Occupied レプリカント人権保護局

黒遠

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01 チュートリアル

10 Baltroy (壊れた脳)

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 それからはあまり仕事は進まなかった。どこから調べてもどこかでスタックする。ヨルガルは行方不明のまま。行方不明のレプリカントたちは街にもいない。

「…うーん………」

 レプリカントを売った人々はそれなりに起訴されて執行猶予がついたり、罰金を払わされたりした。売ったほうはそんなものだ。

 不思議なのは、同じような症状で使えなくなったレプリカント同士の接触がまったくなかったこと。買い手の情報交換をしたオーナー同士ですら、コールでしか話していなかったりで接触していないこともあった。

「病気じゃないわけだ。やっぱりAIの故障?」

 ヴェスタが画面を見ながら首をかしげた。

「メーカーにシグナルがいかない故障ってあるんですか?」

 まだ時々敬語になる。でもだいぶ砕けて来た。

「シグナルを出す部分が壊れれば。でもそんなにうまく壊れないよな」
「じゃあ……」

 物理的に?

「物理? 殴るとか?」
「わからないけど……要するに、薬とか脳を傷つけるとかで、脳がだめになってしまえばAI優位になるんじゃないかなと思って」
「ヴェスタ。お前頭いいな」

 エメラルドの髪をくしゃくしゃとかき回す。最近緑の色ばかり見る。寒くなって来たからかな。

 検査室のユミンのところに行ってもっと細かい所見をもらう。頭のスキャン画像。ひたいのすぐ内側の部分が黒く抜け落ちている。

「これ、何?」
「これね。わからない。前頭葉が一部機能していないの。これのせいで本人の意思がなくなってるんじゃないかと思う」
「なんで?」
「わからない。薬の影響で脳が溶けることもあるし、外科的な処置をされたのかもしれない。断定できない。開頭でもすれば何か分かるかもしれないけど、それはできない」
「ありがとう」

 ふと思いついて、ニフェルト、つまりモンシャの画像をもう一度さらう。発注者との最後の画像の前。

 一ヵ月ほど前から、ニフェルトの様子が変わっている。生気のない目。俯いてオーナーの後を追うように歩いている画像。それまではモデルみたいに顔を上げてオーナーと並んで歩いているのに。もう少し詳しく見ていく。そんな風になる前。

 ひたいに保護シートを当てている画像。これは何だろう。自宅の窓の中にニフェルトが映り込んだやつ。一枚だけ。その後数日外に出ていない。誰かに殴られた? この日から様子がおかしくなる。この時何かあったんだ。脳に何かが起きた。オーナーが生きていれば聞けるのに。

 フキテノに連絡する。この人は今のところ貴重な「生きているオーナー」だ。

「怪我?」
「そうです。ひたいのあたりにレプリカントが怪我をしたこととかなかったですか」
「そう言えば、無気力になる直前にひたいを真っ赤にして帰って来たことがありました。どこかにぶつけたのか、聞いてもわからないと。それから少し寝込んで、それっきり元には戻らなかったです」

 テーマにも確認してみる。テーマの時は二人で外出して、ちょっと分かれて別々のところに行ってまた合流したとき、同じようにひたいが赤くなっていた。大したことなさそうなのでほったらかしたが、思えばその日から行動が変わってしまった……。

 二人のレプリカントの画像を見る。大体の日付を聞いたので比較的楽にその日を追える。フキテノのレプリカント。女性タイプ。一人で広い公園を散歩している画像。オートキャリアの窓に屈んで、車に乗っている人と話している画像。次の画像。道路脇にしゃがみ込んでいる画像。

 次。テーマのレプリカント。これは大柄な男性タイプ。肌の色も浅黒い。一人でスニーカーを見ている画像。次。トイレに入ろうとする画像。次はひたいに手を当てながら出てくる画像。次の画像はテーマがレプリカントを支えるようにしてオートキャリアに乗り込む所。

 何かされてる。この「レプリカントが一人の時にひたいが赤くなる」というのが、前頭葉をいじられてる印なんだろう。こうやってレプリカントが壊れるとどうなるか? 持ち主は手放したくなる。でも正規の手続きでは元が取れない。売り先を探す、と言うわけだ。

 でもたまたま? たまたま破壊したレプリカントのオーナーがナタニアの友達で、たまたま同じ連絡IDを聞く? 違うだろ。先回りしてるみたいだ。

 売人が、ナタニアの周りのレプリカントを破壊して、ナタニアから自分のIDをナタニアの友達に知らせるように誘導しているみたい。まだ確信はないけど。そうするにはナタニアの周囲のレプリカントのことを調べなければならないはずだ。でも普通に調べてもわからない。戸籍でも見なければレプリカントかどうかは明記されないし、差別されることがあるからオーナーもレプリカント本人もわざわざ吹聴して歩かない。

 行き詰まり。

 考えがまとまらないので、ちょっと外回りに行くとヴェスタに声をかけて職場を出た。
 十分ほど歩くとステーションに出る。二人乗り、四人乗り、さまざまなオートキャリアが次々に出たり入ったりしている。街灯にもたれてしばらく雑踏を眺める。昼時が近い。ここから何人ものレプリカントが連れて行かれたわけだ。

 確かにこれだけ人も車も多い中で、レプリカント一人を車に乗せるくらいなら誰も気に留めないだろう。レプリカントは外見ではまったくヒューマンと見分けがつかない。人工なだけあって、美形が圧倒的に多いというだけ。でも美形のヒューマンもいるし、なんなら顔なんて整形するやつもいる。

 こうして街にいるといろんな匂いがする。だれかの体臭。道路に染み付いた反吐やチューインガムのにおい。空気中のちり。誰かが持っているサンドイッチの匂い。柔軟剤。香水。シャンプーの残り香。普段気にしないようにしているあらゆる匂い。

 ふと、強烈な匂いがした。

 やばい匂いだ。周りを見回すが、だれも何も感じていないように見える。でも確実に変な匂いがする。強い薬品の匂い。吸ってはいけない。とっさにブリングで周りを撮影してその場を離れる。何かおかしい。俺しか感じられない匂いなんだろう。この匂いは前にも一度嗅いだことがある。半年ほど前だ。ここで。その時はカラスと一緒で、すごい匂いだったからカラスに言ったが、カラスは何の匂いもしないと言った。

 昼飯を買ってブースに戻った。食い入るように端末を見ているヴェスタにも渡す。今日は青い髪だった。こいつは何を調べているんだろうか。

「何か見つけた?」
「まだ。ちょっと量が多くて追いつかない……」
「何を集めてんの?」
「……これは、何か見つかったらいいなってくらいだから。午後からは確認コールするよ」

 ふうん。さすがAIゼロのレプリカント。自立的すぎてわからん……。でもヴェスタには本当に助かっている。コールや画像検索で一人一人、一枚一枚自分で確認していく作業は本当に不評だったから。

 一括メールして返信させればいいじゃないか。画像検索も条件設定してAIに絞らせればいいじゃないか。わかるよ。そうだよな。俺だってそうできればいいと思う。
 でもそれで何度も他のタッグが見逃してるのを見ている。メールの返信では元気ですよと画像まで添えられてきたレプリカントが、ボロクズのような遺体になって出てきたのも一度や二度じゃない。目で確認しないと気が済まないんだ。それで何か変わるわけじゃないけど。

 それを文句一つ言わずにやってくれるヴェスタは本当にありがたい。そろそろヴェスタが来て一ヵ月を回ろうとしていた。仕事を覚えるのも早いし、事務仕事や調査はもう任せられる。あとは……

「ヴェスタ。コールに区切りがついたら訓練場に行こう。お前はまだ現場が少ないから」
「うん」

 先日の映像制作会社の時はパルスガンで撃たれそうになった。もう少し教えてやらないといけない。一人で準備していると、真っ青な髪のヴェスタがやってきた。

「おう。ほれ」
「ありがとう」

 パルスガンを渡す。おさらい。

「レベルが小なら痛いだけ。中だと局所的に痺れて動けなくなる。大だと全身」
「バルはこれも平気?」
「あのなあ。どれで撃っても平気ではねーから。痛みはあるんだよ。パルスガンは振動だから、俺でも中や大なら痺れるよ。お前、だからこの間のはかなりやばかったんだからな」
「ごめん」
「俺が平気なのはこっち。サウンドブレイカー。俺だって当たったら痛いんだからな! それは覚えといてくれよ。あと、頭とか心臓とか、細胞の代謝があまりないところに当たると俺でも死ぬかもな。俺はつまり、細胞が傷つくと一気にその部分が代謝して治る体質なんだよ。代謝がよくないところだと治りも遅い。幸い、この銃は手足に当たるだけでもかなり痛いから……知ってるだろ? 狙いを定めて殺しにかかってくるやつがあんまりいない」
「これはさ、何かで止めることはできないの?」
「音だから。例えばものすごく重いものならかなり威力が弱くなると思う。あとは防音壁とか、音が分散してしまうようなものの影にいれば」
「威力の調節は?」
「一応できるよ。最弱にすれば貫通はしないんじゃないか。でも俺たちが練習しないといけないのはパルスガンの方。持ちな」

 ヴェスタがガンを構える。俺より二回り近く小さいヴェスタが持つと、軽量なパルスガンでもかなり大きく見える。

「狙え。こないだみたいに適当に撃つな。脇を締める。中指でこのボタンを押してみな」

 照準のラインがまとに浮かぶ。俺がヴェスタの体の後ろから手を添えて、引き金を引く。まとが震え、真ん中がチカチカと光る。

「な。よく見ろ。実際、いちいち照準合わせてる暇はねえ。練習で銃口と自分の手の角度を覚えろ」
「はい」

 一瞬抱きしめるような形になった体をぱっと離してみると、ヴェスタの髪はエメラルドグリーンになっていた。





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