Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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01 チュートリアル

06 Baltroy (熱と罪)

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 次の日の朝だった。ソファで目を覚まして、軽く伸びをする。やはりソファではあまり深く眠れた感じがしない。次の休みに引越ししないと。まだヴェスタは眠っている。

 洗濯物をまとめてレッダに洗わせようとして、昨日使ったボトムをランドリーケースに入れようとした時、ポケットに紙が入っているのに気がついた。昨日の朝にイグニスがテーブルに置いて行ったメモだった。目の前で紙を開くと、ふっとイグニスの匂いがした。


 え?

 我に帰った時、自分でもびっくりした。いつの間にかベッドで横になっているヴェスタにキスしていた。しかも手がヴェスタの服の中で肌を撫でている。なんだこれ? 何で? しかも痛いくらい勃起して、はち切れそうだ。ちょっと待っ……

「バルトロイさん! バル!」

 唇が離れた瞬間、ヴェスタが叫んだ。髪が青くなったり緑になったりチカチカしている。

「……ど、うしたんですか……」
「……俺にもわからない…」

 ただ、やりたい。つらい。なんとかしてほしい。息が上がって苦しい。このままやらせて欲しい。ヴェスタの白い肌が、乱れた服の隙間から見える。唇を付ける。どうしよう。止められない。肌が。肌の感触が吸い付くようでたまらない。思えばちょっと前に生まれたばかりの、きめ細かな肌。ぴくんとヴェスタの体が跳ねる。白い細い脚。だめだ。頭ではわかっている。イグニスを裏切りたくない。でも我慢できない。我慢できない!

「バルトロイさ……」

 キスで口を塞ぐ。何も聞きたくない。ただやらせてくれ。脚の間に体を割り入れる。がちがちになったものを乱暴に押し付ける。こじ開ける。

「い……」

 ヴェスタの体が震えている。目尻に涙が滲んでいる。悪いと思う。でも余裕が。全然余裕がない。ぎりぎりと締め付けられる。慣らしてないから、お互いにつらい。少しずつ動かす。じわじわとなめらかになる。

「…う……ぐ」

 ヴェスタが歯を食いしばっている。もうすぐ終わるから。青みがかった髪がいつのまにか淡いスカイブルーに染まっている。髪に触れる。目と目が合う。大きな二重の瞳。涙を流している。こいつ、結構きれいな顔してたんだな……。のけぞる白い首に噛み付く。細い指が肩に食い込む感触。

「あ……いっ……く」

 ぶっ放す。一瞬気が遠くなるくらいに。潮が引くように、あれほど荒れ狂った性欲が消えていく。


 急に冷静になった。ヴェスタに目をやると、ベッドの上に壊れた人形のように横たわっている。見開いた大きな目から涙が流れて、何の表情もない。ベッドには血が点々と付いている。

「……ごめん」

 強姦。完全に性的虐待。俺が捕まるレベル。

「バルトロイさん……なんで?」

 なんで? 俺が聞きたい。何でだろう。

「……本当に、自分でもわからない」
「ヒクッ」

 ヴェスタはシーツに頭まで潜り込んで泣き出してしまった。俺も泣きたい。なんだこれ。

「バル、後30分で始業時間です」

 レッダが淡々と言った。

「ごめん、ヴェスタ。とりあえず出勤する。お前は来れそうなら来てくれ」

 服を整えて家をポンと飛び出した。出勤用のオートキャリアに乗る。なんだ? 何があった? 頭が混乱している。なんでヴェスタを犯す羽目になった? 全然そんな風に思ってなかったのに。何より俺にはイグニスがいるのに。俺って、そんな誰彼構わずの性欲の強さだっけ? というか、ヴェスタが警察に駆け込んだら完全にアウトじゃないか……。

 とにかくまず「なんで」は考えないことにした。謝ろう。それしかない。そしてすぐ引越す。同じ部屋で寝てるのが良くない。

 先週製造のレプリカント一覧が届いていた。これはヴェスタにやらせたい。来ればだけど。死んだオーナーのレプリカントを探す。どこから追える? 

 16人のうちの一人を適当に選んで、情報の開示を請求。でもこの時点でもう詰まる。情報は戸籍登録時から変更されていない。

 顔か。顔写真から照合をかけてみる。街に設置されている防犯カメラのデータを中心に、ネットの画像データからも引っ張るので、これは少し時間がかかる。その間に他の15人についても同じように現住所確認し、写真の照合を走らせる。
 やがて一人目の照合が終わった。二年前までは発注者と街を歩く姿が何枚もある。恋人みたいに腕を組む姿、ベンチに並んで何かを飲んでいる姿。でもここ一年の姿はない。一番最新の写真が去年の冬。一人で街を歩いている姿。これが最後。夏ぐらいから一人の写真が増えている。つぎ。これはほとんど写真がない。納品から三ヶ月くらいで終わり。他のも似たり寄ったりか……。

 一人だけ、ものすごくデータが多いのがあった。なんだ? 見てみると雑誌のページがスタックされていっている。何かのカバーも。開いてみる。えげつないエロ動画のカバー写真だった。日付は先月。

「おい、ヴェ……」

 反射的に呼ぼうとして、あ、今日……と思った。いねえんだ。俺が……

「はい」

 はい? 振り返るとヴェスタが泣いた目をして立っていた。来たのか。大丈夫かな? 俺が言うのもなんだけど。

「このレプリカントに会いに行く。同じレーベルで何本も撮ってるから、所属俳優なんだろ」
「はい」
「まずアポ取ってみよう。取材のていで。仮想の身分を設定してブリングからコールすんだ。これで向こうには雑誌の『キュリオシスタ』の発行社のライオネルブラザーズって表示されるから、時間と場所。コールでのインタビューなら時間決める。コール」
『はい。スニッフスナッフです』
「『キュリオシスタ』という雑誌の記者なんですが、俳優のモンシャさんにインタビューしてみたいのですが。できますか」
『どう言った内容のインタビューになりますでしょうか』
「普段の生活ですとか、お勧めの出演作とか、一般的なことですね。宣伝していただいて構いませんよ」
『本人に確認して折り返します』

 コールが一度切れる。折り返し待ち。

「お前のブリングも別人の身分設定が入れられるようになってる。相手に名乗らないといけないから設定を覚えておいてくれ。偽名も……」

 はたと気づく。普通に仕事モードで話してしまったが……。斜め後ろに立ってこっちのブリングを覗いているヴェスタをちらりと見る。少しだけ緑がかった青い髪。感情の見えない目。わからない。

「……偽名も名乗れるけどどうする? お前、登録の時に俺のファミリーネームを付けちゃったんだよな。お前の仮想のIDを作らないといけないから決めてくれ」
「ヴェスタ・エヴァーノーツ……」

 自分のブリングの初期設定を見てヴェスタが呟いた。やっぱり嫌かな。登録の時に聞けば良かった。

「いいです。これで」
「……そう。じゃ」

 端末からIDメーカーに指示を飛ばす。すぐにできる。
 ブリングにコールが来る。

「ライオネルブラザーズです」
『キュリオシスタの記者さんですか?』

 モンシャのインタビューは許可された。まずは一歩前進。ビルに来て欲しいと言うので、三日後の約束をする。それまでにモンシャの情報をもっとしっかり集めておかなければ。

 モンシャ。本名はニフェルト・デッラ。三年前に製造された20%のレプリカント。黒髪に真っ赤な目、白い肌の美形だ。スニッフスナッフというエログロレーベルからかなりハードな内容の動画を配信している。

 試しに適当に一本見てみる。食糞もの。黙って動画を閉じる。別なのを開けてみる。輪姦もの。他の動画のタイトルを眺める。ハードSM、獣姦、ハンギング? 理解に苦しむ。まあ出演作の傾向はわかった。ここ一年でかなり出しているようだ。発注者が死んだのも一年前。発注者が死ぬのと入れ替わるようにAV俳優になっている。

「支配率20%……」

 これは結構低い。かなり人間に近い印象になるはずだ。

 発注者を自殺にみせかけて殺して──

 ヴェスタの言葉を思い出してどきっとする。発注者の死因を調べてみる。12階のベランダからの転落死。一人で飛び降りるところを街の防犯カメラが捉えていた。少しほっとする。

「ヴェスタ」

 青に近い緑の髪のヴェスタが顔を上げる。今日届いたリストの電話かけを頼む。淡々と仕事を始める。支配率ゼロのレプリカントは本当に珍しいと思う。AIが入っていた方が楽だからだ。

 例えば今朝のような間違いが起こってしまったとしても、AIが入っていれば発注者の不利益になるようなことはしない。オーナーになら強姦されようが殴られようが泣き寝入り。でもヴェスタなら──完全に自分の脳で自立的に考える彼なら、警察に駆け込むこともできる。

 ちゃんと謝らないと。

 でもそもそもどうしてあんなことをしてしまったんだろうか。まるで、動物の発情期みたいだ。……豚の子だからか? 冗談じゃない。とにかく、もう二度としない。絶対に。

 仕事が終わって、二人で定期のオートキャリアに乗った。ヴェスタは俯いて目を合わせてくれない。

「あの……今朝は本当にすまなかった」
「……」
「本当に、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん」
「……」
「……体、大丈夫だったか?」

 見る間に、白い横顔から涙が流れてあごを伝っていった。だめだこれ。全然許されないやつ。

「……く……ヒック」
「ごめん! ほんとごめんて! もうしないから!」

 肩に触れそうになって慌てて手を引っ込める。まあ、我ながら最低だ。文字通り性欲のはけ口にしてしまった。でも自分でも納得がいかないから、これ以上どう謝っていいのかもわからない。

 部屋に戻ってレッダに今日から俺は風呂場で寝ると宣言する。明後日が休みなので、引越しもその日にすると決めた。食事が終わってから荷物をまとめ始めた。もともと大した荷物はないから間に合うだろう。衣類が少しあるくらい。

「手伝いますか?」

 ヴェスタが恐る恐る声をかけてきた。今日初めてヴェスタから声をかけられて、少し安心した。気にしてくれるんだ。俺のことを怖がらないのか。

「大丈夫。大した量じゃねえんだ。それよりお前は大丈夫なのか?」

 しまった、蒸し返さない方が良かったか……と一瞬思ったが、触れずに流すわけにもいかない。

「……正直、ショックでした。でも……私のオーナーはあなたですし……」

 ゼロでもそうなの? こりゃ、支配率が低くても自分で逃げ出さないわけだ。

「……俺が言うのもなんだけど、相手が発注者だろうがなんだろうが、嫌なら嫌でいいんだ。通報したいと思ったらしないとダメだ。お前は人権あんだからさ。踏みにじられたと思ったらキレていいんだ。黙って泣かなくていいんだ。それは当然のことなんだよ」
「……」
「俺としては通報されると困るからしないでほしいけどさ……クビになる」

 ヴェスタがクスッと笑った。髪が少しブルーからグリーンに変わる。

「ほんと、ごめんな。もうしない。俺にもよくわからないんだ。急に自分でも止められなくなっちまった。今までそんなことなかったんだけど。今日から風呂場で鍵かけて寝るし、引越ししたら部屋に鍵つけるし……もうこんなことはしない」
「はい」
「それで大丈夫かな?」
「バルトロイさん」
「それ、気になってたんだけどもうやめよう。バルでいいよ。バディなんだから気楽に行こう」
「バディ?」
「言ってなかったっけ? 俺とお前はワンセットなんだよ。仕事する時は二人一組なんだ。相方をバディって言うんだ。背中を守り合う相手ってこと。お互い信頼できないとダメなんだよ」
「……わかりました。あなたを信じます」
「じゃなくて、俺とお前は上司と部下じゃねえんだ。『わかったよ、お前を信じてやるよ』くらいになれよ」

 ヴェスタがあははっと笑った。笑った顔を初めて見た。




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