狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

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二章 迫る脅威、騎士の戦い

フランチェスカの要請

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 ますます日差しが強まっていく、干草の月(六月)。

 女神サンアデリスが好んだとされ、その名の一部を頂戴したサンアーヴ(葡萄の一種)が、広げた葉いっぱいに陽気をうけ、その実を大きく皮を張らせていく。

 これから三月ほど続いていくこの季節が一番好きだ。
 意味もなく太陽が顔を出すのと同時に目覚め、一日の始まりの胸を躍らせ、すかっと晴れ渡る青い空を見上げては、足取りかるく街を行った。

 今日も雲一つない空が広がっている。だっていうのに、この一月の間、どうしてもそんな気分にはなれないでいる。

 心当たりはある。あの仮面の男、フォルネイの言葉。

 暴力という手段で訴えるアイツらは気に入らない。しかし、思い描いていた印象と違っていた一面が、記憶に濃い影を落としている。

 ―――いまのこの国に、献身する価値があるのか、か……。そんなもの、アタシにわかるわけないだろ……。

「あのぅ、先輩。ちょっといいですか?」

 寮の朝食に出された麦粥を食べ終え、上目遣いで見やるマルルの言葉にはっとする。真向かいに座る彼女は、とっくに冷めてしまった皿を指さした。

「食欲、ないんです? それに最近、怖い顔してるって、噂になってますよ」

「いや、ちょっと考えごとしてるだけさ。心配かけちまってるなら、気をつけないとね。さて、お師匠様に呼ばれてるんだった。悪いけど、アタシのぶんも食べちゃってくれないかい?」

「それは構いませんけど、ちゃんと食べないと、倒れちゃいますからね」

 右手を軽く振って「大丈夫さ」と言って、席を立った。
 
 食堂を後にして、管理棟にある黒樫の扉を叩く。

 書物がみっちりと並んだ本棚は威圧感を放っているが、品よく飾られる調度品がそれを和らげている。調べものの途中なのだろう、隠れるように置いてある書斎机には、見開いたままの本と、羽筆がそのまま置いてある。

「経験豊富で人望も厚い。相談者の方からも親しまれる。そんなカンナ司祭にお願いしたいことがあるのです。なんと……新任助祭実地研修の引率ですよ!」

 部屋主、フランチェスカは両手を広げ、満面の笑顔でもって出迎えてくれる。
 
 ……なにやら機嫌が良いようにみえるのは、気のせいではあるまい。

「これで二度目です。昨年に続けて」

 面と向かって嫌だとは言えず、精一杯顔をしかめて意思表示をするが、まったく意に介してもらえずに話が進む。

「本当に、さすがとしか言いようがありませんね。わたくしも鼻が高いですよ。前回の研修に参加した助祭の方々も、カンナ司祭の教えに感情を揺さぶられ、涙を流していたそうじゃないですか」

「半分以上は、師の教えです。多少は噛み砕きましたけど、内容は変わっていないと思いますけど……」

「それが素晴らしいのですっ。他者の言葉を受け止め、教典に照らし合わせながら分かりやすく伝える……簡単なようで、実は非常に困難な技術です。それを難なくこなしているのですから、やはりこういった役割は、いえ、貴女だからこそ、どんな役割でも安心してお任せできる。何事にも適任だと言わざるを得ませんね。ええ、全く!」

 やっぱり気持ちが昂っているのか、いつもより言葉数が多い。これは嫌な予感がする。

 そもそもこの新任助祭の実地研修は、フランチェスカ自身が人材育成の意義と必要性を枢機卿会談の場で説き、王室の認可をもぎ取って、ようやく形にしたものだ。

 適任者であれば、それこそ彼女しかおるまいに。実際、彼女が講師として開かれた研修は絶賛の嵐であった。

 ……信仰の薄い、未熟なアタシに任されていい役じゃあない。

「ふふ、またそんな表情をして。いけませんよ、カンナ。先日の一件からもう一月。貴女にとっても大きな出来事だったと思います。ですが貴女の行動は恥じることの一切ない、立派なものでした。同じようにできる者が、果たしてどれほどいるでしょう? ……私は知りません。それに、貴女の選択と行動に救われた方たちの想いを、しっかりと聞くことはできたのでしょう?」

 フランチェスカの両手が頬にそっと添えられ、いつの間にかうつむいた顔が上がる。

「そんな表情ばかりしていると、皆心配してしまいます。貴女は自分が思っている以上に周りに大きく影響を与える、私の自慢の教え子。どうかそれを、忘れないでいてくださいね」

 優しく穏やかな眼差しと、包み込まれるような言葉に、重たかった気持ちが軽くなる。

 こういう芸当もできるのだから、わが師ながら、本当に偉大な方だと思う。

「今回の研修は確かに少々特別です。ですが貴女なら、問題なくお任せできるというもの。貴女にとっても、良い学びとなるでしょう。色々と思い悩むよりも、体を動かしていた方が、凝り固まった気持ちが解れ易いですからね。嗚呼、ぜひともそうするべきです。とっても、貴女らしい」

「……わかりました。お引き受け致します」

 満足そうに頷くと、フランチェスカはくるりと身を翻し、自身の執務机から三枚の書類を取り上げる。内容に目を通すと、とある一文に衝撃が走った。
 
 ———やられた。まんまとのせられ、狙い通りに、了承の返事をしてしまった。
 
 すでに手遅れと微笑む師の顔に、恨めしい視線を投げることしかできなかった。
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