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第十二話 暗黒の魔導士
しおりを挟むオリバがグレイ伯爵の邸宅に着いたとき、冒険者二人組が邸宅の扉を開けようとしていた。
二人組はオリバに気づく。
「あっ! その筋肉、そのタンクトップ! アルカナの村を救ったオリバ様ですか!?」
魔法使いの恰好をした少女が嬉々としてオリバの前に走ってきた。
歳は十五前後だろう。
金髪ショートヘアにパッチリした青い瞳の美少女だ。
「アルカナの村を救ったけど、俺ひとりの力じゃない。冒険者みんなで筋トレ(カーフレイズ)したからだ。俺ひとりの筋トレじゃ、氷の女王に負けていた」
「やったぁ! オリバ様に会えた! サインしてください!」
少女は魔法の杖とペンをオリバに差しだす。
「こら! ノバ! 神聖な魔法の杖に何かを書くなど言語道断じゃぞ!」
もう一方の冒険者が怒る。
七十代くらいの老人だ。
ツルツル頭に白い髭を生やしている。
こちらも魔法使いの恰好だ。
「オリバ殿、うちの孫娘がすみません。私はボサ、この子はノバと申します。ノバはまだ冒険者になって日が浅いものでして。有名人を見るとはしゃいでしまいます」
ボサがペコリと頭を下げる。
ノバはとなりでふくれっ面をしている。
「気にしないでください。魔法使い二人組のパーティーとは珍しいですね」
「そうですな。普段は勇者と武闘家も我々のパーティーにおります。しかし今回の相手は暗黒の魔導士。奴の正体は負のエネルギーの集合体。実体はなく物理攻撃は効きませぬ。それに奴は強力な暗黒魔法を使います。魔法耐性が強い魔法使いにしか奴を倒せませぬ」
ボサは説明する。
「オリバ様はどんな魔法が使えるんですかぁ?」
ノバが首を傾ける。
「俺の職業はボディビルダーだ。魔法も使えないし、魔法耐性もない」
「危険ですぞ! オリバ殿がいくら強かろうと戦いには相性がございます。私とノバは魔法耐性がひと際高いのです。ここは我々にお任せくだされ。これでも我々はA級冒険者ですぞ」
ボサは首に吊り下げている黄金プレートに手をやった。
「それに、ノバもじいちゃんも魔法属性は光なの! 暗黒の魔導士は闇属性。光魔法は闇魔法に有利なんだよ!」
ノバは杖を前に突き出しポーズを決める。
「ありがとうございます。でも……どんなに不利でも俺には戦う理由があるんです」
「それほどの決心とは……。さすがオリバ殿。よければその理由をお聞かせくださらんか?」
「すべての町の人のために、奪われた筋トレする権利を奪還します!!」
「そんな権利ありませぬ!!」
ボサが即答する。
「じいちゃん、いいじゃん。オリバ様が戦うって決心してるんだからさ。一緒に暗黒の魔導士をやっつけようよ!」
ノバが元気よく言った。
こうして魔法使いふたりにボディビルダーひとりの珍しいパーティーが結成された。
◇◆◇◆◇◆◇
オリバは邸宅の扉を開ける。
ドス黒く禍々しい魔力が部屋中に充満している。
恨みや妬み、憎悪などあらゆる負の感情を混ぜて濃縮したような魔力だ。
部屋の電気はついているのに、ドス黒い魔力のせいで室内は薄暗い。
呼吸をするたびに湿った空気が喉や肺にまとわりつく。
「これほどの魔力の持ち主とは……。ノバ、最初から全力で行くぞ! 暗黒の魔導士に会った瞬間にわしらの最強魔法で仕留めるぞ! 奴に何もさせるな!」
ボサは険しい表情でドス黒い魔力を睨む。
「じいちゃんがそこまで言うなんて初めてだね。分かったよ! 先手必勝! とっておきの光魔法を唱えるね!」
ノバは元気よく答えた。
三人は屋敷の奥へと進む。
奥に進めば進むほどドス黒い魔力は濃くなり、空気は湿って体にまとわりついてくる。
泥の中を歩いているように一歩一歩を踏み出すのが重い。
三人は無言で進み続ける。
ある扉の前で三人は立ち止まった。
暗黒の魔導士はこの部屋にいる――
三人ともそう確信する。
この部屋からドス黒い魔力があふれ出ている。
ボサとノバは杖を両手で握りしめた。
オリバはドアノブへ手をかける。
素早くドアを開ける。
三人とも一気に部屋に入り、攻撃態勢をとる。
広々とした部屋の中央には大きなダイニングテーブルがあった。
豪華な食事が並ぶ。
黒色のフードを被った太った男が食事をしている。
体は脂肪で風船のように膨らんでいる。
目は白く、歯茎は黒く、歯が尖っている。
口からドス黒い魔力が溢れ出ている。
「A級魔法! ホーリー・クロス!!」
男がこっちを向いた瞬間、ノバが魔法を仕掛ける。
ノバの周りに無数の白く輝く十字架が現れ、男めがけて飛んで行く。
「A級魔法! ホーリー・ライトニング!!」
ノバの攻撃と同時にボサも呪文を唱える。
ボサの杖から稲妻が男めがけて走る。
男は椅子に座ったまま両手を広げた。
両手から黒い魔力が噴き出す。
黒い魔力から二匹の大きな魔物が現れた。
漆黒の毛で覆われた犬のようだが、三つの頭を持ち、目は燃えるように赤い。
古より魔王城の番犬と恐れられてきた伝説の魔物ケルベロスだ。
右側のケルベロスがホーリー・クロスに向かって黒い炎を吐く。
光の十字架は黒い泥へと変わり床に落ちて散らばった。
左側のケルベロスはホーリー・ライトニングに噛みついた。
魔法が食い破られる。
二匹のケルベロスが咆哮すると邸宅全体が揺れ、窓ガラスが割れた。
カラン……。
オリバの後ろで小さな音がした。
振り返ると、ノバが杖を床に投げ出してしゃがみこんでる。
「こんなの勝てるわけない……。私たちの最強魔法だよ……。おしまいだよっ!」
ノバは目に涙を浮かべる。
「殺れ」
男が無表情で呟く。
右側のケルベロスがノバに飛びかかる。
オリバは近くにあった大きな木製の置時計をとっさに掴む。
ケルベロスの前に飛び込んだ。
置時計を床に倒し、その上に仰向けに寝そべる。
肩を後ろに引き寄せ、胸を目一杯後ろに反らせる。
足は床にしっかりと踏ん張る。
肩と尻以外は背中が置時計についておらず、横から見ると橋のような体勢だ。
人気ナンバーワンの筋トレ種目『ベンチプレス』だ。
ケルベロスがオリバの上に落ちてくる。
オリバはケルベロスを両腕で受け止める。
ケルベロスは強く重い。
オリバの腕はどんどん下がり、ケルベロスとの距離が近くなってくる。
ケルベロスの牙がオリバに届く距離になった。
「ベンチプレス・ライウェイ!」
オリバは大胸筋を一気に収縮させ、爆発的な力でケルベロスを押し返す。
ぽーーーーーーん
っと、トランポリンの上で跳ねたかのように、重力なんてないかのように、ケルベロスは軽々と真上に飛ばされる。
そのまま天井にぶつかる。
「きゃいぃぃ~~ん」
ケルベロスは一鳴きして黒い霧になった。
それを見ていた左側のケルベロスがオリバを避けてボサに飛びかかる。
オリバがすかさずケルベロスの前に回り込む。
ケルベロスはオリバの右横をすり抜けようする。
オリバは横にステップしケルベロスの前に立ちふさがる。
ケルベロスはオリバの左横をすり抜けようする。
オリバが横にステップしケルベロスの前に立ちふさがる。
ケルベロスは何度もオリバをすり抜けようとする。
しかし、オリバは左右にステップし、ケルベロスの目の前に立ちふさがる。
「無駄だ。これが俺のスキル『反復横跳び』だ! 別の名を『ヒラメの社交ダンス』とも言う!!」
オリバはさらに早く左右に反復横跳びを繰り広げる。
あまりの速さにオリバの残像が左右に残る。
オリバがどこにいるのか正確にはもうわからない。
ケルベロスの前にはオリバの残像でできた壁ができあがっていた。
その残像の中で二匹のヒラメが舞い踊っている。
オリバのふくらはぎだっ!
見事なひし形に発達したオリバのふくらはぎはヒラメのようだ。
そのふくらはぎが反復横跳びするたびに左右に動き収縮する。
そのさまは二匹のヒラメが縦横無尽に社交ダンスしているようだ。
どうしていいかわからずケルベロスの動きが止まる。
「隙あり! 肩メロン・タックル!!」
オリバはケルベロスにタックルを食らわせる。
ケルベロスは吹き飛ばされ、壁に激突した。
「ぱみゅぅぅぅーーん」
ケルベロスは一鳴きして黒い霧になった。
オリバがケルベロスと戦っているときも食事をやめなかった男の手が止まる。
男は椅子から立ち上がった。
「魔王城の番犬ケルベロスをたった一撃で仕留めるとはな。人間にしては見事だ。我が名は暗黒の魔導士ウラノス。すべてを無に葬り去る者だ」
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