狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

文字の大きさ
14 / 44
二章 迫る脅威、騎士の戦い

助祭の少女(2)

しおりを挟む
「本当に、その迷宮は危なくないんだね?」
 
 正面に座るクルビスは、短く刈り込んだ髪をがしがしとかきながら苦笑いをする。終いには、ため息すら漏らしていた。

「何度目かねぇ、その質問。白枝の森にある迷宮はもう何度も鎮圧されてる。いわば脅威になんねぇと認められてんだ。そりゃほっとくわけにはいかねーけど、化物モンスターなんてせいぜい毒を吐くデカいイモムシ野郎さ。数が多いだけの、あんなん雑魚だぜ」

 塗装の剥げた燭台の明かりが、机の上に広がる野営地点図を照らす。図面上には、盤上で遊ばれる『騎士狩り』の駒を使って陣形や人員の配置が表され、いくつもの影を図面へと伸ばしている。

 次の目的地へと急ぐ途中に立ち寄った村。日も暮れた遅い時間、事前の通達がなかったにもかかわらず、現地の教会が快く協力をしてくれたことはありがたい。
 
 騎士隊だけでも二十名を超す大所帯なので、半分程は村の宿場へと移ることとなったが、おかげでなんとか落ち着くことができた。

「言ったでしょ? 新任の助祭の子はあの御三家。が起きちまってから、申し訳ありませんでした、じゃあすまされないよ。お互いね。だからこうやって、ちゃあんと目を光らせてんの」

「わーってるよ。あの金髪の娘っこだろ。けど大丈夫じゃねえか? えらく落ち着いた雰囲気に、受け答えも素直。物腰だって柔らかい。なによりも聡い。そんじゃそこらの貴族のお嬢さんとは別モンだ。迷宮には潜らないんだろ? 心配しすぎじゃねえか?」

 明日には迷宮鎮圧が始まる。それに向けて、騎士隊を任されるクルビス、聖職者を引率するアタシに、三人の傭兵組をまとめるティモンという男が、食堂に集まっている。
 
 傭兵という響きに、がひっかかっていまだ拒否感は拭えない。

 それでも、教会公認だからとから言われれば選択肢はない。補佐役にマルルをつけてくれたのは、師なりの心遣いなのだろう。

「クルビス隊長の見立ては正しいと思いますが、カンナ司祭の言い分も頷ける。街に残るオリヴィエ助祭には護衛としてアビーをつけるのはどうでしょう? 彼女は腕のいい秘術士だし頭も回るから、急な事態にも対処できる。なにより同性のほうが、オリヴィエ助祭も安心でしょう」

 筋肉質で無骨。顔の左側には、額から顎下まで大きく裂かれた傷がある。クルビスと並ぶと、盗賊かなんかと見間違うような凶悪な面構えだが、意外と細かい気遣いができるらしい。

「我々が受けた依頼の護衛対象はカンナ司祭も含まれている。戦いになる迷宮には私と、弓の得意なジニアスが同行した方が良いでしょう。先行しているミュグエ男爵の出方次第では、見直しも必要ですがね」

「そうさな。ウチの隊の連中に、集められた騎士たちもいる。戦力としては十分すぎるくらいだ。そっちの傭兵さんの言う通りで問題ねぇな」

 こちらを見るティモンの、あの目。
 ジニアスとアビーからも似た視線は向けられるが、その正体までは分からない。

 意図を探ろうと見返している内に、ふいに記憶がよみがえる。
 
 ―――どこかでみた顔だとは思っていたが、暗殺者の事件の時に、後詰めに待機してた傭兵じゃないか……。

「わかった。確かに心配しすぎかもしれないね。じゃあ、明日はよろしく頼むよ」

「おうよ。明日は到着早々、鎮圧任務に取りかかる。同行よろしくな。部下どもも、評判の女司祭様を頼りにしてるんだからよ」

 クルビスの部下と聞いて思い出すのは、面白い二人組だ。良く喋るメローに、黙って頷くばかりのイッカ。浮かんだ顔ぶれに、ふっと息が漏れる。

「ご期待に添うよう努力するよ」
 
 そう言って席を立つと、二人に見送られて食堂を出た。
 
 ―――オリヴィエ助祭への評価については、アタシも概ね同じ感想を抱いている。
 
 知識量は十分。足りない経験はこれから積み重ねていくだけで、正に聖職者として規範通りの人物。
 
 でもそこが、しっくりこない。できすぎてる、といえばいいのか。

 オリヴィエはまだ十四歳。教会の門を叩いて二年目に入ったばかり。だというのに、醸し出す雰囲気はすでに熟練のそれだ。

 さすがは由緒正しき御三家。教育も一流らしい。いや、両親は他界して久しいと聞く。教えを乞う師などいない。
 
 まさか、独学でここまで? フランチェスカから聞いた話では、既に奇跡の行使を成功させた実績もあるという。だとすれば、天才的な才覚の持ち主といえる。

「世の中には割といるもんだ。天才ってやつがさ」

 寝室にと用意してもらった部屋へ戻る前に、オリヴィエを訪ねることにした。
 明日の出立の前に、説明をしておいたほうがいいだろう。

 返事を待って扉を開けると、思わず足が止まった。

 オリヴィエが窓際で椅子に腰かけ、長さもまちまちとなった数本の蠟燭を頼りに、なにか書物を読んでいる。
 
 すらりと伸びた金色の髪。大きく可愛げのある瞳も同じく金色に輝き、慈しむ表情とその姿は幻想的で、一枚の絵画を思わせた。

 オリヴィエは読んでいた書物を閉じ「おかえりなさいませ」と、わざわざ腰を上げる。

「ああ。いいよ、そのままで」
 
 口調に気を付けるべきかどうか随分と悩んだ。
 今でもそれが原因で、とある相談者と諍いになった苦い思い出がチラつく。

 悩みに悩み、結局、いつも通りにすることにした。下手に意識しないほうが上手くいく。そんな気さえする。

 それに、御三家という肩書に委縮していたマルルが、持ち前の明るさと人懐っこさでもって、オリヴィエと打ち解けていく様をみていたことも大きかった。

「予定通り、明日の朝出発だ。昼前には到着するだろうから、すぐに鎮圧任務にかかる。打ち合わせ、覚えているかい?」

「もちろんですカンナ司祭。私はマルル助祭と街で後方支援を担う、でしたね」

「その通り。それに護衛役も決まった。傭兵組に女性の秘術士がいたろ? アビーっていうんだけど、その人がついてくれることになった。同じ女の方が気も楽だろ? 残り二人は私と一緒に鎮圧の方に参加だ」

 ティモンと行動を共にする、ジニアス、アビーという傭兵たち。

 弓を操るジニアスは線こそ細いが背も高く、顔立ちも整っている。軽口をたたく、まったく調子のいい男だった。
 
 もうひとり、紅一点であるアビーは丁寧で人当たりが良い。たれ目でおっとりとした顔立ちだが、所作には気品の良さが感じられた。
 
 彼らには教会が依頼主となって、護衛を依頼している。デコボコな三人組だが、これまでの道中の仕事ぶりをみるに、その腕前は信じられるものだった。

「緊張してるかい?」

「いいえ……いえ、やっぱり少し、恐ろしさがあります。カンナ司祭も騎士の方々も、大きな怪我などせず、無事に任を終えられるといいのですが。私は主に祈ることしかできません」

 伏し目がちに、手にしていた書物の表紙を撫でる。
 よく見てみれば、それは聖堂教会の教典。いかなる時でも教典を手放さない、敬虔な信徒。その姿がどうしても、異質に思えて仕方がない。

 オリヴィエは、なにを思って聖職者の道を選んだのだろう。

 完成されつつある、若すぎる少女の胸の内を聞いてみたい。
 ふ、と湧いたその疑問を、聞かないわけにはいかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

処理中です...