11 / 44
一章 影に潜むもの
幕間・白き影
しおりを挟む
手許の蝋燭が放つ弱々しい明り。それを頼りに石畳の廊下を進む。地下の空気は涼しいが通路は狭く、圧迫感がある。昼間に見上げた、雲一つない晴れ模様が恋しくなる。
真っすぐに道を進む。すると最奥に設けられた、とある部屋へたどり着く。その戸を五度、トン、トン、トトン、トン、トトン……と独特な拍子で叩く。戸が内側から開かれ、同時に素早く潜り込む。
「おお。来たな。今回の任務はご苦労だった。多少、想定外の出来事はあったが、無事に終えられて何よりだった」
座る椅子が小さく見える大男に促され、木製の椅子に腰をおろすと、机を挟んで向き合う形になる。この部屋はほかに何もない。揺れる蝋燭の明かりだけが、二人分の影を作り出している。
「で、どうだった。見つかったか」
「いえ。やはり何も見つかりませんでした」
「暗殺者が持ち去ったと思うか?」
「見習いの話が事実なら、大きな木箱ひとつ分の量です。いくらなんでも邪魔でしょう。私だったら、逃げる時には捨てていきます」
眼鏡の位置を指で直しながら、そう答える。
「同意見だ。回収は諦めよう。で、入手経路については?」
「傭兵組合に出された依頼によると、コールバインは学術都市に向かうことになっていました。これは見習いの話とも一致してますから、間違いないでしょう。取引の品となった『ベラドゥンナの花』の出どころは、あそこで間違いない」
屈むようにして話を聞いていた男は、背もたれに寄りかかり、天を仰ぐ。
「秘術士の総本山。神秘を追い求める者たちの学び舎、か。『老人たち』の協力を得ることは、難しかろうな」
「しかし、危険な幻覚作用を起こす薬剤の材料です。それにあの花が自生しているという情報自体、何年もない。効能だって公表されていないんです。それを一介の行商人が入手して、製法まで知っていた。何故です」
「知っているのは、フランチェスカ最高司教くらいか。医療用に使われている植物だから、彼女が治める領地内で栽培、管理しているわけだが」
「彼女が情報を?」
「それはない。何の得にもならんからな。地位も名誉も、富すらも彼女には足りている。そもそも、そんなモノを求める人間じゃあない。見習いも、宿に待機していたから直接取引は見ていない。相手が誰かもわからないそうだ」
「……最高司教から提言があった際に、王からの布告ができていれば……」
「王は賢きお方だ。必要性は見抜かれていた。色々とご苦労があったのだろう」
「教会内だけでなく、王政にも派閥が? この状況で何を考えているのか……王の貴きお考えを察することもできぬとは」
「ここで文句を言っても仕方あるまい。暗殺者どもは取り逃がしてしまったし、目的も分からん。誰が商人を殺したのかもな。まずは、地道に手がかりを追うしかないだろう。王には儂から話しておく」
「では学術都市での調査ですか。早速、あの三人を向かわせましょう」
「王都外で自由に活動するとなれば、あやつらしか頼れん。だが先約があってな」
「先約?」
「そう訝しむな。新任助祭研修の話は聞いてるだろう。あれに参加してもらわなければならん。今回は特殊な事情があってな。信頼できる人間に頼みたい。それを終えるまでは、王都内の調査を進めていくしかないな」
わかりました。そう返事をして腰を上げた矢先、手で制止される。
「そういえば、あの女司祭はどう思う?」
先程までの表情とは違い、笑みが浮かんでいる。面白がっているような眼だ。
「たしか、カンナという名だったろ」
「表向き探求派である、フランチェスカ最高司教の教え子。その割には、といえばいいのか、納得すればいいのか分かりませんが、感情が先行する人種ですね。あんまり好ましくはありません」
あの司祭が発現させた閃光の秘術。あれを騎士たちは合図と勘違いして突入していったのだ。偶然の一致とはいえ、一歩間違えれば計画が潰れる。まったく迷惑な話だ。
「せっかくの段取りが無駄になるところでした」
「まあ、お前さんが使用人に扮して潜り込んだのだしな。気持ちは分からんでもない。しかし何事も、計画通りには進まんものだ。それに、ああいう人間が窮地を打破するきっかけになるもんだ。上手く手綱を握ることは、お前さんの成長にも繋がる」
言われれば、そういう考え方もあるかとは思うが、納得はできない。
「調査はこちらでもやっておく。また何かわかればお前たちに連絡しよう。王の『白き影』にな」
「よろしくお願いします。それではこれで……。失礼します。騎士団長」
真っすぐに道を進む。すると最奥に設けられた、とある部屋へたどり着く。その戸を五度、トン、トン、トトン、トン、トトン……と独特な拍子で叩く。戸が内側から開かれ、同時に素早く潜り込む。
「おお。来たな。今回の任務はご苦労だった。多少、想定外の出来事はあったが、無事に終えられて何よりだった」
座る椅子が小さく見える大男に促され、木製の椅子に腰をおろすと、机を挟んで向き合う形になる。この部屋はほかに何もない。揺れる蝋燭の明かりだけが、二人分の影を作り出している。
「で、どうだった。見つかったか」
「いえ。やはり何も見つかりませんでした」
「暗殺者が持ち去ったと思うか?」
「見習いの話が事実なら、大きな木箱ひとつ分の量です。いくらなんでも邪魔でしょう。私だったら、逃げる時には捨てていきます」
眼鏡の位置を指で直しながら、そう答える。
「同意見だ。回収は諦めよう。で、入手経路については?」
「傭兵組合に出された依頼によると、コールバインは学術都市に向かうことになっていました。これは見習いの話とも一致してますから、間違いないでしょう。取引の品となった『ベラドゥンナの花』の出どころは、あそこで間違いない」
屈むようにして話を聞いていた男は、背もたれに寄りかかり、天を仰ぐ。
「秘術士の総本山。神秘を追い求める者たちの学び舎、か。『老人たち』の協力を得ることは、難しかろうな」
「しかし、危険な幻覚作用を起こす薬剤の材料です。それにあの花が自生しているという情報自体、何年もない。効能だって公表されていないんです。それを一介の行商人が入手して、製法まで知っていた。何故です」
「知っているのは、フランチェスカ最高司教くらいか。医療用に使われている植物だから、彼女が治める領地内で栽培、管理しているわけだが」
「彼女が情報を?」
「それはない。何の得にもならんからな。地位も名誉も、富すらも彼女には足りている。そもそも、そんなモノを求める人間じゃあない。見習いも、宿に待機していたから直接取引は見ていない。相手が誰かもわからないそうだ」
「……最高司教から提言があった際に、王からの布告ができていれば……」
「王は賢きお方だ。必要性は見抜かれていた。色々とご苦労があったのだろう」
「教会内だけでなく、王政にも派閥が? この状況で何を考えているのか……王の貴きお考えを察することもできぬとは」
「ここで文句を言っても仕方あるまい。暗殺者どもは取り逃がしてしまったし、目的も分からん。誰が商人を殺したのかもな。まずは、地道に手がかりを追うしかないだろう。王には儂から話しておく」
「では学術都市での調査ですか。早速、あの三人を向かわせましょう」
「王都外で自由に活動するとなれば、あやつらしか頼れん。だが先約があってな」
「先約?」
「そう訝しむな。新任助祭研修の話は聞いてるだろう。あれに参加してもらわなければならん。今回は特殊な事情があってな。信頼できる人間に頼みたい。それを終えるまでは、王都内の調査を進めていくしかないな」
わかりました。そう返事をして腰を上げた矢先、手で制止される。
「そういえば、あの女司祭はどう思う?」
先程までの表情とは違い、笑みが浮かんでいる。面白がっているような眼だ。
「たしか、カンナという名だったろ」
「表向き探求派である、フランチェスカ最高司教の教え子。その割には、といえばいいのか、納得すればいいのか分かりませんが、感情が先行する人種ですね。あんまり好ましくはありません」
あの司祭が発現させた閃光の秘術。あれを騎士たちは合図と勘違いして突入していったのだ。偶然の一致とはいえ、一歩間違えれば計画が潰れる。まったく迷惑な話だ。
「せっかくの段取りが無駄になるところでした」
「まあ、お前さんが使用人に扮して潜り込んだのだしな。気持ちは分からんでもない。しかし何事も、計画通りには進まんものだ。それに、ああいう人間が窮地を打破するきっかけになるもんだ。上手く手綱を握ることは、お前さんの成長にも繋がる」
言われれば、そういう考え方もあるかとは思うが、納得はできない。
「調査はこちらでもやっておく。また何かわかればお前たちに連絡しよう。王の『白き影』にな」
「よろしくお願いします。それではこれで……。失礼します。騎士団長」
0
あなたにおすすめの小説
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
最強チート集団、雲上の支配者を地に落とす
ニャルC
ファンタジー
「契約書なしに魔王討伐なんてお断り」
――最強チート集団は『英雄』ではなく『経営者』、明治維新を経て養殖業者に至る――
従来の異世界転移やチート能力というテンプレートを、
現代の経済学、合理主義、社会心理学といった視点から徹底的に再構築(脱構築)した物語です。
召喚された九人の英雄「クラウドナイン(C9)」は、単なる善意の味方ではない。
彼らは「現代的な合理性」を武器に、わずか一年で世界を塗り替えた冷徹な統治者だった。
しかしある日、C9の一人が村を無慈悲に焼き払う。
彼の能力『神のサイコロ』は確率を操作し、100%の回避と命中を約束する。
神の領域にある「絶対的チート」を前に、唯一生き残った青年・劉斗は誓う。
なぜ、最強のチート集団が、最後には「養殖業者」へと至ったのか。
「異世界を真剣に統治・経営するとどうなるか」
皮肉とリアリズムを交えて描かれる、三つの時代を巡る救世主たちの記録。
【構成】 第1章:復讐のアンチチート編(最強攻略) 第2章:救世主、養殖業者になる編(異世界経営) 第3章:異世界鎌倉幕府編(統治の原点) ※全三章、完結済み。
侯爵令嬢の四十日間 ――均衡が国を変えるまで
ふわふわ
恋愛
婚約を解かれた侯爵令嬢。
けれど彼女は、泣きもしなければ争いもしなかった。
王都から距離を置いたその日から、国の流れはわずかに変わり始める。
事故が増え、交易は滞り、民の不安は静かに積もる。
崩壊ではない。
革命でもない。
ただ――“均衡”が失われただけ。
一方、北の地で彼女は何も奪わず、何も誇らず、ただ整える。
望まぬ中心。
求めぬ王冠。
それでも四十日後、国は気づく。
中心とは座る場所ではなく、
支える位置なのだと。
これは、復讐の物語ではない。
叫ばぬざまあ。
静かに国を変えた、侯爵令嬢の四十日間の記録。
---
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる