異世界働き方改革~エナドリ自販機で社畜を卒業します~

ゼニ平

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第1部 ホワイティア支部改革編

【第19話】「揺れる信頼、選ぶ道」

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 村の教会。
 木の椅子に腰かけたトキワは、小さく手を組み、目を閉じていた。

──祈っている、というより、考えていた。

 薄暗い礼拝堂の空気は静かで、誰もいないはずなのに、心の奥を覗かれているようで落ち着かなかった。

(……わたし、どうしたらいいんだろう)

 ふと、昔のことを思い出す。
 旅の冒険者だった両親は、彼女がまだ幼い頃、この村でトキワを産んだ。
 だが、ある日ダンジョンに潜って、そのまま帰ってこなかった。
 孤児となった彼女を引き取ってくれたのが、この教会であり、そして──村長だった。

『トキワは、もう私の娘のようなもんだ』

 優しく笑って頭を撫でてくれたあの人の手の温もりは、今も忘れられない。

「……だから、信じたかったのに」

 あの後も、知久は何度もトキワの元を訪れていた。
 ロクに寝ていないのだろう。目の下に大きな隈を作りながら、疲れた顔をしていた。
 そして、先日、知久が支部長室から持ち帰った帳簿を見せてもらったのだ。
 数字はよく分からなかったが、そこに確かに、村長の署名があった。

 『業務支出、村側担当:ホワイティア村村長』

──なんで。どうしてそんな書類に名前が。

 知久が嘘をついているとは思えなかった。
 彼は、真剣にギルドのみんなのことを思って行動している。
 それが伝わって来るからだ。
 
 さらに、最近の村人たちの噂も耳に入っていた。

「村長さん、最近急に身なりがよくなったよな」

「村の警報器も、いつまで経っても直らないしな」

「あれじゃあ、魔獣が入ってきても気づけないじゃないか?」

「教会の修繕費も、なぜか通らなくなってるらしいぞ」

 信じたかった。疑いたくなかった。
 でも──

 その日、トキワは、ついに村長の元を訪ねた。

「おお、トキワ! よく来てくれたな」

 見知った使用人の男性に通されて居間に向かうと、村長が暖かく迎えてくれた。
 これまで何度もお世話になった家だ。

「うちに来るのは久しぶりだな。ギルドの仕事はどうだ? 頑張っているか?」

 父親のような、優しい言葉をかけてくれる。
 その言葉に、何かの間違いではないのかと思いたくなる。
 だが、嫌でも目に入ってしまう。
 家の中の、食器。服。調度品。
 何もかもが、以前よりも少しずつ、しかし確実に高級なものに代わっている。

「村長。あの……わたし……」

「どうしたんだ? ギルドで何か嫌なことでもあったのかい?」

 村長は心底心配してくれている。
 だが、どうしても聞かなければならなかった。

「村長さん! ギルドと、その、よくないお金のやりとりをしているんですよね!?」

「……なぜ、トキワがそんなことを……!?」

 トキワは両手を強く握りしめ、まるで心の中の“願い”と“現実”が戦っているような表情をしていた。問いかけた言葉は、信じたかった人を責めるためではなく、信じられる“何か”を求めて絞り出したものだった。

「……いいか、トキワ。よく聞きなさい。ホワイティアができたのは、ちょうどお前が産まれた頃。まだ村として成立して二十年。新しい村だ」

 その口調は、まるで昔話を語るように穏やかだった。けれど、その語り口の裏に、“納得させよう”とする計算が見え隠れしていた。

「大した特産品もない。土地も痩せている。魔獣があまり出ないことぐらいしか利点のない、寂れた村だ。当然、中央との繋がりも薄い」

 まるで、だからこそ不正も許されるのだ──と正当化するような響きだった。トキワは、静かに唇を噛む。

「ギルドは……いや、マルベックさんは、この村の発展に必要なんだ」

 その言葉に、胸の奥で冷たい何かが崩れ落ちる感覚がした。必要のためなら、誰かを犠牲にしても構わないと言っているように聞こえた。

「でも、ギルドの人々は、皆苦しんでるんですよ~!? お給料も、お休みもなくて……!」

「そうだな。だが大丈夫だ。トキワ。お前はギルドの正式メンバーではない。あくまで、教会からの派遣だ。お前の報酬は正規の分が入っている」

「……っ!!」

 確かに事実としてはそうなのかもしれない。だが、そんな話をしているのではない。
 目の前の村長は、まるでトキワの問いかけの意味を理解していないようだった。
 人の心に寄り添う言葉はひとつもなく、ただ事務的に、損得の勘定だけで話している。

(どうして……こんな時に、そんな言葉が出てくるの……?)

 思わず拳を握りしめる。爪が食い込み、指先が痛い。

「ギルドの人々は、どうでもいいんですか~!? 彼らだって、村の仲間じゃないですか~!」

 気づけば、言葉が怒鳴り声になっていた。
 感情を抑えきれずに、叫ぶようにぶつけたその言葉に――

 村長は、ぽかんとした顔を浮かべて首をかしげた。

「何を言ってるんだ? 彼らは村の人間じゃないだろう?」

 その瞬間、トキワの胸にあった“絆”という名の糸がプツンと音を立てて切れた気がした。信じていた人の口から、あまりに無慈悲な言葉が出たことに、足元が崩れるような感覚に襲われる。

「彼らは所詮冒険者だ。それに彼らは☆1。わずかな労働力程度にしかならないような存在だ」

──それではまるで、奴隷のような扱いだ。

「わかってくれるか?」

 優しいはずの声が、妙に遠く感じた。
 トキワはそのまま無言で村長の家を後にした。

***

 その日の夕方、知久はギルドの帳簿を確認しながら、疲れた顔でベンチに腰掛けていた。

(もう少し……あと、もう少しだ……)

 昼間はギルドの労働。夜は仲間と証拠集め。

 《ライフイズエナジー》の効果でブーストしているとはいえ、最近はスキルポイントを振って1日に出せるドリンクの数が3本まで増えたし、それぞれのドリンクの効果時間も伸ばしている。

 そうでもしないと、やっていけそうになかったからだ。
 そのかいもあり、仲間、証拠。どちらも順調に揃いつつある。

 だが、あともう少し足りない。
 あと少し……。

「……知久さん」

 突然声をかけられた知久は、驚いてベンチから滑り落ちた。

「うお、びっくりした! ……って、なんだトキワか。どうしたんだ?」

「……知久さんは、どうして、そんなに頑張ってるんですか? やっぱり、お金のためですか?」

 その声は、明らかに沈んでいた。
 いつもののんびりした調子は消え失せ、今にも涙がにじみそうな、不安と戸惑いが滲んでいる。

「え? うーん、そうだなぁ……」

 知久はしばらく黙って空を見上げた。
 西の空はすでに朱に染まり、薄暮の光が世界を金色に包み込み始めている。

「お金は大事だな。うん」

 その瞬間、トキワの表情が曇る。
 期待した答えじゃなかったのかもしれない。まつげが伏せられ、目元がわずかに揺れた。

「でも、それだけじゃない」

 知久の声は、ゆっくりと穏やかに続く。

「精いっぱい頑張って、それに見合った報酬を受け取る。休みの日には、そのお金を使って美味しいものを食べたり、誰かと笑ったり。……そういうのが“普通”なんじゃないかって、最近になってようやく思えるようになったんだ」

 トキワがはっとしたように顔を上げる。
 そこには、少しの驚きと、何かが腑に落ちたような眼差しがあった。

「俺は、みんなの“当たり前”を取り戻したい。……今みたいな働かされ方じゃ、心も体も壊れてしまう。誰かが壊れてからじゃ遅いんだよ。そうなる前に、止めなきゃならない」

 風が吹き、トキワの前髪がふわりと揺れた。
 その言葉の重さに、彼女は小さく息を呑む。

「……ま、昔はこんな事、考えられなかったけどな。俺も一回……取り返しのつかないことをしたことがあってさ」

 そこに漂う空気が、ふっと重くなる。
 けれど、知久はそれ以上を語らなかった。トキワも、それを無理に聞こうとはしなかった。ただ、知久の言葉には、過去を背負った人間の“重み”があった。温かくて、真っすぐで、そして誠実だった。

「わたし……村長さんに育ててもらったんです。親がいない私を、小さい頃からずっと……」

 その声は震えていた。
 支えてくれたはずの存在が、信じていた場所が、自分を裏切った。その痛みは、言葉にするだけで胸を裂くようだった。

「でも……その村長が……っ!!」

 唇を噛み締めながら、トキワは絞り出すように続ける。

「わたしは……村の人のことも、ギルドの人たちのことも、大切にしたいんです」

 そう言って、小さな手がそっと差し出された。
 それは、彼女の中で迷いや恐れと向き合ったうえでの――覚悟だった。

「知久さん。協力させてください。あなたのやろうとしていることを」

 その言葉に、知久の目がわずかに見開かれる。
 この瞬間こそが、彼女にとっての“決別”だった。

 ただ守られてきた存在だったトキワが、はじめて自分の意志で立ち、誰かを助けたいと願った――その、小さくて確かな第一歩。

「ありがとう。頼りにしてるよ」

 知久は静かに、だがしっかりとその手を握り返した。
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