」
「待っている人って――彼氏さんですか?」
「はぁ……約束がありますので、失礼いたします。」
今日は毎年恒例のオフ会。奴らと一緒に食事をしながら、クリスマスの限定ガチャを回す。――私は予感している。今日は限定星5キャラが当たる気がする。邪魔するやつは絶対に許さない。
無言で現場を離れ、公園へ向かう。
友人たちへ集合場所変更の連絡を入れようと思ったその時――
待て。
もうすぐクリスマスだ。公園に人が多いのは当然のことだが、さらに――その大半がリア充で構成されている。
そろそろ時間だし、ここで待つのは落ち着かない。先に店へ向かおう。
友人たちへ集合場所をいつもの店へ変更するよう伝え、あの忌々しい公園から即座に撤退。
いつもの焼肉屋に到着。
「予約した神薙、4名です。」
「はい、こちらの席にどうぞ。」
席につき、仲間が来るまでゲームのAPを消化する。しばらくすると――冴えない男3人組が現れた。
「おう!雄二、おまたせ。」
「潰れた雑種くん、久しぶり。」
「ここでその名前はやめろって。」
「ははっ、ミナト、久しぶり。」
「相変わらず変な髪だな、レアカードみたい。」
「やめろ、そこは気にしてるんだ。」
今度はミナトの後ろの二人が挨拶する。
「よう、雄二、久しぶり。」
「よう、ハルト、ユウマ、久しぶり。」
「久しぶり~!」
いつもの仲間――ミナト、ハルト、ユウマ。年も近いし、当然この歳でも全員独身。今では、一番気が置けない仲間なのかもしれない。
……ん?最近一緒に遊んだゲームってなんだったっけ?
そんなことを考えながら、私たちはすぐに肉を注文し、乾杯する。
私は酒を飲まないので、当然ウーロン茶を選ぶ。
「ねぇねぇ、聞いてよ。私、さっき知らないユーユーバーに捕まったんだけど……最悪。動画も撮ってるし……ネットにアップされたらどうしよう。」
ミナトがすぐに返事する。
「よりによって、雄二を捕まえるとはねぇ……。でもまあ、無理もないか。その見た目、高校生って言われても納得するぞ。」
「高校生はない。私はこの中で一番年上だぜ?もう39ですよ、立派なおばさんだ。」
「はぁ?鏡を見ろよ。お前、17歳って言われても俺は信じるぞ。」
「「そうだそうだ。」」
「はいはい、お世辞はいいから、肉が焦げるよ。それと、そろそろ新キャラ回そうぜ。」
「よし!まずは合成大成功しないと……。」
ここで、ユウマがスマホの画面をこちらへ向けた。
「雄二、残念だけど……そのユーユーバー、多分こいつだな。さっきのは生放送だったみたいだから、すでにネットで騒ぎになってるぞ。」
「なん……だと……。」
「えっと、『外国人の美少女が駅前で発見!10000年に一度の美女』って。」
「はぁ~~本当に馬鹿馬鹿しい。」
「あいつに連絡して、動画を削除させるか?」
「する!!」
「よし、俺が連絡する。任せろ。」
「ありがとう。」
「どうせなら、会社の定型文使って送りつけてやろうぜ。」
それを聞いて、ハルトはすぐにツッコミを入れた。
「これ、いいな!お前のメール、もはや完全に弁護士のメールじゃないか。あのユーユーバーの反応が気になるわ。」
そう、ユウマは弁護士だ。
だから彼の定型文メールで削除依頼をすれば、多分、すぐに対応されるはず。
「よし、食べながらガチャを回そうぜ!」
「おう!」
「待て待て、先に合成大成功しないと。」
「俺は出るまで回す覚悟はすでにできている。」
食事会は終わり、各自解散。
私も家に戻る。全身が焼肉の匂いになっている。……風呂に入らないと。
服を脱ぎ――
……あれ?私、こんなブラいつ買ったっけ?
いや……作った……?……うん、まあいいか。
風呂に入ったあと、この前のロボットゲームの続きをやろう。
------------------------------------------------------
年末、新幹線に乗って実家へ向かう。到着した時には、すでに夜になっていた。
ピンポン
『はい~。』
実家の扉が開く。
そこには、髪の半分が白くなった母の姿があった。久しぶりに顔を合わせた気がする。
「ただいま、お母さん。久しぶり。」
「雄二、おかえり。遅かったわね、あなたを待っていたのよ。寒いから、早く入りなさい。……夕飯はもう食べたわね?」
「午後の新幹線しか予約できなくて、ごめん。先ほどの連絡通り、夕飯は外で食べたよ。」
「よかったわ。まだ食べていなかったらカップ麺しか出さないからね。あたし、作らないから。」
「だからちゃんと食べてきたって。」
実家へ入ると、両親と姉が揃ってこたつに入っていた。
「お父さん、お姉ちゃんも久しぶり。」
「あ~雄二、久しぶりだな。……あれ?お前、小さくなった?」
「お父さん、それは嫌味ですか?」
「いやいや、前は俺より高かった気がするんだが……あれ?……うん、まあいいや。とにかく、早くこたつに入りなさい。今日は寒いぞ。」
「妹よ、久しぶり。」
「お姉ちゃんも。……お義兄さんは?」
「今年は別々の実家で過ごすのよ。そういえば、この前の新ガチャの星5キャラ、強かったわ。」
「はいはい、どうせ私は爆死ですよー。」
お姉ちゃんも同じゲームをやっているので、時々パーティーを組んで一緒に遊んでいる。
「まあまあ……待てよ……妹、なんだか胸、大きくなった?」
「何を言ってるの。この歳で大きくなるわけがないじゃん。」
「……って、テーブルに乗せたその二つは何?」
「え?………いや、いつもの大きさだけど。」
「おのれ……!美乳め!」
お母さんは、みかんを剥きながらふっと微笑み、話し始めた。
「もう、『笑ってはいけない』始まるわよ。静かにしなさい。……うん?どうしたの?雄二。どこか、痛いの?」
「え?何もないよ。……何?」
「あなた、泣いてるじゃないの。何かあった?」
自分の頬にそっと触れると――
「あれ?……本当だ。……あれ?あれ?……どうして?涙が止まらない。」
「あらいやだ、仕事がつらいの?だから仕送りはいいって言ったのに。」
「違う、そうじゃない。」
「……ガチャ爆死したから?」
「いつものことだ。爆死ぐらいで泣いたりしないよ。」
「えーと、もしかして、先ほど俺がお前、小さくなったって言ったことか?悪かったな……。」
「違う。そんなの、気にしてない。」
しばらく泣いたあと、自然と涙が止まった。お母さんは心配そうな顔で静かにお茶を出す。
「本当に大丈夫?」
「……多分、目に何かついてたんだと思う。もう大丈夫。ごめんね、ちょっと顔を洗ったら部屋へ行くよ。」
「わかったわ。何かあったら、話してね。」
「本当に何もないって。心配しすぎだよ。」
私は実家の部屋へ戻る。懐かしい……昔のまんまだ。昔買った漫画、そこまで多くないアニメグッズ。そして棚には私が一番好きなゲームが並んでいた。
そう――椿ちゃんが登場するあのゲームだ。
卒業後、社会人になった私は、このゲームに夢中になったことで同人誌を描き始めた。コミケにも参加した。懐かしい。楽しかった。
古いパソコンを起動し、ディスクをセット。
ゲームを立ち上げ、最後にセーブした場所から再開する。
そのデータは――主人公が椿ちゃんとの誤解を解き、彼女に告白するシーンだった。
画面の中の椿ちゃんを見つめ、私はそっと口を開く。
「トイエリさん、……ありがとう。こんな夢を見せてくれて。また、両親やお姉ちゃん、友人たちと会えて。……本当に、嬉しかった。」
画面内の立ち絵だったはずの椿ちゃんが、まるでアニメのように動き、いつもの聞き慣れた声で私に返事をした。
『どういたしまして。これはただのシミュレーションだから、気にしないで。』
「まあ、わがままを言うなら、できれば元の身体に戻してほしいなぁ。」
『仕方ないじゃない。あなたの魂はすでに変質し、元の身体とは別のものに変化したのよ。だから、このシミュレーションもあなたはアイリスのまましかできないの。』
「いえいえ、冗談だよ。私は気にしてない。またあの人たちに会えただけで、それで十分。……ありがとう。」
『あなたの魂と身体は、もう変化が完了しているわ。いつでも戻ることは可能よ。』
「え?その変化って――前に話していた、私がまったく理解できないアレのこと?」
『ええ、そうよ。あなたの身体は私の力になじんで変化し……えーと、あなたが知っている言葉で言えば――神化?かな。』
「いやいや、神は無理だよ。私は普通の生活で十分満足している。」
『うん……半神化?正式に私の使者になったわよ。ヒュウツジアの話だけれど。』
「まさか……天使?」
『そうそう、それ!』
「ま、まさか翼が生えて、頭の上に天使の輪……じゃないよね?」
『そうしたいの?変えてあげようか?』
「いやいやいや、いつもの格好でいい!」
『ふふっ、知ってますよ。安心して、外見は何も変わっていないわ。そうね、変化の後――その身体は正真正銘あなたのものになった。いつも感じていた圧迫感がなくなり、魔力の上限以上に回復することもなくなり、すなわち例の“水玉”消えるわ。』
「おおーーーー!!マジ神だ!ありがとう!トイエリ様!」
『というわけで、すぐに戻ってもいいし、そちらの新年が終わる頃までは、そちらに残っていてもいいわよ。』
「うん、わかった。本当にありがとうね。新年が終わるまで、ここに残っていたい。」
『わかったわ。楽しんできなさい!』
『……私も、あなたが好きです。私と付き合ってください。▼』
画面内の椿ちゃんは、アニメーションから静止した立ち絵へと戻った。
私はすぐにリビングへ向かい、家族の元へ戻る。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん。初詣に行こうぜ。」
三人は、面倒くさそうな顔でこちらを見ている。
「へぇ~……面倒くさい。」
「お母さんも同じく出たくないわ。」
「神社、人が多そうだし……。」
「いいじゃん!私は、あなたたちの幸せを祈りたいんだ!行こうぜ!」
「妹よ……リアルでこんな恥ずかしいセリフを言う人、いる?」
「行こうよ、行こうよ。」
両親はお互いに視線を交わし、
「仕方ないね。」という顔でゆっくり立ち上がった。お姉ちゃんも、ため息をつきながら渋々動く。
そんな中、お母さんが私に話しかけた。
「何か嫌なことがあったのかは、わからないけれど……。行きますか、初詣。……着物、どこに置いたのかしら。」
「そうなんだ、今回だけだぞ、雄二。何かあったらすぐに連絡してくれ。」
「お母さん、私は着物を着ないよ。雄二の分だけ出してくれればいい。」
――そう、俺の家。
俺の家族は、いつもこんな感じだ。
本当にありがとう、トイエリさん。
これは……椿ちゃんのテーマBGM。――もう時間か、そろそろ起きないと。
ゆっくり身体を起こし、枕元のスマホを手に取ってアラームを止める。そして、いつものようにメガネをかけた。
ふぁ~~……また月曜日か。
何か長い夢を見た気がする。内容はまったく覚えていないが、妙に面白かった気がする。
顔を洗い、テレビをつけ、ニュースを確認してからスーツへ着替える。
『もうすぐクリスマス、今年のおすすめデートスポットは…』
昨晩準備しておいた朝食をレンジで温め、適当に食べる。食べると同時に、スマホゲームのAPを消化して一息つく。朝のルーティンは、いつもこんな感じだ。
ニュースの時間を見て、いつものタイミングで家を出る。
睡眠とゲームの時間を確保したいから、職場は自宅の近くを選んだ。歩いて通える距離なので、地獄の通勤電車とは無縁。それだけでも、十分なメリットだ。
会社に到着すると、当然のようにワンオペ。私一人だけの空間だ。
銀髪を束ね、仕事モードへ切り替える。
ネットのアニメラジオを流しながら、書類仕事をこなす。今日は今年最後の出勤日。明日からは年末休みだ。よし、頑張ろう。
「インボイスを作って、お客さんに連絡し……ヨシ。」
振り返ると、今年はずいぶん忙しかった気がする。手が止まった記憶がない。こんなに働いていれば、本社も文句はないだろう。
今日は友人たちと食事会があるので、できる限り早く仕事を片付けたい。……とはいえ、残った商品をすべて配達しなければ。まあ、あと2~3軒だけだから、すぐに終わる。
商品をチェックし、ダンボールに詰める。
そして車へ積み込む。
こういう時、タイトスカートは本当に面倒だ。力仕事には向いていない。……ん?スカート?
配達先の店に到着し、荷物を下ろす。
「ありがとうございます、ここに置いておきますね。」
「いやいやいや、神薙さん!俺が運びますよ。女性にこんな重いものを持たせるわけにはいきません。」
「え?あ、はい、ありがとうございます。……?」
「そうそう、神薙さん、今日の夜は暇?良かったら、一緒にご飯でも……。」
「あ~ごめん、今日は友人たちと食事会があるんだ。では、お先に失礼します。」
「あ、うん、ありがとう。」
……あいつ、こんなに優しいだっけ。
まあ、いいか。
よし、最後の配達も終わったし――今日は早めに上がろう!
おい~~!!
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仕事を終え、夕方の繁華街、駅前の集合場所に到着する。
まだ誰も来ていない。音楽を聴きながら、スマホで小説を読んで時間をつぶす。
「――あの、ちょっと宜しいですか?」
「……あ、はい。」
ふと顔を上げると、知らない男が自撮り棒付きのスマホを持って話しかけてきた。
慌てて周囲を確認する。
しかし、周りには誰もいない。むしろ、野次馬がこちらを囲み、遠巻きに円を作っていた。
……なんだ、これ?
もともと三次元を諦めた身として、他人の視線など気にしたことはない。だが――私は有名人でもないし、何もしていない……よな?
もしかして、この自撮り棒男が有名人なのか?
はっ――!!
まさか、頭に何か変なものがついている!?
思わず、手を頭と顔へやって異変がないか確かめる。
「え?もしかして、ここで待ち合わせるのはダメなんですか?」
おかしい、毎年ここで待ち合わせているのに、こんなことは初めてだ。
「いいえ、私はユーユーバーの●●●●です。今、街の美少女を探してクリスマスに関するインタビューをしているのですが――あなたの髪、とても綺麗ですね!どこで染めたのですか?」
ちっ…ナンパか?いや、それともただの取材か?しかし、周囲の視線がやけに多い。なるべく穏便に、さりげなく抜けるしかないな。
「いいえ、天然です。」
「えっ!?天然ですか?もしかして、外国の方だったりします?」
「いいえ、違います。私は、あなたが探している美少女でもありませんし、人を待っているので……。」
「待っている人って――彼氏さんですか?」
「はぁ……約束がありますので、失礼いたします。」
今日は毎年恒例のオフ会。奴らと一緒に食事をしながら、クリスマスの限定ガチャを回す。――私は予感している。今日は限定星5キャラが当たる気がする。邪魔するやつは絶対に許さない。
無言で現場を離れ、公園へ向かう。
友人たちへ集合場所変更の連絡を入れようと思ったその時――
待て。
もうすぐクリスマスだ。公園に人が多いのは当然のことだが、さらに――その大半がリア充で構成されている。
そろそろ時間だし、ここで待つのは落ち着かない。先に店へ向かおう。
友人たちへ集合場所をいつもの店へ変更するよう伝え、あの忌々しい公園から即座に撤退。
いつもの焼肉屋に到着。
「予約した神薙、4名です。」
「はい、こちらの席にどうぞ。」
席につき、仲間が来るまでゲームのAPを消化する。しばらくすると――冴えない男3人組が現れた。
「おう!雄二、おまたせ。」
「潰れた雑種くん、久しぶり。」
「ここでその名前はやめろって。」
「ははっ、ミナト、久しぶり。」
「相変わらず変な髪だな、レアカードみたい。」
「やめろ、そこは気にしてるんだ。」
今度はミナトの後ろの二人が挨拶する。
「よう、雄二、久しぶり。」
「よう、ハルト、ユウマ、久しぶり。」
「久しぶり~!」
いつもの仲間――ミナト、ハルト、ユウマ。年も近いし、当然この歳でも全員独身。今では、一番気が置けない仲間なのかもしれない。
……ん?最近一緒に遊んだゲームってなんだったっけ?
そんなことを考えながら、私たちはすぐに肉を注文し、乾杯する。
私は酒を飲まないので、当然ウーロン茶を選ぶ。
「ねぇねぇ、聞いてよ。私、さっき知らないユーユーバーに捕まったんだけど……最悪。動画も撮ってるし……ネットにアップされたらどうしよう。」
ミナトがすぐに返事する。
「よりによって、雄二を捕まえるとはねぇ……。でもまあ、無理もないか。その見た目、高校生って言われても納得するぞ。」
「高校生はない。私はこの中で一番年上だぜ?もう39ですよ、立派なおばさんだ。」
「はぁ?鏡を見ろよ。お前、17歳って言われても俺は信じるぞ。」
「「そうだそうだ。」」
「はいはい、お世辞はいいから、肉が焦げるよ。それと、そろそろ新キャラ回そうぜ。」
「よし!まずは合成大成功しないと……。」
ここで、ユウマがスマホの画面をこちらへ向けた。
「雄二、残念だけど……そのユーユーバー、多分こいつだな。さっきのは生放送だったみたいだから、すでにネットで騒ぎになってるぞ。」
「なん……だと……。」
「えっと、『外国人の美少女が駅前で発見!10000年に一度の美女』って。」
「はぁ~~本当に馬鹿馬鹿しい。」
「あいつに連絡して、動画を削除させるか?」
「する!!」
「よし、俺が連絡する。任せろ。」
「ありがとう。」
「どうせなら、会社の定型文使って送りつけてやろうぜ。」
それを聞いて、ハルトはすぐにツッコミを入れた。
「これ、いいな!お前のメール、もはや完全に弁護士のメールじゃないか。あのユーユーバーの反応が気になるわ。」
そう、ユウマは弁護士だ。
だから彼の定型文メールで削除依頼をすれば、多分、すぐに対応されるはず。
「よし、食べながらガチャを回そうぜ!」
「おう!」
「待て待て、先に合成大成功しないと。」
「俺は出るまで回す覚悟はすでにできている。」
食事会は終わり、各自解散。
私も家に戻る。全身が焼肉の匂いになっている。……風呂に入らないと。
服を脱ぎ――
……あれ?私、こんなブラいつ買ったっけ?
いや……作った……?……うん、まあいいか。
風呂に入ったあと、この前のロボットゲームの続きをやろう。
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年末、新幹線に乗って実家へ向かう。到着した時には、すでに夜になっていた。
ピンポン
『はい~。』
実家の扉が開く。
そこには、髪の半分が白くなった母の姿があった。久しぶりに顔を合わせた気がする。
「ただいま、お母さん。久しぶり。」
「雄二、おかえり。遅かったわね、あなたを待っていたのよ。寒いから、早く入りなさい。……夕飯はもう食べたわね?」
「午後の新幹線しか予約できなくて、ごめん。先ほどの連絡通り、夕飯は外で食べたよ。」
「よかったわ。まだ食べていなかったらカップ麺しか出さないからね。あたし、作らないから。」
「だからちゃんと食べてきたって。」
実家へ入ると、両親と姉が揃ってこたつに入っていた。
「お父さん、お姉ちゃんも久しぶり。」
「あ~雄二、久しぶりだな。……あれ?お前、小さくなった?」
「お父さん、それは嫌味ですか?」
「いやいや、前は俺より高かった気がするんだが……あれ?……うん、まあいいや。とにかく、早くこたつに入りなさい。今日は寒いぞ。」
「妹よ、久しぶり。」
「お姉ちゃんも。……お義兄さんは?」
「今年は別々の実家で過ごすのよ。そういえば、この前の新ガチャの星5キャラ、強かったわ。」
「はいはい、どうせ私は爆死ですよー。」
お姉ちゃんも同じゲームをやっているので、時々パーティーを組んで一緒に遊んでいる。
「まあまあ……待てよ……妹、なんだか胸、大きくなった?」
「何を言ってるの。この歳で大きくなるわけがないじゃん。」
「……って、テーブルに乗せたその二つは何?」
「え?………いや、いつもの大きさだけど。」
「おのれ……!美乳め!」
お母さんは、みかんを剥きながらふっと微笑み、話し始めた。
「もう、『笑ってはいけない』始まるわよ。静かにしなさい。……うん?どうしたの?雄二。どこか、痛いの?」
「え?何もないよ。……何?」
「あなた、泣いてるじゃないの。何かあった?」
自分の頬にそっと触れると――
「あれ?……本当だ。……あれ?あれ?……どうして?涙が止まらない。」
「あらいやだ、仕事がつらいの?だから仕送りはいいって言ったのに。」
「違う、そうじゃない。」
「……ガチャ爆死したから?」
「いつものことだ。爆死ぐらいで泣いたりしないよ。」
「えーと、もしかして、先ほど俺がお前、小さくなったって言ったことか?悪かったな……。」
「違う。そんなの、気にしてない。」
しばらく泣いたあと、自然と涙が止まった。お母さんは心配そうな顔で静かにお茶を出す。
「本当に大丈夫?」
「……多分、目に何かついてたんだと思う。もう大丈夫。ごめんね、ちょっと顔を洗ったら部屋へ行くよ。」
「わかったわ。何かあったら、話してね。」
「本当に何もないって。心配しすぎだよ。」
私は実家の部屋へ戻る。懐かしい……昔のまんまだ。昔買った漫画、そこまで多くないアニメグッズ。そして棚には私が一番好きなゲームが並んでいた。
そう――椿ちゃんが登場するあのゲームだ。
卒業後、社会人になった私は、このゲームに夢中になったことで同人誌を描き始めた。コミケにも参加した。懐かしい。楽しかった。
古いパソコンを起動し、ディスクをセット。
ゲームを立ち上げ、最後にセーブした場所から再開する。
そのデータは――主人公が椿ちゃんとの誤解を解き、彼女に告白するシーンだった。
画面の中の椿ちゃんを見つめ、私はそっと口を開く。
「トイエリさん、……ありがとう。こんな夢を見せてくれて。また、両親やお姉ちゃん、友人たちと会えて。……本当に、嬉しかった。」
画面内の立ち絵だったはずの椿ちゃんが、まるでアニメのように動き、いつもの聞き慣れた声で私に返事をした。
『どういたしまして。これはただのシミュレーションだから、気にしないで。』
「まあ、わがままを言うなら、できれば元の身体に戻してほしいなぁ。」
『仕方ないじゃない。あなたの魂はすでに変質し、元の身体とは別のものに変化したのよ。だから、このシミュレーションもあなたはアイリスのまましかできないの。』
「いえいえ、冗談だよ。私は気にしてない。またあの人たちに会えただけで、それで十分。……ありがとう。」
『あなたの魂と身体は、もう変化が完了しているわ。いつでも戻ることは可能よ。』
「え?その変化って――前に話していた、私がまったく理解できないアレのこと?」
『ええ、そうよ。あなたの身体は私の力になじんで変化し……えーと、あなたが知っている言葉で言えば――神化?かな。』
「いやいや、神は無理だよ。私は普通の生活で十分満足している。」
『うん……半神化?正式に私の使者になったわよ。ヒュウツジアの話だけれど。』
「まさか……天使?」
『そうそう、それ!』
「ま、まさか翼が生えて、頭の上に天使の輪……じゃないよね?」
『そうしたいの?変えてあげようか?』
「いやいやいや、いつもの格好でいい!」
『ふふっ、知ってますよ。安心して、外見は何も変わっていないわ。そうね、変化の後――その身体は正真正銘あなたのものになった。いつも感じていた圧迫感がなくなり、魔力の上限以上に回復することもなくなり、すなわち例の“水玉”消えるわ。』
「おおーーーー!!マジ神だ!ありがとう!トイエリ様!」
『というわけで、すぐに戻ってもいいし、そちらの新年が終わる頃までは、そちらに残っていてもいいわよ。』
「うん、わかった。本当にありがとうね。新年が終わるまで、ここに残っていたい。」
『わかったわ。楽しんできなさい!』
『……私も、あなたが好きです。私と付き合ってください。▼』
画面内の椿ちゃんは、アニメーションから静止した立ち絵へと戻った。
私はすぐにリビングへ向かい、家族の元へ戻る。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん。初詣に行こうぜ。」
三人は、面倒くさそうな顔でこちらを見ている。
「へぇ~……面倒くさい。」
「お母さんも同じく出たくないわ。」
「神社、人が多そうだし……。」
「いいじゃん!私は、あなたたちの幸せを祈りたいんだ!行こうぜ!」
「妹よ……リアルでこんな恥ずかしいセリフを言う人、いる?」
「行こうよ、行こうよ。」
両親はお互いに視線を交わし、
「仕方ないね。」という顔でゆっくり立ち上がった。お姉ちゃんも、ため息をつきながら渋々動く。
そんな中、お母さんが私に話しかけた。
「何か嫌なことがあったのかは、わからないけれど……。行きますか、初詣。……着物、どこに置いたのかしら。」
「そうなんだ、今回だけだぞ、雄二。何かあったらすぐに連絡してくれ。」
「お母さん、私は着物を着ないよ。雄二の分だけ出してくれればいい。」
――そう、俺の家。
俺の家族は、いつもこんな感じだ。
本当にありがとう、トイエリさん。
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猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
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バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
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数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
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『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
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毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
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最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
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死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
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