狭間の祈り手 -聖王大陸戦記 Ⅰ-

ムロ☆キング

文字の大きさ
39 / 44
四章 狭間の祈り手

小さき隣人の棲む森(2)

しおりを挟む
 突如姿を現した、碧い女型の化物。

 顔と胴は人間のかたちをしており、背丈も人より少し高い程度だったが、四本も生やした腕は、垂らせば地面に擦るほど長く、二本の足のかわりに、蛇のように太く長い腹をうねらせている。

 半人半蛇の化物は、白い冷気を放つ刃を握り、なおも立ち上がれずにいるカンナと、それを抱える案内人の娘に近づく。

「させるかよっ!」

 まず飛び込んでいったのはムサだった。直槍の穂先をまっすぐに向け、素早く間合いを詰める。

 胸部を狙った一突きを、化物は身体の軸をずらして滑らかにかわす。右側から切り上げるようにして迫る刃を、握る手をすべらせ短く持ち直し、はじき返す。

 その隙を狙い、左上段から振り下ろされる氷刃。ムサと背中合わせとなるようにして身体を捻じ込み、剣身で受け止める。凍れる飛沫が、頬を掠りなでた。

 予想よりも強い力に圧され、灯火をこめる腕が痺れた。両の足をしっかりと踏ん張り、手首を返して撥ねあげ、そのまま首を落とすつもりで刃先を走らせる。伸ばされる残る二本の腕。それすらも両断し、切先を首筋へ突き上げた。

「カクトゥス! ダメだ、下がれ!」

 ぞわりと毛が逆立つ感覚とムサの声に、咄嗟に身体を丸める。勢いは止まらず、肘をつく形で右前方に一回転していた。その直後に、撥ねあげた化物の左腕がぐるんと回り、しなる鞭のように空を裂く。

 乱暴に振り回される長い腕を、援護に割って入ったムサがなんとか凌ぐ。

 両の腕を大きく振り上げた一撃を、ムサは受ける槍の上で滑らせて、左へいなす。

 土煙と落葉がわっ、と舞いあがった。足の筋に意識を集中して、灯火を流し込む。ムサの背後から右側へと駆け出すと、左側から、ちょうど挟むようにしてオンバが飛び込んでくる。

 二本の腕は両断している。躱しようがない挟撃は、化物の命を刈り取るはずだった。

「―――、―――!」

 半人半蛇の女の口から、奇怪な音が響く。急激な冷気が肌を刺す感覚、漏れる吐息は白い靄となり、視界のすみで、外套の端に霜がおりている様がみえた。

 踏み込みにあらん力を込めて、前に傾いていた重心を引き戻す。それだけでは足りない。もう片足で思いっきり地面を蹴飛ばして、転がりながらも距離をとった。

 ミシと、空気が軋む音がして、空中に鋭い棘をいくつも伸ばした氷の球が現れる。思わず息をのむ。あのままなら、間違いなく身体を串刺しにされていた。

 同じくなんとか回避したオンバも肩で息を切らしながら、ムサを起点に集まる。

「面倒だぞ、カクトゥス君。あれは秘術だ。トートネーベ山脈で討伐したアレと同類、悪魔デーモンに違いない」

「それに、三人がかりで凌がれた。アレよりは少しばかり、手ごわいらしい」

「マジかよ。ちょっと分が悪くねぇか。あんとき、こっちは七人いたんだぜ。ディオリオ室長は、奇跡は未修得だっていうし、頼りのカンナ司祭は動けねぇんだ」

 背後をちらりとみやる。カンナは意識こそ保っているが、焦点の合っていない目をしていて、立ち上がろうにも足が震えてしまっている。

 恐怖ではない。いまさら、この女司祭が怖気づくとは思えない。先程の様子といい、ディオリオが心配する「限界」に達したのだろう。

 案内人の娘とディオリオが付き添っているが、この場から動かそうにも、遠くには逃げられないだろう。それに、悪魔はカンナを狙っているようにみえた。

「さて……どうしたもんか」

 舌先で唇を舐める。氷の球は紫の霞に溶け消え、蛇が首をもたげるようにして、じりじりと迫ってくる。

 柄を握る手に灯火を込める。その時、森がひと際大きくざわついた。

 ―――なんだ? 何かがとび跳ねているような、そんな気配だ。

 木々を伝え跳び、大地を駆けるその物体は、地鳴りを携え、ものすごい速度で迫る。

 紫の霞を突き抜けて、黄金の葉で覆われた天幕から現れた影は、咆哮をあげて化物へととびかかった。

 舞い上がる風圧と土煙に、眼をつぶされないように顔を庇う。案内人の娘の叫ぶ声が聞こえた。

「『隣人の主ヤン・マハーバ』! きっと森を荒らす外敵がきたと判断したんだ」

 丸太のような太い腕で、悪魔の首根を押さえこむ、首周りを花弁で囲んだ巨大な狒々ひひ

 これが、ヤン・マハーバ。この森のヌシ。

 茶緑色をした体躯と、大きく発達した拳のところどころには、宝石のようなものが見て取れる。悪魔との格闘で激しく肉体が動き、その度に鮮やかな光が尾をひいた。

「味方、と考えていいものだろうか?」

 オンバの呟きに、案内人の娘が首をふる。

「そうともいえません。人間の味方ではなく、森を守る存在ですから。森に争いを持ち込んだ異物と見做されているかも」

「なぁ、今のうちに先に進んだ方が良いんじゃねえか? あんなの、相手にしてらんないぜ」

 ムサの意見に、全員が頷く。オンバは戦鎚を腰にまわし、カンナを担ぎ上げる。
 
 狒々と悪魔の組み合いは続いていたが、狒々の大きく発達した体躯は、一方的な攻勢をみせつけている。腕に巻きつけられた蛇の腹など気にもとめず、がっちりと掴んだ頭を何度も地面に打ち据えていた。

 あの圧倒的な様子では、こちらを標的に追ってくるまで、さほど時間はかかるまい。
 敵だと認識されていないことを願いながら、なるべく距離を置いておきたかった。
 
 ひり、と嫌な感覚が肌を伝わり、足を止める。

 囁く直感が、気配のない違和感の正体を探させる。
 
 木々の陰に潜むように、一本の枯れ枝が地面につき立っているのに気がつく。乱闘の風に吹かれ、揺れている枝……それには、見覚えがあった。

 司祭を狙った、枯れた腕!

 枯れた腕は、弧を描く。それに呼応するかのようにして、悪魔が身体を震わすと、巻きついた腕をそのまま締めあげる。バキと、乾いた音が鳴り、狒々が雄叫びをあげてもんどりうつ。

 拘束を解いた悪魔は、切断されていた腕をすばやく再生し、発生させた氷の刃を振るう。

 一変した状況に、全員が足を止めていた。

「枯れ枝の腕があった。ディオリオ室長、例の腕だ。あれが、円を描いた途端、悪魔の力が増した」

「……悪魔を、使役しているとでも? 信じられない。悪魔は、神話では神々の怨敵ともいわれる存在。そんな相手を、従えるなど……。いいえ、議論は後ですね。まずはここを離れましょう」

 狒々を四本の氷刃で切り刻み、地に伏させた悪魔は、まさに地を這う動きで迫る。
 今度こそ、標的をカンナに絞った。見開きながらも光の宿らない眼は、まっすぐにカンナを見据えている。

 額を打ち抜かんとするムサの槍を右側二本の刃でいなし、袈裟に斬り込んだ斬撃を、身体を大きく跳ねさせて躱す。

 悪魔は宙で姿勢をかえ、カンナを抱えるオンバの前に立ちふさがる。

 オンバの両手は塞がっている。すぐには攻撃も防御もかなわない。
 足に灯火を込めて走り出してはいるが、割って入るまでには時間がたりない。

 囲うように四方から伸ばされる腕。
 
 それらは、カンナに届く直前に、いくつもの銀糸によって阻まれた。
 苦痛に呻くようにして、引き戻される腕には、何本もの短刀が突き刺さっている。
 
 ひとつの影が、疾風のように駆け抜け、悪魔の背に取りついた。
 黒い仮面をつけたその影は、素早く二度、うなじ部分を切りつける。悪魔が身体を激しく揺さぶって抵抗すると、背中を蹴って距離を取った。

「おいおい、そこは急所だぜ。コイツ、なんなんだよ」

 煙のように立ちあがる、その黒い仮面には見覚えがあった。

「暗殺者……なぜここに」

「ちょっとばかし、見知った顔がみえたもんでね。ま、気まぐれだよ」

 見知った顔? 
 顔をしかめる間もなく、文字通り空中から、木々の天幕を打ち破って、何かが悪魔の頭を直撃した。

 頭部を蹴り砕かれ、ようやく悪魔は沈黙し、ぴくりとも動かなくなる。それをつまらなそうに見下げると、赤茶の布地を纏った男はその場で跳躍し、着地と同時に、枯れ枝の腕があった地面を割り砕く。

「ふん、逃がしたか。しっかし、あの老人ども、中身まで耄碌しおったのか。つまらんものを創りおってからに。おおかた、実験のつもりだったのだろうがな」

 割った大地のかけらを、軽く手を振って払い、その男は笑った。
 歩くたびに、かろやかな鈴の音が鳴る。

「よう、お客人がた、遠路はるばるすまなかった。ちょっとした問題も起きたようだが、なに、もう解決した。まずは里まで案内しよう。話はそれからだ」

 ディオリオから聞いていた、ヴアル高僧は、仮面の男たちを従えるようにして、そう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!

カナタカエデ
ファンタジー
八十歳で生涯を終えた、元王宮侍女カリナ。 その最期の瞬間――枕元に、かつて仕えた王女アメリアが現れた。 「お願い…私の人生をやり直して。国を、私を、救って――」 次に目を開くと、カリナは十八歳の“王女アメリア”として転生していた。 彼女は知っている。 このままでは王国は滅び、愛する主君が破滅する未来を。 未来を変えるため、アメリアは 冷徹と噂される英雄ヴァルクとの政略結婚を選ぶ。 これは、かつて守れなかった主人のための転生。 そのはずなのに――彼への想いは、気づけば変わり始めていた。 王女と英雄が紡ぐ、破滅回避ラブファンタジー開幕。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜 挿絵はA I画像を使用 10/20 第一章完結 12/20 第二章完結 2/16 第三章完結 他サイト掲載 (小説家になろう、Caita)

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。 理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。 ……正直、めんどくさい。 政略、責任、義務、期待。 それらすべてから解放された彼女は、 聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。 毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。 何もしない、何も背負わない、静かな日常。 ところが―― 彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、 一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが 異様なほど平和になっていく。 祈らない。 詠唱しない。 癒やさない。 それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。 「何もしない」ことを選んだ元聖女と、 彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。 これは、 誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、 いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。

処理中です...