平穏な生活があれば私はもう満足です。

火あぶりメロン

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112 年末年始

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暗闇の中、音楽が流れる。


これは……椿ちゃんのテーマBGM。――もう時間か、そろそろ起きないと。

ゆっくり身体を起こし、枕元のスマホを手に取ってアラームを止める。そして、いつものようにメガネをかけた。

ふぁ~~……また月曜日か。

何か長い夢を見た気がする。内容はまったく覚えていないが、妙に面白かった気がする。

顔を洗い、テレビをつけ、ニュースを確認してからスーツへ着替える。


『もうすぐクリスマス、今年のおすすめデートスポットは…』


昨晩準備しておいた朝食をレンジで温め、適当に食べる。食べると同時に、スマホゲームのAPを消化して一息つく。朝のルーティンは、いつもこんな感じだ。

ニュースの時間を見て、いつものタイミングで家を出る。

睡眠とゲームの時間を確保したいから、職場は自宅の近くを選んだ。歩いて通える距離なので、地獄の通勤電車とは無縁。それだけでも、十分なメリットだ。

会社に到着すると、当然のようにワンオペ。私一人だけの空間だ。

銀髪を束ね、仕事モードへ切り替える。

ネットのアニメラジオを流しながら、書類仕事をこなす。今日は今年最後の出勤日。明日からは年末休みだ。よし、頑張ろう。

「インボイスを作って、お客さんに連絡し……ヨシ。」

振り返ると、今年はずいぶん忙しかった気がする。手が止まった記憶がない。こんなに働いていれば、本社も文句はないだろう。

今日は友人たちと食事会があるので、できる限り早く仕事を片付けたい。……とはいえ、残った商品をすべて配達しなければ。まあ、あと2~3軒だけだから、すぐに終わる。

商品をチェックし、ダンボールに詰める。

そして車へ積み込む。

こういう時、タイトスカートは本当に面倒だ。力仕事には向いていない。……ん?スカート?



配達先の店に到着し、荷物を下ろす。

「ありがとうございます、ここに置いておきますね。」
「いやいやいや、神薙さん!俺が運びますよ。女性にこんな重いものを持たせるわけにはいきません。」
「え?あ、はい、ありがとうございます。……?」
「そうそう、神薙さん、今日の夜は暇?良かったら、一緒にご飯でも……。」
「あ~ごめん、今日は友人たちと食事会があるんだ。では、お先に失礼します。」
「あ、うん、ありがとう。」

……あいつ、こんなに優しいだっけ。

まあ、いいか。

よし、最後の配達も終わったし――今日は早めに上がろう!

おい~~!!


------------------------------------------------------


仕事を終え、夕方の繁華街、駅前の集合場所に到着する。

まだ誰も来ていない。音楽を聴きながら、スマホで小説を読んで時間をつぶす。

「――あの、ちょっと宜しいですか?」
「……あ、はい。」

ふと顔を上げると、知らない男が自撮り棒付きのスマホを持って話しかけてきた。

慌てて周囲を確認する。

しかし、周りには誰もいない。むしろ、野次馬がこちらを囲み、遠巻きに円を作っていた。

……なんだ、これ?

もともと三次元を諦めた身として、他人の視線など気にしたことはない。だが――私は有名人でもないし、何もしていない……よな?

もしかして、この自撮り棒男が有名人なのか?

はっ――!!

まさか、頭に何か変なものがついている!?

思わず、手を頭と顔へやって異変がないか確かめる。

「え?もしかして、ここで待ち合わせるのはダメなんですか?」

おかしい、毎年ここで待ち合わせているのに、こんなことは初めてだ。

「いいえ、私はユーユーバーの●●●●です。今、街の美少女を探してクリスマスに関するインタビューをしているのですが――あなたの髪、とても綺麗ですね!どこで染めたのですか?」

ちっ…ナンパか?いや、それともただの取材か?しかし、周囲の視線がやけに多い。なるべく穏便に、さりげなく抜けるしかないな。

「いいえ、天然です。」
「えっ!?天然ですか?もしかして、外国の方だったりします?」
「いいえ、違います。私は、あなたが探している美少女でもありませんし、人を待っているので……。」
「待っている人って――彼氏さんですか?」
「はぁ……約束がありますので、失礼いたします。」

今日は毎年恒例のオフ会。奴らと一緒に食事をしながら、クリスマスの限定ガチャを回す。――私は予感している。今日は限定星5キャラが当たる気がする。邪魔するやつは絶対に許さない。

無言で現場を離れ、公園へ向かう。

友人たちへ集合場所変更の連絡を入れようと思ったその時――


待て。


もうすぐクリスマスだ。公園に人が多いのは当然のことだが、さらに――その大半がリア充で構成されている。

そろそろ時間だし、ここで待つのは落ち着かない。先に店へ向かおう。

友人たちへ集合場所をいつもの店へ変更するよう伝え、あの忌々しい公園から即座に撤退。

いつもの焼肉屋に到着。

「予約した神薙、4名です。」
「はい、こちらの席にどうぞ。」

席につき、仲間が来るまでゲームのAPを消化する。しばらくすると――冴えない男3人組が現れた。

「おう!雄二、おまたせ。」
「潰れた雑種くん、久しぶり。」
「ここでその名前はやめろって。」
「ははっ、ミナト、久しぶり。」
「相変わらず変な髪だな、レアカードみたい。」
「やめろ、そこは気にしてるんだ。」

今度はミナトの後ろの二人が挨拶する。

「よう、雄二、久しぶり。」
「よう、ハルト、ユウマ、久しぶり。」
「久しぶり~!」

いつもの仲間――ミナト、ハルト、ユウマ。年も近いし、当然この歳でも全員独身。今では、一番気が置けない仲間なのかもしれない。

……ん?最近一緒に遊んだゲームってなんだったっけ?

そんなことを考えながら、私たちはすぐに肉を注文し、乾杯する。

私は酒を飲まないので、当然ウーロン茶を選ぶ。

「ねぇねぇ、聞いてよ。私、さっき知らないユーユーバーに捕まったんだけど……最悪。動画も撮ってるし……ネットにアップされたらどうしよう。」

ミナトがすぐに返事する。

「よりによって、雄二を捕まえるとはねぇ……。でもまあ、無理もないか。その見た目、高校生って言われても納得するぞ。」
「高校生はない。私はこの中で一番年上だぜ?もう39ですよ、立派なおばさんだ。」
「はぁ?鏡を見ろよ。お前、17歳って言われても俺は信じるぞ。」
「「そうだそうだ。」」

「はいはい、お世辞はいいから、肉が焦げるよ。それと、そろそろ新キャラ回そうぜ。」
「よし!まずは合成大成功しないと……。」

ここで、ユウマがスマホの画面をこちらへ向けた。

「雄二、残念だけど……そのユーユーバー、多分こいつだな。さっきのは生放送だったみたいだから、すでにネットで騒ぎになってるぞ。」
「なん……だと……。」
「えっと、『外国人の美少女が駅前で発見!10000年に一度の美女』って。」
「はぁ~~本当に馬鹿馬鹿しい。」
「あいつに連絡して、動画を削除させるか?」
「する!!」
「よし、俺が連絡する。任せろ。」
「ありがとう。」
「どうせなら、会社の定型文使って送りつけてやろうぜ。」

それを聞いて、ハルトはすぐにツッコミを入れた。

「これ、いいな!お前のメール、もはや完全に弁護士のメールじゃないか。あのユーユーバーの反応が気になるわ。」

そう、ユウマは弁護士だ。

だから彼の定型文メールで削除依頼をすれば、多分、すぐに対応されるはず。

「よし、食べながらガチャを回そうぜ!」
「おう!」
「待て待て、先に合成大成功しないと。」
「俺は出るまで回す覚悟はすでにできている。」


食事会は終わり、各自解散。

私も家に戻る。全身が焼肉の匂いになっている。……風呂に入らないと。

服を脱ぎ――

……あれ?私、こんなブラいつ買ったっけ?

いや……作った……?……うん、まあいいか。

風呂に入ったあと、この前のロボットゲームの続きをやろう。


------------------------------------------------------


年末、新幹線に乗って実家へ向かう。到着した時には、すでに夜になっていた。


ピンポン


『はい~。』

実家の扉が開く。

そこには、髪の半分が白くなった母の姿があった。久しぶりに顔を合わせた気がする。

「ただいま、お母さん。久しぶり。」
「雄二、おかえり。遅かったわね、あなたを待っていたのよ。寒いから、早く入りなさい。……夕飯はもう食べたわね?」
「午後の新幹線しか予約できなくて、ごめん。先ほどの連絡通り、夕飯は外で食べたよ。」
「よかったわ。まだ食べていなかったらカップ麺しか出さないからね。あたし、作らないから。」
「だからちゃんと食べてきたって。」

実家へ入ると、両親と姉が揃ってこたつに入っていた。

「お父さん、お姉ちゃんも久しぶり。」
「あ~雄二、久しぶりだな。……あれ?お前、小さくなった?」
「お父さん、それは嫌味ですか?」
「いやいや、前は俺より高かった気がするんだが……あれ?……うん、まあいいや。とにかく、早くこたつに入りなさい。今日は寒いぞ。」

「妹よ、久しぶり。」
「お姉ちゃんも。……お義兄さんは?」
「今年は別々の実家で過ごすのよ。そういえば、この前の新ガチャの星5キャラ、強かったわ。」
「はいはい、どうせ私は爆死ですよー。」

お姉ちゃんも同じゲームをやっているので、時々パーティーを組んで一緒に遊んでいる。

「まあまあ……待てよ……妹、なんだか胸、大きくなった?」
「何を言ってるの。この歳で大きくなるわけがないじゃん。」
「……って、テーブルに乗せたその二つは何?」
「え?………いや、いつもの大きさだけど。」
「おのれ……!美乳め!」

お母さんは、みかんを剥きながらふっと微笑み、話し始めた。

「もう、『笑ってはいけない』始まるわよ。静かにしなさい。……うん?どうしたの?雄二。どこか、痛いの?」
「え?何もないよ。……何?」
「あなた、泣いてるじゃないの。何かあった?」

自分の頬にそっと触れると――

「あれ?……本当だ。……あれ?あれ?……どうして?涙が止まらない。」
「あらいやだ、仕事がつらいの?だから仕送りはいいって言ったのに。」
「違う、そうじゃない。」
「……ガチャ爆死したから?」
「いつものことだ。爆死ぐらいで泣いたりしないよ。」
「えーと、もしかして、先ほど俺がお前、小さくなったって言ったことか?悪かったな……。」
「違う。そんなの、気にしてない。」

しばらく泣いたあと、自然と涙が止まった。お母さんは心配そうな顔で静かにお茶を出す。

「本当に大丈夫?」
「……多分、目に何かついてたんだと思う。もう大丈夫。ごめんね、ちょっと顔を洗ったら部屋へ行くよ。」
「わかったわ。何かあったら、話してね。」
「本当に何もないって。心配しすぎだよ。」

私は実家の部屋へ戻る。懐かしい……昔のまんまだ。昔買った漫画、そこまで多くないアニメグッズ。そして棚には私が一番好きなゲームが並んでいた。

そう――椿ちゃんが登場するあのゲームだ。

卒業後、社会人になった私は、このゲームに夢中になったことで同人誌を描き始めた。コミケにも参加した。懐かしい。楽しかった。

古いパソコンを起動し、ディスクをセット。

ゲームを立ち上げ、最後にセーブした場所から再開する。

そのデータは――主人公が椿ちゃんとの誤解を解き、彼女に告白するシーンだった。

画面の中の椿ちゃんを見つめ、私はそっと口を開く。

、……ありがとう。こんな夢を見せてくれて。また、両親やお姉ちゃん、友人たちと会えて。……本当に、嬉しかった。」

画面内の立ち絵だったはずの椿ちゃんが、まるでアニメのように動き、いつもの聞き慣れた声で私に返事をした。

『どういたしまして。これはただのシミュレーションだから、気にしないで。』
「まあ、わがままを言うなら、できれば元の身体に戻してほしいなぁ。」
『仕方ないじゃない。あなたの魂はすでに変質し、元の身体とは別のものに変化したのよ。だから、このシミュレーションもあなたはアイリスのまましかできないの。』
「いえいえ、冗談だよ。私は気にしてない。またあの人たちに会えただけで、それで十分。……ありがとう。」
『あなたの魂と身体は、もう変化が完了しているわ。いつでも戻ることは可能よ。』
「え?その変化って――前に話していた、私がまったく理解できないアレのこと?」
『ええ、そうよ。あなたの身体は私の力になじんで変化し……えーと、あなたが知っている言葉で言えば――神化?かな。』
「いやいや、神は無理だよ。私は普通の生活で十分満足している。」
『うん……半神化?正式に私の使者になったわよ。ヒュウツジアの話だけれど。』
「まさか……天使?」
『そうそう、それ!』
「ま、まさか翼が生えて、頭の上に天使の輪……じゃないよね?」
『そうしたいの?変えてあげようか?』
「いやいやいや、いつもの格好でいい!」
『ふふっ、知ってますよ。安心して、外見は何も変わっていないわ。そうね、変化の後――その身体は正真正銘あなたのものになった。いつも感じていた圧迫感がなくなり、魔力の上限以上に回復することもなくなり、すなわち例の“水玉”消えるわ。』
「おおーーーー!!マジ神だ!ありがとう!トイエリ様!」
『というわけで、すぐに戻ってもいいし、そちらの新年が終わる頃までは、そちらに残っていてもいいわよ。』
「うん、わかった。本当にありがとうね。新年が終わるまで、ここに残っていたい。」
『わかったわ。楽しんできなさい!』
『……私も、あなたが好きです。私と付き合ってください。▼』

画面内の椿ちゃんは、アニメーションから静止した立ち絵へと戻った。

私はすぐにリビングへ向かい、家族の元へ戻る。

「お父さん、お母さん、お姉ちゃん。初詣に行こうぜ。」

三人は、面倒くさそうな顔でこちらを見ている。

「へぇ~……面倒くさい。」
「お母さんも同じく出たくないわ。」
「神社、人が多そうだし……。」
「いいじゃん!私は、あなたたちの幸せを祈りたいんだ!行こうぜ!」
「妹よ……リアルでこんな恥ずかしいセリフを言う人、いる?」
「行こうよ、行こうよ。」

両親はお互いに視線を交わし、

「仕方ないね。」という顔でゆっくり立ち上がった。お姉ちゃんも、ため息をつきながら渋々動く。

そんな中、お母さんが私に話しかけた。

「何か嫌なことがあったのかは、わからないけれど……。行きますか、初詣。……着物、どこに置いたのかしら。」
「そうなんだ、今回だけだぞ、雄二。何かあったらすぐに連絡してくれ。」
「お母さん、私は着物を着ないよ。雄二の分だけ出してくれればいい。」


――そう、俺の家。


俺の家族は、いつもこんな感じだ。


本当にありがとう、トイエリさん。
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