狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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一章 影に潜むもの

灯火(2)

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 幸いホークの傷は大事に至っておらず、受け答えもできるほど、意識はしっかりと保っていた。手持ちの道具だけで応急処置を施すと、祭服の袖を裂いて包帯のかわりに、きつく巻く。

「……兄はこういった傷、日常茶飯事なんですかね。騎士をしていた父も同じく」

「さぁ、どうだろうね。サムさんはその昔、めっぽう強い騎士だったそうだけど、そりゃ無茶をする人だったとも聞いたよ。無茶が祟って、ある戦いで生死を彷徨う大怪我をしたってね。『癒しの奇跡』の許しが得られたことで、なんとか生きながらえたそうだ」

「父がですか? ……はじめて聞きました」

「生きるか死ぬかの戦場を潜り抜けてきた人だからこそ、息子が騎士以外の道を選んだこと、心底安心したんじゃないかねぇ。おっと、アタシから聞いたことは内緒にしておくれよ」

 ホークは何事かを考えるように、一点を見つめて俯いている。それよりも、止血しきれず血が滲んでいく傷が心配だった。

「すまないね、ホーク君。庇ってくれてありがとう。傷はかなり痛むだろう? だけど教会の規範があって『癒しの奇跡』を君に施すことができない。それを、許しておくれ」

「いいのです。気にしないでください」

 気丈に笑ってみせてはいるが、命に支障がないだけで、大きな傷に違いはない。頬は赤く、発熱もある。なるべくはやく、しっかりとした治療を受けたほうがいい。

 もしも容態が悪化するようなら、その時は規範に反してでも、奇跡の行使を躊躇うことはない。

 ―――だけど、まだやり残したことがある。その一つが、話が終わるまでじっと待っている、この男。

「癪だけど、アンタにも礼をしなくちゃいけないのかね? フォルネイ」

 若い暗殺者アサシンを組み伏せ、行動を止めたフォルネイは、さらに一喝すると、この場から追い出した。ホークの手当てをする間、廊下の壁に背をあずけて腕を組み、一言も発さずに待っていたのだった。

「いいさ。指導不足はこっちの不手際だからよ。兄ちゃんもすまなかったな」

 黒い仮面で隠れる表情は相変わらず読めないが、その言葉に嘘偽りはないように感じる。

「それで嬢ちゃん。改めて答えを聞かせてほしいんだが……どうだ?」

「アンタね。この状況をみて、アタシが仲間にしてください、なんていうわけないだろ。よりアンタらが嫌いになったほどさ。お断りだよ。それに、アタシは今のアタシが好きなのさ」

「そうか。お前はそういう奴だものな。ま、仕方ねぇか。あーあ、参ったぜ。あの馬鹿野郎のせいで勧誘失敗だ。俺好みの、見込みある嬢ちゃんだったんだがな」

 よく言ったもんだ。どこまで本気なのだろうか、この男は。
 
 計ったかのように登場したこの男は、きっとどこかで様子を窺っていたに違いない。そうでなければ、わざわざ縄を切る短剣など残してはいくまい。

「試したんだろ? このアタシを」

「なんのことだか。さて、お迎えが来たようだぜ」

 何を言っているのかわからずにいると、フォルネイの背後にまた一人、黒い仮面の男が現れた。先程の若い暗殺者よりも背が高く、肩幅も広い。恵まれた体躯をしていることは、外套越しにでもうかがえる。

 フォルネイは身体をこちらに向けたまま、首だけを回し、現れた仲間と話し始める。

「お客さんだ。数はこっちと同じ。血の気の多い新人はもう始めちまってる。どうする?」

「腰抜けの貴族どもと、侮ったわけではないんだがなぁ。意外と早い動きだ。教会にも俺たちと同じような連中がいるのかもな。まぁ、目的は達成したんだし、戦利品も手に入れたんだ。ここは退いておこう」

「騎士の相手は? 王都常駐の騎士隊だ。そこそこ腕は立つようにみえたが」

 王都常駐。ということは、第一騎士団所属の隊だろう。数いる騎士のなかでも、実力を認められた者たちだ。

「こういう時のお前だろ? 室内戦は十八番じゃねえか。適当に暴れてこい。予定地点で合流するが、お前は最後尾の殿だ。新人のお守りもお前の役割だからな、ちゃんと助けてやれ。貴族の坊ちゃんと小間使いは放っておくが、戦利品の回収だけは忘れんなよ」

 フォルネイの指示に、男は両の肩をすくめて頷いた。

「へいへい。人使いの荒いこって」

「信頼の証だ。……頼んだぞ」

 仲間が奥の階段へ向かうさまを最後まで見送らず、フォルネイは視線をアタシたちに戻す。

「そういうこった。じゃあな嬢ちゃん。また会おう」

 そう言って腰を落として低く屈む。すぐ後ろで床の軋む音に注意がそれると、次の瞬間には姿が掻き消えていた。ゆるく流れる風が、埃を舞わせている。

 すると、奥の階段から争うような物音が聞こえてきた。フォルネイの話からするに、既に戦闘は始まっている。すぐそこまで助けが来ているのだ。
 
「聞いてただろう、ホーク君。騎士たちが助けに来てくれている。もうすぐ助かるんだ。あと少し、頑張っておくれ」

「……はい。わかってます」

 弱々しい返事をするホークの、負傷していない側の肩を抱き、ゆっくりと歩を進める。

 アタシ自身にも、馬鹿力で振り回された痛みが全身を刺し続けている。口のなかは血の味ばかり。だが、だからといって立ち止まる訳にはいかない。

 階段から降りたそこは、食卓が並ぶ広間だった。整然と並んでいるのではなく、隅に円形の食卓がいくつか転がるだけだが、かなりの広さがある。

 その中央で、フォルネイに殿を任されていた暗殺者は武器も持たず、四騎を相手にして大立ち回りを演じていた。

 騎士たちは室内戦闘用の、短く幅広の剣を握っていたが、繰り出される斬撃の隙間を縫って暗殺者は肉薄し、胸部を肘で打ち据える。

 たまらず後退る騎士を庇うように、別の方向から他の騎士が斬りかかるが、腕の動きに合わせて暗殺者も自らの腕を絡ませ、いなしてみせた。背後に騎士が回ったとさとるやいなや、身体を沈ませ大きく跳躍する。

 暗殺者は半円を描くようにして、痛む身体を引きずって階段を降りるアタシたちの側へと着地した。黒い仮面の下から覗く眼がじろりとこちらを向き、その拳が叩き込まれるのではないかと肝が冷えた。

「さっさと行きな」

 くぐもった低い声ではあったが、その言葉は明確に耳へと届く。
 
 男はそれだけ言うと再び跳躍し、今度は壁を蹴る反動を活かして角度を変えた。騎士たちの騒めきを他所に、あっという間に懐へと飛び込んでいく。
 
 鋭く放たれた掌底に側頭部を打たれた騎士が膝をつく。簡単に追撃を加えられる隙だったが、暗殺者はそれをせず、他の騎士に向き直ると、疾風のように駆けた。

 戦況は不利だが、加勢などできる状況ではない。今はとにかくこの場を離れよう。そう思いなおし、階段を降りていく。

 出口が近付くと、がしゃがしゃと鎧を揺らす音が聞こえてきた。足早に駆け寄ってきたのは、濃い茶色の髪をした女騎士。彼女はすかさずアタシの方に回ると、ホークを支える役をかってでる。

「捕らわれた聖職者と、商人見習いというのは貴方たちですね。私はエルクス・シルヴェストリア。第一騎士団所属の者です。よく頑張られましたね。さぁ、はやくこちらへ」

 先を急ぐよう促しながらも、朗らかな笑顔を見せる騎士の言葉に、凝り固まった肩の荷が落ちたような感覚を受ける。

 先導されて建物の外に出ると、そこには後詰めだろう他の騎士が数名と、傭兵らしい三人組の姿が見えた。

 彼らを押し退けるようにして、小さな影が踊りでる。

「先輩! 良かった。無事だったんですね!」
 
 一音一音に濁点がついた発音で飛び込んでくるマルルの姿に、やっと窮地を脱したのだという実感が訪れる。

 それと同時に、しこたま痛めつけられた身体がついに悲鳴を上げた。

 だがそれでも。
 
 こうして身を案じてくしゃくしゃに泣いてくれる後輩の、その小さな頭を撫でられる一時は、たまらなく愛おしかった。
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