狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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一章 影に潜むもの

灯火

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 どういった意図があったのか、フォルネイが残していった短剣で互いの縄を断ち切る。そっと扉を開け、わずかに開いた隙間から様子を盗み見ると、監視が離れていることを確かめ、思い切って廊下へと滑り出た。

 一目で長く使われていないことが分かるほど、廊下の隅には埃や塵が積み重なっている。それに外から見えていた以上に、この建物は大きいようだった。

 少し先には階下へと下る階段が見える。多分、裏口かなにかだろう。奪われずにいたポーチから、痛みを和らげる飲み薬を取り出してホークに渡す。
 
「すぐに効く薬だけど、痛みはちょっとマシになる程度だからね。走ると痛むだろうけど、頼んだよ」

「……わかりました。カンナ司祭もどうかお気をつけて」

 遠ざかる背中を見送り、再び二階へと戻る。この階には扉が五枚。一つはアタシたちが閉じ込められていた部屋だから、残りは四部屋。
 
 金具が音をたてぬよう、扉をそっと開き中の様子を窺うと、荒れ果ててはいたが、客室のような造りをしている。

 どうやら酒場と簡単な宿屋を営んでいたのだろう。アタシたちが閉じ込められていたのは、物置かなにかだったらしい。とにかく手前側から確認していくしかない。

「マルル……いったいどこにいるのさ」

 三部屋めの確認が終わり、音が鳴らないように扉を閉める。視界の片隅に黒い仮面が映りこみ、慌てて身体が仰け反った。

「よう、女司祭。テメェ、何勝手に歩き回ってんだよ。どういう了見だ? ああ?」

 まずい。コイツはホークを嬲り愉しんでいた、あの若い暗殺者。

「手ぇだすなとは言われたがよ。勝手に抜け出してるんだから、どうみても悪いのはテメェだよな!」

 男が飛び出した。たった一度の跳躍で距離をぐっと詰められる。

 だが逆に都合がいい。向かってくることさえ分かっていれば、対応のしようもある。

 事前にポーチから取り出し、右手に握らせていた輝石。それを暗殺者の目の前に放りなげる。

 『灯火ともしび』を宿す石は、術式に反応して弾け、まばゆい光を放つ。

 この世界には、古来より大地の祝福たる『エーテル』という不可視のものが存在している。そのエーテルを身体に取り込み、自身をにすることで燃料となる火を灯す。
 
 そうして生成された灯火というエネルギーは、様々な形を通じて世界に発現させることができた。その一つが聖職者の行使する『奇跡』であり、たったいま発動させた『秘術』という術式。

 いくら仮面をしていても、強烈な光は一時的に視界を奪っただろう。

 この隙に輝石を二つ取り出し、灯火を纏わせて赤い光弾を作り上げる。威力は心許ないが、うまく頭部に当てさえすれば、どんな相手であっても昏倒するはず。

 うまくやれ! まだ五人もいるんだぞ、カンナ!

 閃光は一瞬。光が退いたその刹那に、動きを止めている暗殺者の頭部を狙って光弾を走らせる。赤く尾をひいて走る二発の光弾は、しかし命中することなく、暗殺者の短剣によって叩き落される。

 コイツ、見えてんのか―――!?

 暗殺者の手が伸び、胸倉を片腕で掴まれる。軽々と持ち上げられ、首が絞まる。

 なんという腕力。いくら他の女性に比べれば小さく軽い体躯とはいえ、それでも片手で持ち上げるとは。

「今のは秘術だろ。聖職者のくせに秘術を使うなんざ珍しいなテメェ。ちっとは驚いたが、俺には効かねぇよ!」

 力任せに投げ飛ばされ、脆くなっていた扉ごと客室の床を転がる。

 受け身が取れずに全身が強く打ちつけられ、衝撃に呻く声がもれてもなお、男は再び胸倉を掴み持ち上げる。

「ああ、やっぱりなぁ。テメェ、奇跡も秘術も使える才能があってもの方はからきしダメなんじゃねえか」

「……昔から、運動は得意じゃなくってね……」

 騎士との共同任務もある都合上、最低限の護身ができるよう訓練は受けている。結果は、散々なものだった。

「まぁ、聖職者サマなんてそんなもんだわなぁ。自分で身体を動かすなんて無駄だしな」

 また片手一本で、今度は廊下の壁へと叩きつけられる。なんとか意識を失わないよう、頭を打たないように庇うが、壁を支えになんとか立っているのがやっとだ。

 奇跡には戦うための術がなく、秘術を発生させるには触媒である輝石が必要になる。残る輝石は、あと二つ。それだけでこの場を切り抜けるには、機会を読み違えることは許されない。

 痛みに騒ぐ身体とうるさい胸の鼓動を押さえつけ、男の一挙手一投足に集中する。

 三度みたび、投げ飛ばそうとする手が迫る。祭服を掴まれるその直前、わざと後方へ倒れ、輝石を床へと放る。

 練り上げていた灯火を燃え上がらせ、術式を石へ通す。赤く光る鎖が現れ、男の胴と腕を何重にも巻き上げていく。

 これなら身動きできまい。最後の輝石を使って生成した光弾の狙いを定める。

 光弾を放つ寸前、拘束は無理矢理引き千切られ、さらには浮かぶ光弾も、右手で粉々に握り潰される。床を背にして倒れ込む姿勢のまま、呆気に取られてしまった。

「だぁからよ、俺には効かねぇって。それに何をしたいか、視線でバレバレだ」

 男が抜いた短剣が閃く。逆手に握られた切っ先は、まっすぐに胸を目掛けて振り下ろされる。

 男の怪力でもって深々と突き立つ、自身の死に様がありありと思い浮かぶ。

 突然、視界が塞がれる。いや、何かが覆いかぶさった。

 頬に熱のある液体がかかる。それが覆いかぶさって庇ってくれた人物の血だと理解するまで、さほど時間はかからなかった。

「ホーク君……どうして。逃げろって言ったじゃないか」

 苦痛に歪み、大粒の涙を流すその顔は、震えながらも笑っていた。

「すみません。でも、思い出したんです。父の言葉を。それに、ここで貴女を見捨てて逃げたら、僕は一生、自分を許せない……!」

 暗殺者の男は力任せに、肩へと刺さる剣を引き抜く。
 
 苦悶の声が響き、多くの血が流れでる。位置を入れ替えるようにして上体を起こし、ホークの身体を抱き留めた。意識は保っているようだが、息は荒く、額には脂汗が浮かんでいる。祭服を、ホークの流す血が染めていく。

「自分を盾にして庇うたぁな。ふん、なかなか見上げた根性だ。でもよ、戻ってきたってことは、どうなってもかまわねぇってことだよな!」

 振り上げられる短剣に、ホークを強く抱きしめる。
 
 だが、いつまでたってもその時は訪れない。
 
 一向に振り下ろされないその刃は、男の手首をがっしりと掴む、フォルネイによってその位置で静止していた。
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