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第十一話 リッチメンの町
しおりを挟むリッチメンの町には昼過ぎに到着した。
噂通りの豪華さだ。
中世風の大邸宅が立ち並ぶ。
ここはその地価の高さから富豪だけが住める町だ。
王国全体の富の八割はこの町に集中している。
普段はタンクトップに短パンという恰好のオリバだが今回は高級住宅街だ。
少しでも豪華にみえるよう、金色の指なし手袋を着けてきた。
ここに来る途中に歯のないおじさんから買ったものだ。
着けないよりはマシだろう。
オリバは町を散策する。
道路は広くゴミひとつない。
気持ちのいい風が吹いている。
おかしい……。
もう二時間近く歩いているのに誰にも会わない。
買い物中のメイドくらいみかけても良さそうだ。
このままじゃラチがあかない。
なんかもう、事件でも起こってくんないかな。
オリバは物騒なことを考え始める。
…………。
やっぱりなんも起きない。
こうなれば目についた邸宅に突撃するしかない。
右手にある大邸宅に入ることにした。
大邸宅が立ち並ぶこの町の中でも、その邸宅はひと際大きい。
庭園にはラベンダーなど色とりどりの花が咲き乱れている。
「すみませーん。どなたかいませんか?」
オリバは大邸宅の扉を叩く。
これほどの豪邸なのに門番がいない。
…………。
返事はない。
「すみません! どなたかいませんか!!」
声を張り上げて、さっきよりも強く扉を叩いた。
…………。
やっぱり返事はない。
叩いた衝撃で扉が開いた。
鍵はかかっていないようだ。
門番もいなければ扉を叩いても誰もでない。
事件のニオイがプンプンする。
オリバは大豪邸の中に入る。
扉の向こう側には大広場が広がっていた。
シャンデリアが輝く高い天井。
高そうな絵や壺がたくさん飾ってある。
部屋の中は荒らされたようすはない。
「だれかいませんか!」
部屋の中でもう一度叫んでみる。
返答はなく室内は静まりかえっている。
オリバは邸宅の奥へと進む。
一番奥の部屋の前で立ち止まる。
中に誰かいる――
オリバは耳をドアに当てる。
人の呼吸や物音が微かにする。
オリバは戦闘態勢に入る。
ドアノブに左手をかけ、右手は握りこぶしを作った。
勢いよくドアを開ける。
…………。
豚のように太った男がベッドに寝ころんでいた。
年は四十代半ばだろう。
その目には感情がない。
ただ漠然とこっちを見ている。
「勝手に入ってすみません。扉の前で何度も声をかけたんですが誰もでなくて……」
オリバは不法侵入の弁解を始めた。
「それにほら! ゲームでも勇者は勝手に民家に入って壺割ったり、タンス開けたりします。わかりますよね!」
男は何も言わない。
ただぼんやりとオリバを見つめている。
「ところで! ひとりも外を歩いていなかったです。この町は一体どうしたんですか?」
オリバは話題をそらす。
「……それは……暗黒の魔法使いが……めんどくさい……他の誰かに聞いてくれ……」
男はゆっくりとダルそうに途切れ途切れ話す。
「暗黒の魔法使いがなんですか?」
「……それは……暗黒の魔法使いが……めんどくさい……他の誰かに聞いてくれ……」
「それはさっき聞きました。その続きを教えてください!」
「……それは……暗黒の魔法使いが……めんどくさい……他の誰かに聞いてくれ……」
そう来たか。
これはアレか?
ゲーム的なアレか?
何度聞いても同じ人は同じセリフしか言わないアレか?
この部屋の高そうな壺、全部割っちゃうよ?
オリバは部屋の壺を投げ割りたい衝動を抑え、男の前に歩み寄った。
男はただ漠然とオリバを見ている。
「真面目に答えてください! 俺は命懸けで大魔王討伐をしてるんです」
オリバは男の頬っぺたをつまんで引っ張る。
かなり痛いハズだが男は抵抗もせずにぼんやりしている。
何も感じず何も考えない人形みたいだ。
「……そうですか。痛みでも目覚めないなら、最終手段しかありませんね」
オリバは突然、男に背を向ける。
タンクトップを投げ捨てた。
腰に両手をあて、背中(特に広背筋)に力をいれ、背中を大きく広げる。
背中の広さをアピールするボディビルのポーズ『バック・ラットスプレッド』だ。
オリバの背中は見事な逆三角形だった。
エジプトのピラミッドを逆さにしたようだ。
その逆三角形ぶりは何千年もピラミッドを見つづけてきたエジプトのスフィンクスでさえ驚くだろう。
「これが筋肉です! 目が覚めたでしょう。今度こそ続きを話してください!」
…………。
「……それは……暗黒の魔法使いが……めんどくさい……他の誰かに聞いてくれ……」
オリバは無言で一番高そうな壺を持ち上げた。
大きく振りかぶる。
「すみませーん! 出前でーす」
オリバが壺をぶん投げようとした瞬間、ドアの向こう側から声が聞こえた。
ドアが数回ノックされあとに開く。
エルフの少年がひょっこり顔を出した。
短髪の美少年。
歳は十五前後だろう。
尖った長い耳と緑がかった金髪。
透きとおる緑色の瞳。
細くしなやかな体だ。
「人間の町でエルフに会うのは珍しい。この町のようすがおかしいです。何か知りませんか?」
オリバはエルフに尋ねる。
「うわぁ! ゴリラが壺持って喋ってる! ここにバナナはないよ。早く森に帰りなさい!」
「ゴリラ並みの筋肉ということですね。ありがとうございます。でも俺は人間です。名前はオリバ・ラインハルトです」
「よろしくね、オリバさん! ボクはリック・フォードだよ。本当にゴリラじゃないの? 人間がそんなに筋肉つくとは思えないけどなー」
「そんなに筋肉ある!? ウホッ」
「『ウホッ』って言った! やっぱりキミは言葉をしゃべるゴリラ、シャベゴリなんだね!」
「すまん。筋肉を褒められて調子にのって『ウホッ』とか言っちゃった。俺は本当に人間だ。国王から貰ったメダルもある。それと、しゃべるゴリラを『シャベゴリ』って勝手に略すな」
オリバはメダルを見せる。
「なるほどね! キミはゴリラの皮を被った人間ってことだね」
「たとえが分かりそうで分からないけど、まあ、そんなところだ。この町はどうしたんだ? 誰も外を歩いてないし、部屋のなかの人はこのありさまだ」
オリバは太った男に目をやった。
男はただぼんやりとこちらを見ている。
「暗黒の魔導士のせいだよ。あいつが町の人たちを無気力にしたんだ。メイドも働かなくなって、みんなクビになったんだ」
リックは説明し始める。
「あいつの魔法は人間にしか効かない。だからボクたちエルフが高いお金を貰って、この町の富豪たちの世話をしてるんだ。ボクたちからすれば割の良いお仕事って感じだね!」
リックの説明を聞きながら、オリバは壁に掛かった一枚の肖像画を見つめていた。
自信に満ち溢れ、鍛え上げられた体の男が描かれている。
顔の特徴から肖像画の男が今ここでぼーっとしているこのでっぷりと太った男だろう。
肖像画の中の精悍さはもう見る影もない。
オリバは胸の奥にフツフツと熱いものがこみ上げてくるのを感じる。
怒りだ。
『向こう側の筋肉』を手にしたオリバは筋肉の声を聴ける。
この男の筋肉からかすかな声が聞こえてくる。
筋トレしたい――
筋トレしたい――
オリバは拳を強く握りしめる。
「許せん! なんと邪智暴虐なのだ。人を無気力にして筋トレする権利を奪うとは。必ず、暗黒の魔導士を倒さなくていけない!」
「はい?」
リックが聞き返す。
「人は生まれながらにして自由かつ平等に筋トレする権利がある。この権利を奪うことは人として生きる権利を奪うことだ。過去の偉人たちが血を流して勝ち取ったこの権利を奪われる訳にはいかないっ!!」
「そんな権利ないよ!!」
「いや、ある! たとえ明文化されていなくても、国民一人ひとりの筋肉は知っている! 筋トレする権利、略して筋利だ!!」
「筋利! って、略しても同じだよ! そんなものないよ!」
「エルフの世界だと筋利はまだポピュラーじゃないのか。人間界ではもう市民権を得てるぞ」
「そ、そうなんだ……」
リックは若干引き気味だ。
「それに、俺たちが目指す自由で平等な社会は『筋肉の筋肉による筋肉のための政治』だろ!」
「何言ってるの! この人怖い!! 『人民の人民による人民のための政治』だよ!」
「とにかく、町の人と会話するには暗黒の魔導士を倒さないといけない。そいつはどこにいるんだ?」
「え、ええっと……グレイ伯爵の邸宅にいるよ。グレイ伯爵の息子ブラウンさんに悪霊が取りついて暗黒の魔導士になったらしいよ」
次に倒すべき相手が見つかった。暗黒の魔導士だ。
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