狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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一章 影に潜むもの

道を往く

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 聖王大陸中央からやや南部にある『渦』。神話に語られる大戦によって、人も立ち寄れぬ不毛の地となったその場所を越えた、大陸南部の開拓地。

 暗殺者アサシンは、その南の地からやってきたとされる。

 不当な責め苦に苦しむ者の代弁者とも呼ばれ、昨年起きた『アーフェンハー港襲撃事件』で、私腹を肥やす権力者の不正を暴いた立役者。そんな彼らを支持する声は確かに存在する。

 それでも、アタシはコイツらが気に喰わない。
 
 アーフェンハー港の混乱で、命を落とした無関係な人間は多い。暗殺者が振るったのはただの凶刃。高々と掲げる理念がいくら崇高であっても、選んではならない手段だった。

「ここまでやってきたことだけはある。取り乱すこともしないとはな。見上げた胆力だ。ますます気に入ったよ」

「ふん。アンタに気に入られても嬉しくないね。人を痛めつけることに愉しみを感じるような奴ら、アタシは嫌いなんでね」

「言っておくが、俺にそんな趣味はない。なるべくなら穏便に済ませたいと、本気で思ってんだ。仲間内でも、心根の優しい男で通ってるんだぜ?」

「どうだかね……で、その優しい暗殺者が何のようだい? 全員逃がしてくれるって申し出なら、ありがたく受けてやってもいいんだけどね」

 フォルネイと名乗った男は肩をすくめる。

「ああ、そりゃ無理だ。察しはついてるだろうが、俺たちがわざわざ傭兵の真似ごとまでして、王都に潜伏してたのにも理由わけがあるんだからよ」

「……へぇ。それじゃあ、アタシの名前を知ってたのも、そのワケってやつの一環てことかい」

 どこか満足そうに肩を揺らす。正解、ということだろう。
 
 フォルネイは、声の調子をひとつ落とし、語り始める。

「なぁ、カンナ司祭。俺は人をみる目はあるつもりだ。教会も貴族の連中も、まぁ平民だってどうしようもないやつはいる。だがお前は違う。自分に一本筋を通して曲げない、信念を貫ける力がある。そういう貌をしてるんだ」

「言ったろ。アンタに褒められても、これっぽちも嬉しくないってね」

「まぁ、聞け。教会にも熱心な奴らがいることは分かってる。なにも全員を断罪しようなんて俺たちは言ってない。それでも世の中は白目でお前たちを見るだろう? 気遣う暖かい声もあるだろうが、大多数はこう言ってる。偽善者どもには罰を、ってな」

 ―――アンタらのせいだろうが。
 口を開きかけて、その言葉を飲み込む。その原因をつくったのは、暗殺者ではない。それくらいは分かっている。

 それに、傭兵組合の受付嬢の顔が脳裏をよぎっていた。

「結果的にこうなっちまったことに、心苦しく思うところはある。だが、いまのこの国に、姓を持たない平民であるお前が、そこまでして献身する価値があるとは思えねぇ。なぁ、カンナ司祭。そうは思わねぇか」

「……アンタ、さっきから何を言いたいんだい」

「―――俺たちの仲間になれ。カンナ司祭」

「……嫌だと言ったら?」

 フォルネイは静かに腰に手を回すと、すらりと短剣を抜く。抜き身となった刀身は冷たい光を放ち、鋭利な切っ先をまっすぐに眼前に向ける。一切の容赦なく、ほんの少しの動作だけで、アタシの命など簡単に刈り取ってしまうだろう。

 早鐘のように鼓動がうるさく、洩れる息が早い。それでも、目は逸らさない。

 どれほど時間が経ったのか。いや、きっと数秒の出来事にすぎなかっただろう睨み合いは、急に終わりを告げる。

 フォルネイは、手にした短剣を床に突き立てた。

「まだ少し時間がある。その間に改めて考えてみてくれ。……何度も言うが、俺は嬢ちゃんを気に入っている。もし仲間になるのなら、代わりに他の奴らは見逃そう。その、マルルって子もな。黒髪の子だろう? 随分とお前を心配してる。いい子じゃねえか」

「マルルは無事なんだろうね」

「言ったろ? 俺は優しいんだ。誓ってもいいが手なんか出してねぇよ。そんなに大事なら、一緒に連れて行ってやってもいい。じゃあな、嬢ちゃん。いい返事を期待してるぜ」

 そう言うと、フォルネイは部屋を去っていく。
 
 ホークが身体を引きずりながら近くまで寄ってきた。その表情には不安の色が浮かんでいる。

「どうするのですか?」

「……さぁ、一体どうしたもんだろうね」

 突然の勧誘に、他に捕らえられている人間の無事と交換という条件。あまりの展開に頭痛を覚えている。
 
 ―――貴女の信ずるその道が、きっと他者だけでなく、貴女自身をも救うしるべとなるでしょう。

 ふ、と師匠であるフランチェスカの言葉が浮かぶ。思い出される穏やかな微笑みに、胸に温かな風が吹く。

「いや、アタシはアタシの信じることをやるだけさ。ホーク君、悪いけど協力してもらうよ」

 え、と驚きを隠せないでいるホークはたじろぐ。

「言っておきますが、僕は戦うことはできません。兄は父の才覚を継ぎましたが、僕の方はさっぱり……。出来損ないだったんですよ、僕は。だから父に見捨てられた。―――戦うなんて、僕には無理です」

「レマさんは言ってたよ。剣の扱いも足さばきも、どちらもお兄さんに負けてはいなかったってね。ホーク君、どうして君が自分に才能がないと思ったかは分からない。だけど、君には戦う力があるんだ。お父上から教わった力は、君にも受け継がれてる」

 ホークは思い悩むように目を泳がせていたが、やがて頭《かぶり》を振った。

「……無理です。無理ですよ僕には。相手は暗殺者じゃないですか。僕なんか敵う相手じゃない」

「ごめんよホーク君。言い方が悪かった。君に一緒に戦ってくれと言うつもりはなかったんだ。君にはね、一人で逃げてほしかったんだ。逃げる為に戦うこともあると思って、あんな言い方をしたのさ」

「僕ひとりで、ですか? そんな。カンナ司祭はどうするんです?」

「アタシはたしかに君を探しに来た。でもね、いまは助けに行かなきゃいけない奴がいるのさ。だから、ここで逃げ出すわけにはいかない。ホーク君はなんとかここを抜け出して、教会か騎士の詰め所で助けを呼んでほしい」

 教会の人間だと分かっても、この青年の態度はなんら変わらない。レマの息子だから、母親を支援する人間に悪感情を持ち難いのもあるだろう。そうであれば、この青年に託す他に方法はない。

 なるべく優しく語りかける。ホークは伏せていた顔を上げ、心を決めたと言わんばかりに頷いた。

「頼んだよ、ホーク君。アタシらを助けておくれ」
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