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第1部 ホワイティア支部改革編
【第18話】「夜の追跡者《ナイトシーカー》」
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ホワイティアの夜は静かだった。だがその静寂の裏で、ひとつの影がギルド支部へと忍び込もうとしていた。
「……《ナイトシーカー》、発動」
知久が囁くように呟き、ドリンクを飲み干す。彼の体が黒い霧のようなものに包まれ、気配が薄れていく。ドリンクの加護、《ナイトシーカー》――それは気配を完全に消し去ることのできる能力だった。
ギルドの裏口。鍵のかかった扉をこっそりと外し、内部へと足を踏み入れる。真っ暗な廊下を抜け、支部長室のドアの前に立つ。
(……ここで間違いないはずだ)
ここまで3日間。毎晩マルベックの私室に忍び込んでいた。
なにせ、≪ナイトシーカー≫の効力は15分間。
効果が切れた瞬間、こちらの姿は丸見えになってしまう。
バレたら一巻の終わりだ。調査は慎重に行わないといけなかった。
そして、昨日の晩にようやく目星をつけることができた。
マルベックが賄賂や横領に関する記録を保管しているのは、支部長室の書類棚の奥。
棚が二重構造になっており、マルベック本人がそこに書類を隠す瞬間を目撃しなければ気づかなかったかもしれない。
知久は音を立てぬよう慎重に中へ入り、書類の束を一つひとつ確認していく。
そして――見つけた。
「これだ……村長からの“献金”って名目で、複数回に渡って大金が支払われてる……しかも、その使途はどこにも記載されてない」
さらに日付と一致する領収書の控えには、マルベックの署名。受領証の下部には「感謝の気持ちとして、こちらを優先的に」といった手書きのメモも。
(……完全にアウトだろ、これ)
証拠は掴んだ。あとは、これをどうやって突きつけるかだ。
知久は書類の写しを素早く取り、足音を立てぬように支部長室を出る。そのまま屋上へと駆け上がり、夜風の中で一息ついた。
「やった……けど、これだけじゃ足りない」
帳簿や受領証だけでは、マルベックが“私的に”受け取った証明にはなり得ない。もっと直接的な証言が欲しい。
(村人の誰か……いや……あの人に頼むしかないか。そして、最後の切り札は……)
☆ ☆ ☆
「アゼリア、ちょっと頼みたいことがある!」
「ふわあ……あれ、誰――っ!? わわわっ!」
アゼリアが寝台から跳ね起きた。暗がりの中、自室で寝ている時に、突如目の前に人影が現れたのだから当然だ。
「って、ちょ、え!? 知久!? まさか……よ、夜這い!? な、なに考えてんのよあんたっ!? そ、そういうのは……!」
真っ赤になって布団を引っ張りながら後ずさるアゼリア。だが、どこかほんのりと浮かれたような声色でもあった。
「違ぇよ! そういうんじゃない! 加護が切れたタイミングが悪かっただけだって! お願いがあるんだ、聞いてくれ!」
「へ? あ……お願い?」
急に真剣な声色になった知久に、アゼリアは戸惑いを浮かべる。
「……何よ、こんな時間に……」
知久は言葉を選びながら、一歩前へ出る。
「頼みたいのは……俺たちの今の状況を、どうにかするために……お前の“立場”を使って欲しいんだ」
「……!」
アゼリアは一瞬息を呑んだ。具体的な内容を聞かなくても、何となく察してしまったのだろう。
「……言っとくけど、軽いことじゃないわよ。あたしが関われば、こっちにも波がくるかもしれない」
「わかってる。でも、動かないと、誰も変えてくれない。俺は、あんたたちを、守りたいんだ」
その言葉に、アゼリアの目が見開かれた。ほんの一瞬、照れたようにそっぽを向く。
「……まったく、あんたってほんと、バカみたいに真っ直ぐね」
ふう、と小さくため息をついたあと、アゼリアは肩をすくめて頷いた。
「……しょうがない。やってあげるわよ。その代わり、ちゃんと結果出しなさいよね」
「ありがとう、アゼリア」
「べ、別にあんたのためじゃないから! これはあたしの……あたしの王族としての義務だから!」
そう叫ぶように言いながら、アゼリアは顔を背けていた。
そして知久は、彼女の手に託す封筒をそっと置き、そのまま静かに部屋を後にした。
夜の空は、少しだけ白み始めていた。改革の夜明けは、すぐそこにあった。
「……《ナイトシーカー》、発動」
知久が囁くように呟き、ドリンクを飲み干す。彼の体が黒い霧のようなものに包まれ、気配が薄れていく。ドリンクの加護、《ナイトシーカー》――それは気配を完全に消し去ることのできる能力だった。
ギルドの裏口。鍵のかかった扉をこっそりと外し、内部へと足を踏み入れる。真っ暗な廊下を抜け、支部長室のドアの前に立つ。
(……ここで間違いないはずだ)
ここまで3日間。毎晩マルベックの私室に忍び込んでいた。
なにせ、≪ナイトシーカー≫の効力は15分間。
効果が切れた瞬間、こちらの姿は丸見えになってしまう。
バレたら一巻の終わりだ。調査は慎重に行わないといけなかった。
そして、昨日の晩にようやく目星をつけることができた。
マルベックが賄賂や横領に関する記録を保管しているのは、支部長室の書類棚の奥。
棚が二重構造になっており、マルベック本人がそこに書類を隠す瞬間を目撃しなければ気づかなかったかもしれない。
知久は音を立てぬよう慎重に中へ入り、書類の束を一つひとつ確認していく。
そして――見つけた。
「これだ……村長からの“献金”って名目で、複数回に渡って大金が支払われてる……しかも、その使途はどこにも記載されてない」
さらに日付と一致する領収書の控えには、マルベックの署名。受領証の下部には「感謝の気持ちとして、こちらを優先的に」といった手書きのメモも。
(……完全にアウトだろ、これ)
証拠は掴んだ。あとは、これをどうやって突きつけるかだ。
知久は書類の写しを素早く取り、足音を立てぬように支部長室を出る。そのまま屋上へと駆け上がり、夜風の中で一息ついた。
「やった……けど、これだけじゃ足りない」
帳簿や受領証だけでは、マルベックが“私的に”受け取った証明にはなり得ない。もっと直接的な証言が欲しい。
(村人の誰か……いや……あの人に頼むしかないか。そして、最後の切り札は……)
☆ ☆ ☆
「アゼリア、ちょっと頼みたいことがある!」
「ふわあ……あれ、誰――っ!? わわわっ!」
アゼリアが寝台から跳ね起きた。暗がりの中、自室で寝ている時に、突如目の前に人影が現れたのだから当然だ。
「って、ちょ、え!? 知久!? まさか……よ、夜這い!? な、なに考えてんのよあんたっ!? そ、そういうのは……!」
真っ赤になって布団を引っ張りながら後ずさるアゼリア。だが、どこかほんのりと浮かれたような声色でもあった。
「違ぇよ! そういうんじゃない! 加護が切れたタイミングが悪かっただけだって! お願いがあるんだ、聞いてくれ!」
「へ? あ……お願い?」
急に真剣な声色になった知久に、アゼリアは戸惑いを浮かべる。
「……何よ、こんな時間に……」
知久は言葉を選びながら、一歩前へ出る。
「頼みたいのは……俺たちの今の状況を、どうにかするために……お前の“立場”を使って欲しいんだ」
「……!」
アゼリアは一瞬息を呑んだ。具体的な内容を聞かなくても、何となく察してしまったのだろう。
「……言っとくけど、軽いことじゃないわよ。あたしが関われば、こっちにも波がくるかもしれない」
「わかってる。でも、動かないと、誰も変えてくれない。俺は、あんたたちを、守りたいんだ」
その言葉に、アゼリアの目が見開かれた。ほんの一瞬、照れたようにそっぽを向く。
「……まったく、あんたってほんと、バカみたいに真っ直ぐね」
ふう、と小さくため息をついたあと、アゼリアは肩をすくめて頷いた。
「……しょうがない。やってあげるわよ。その代わり、ちゃんと結果出しなさいよね」
「ありがとう、アゼリア」
「べ、別にあんたのためじゃないから! これはあたしの……あたしの王族としての義務だから!」
そう叫ぶように言いながら、アゼリアは顔を背けていた。
そして知久は、彼女の手に託す封筒をそっと置き、そのまま静かに部屋を後にした。
夜の空は、少しだけ白み始めていた。改革の夜明けは、すぐそこにあった。
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