狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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一章 影に潜むもの

潜伏者(2)

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 ―――名前を呼ぶ声。遠くからかすかに聞こえてくるその声は、薄れていた意識を少しずつかき集め、繋ぎ合わせていく。

「……マルル……?」

 ゆっくりと目が開いてくると、身体の感覚も戻ってくる。

 どうやら固い椅子に座らせられているらしい。縄が肌に食い込んでいるかのような感触に首を下げると、胴が椅子にぎっちりと、荒縄で巻きつけられている。

 殴られた腹部が、鈍く痛んだ。

「よかった。気づかれたようですね。意識がないようでしたので心配しました」

 耳ざわりのよい穏やかな口ぶりに、声の主の方向へ首を回す。そこには両腕を身体の前で縛られた若い男性が、壁に背にもたらせるようにして座っていた。

 短く整えられていただろう髪はところどころ乱れ、表情には強い疲労の色が隠せていない。外見を意識していただろう質の良い衣服は、土や埃で汚れている。

「僕はホークという者です。商人の見習いをしておりました」

 商人の見習い。……なるほど。接客を意識し整えられた身なりは、たしかに商人のそれだ。ということは、この青年が探していたレマの息子、ということになる。
 
 ―――探し人は、意外なところであっさりと見つかったわけだ。

「アンタがレマさんの息子だね。お互い、無事とはいかないけど、とりあえず会えてよかったよ。アタシはご両親に頼まれて、アンタを探してたんだ。まったく、五日間もこんなところにいたとはね」

「もう五日も? いえ、それよりも父が……? まさかそんなことはないでしょう。何かの間違いではありませんか。父は僕のことなど捨ておけと、言っていたのではないですか?」

「いいや。そんなことはないさ。そりゃ言葉数は少ない人だけどね、レマさんと同じくらい、アンタの心配をしていたよ」

 まだ信じられないという様子で俯くホークだったが、納得しようがしまいが関係ない。

「ところで、助祭の女の子を見なかったかい。年のころはアンタと同じくらいで、薄く日に焼けたような肌に、黒い髪をした娘なんだけど……」

「いいえ、奴らに運ばれてきたのは貴女だけです。他には誰も」

 なんとか舌打ちを堪え、マルルの行方に考えを巡らせる。
 
 ホークの言い分では、あの眼鏡をかけた人物も見ていないようだし、コールバインらしい人物もいない。どこか別な部屋に捕まっているのだろう。

 なんとかして脱出し、救援を呼びたいところだが、こんなにきつく縛られていてはそれも難しい。それにまず、ホークのいうについて知らなくては。

「なぁ、ホーク君。奴らは一体何者なんだい」

「……今回の行商で護衛に雇った傭兵です。商品を仕入れて、王都へ到着した後に揉めごとになったんです。師も僕も拘束されて、この有様。急な商いだったので、いつもの方々は別な仕事で都合がつけられなかった。そうでなければ、師だってあんな奴らに……!」

 よほど悔しいのか。肉が切れ、血が滲むほどに唇を噛む。

「それで、別な傭兵連中に依頼したってわけね。人数は? それなりにいるんだろ」

「おうよ。全部で六人だぜ」

 心臓が跳ね上がる。
 
 この窓ひとつない狭い部屋には、アタシとホークしかいない。いまさっき聞こえた男の声は、どちらでもない第三者のものだった。
 
 ホークと視線が交わるちょうど中間あたり。その位置に、黒い仮面の男が膝を折るようにして屈んでいる。

「おいテメェ。見習い風情がしゃべりすぎなんだよ。痛めつけ方が足らなかったようだな。あぁ?」

 もう一人、黒い仮面の男がホークに大股で近づいていく。最初の男に比べれば、だいぶ若い声だった。それに言葉にも態度にも、分かりやすいほど荒々しい気性が見て取れる。

 若い仮面の男は、ホークの顔面を蹴り飛ばした。防御も間に合わず、悲鳴もないままホークは床に投げ出され、小刻みに震えて呻いている。

「なんの真似だいっ!」

 痛みなど忘れて、不満と怒りが言葉になる。ゆっくりと、若い男は振り返った。

「うるせぇぞ、この偽善者が。どうせ貴族のクソどもに言われて、のこのこ追ってきやがったんだろ。お前にも片割れの女にも、聞くことはあるんだ。大人しくしてやがれ。そうでなきゃ、また痛めつけてやってもいいんだぜ?」

「マルルに手ぇだしてみな。アンタ、絶対に許さないからね」

「ずいぶんと生意気な聖職者サマじゃねぇかよ。やっぱ一発喰らっとくか? え?」

 乱暴に襟元を掴まれる。仮面の仕方から覗く血走った眼に、身の危険をひしひしと感じるが、それでも視線は逸らさない。
 
 こんな理不尽に、負けてやることなんかない。

「やめろ。俺はこの嬢ちゃんと話をするために来たんだ。やりすぎなんだよ、いつもお前は。これじゃ話になんねぇだろが」

 制止する声に手の力が緩んでいく。若い仮面の男は、投げ捨てるようにして手を離した。

「他の人質にも、手荒な真似はするなよ。俺たちはただの暴力集団じゃあない。それを忘れんな」

 一言も発せず、若い仮面の男は部屋を出ていく。残った男はひとつため息を吐くと、二つの覗き穴が掘られただけの、黒い仮面を向ける。

「悪かったな嬢ちゃん。どうもアイツは若いせいか血の気が多くてよ。でもそこの兄ちゃんにも責任はあるんだぜ? あんまりべらべらと他人様ひとさまのことを話すもんじゃあない」

 ホークはなんとか姿勢を戻しているが、その動きはぎこちない。さっきの言葉通り、だいぶ身体を痛めているのだろう。男の言葉に反応もせず、顔を背けている。

「さて、話をしよう嬢ちゃん。いや、カンナ司祭、だったか。俺のことは……そうだな、フォルネイとでも呼んでくれ」

 気さくな調子ではあったが、油断はできない。この男から流れる、この場を支配するかのような得体の知れない威圧感。胸を刺し貫かれるような感覚に、目を離してはいけないと本能が囁く。

 格の違い、というやつだろうか。いや、ただの傭兵が纏っていい雰囲気ではない。もっと異質なものだった。

「アンタたち、一体何者なの? 傭兵なんかじゃない。破落戸ごろつきなんかでもない。―――もしかして」

 ふ、と思いついた言葉を飲み込む。それは到底あり得ない、考えられないことだった。もしもそれが合っているのだとしたら、この聖王都に信じられない事態が起きたことになる。

 仮面の男、フォルネイは淡々と答えた。

「いいねぇ。いい勘をしてる嬢ちゃんだ。気に入った。そう、嬢ちゃんの予想通りだよ。俺たちは、傭兵なんかじゃあない。―――暗殺者アサシンだ」
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