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二章 迫る脅威、騎士の戦い
助祭の少女
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聖王都を出立し、南西に向かう街道を馬車で走ること二日。広大な穀倉地帯へと至る玄関口、小都市コスタフェルに到着した。
幌馬車が止まり、揺れが収まるまで待って、荷台から顔を出す。
強まる一方の日差しに、さすがに蒸し暑く感じていたところだったから、頬を撫でる風がとても心地良い。
青草を踏みながら、馬に跨る騎士の後ろ姿が離れていった。
どうやら伝令があったらしい。
「どうかしたのかねぇ」
肌を小麦色に焼いた、若い御者の男がすっと指し示す先を見る。左右それぞれにある尖塔に守られた正門は、固く閉ざされたままだった。
「先に行った隊長が門番と話してるみたいなんですがね。どうやらなんかあったらしいや。それで隊長がお呼びなんですわ、カンナ司祭」
これまでも任務を共にしたことのある、気さくに話ができる程度には関係性を築けている人物だ。幌馬車を降り、正門で待っている、クルビスのもとへ急ぐ。
見えてきた正門には、背が小さくいかにも使用人の爺や、というふうな人物と、捲った袖から筋骨隆々とした太い腕を見せるいかつい大男が、対比になるように立っている。
一見すれば、野蛮な大男が年老いた爺やを脅しているような絵面に、つい笑ってしまいそうになるのを隠しながら、声をかける。
「よ、クルビス隊長。なんかあったのかい?」
「おお、呼び立てて悪かったな。こっちは、ミュグエ男爵家に仕える爺やさん」
クルビスは胸の下したまで伸びたご自慢の顎鬚を右手で撫でながら、左手で迎えるような仕草をした。
見た目通りの、野太くデカい声に、反射的に顔を仰け反らせる。それを見たクルビスは、少しだけ顔を曇らせた。
「爺やさんの話だとよ。男爵、もうヴァルゲーヘの街に行っちまったようなんだわ」
「えぇ……なんでだい? 迷宮鎮圧に協力してもらう御礼を改めてするだけなんだし、事前に通達してたんだけどねぇ」
今回の新任研修は、騎士団が取り行う迷宮鎮圧任務の支援も含まれている。クルビス率いる騎士隊が鎮圧任務にあたり、アタシ含めた数人の聖職者が支援する形だ。
ミュグエ男爵が統治する領内の『白枝の森』と呼ばれる、小さな森のなかに、目的の迷宮はある。活発となる周期がちょうど重なっていたことで、合同での実施が計画されたのだった。迷宮に一番近いその街に、男爵は向かったという。
「旦那様の困ったところでございます……。お止めになってほしいと何度も申し上げたのですが、一度お決めになったことは、とことんおやりになるお方ですので……。鎧を着こむやいなや颯爽と馬に跨り、行ってしまわれた次第でして……」
まさか騎士にまじって戦うつもりなのか? 陣頭指揮を執るとか言いだすのではないだろうな。
……不安が胸をよぎる。それはクルビスも同じようで、顔に大きく「困った」と文字を貼り付けたような表情をしていた。怪我でもされたら、あとで問題になりかねない。
「爺や」
気がつくと、執事服の後ろに隠れるようにして、薄い茶毛の少女が顔を覗かせていた。クルビスと目が合うと驚いた顔をして、爺やの影に引っ込んでしまう。
まぁ、こんな大男を前にすれば当然の反応だろう。
「マオンお嬢様。こちら、迷宮鎮圧にご尽力いただける、クルビス殿とカンナ殿でございます」
お嬢様、ということはミュグエ男爵のご息女か。一人娘がいるとは聞いていたが、年の頃は十かそこいらといったところか。そっと屈みこむと、左右からそれぞれ垂らしたおさげ髪があらわれる。
「お初にお目にかかります。聖堂教会で司祭をしています、カンナです。こっちの髭の大男はクルビス隊長。見た目は大熊のように恐ろしげですが、取って食べるような真似はしません。甘いものが大好きな、気のいい騎士なのでご安心ください」
ちょっとお道化た口調で話すと少女はふふ、と顔をほころばせたが、それも束の間、すぐに不安そうな顔つきになる。
「あの、カンナ司祭、どうかお願いです。お父様を、無事に連れて帰ってきてくれませんか。わたしや民が安心して暮らせるようにって、行ってしまったお父様がとても心配で。だから、よろしくお願いします」
◆ ◆ ◆
幌馬車へ戻り、なかへ乗り込もうと台座に足をかける。マルルが手を引き、手助けをしてくれた。
「どうでしたか? 先輩」
「挨拶に寄ったってのに、肝心のミュグエ男爵は一足先に行っちまった。あんな、ちっちゃな子を置いてね。……とにかく、アタシたちも急いで向かうよ」
間もなくして馬車が揺れる。ヴァルゲーヘの街へ向けて、隊列が動き出したのだ。
あの御者め、せめて一声くらいかけりゃいいものを。
そう思いながら、座席に腰を下ろす。すると正面に、マルルと並ぶようにして座る、助祭の少女と目が合う。
少女が浅く頭を下げると、その金糸を束ねたかのような美しい金髪が静かに揺れる。何も聞かず、現状を把握している賢い少女だったが、実のところ悩みのタネであるのもまた、この少女であった。
オリヴィエ・セギドール助祭。
平民のアタシらからすれば、圧倒的権力者である貴族。
その中でも特別とされる上位貴族だが、さらに尊いとされるのが『御三家』。そんな畏れ多き方々のひとつに、セギドール家がある。
前当主の忘れ形見である三姉妹。その次女。それが、この少女の正体。
遥かに高貴で尊き生まれの方だ。ともすれば王族や教皇猊下とも同格やもしれぬ、文字通りの天上人を相手に、一体なにをどうしろっていうんだ。どう振舞えばいいのか、そんなの知る訳がない。勘弁してくれと、いまさらながらに言いたい。しかも大声で。
持ち込んだトランクケースをずりずりと寄せ、フランチェスカから受け取った書類を取り出す。あの時簡単に了承しなければ、きっとこんなことにはならなかったのに。
いい気になって返事をした、過去の自分を恨んだ。
幌馬車が止まり、揺れが収まるまで待って、荷台から顔を出す。
強まる一方の日差しに、さすがに蒸し暑く感じていたところだったから、頬を撫でる風がとても心地良い。
青草を踏みながら、馬に跨る騎士の後ろ姿が離れていった。
どうやら伝令があったらしい。
「どうかしたのかねぇ」
肌を小麦色に焼いた、若い御者の男がすっと指し示す先を見る。左右それぞれにある尖塔に守られた正門は、固く閉ざされたままだった。
「先に行った隊長が門番と話してるみたいなんですがね。どうやらなんかあったらしいや。それで隊長がお呼びなんですわ、カンナ司祭」
これまでも任務を共にしたことのある、気さくに話ができる程度には関係性を築けている人物だ。幌馬車を降り、正門で待っている、クルビスのもとへ急ぐ。
見えてきた正門には、背が小さくいかにも使用人の爺や、というふうな人物と、捲った袖から筋骨隆々とした太い腕を見せるいかつい大男が、対比になるように立っている。
一見すれば、野蛮な大男が年老いた爺やを脅しているような絵面に、つい笑ってしまいそうになるのを隠しながら、声をかける。
「よ、クルビス隊長。なんかあったのかい?」
「おお、呼び立てて悪かったな。こっちは、ミュグエ男爵家に仕える爺やさん」
クルビスは胸の下したまで伸びたご自慢の顎鬚を右手で撫でながら、左手で迎えるような仕草をした。
見た目通りの、野太くデカい声に、反射的に顔を仰け反らせる。それを見たクルビスは、少しだけ顔を曇らせた。
「爺やさんの話だとよ。男爵、もうヴァルゲーヘの街に行っちまったようなんだわ」
「えぇ……なんでだい? 迷宮鎮圧に協力してもらう御礼を改めてするだけなんだし、事前に通達してたんだけどねぇ」
今回の新任研修は、騎士団が取り行う迷宮鎮圧任務の支援も含まれている。クルビス率いる騎士隊が鎮圧任務にあたり、アタシ含めた数人の聖職者が支援する形だ。
ミュグエ男爵が統治する領内の『白枝の森』と呼ばれる、小さな森のなかに、目的の迷宮はある。活発となる周期がちょうど重なっていたことで、合同での実施が計画されたのだった。迷宮に一番近いその街に、男爵は向かったという。
「旦那様の困ったところでございます……。お止めになってほしいと何度も申し上げたのですが、一度お決めになったことは、とことんおやりになるお方ですので……。鎧を着こむやいなや颯爽と馬に跨り、行ってしまわれた次第でして……」
まさか騎士にまじって戦うつもりなのか? 陣頭指揮を執るとか言いだすのではないだろうな。
……不安が胸をよぎる。それはクルビスも同じようで、顔に大きく「困った」と文字を貼り付けたような表情をしていた。怪我でもされたら、あとで問題になりかねない。
「爺や」
気がつくと、執事服の後ろに隠れるようにして、薄い茶毛の少女が顔を覗かせていた。クルビスと目が合うと驚いた顔をして、爺やの影に引っ込んでしまう。
まぁ、こんな大男を前にすれば当然の反応だろう。
「マオンお嬢様。こちら、迷宮鎮圧にご尽力いただける、クルビス殿とカンナ殿でございます」
お嬢様、ということはミュグエ男爵のご息女か。一人娘がいるとは聞いていたが、年の頃は十かそこいらといったところか。そっと屈みこむと、左右からそれぞれ垂らしたおさげ髪があらわれる。
「お初にお目にかかります。聖堂教会で司祭をしています、カンナです。こっちの髭の大男はクルビス隊長。見た目は大熊のように恐ろしげですが、取って食べるような真似はしません。甘いものが大好きな、気のいい騎士なのでご安心ください」
ちょっとお道化た口調で話すと少女はふふ、と顔をほころばせたが、それも束の間、すぐに不安そうな顔つきになる。
「あの、カンナ司祭、どうかお願いです。お父様を、無事に連れて帰ってきてくれませんか。わたしや民が安心して暮らせるようにって、行ってしまったお父様がとても心配で。だから、よろしくお願いします」
◆ ◆ ◆
幌馬車へ戻り、なかへ乗り込もうと台座に足をかける。マルルが手を引き、手助けをしてくれた。
「どうでしたか? 先輩」
「挨拶に寄ったってのに、肝心のミュグエ男爵は一足先に行っちまった。あんな、ちっちゃな子を置いてね。……とにかく、アタシたちも急いで向かうよ」
間もなくして馬車が揺れる。ヴァルゲーヘの街へ向けて、隊列が動き出したのだ。
あの御者め、せめて一声くらいかけりゃいいものを。
そう思いながら、座席に腰を下ろす。すると正面に、マルルと並ぶようにして座る、助祭の少女と目が合う。
少女が浅く頭を下げると、その金糸を束ねたかのような美しい金髪が静かに揺れる。何も聞かず、現状を把握している賢い少女だったが、実のところ悩みのタネであるのもまた、この少女であった。
オリヴィエ・セギドール助祭。
平民のアタシらからすれば、圧倒的権力者である貴族。
その中でも特別とされる上位貴族だが、さらに尊いとされるのが『御三家』。そんな畏れ多き方々のひとつに、セギドール家がある。
前当主の忘れ形見である三姉妹。その次女。それが、この少女の正体。
遥かに高貴で尊き生まれの方だ。ともすれば王族や教皇猊下とも同格やもしれぬ、文字通りの天上人を相手に、一体なにをどうしろっていうんだ。どう振舞えばいいのか、そんなの知る訳がない。勘弁してくれと、いまさらながらに言いたい。しかも大声で。
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